俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが……   作:あじさいファン

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19.魔王の話・その2

 魔王アン・コロール。

 

 かつて魔導研究所で、あの狂ったクソジジイ、マスティックが口にしていた名前だ。

 ブラウがその名を聞いただけでガタガタと震えて過呼吸を起こすほどの、恐怖の対象にして、魔王軍の頂点に君臨する、絶対的な悪。

 

 それが今。

 白昼堂々、王都のオムライス屋の前に立っている。

 絶世の美女と見間違うような、ふんわりとした金髪の美少年の姿をして。

 

 魔族は、翼が生えていたり肌の色が違っていたり、そもそも見た目の造形が人間とはかけ離れていたりで、見るからに敵だとわかるはずなのだが。

 この魔王に限っては、どこからどう見たって普通の人間にしか見えなかった。むしろ、「魔」から離れた神々しさすら放っていたくらいだ。

 魔王城の玉座とかでふんぞり返ってるモンだと思ってたが、割と外に出張するタイプだったなんて想定外だった。

 

『ひ……あ……っ、ま、魔王……さま……どう、して……』

 

 ブラウの身体がガタガタと音を立てんばかりに震えていた。

 さっきまでの、オムライスをどれにしようかと目を輝かせていたあの無邪気な少女の姿はどこにもない。

 顔面は完全に土気色になり、呼吸は浅く早く、まるで水から引き上げられた魚のように細く喘いでいる。

 瞳孔は開ききって、極限の恐怖に完全に支配されていた。

 

 まずい。非常にまずい状況だ。

 アルジャンとジョーヌは「勇者様の勇者様による武闘大会」とやらに参加中。ルージュは、未だ酒場で男相手に賭け飲みの真っ最中のはず。

 

 つまり、今この場にいるのは、俺とブラウの二人だけ。

 戦闘力ゼロで、ただ突っ立って味方にバフを与えることしかできない、基本情報収集担当で買い出し担当なヒョロガリの俺と。

 そして、唯一戦えるはずの面子でありながら、かつてのトラウマがフラッシュバックして、魔法一つ唱えられそうにない精神状態に陥っているブラウ。

 

 どうする? どうする、俺。逃げるか?

 いや、相手は魔王だぞ。背中を見せた瞬間に殺されるかもしれない。

 四天王たちをはじめとする魔族を束ねる存在が、ただの見目麗しい少年なはずがない。

 

 大声を上げてアルジャンたちを呼ぶか? いや、現実的じゃない。

 位置が離れすぎているし、王都の喧騒にかき消されるだろうし、何より、この人混みの中で魔王が暴れ出したら、それこそ何万という死者が出る大惨事になりかねない。

 

 ブラウがその場にへたり込みそうになっていた。彼女の心が、かつての「道具として扱われていた魔道士」に戻ろうとしているのがわかった。

 

 だから。

 俺は、震えるブラウを庇うように、前に出たんだ。戦う力なんて何一つないくせにね、魔王との間に立ち塞がったんだ。

 いざとなれば、料理用に使ってる豪華なナイフで応戦してやろう、くらいには腹を括っていた。

 

 当の魔王アン・コロールは、ふわりと柔らかく微笑んでみせた。

 

『フフッ……そんなに怯えないでよ、ブラウ。ボクは別に、キミを捕まえて処罰しに来たわけじゃないんだからさ』

 

 透き通るような声。

 そこに殺気や怒りは微塵も感じられない。

 あまりにも自然な、まるで旧友にでも語りかけるような声色だった。

 

『ウソだ……ウソだ、ウソだ、ウソだ! だって、魔王様は……魔王様は……!』

 

 後で聞いた話だが、魔王は、他者を殺すのに一切ためらいの表情を浮かべないような人物らしい。

 ブラウは何度か魔王の護衛として戦った機会があったそうなのだが、襲ってくる冒険者とか騎士とかを、雑草を摘むように、虫を踏むように涼し気な顔で殺していたという。

 まるで当たり前の行動をしているかの如く微笑む彼に対して覚えたブラウの感情こそが、「恐怖」だったというワケだ。

 

『嘘じゃないよ。ボクは無益な殺生をしない主義なんだ。じゃあ……ほら。キミを魔王軍から離脱させたノワールがどうなったか。教えてあげようか?』

『ま、まさか……まさかっ! 殺したんじゃないですよねッ!?』

『ふふ、怯えすぎ。ボクね、あの子に罰は与えてないんだ』

 

 その言葉を聞いて、背後で、ブラウが息を呑む気配がした。

 俺も思わず眉をひそめた。裏切りを手引きした四天王を、罰していないだって……?

 

『マスティックがさ、ノワールは裏切り者だーって、大騒ぎして報告してきたんだけどね。即、叩き出しておいた。面白かったなー、ボクの顔を見て驚いてたモンね。誰だキサマ、って言いたげに口をキンギョみたいにパクパクさせてさあ。ボク、嫌いなんだよね。生き物の命を大事にしない奴』

 

 あっけらかんと、魔王はそう言った。

 どの口が言うんだ──俺は内心、そう憤ったね。

 

 こいつは魔王で、各地の町や村を滅ぼしている巨悪。

 そうじゃないのであれば、ブラウはこんなに震えていないし、旅の最中で俺らの解釈を否定していたはずなんだ。

 

 だから、こいつが人の命を何とも思っていない人類の敵であることは、疑いようのない事実と見て間違いはなかった。

 

『お前が、あの研究所でマスティックに指示を出してたんじゃないのか。本人が言ってたぞ。手段を選ばずパッシブを奪えって指令を受けたって。んでブラウを殺そうとしたんだろ』

『それはカン違いなんだ。ボクじゃないよ。ブラウを使えないって断じたのも、ボクじゃなくて四天王の一人だ』

 

 圧倒的な強者オーラを前に、俺もビビっちまって身体が震えてたんだが、それを抑え込むようにこいつに指摘してやった。

 だが、魔王は誠に遺憾であると言わんばかりに肩を竦めて、俺の言葉を否定してみせたんだ。

 

『魔王、というのは世襲制じゃなくてね。世界の在り方を強く否定した者が得られる称号なんだよ。そして、名前だけを受け継ぐんだ。アン・コロール……前の魔王も、その前の魔王も、全部アン・コロールだ』

『……じゃあ……』

『そう。手段を選ばずパッシブを奪えと言ったのは前の魔王。そして、あんな辺鄙(へんぴ)な研究所へ追いやったのはボクなんだけど……。顔を見せず、使者を送りつけて連絡だけしたんだよね』

 

 なるほど。

 魔王は代々同じ名前を名乗り続ける習わしがあって。

 そして、マスティックは魔王の代替わりに気づかないまま、喜び勇んで研究所に入り浸ったんだろう。

 

 筋は通っている。

 しかし、「生き物の命を大事にしない奴が嫌い」などと涼しい顔で宣うコイツに対し、俺の心は並々ならぬ拒絶反応を示していた。

 

 直感としか言いようがないんだけどね。

 魔王は、俺らがそれまで思っていた以上に邪悪な存在なんだって思ったんだ。

 自分の行いを悪いこととは一切思っていない、一番タチの悪いタイプだってね。

 

 そういや。俺が愛読していた冒険モノの書物では、こういう奴のことをこんな感じに評価してたな。

 

──ドス黒い悪、と。

 

『だから安心していいよ。それに、ブラウがそんな風に……誰かの後ろに隠れながらでも、元気そうにしているのを見られて。ボクは純粋に嬉しいんだよ』

 

 その微笑みには、嘘偽りがないように見えた。

 だが、それが逆に俺を猛烈に混乱させた。

 これまでの魔王軍の残虐な行いと、目の前のこの美少年の態度が、あまりにも噛み合わない。

 

『あんた……何が目的で魔王をやってるんだ?』

 俺は、恐怖で震える膝を必死に抑え込みながら、別の質問をぶつけていた。

『それに、なんで今、俺たちの前に……いや、勇者であるアルジャンの前じゃなく、俺なんかの前に現れたんだ?』

 

 そんな俺の問いかけに、アン・コロールは微笑みを絶やさぬまま居続けた。

 そして、空を見上げるようにして、静かに、だが世界の根幹を揺るがすような言葉を紡ぎ始めたんだ。

 

『目的? そうだね……ボクはね、あの女を……偉大なる女神様を、全否定してやりたいんだ』

 

 女神を、全否定。かつてノワールが言っていたそのままの内容だった。

 

 あまりにもストレートすぎる動機にむしろ拍子抜けしそうになったけど、それだけじゃない何かがあるのを、奴の澄んだ目が如実に語っていたような気がしたね。

 

『最終的にはね、この世界そのものを一旦すべて消去して、新しく作り直したいと思ってるんだよ。ボクの理想の形にね』

『……世界を、消去して作り直すだって……?』

『そう。でも、ただ壊すだけじゃ面白くないし、女神に対する完全な否定にはならない。だからね、ボクに抗うだけの力を持つ者が現れてくれることが、とっても重要なんだよ。女神の代行者である希望の象徴……つまり勇者が、最高のパーティを率いてボクの前に辿り着き、そして、その希望ごとボクが完全に叩きのめす。それが、最高の全否定になるんだ、わかるかな?』

 

 あまりにもスケールがデカすぎて、凡人の頭じゃ理解が追いつかない。

 

 要するに……勇者が自分のもとに辿り着くのを楽しみに待っている、ということかね?

 完全に狂人の思考じゃないか。微笑みながら言うのが余計に不気味さを駆り立てている。

 

『だから……勇者アルジャンの著しい成長は喜ばしいんだけどね。ひとつだけ、どうしても許せないことがあるんだ』

 

 その瞬間。魔王の瞳から、スッと柔らかい光が消え失せた。

 透き通るような水色の瞳が、絶対零度の氷のように冷酷な光を放ち、俺を射抜いた。

 

『キミだよ、ドレ君』

 

 心臓を鷲掴みにされたような悪寒が走る。

 

 困惑は留まるところを知らない。

 俺? なんで俺なんだ。

 

『ボクの前に辿り着くべき最高の勇者パーティに、キミのような戦闘能力を持たない一般人が混ざっている。それが、不可解で、不純で、美しくなくて……ああ、気持ち悪い。邪魔なんだよ、邪魔』

『……酷い言われようだな。だけど、お前が認めてなくったってアルジャンは俺を認めてくれている。アイツの手を汚させるまでもない。俺が始末してやろうか?』

 

 そう言って、俺は道具袋からナイフを取り出した。

 これで敵を殺したことなんか一度だってないのに、よくもまあ凄まじい啖呵を切ったものだと、我ながら呆れちまうね。

 

 でも、みんなを呼び寄せている暇はない。

 ブラウを殺さないと言っているが、この手合いの奴はいつ心変わりしちまうか知れたものじゃないだろ?

 

 だから俺が──って思ったんだけど。

 手が震えちまってるのが、俺自身わかった。気を抜いたら得物を落としちまいそうだった。

 

 そんな情けない俺の様子を見て、魔王の表情は何も変わらなかった。

 どうせ殺せるわけがないだろうと、その冷たい目がこちらに告げてくる。

 

『ああ、汚らしい。じゃあボクが現れた理由を教えよう。ここでキミを殺して、アルジャンには新たな、もっと優秀な勇者パーティの一員を見つけさせることにしたいからだよ』

 

 宣告と同時だった。魔王の右手が、スッと持ち上がる。

 何の殺気もない。何の予備動作もない。魔力の高まりすら一切感じさせない。

 だが、その手が俺の腹を貫こうとする完璧な死の軌道にあることだけは、直感で理解できた。

 

 避けられない。身動きが取れない。

 これが、世界を統べる魔王の力なのか。

 俺の防御バフなど紙切れ同然に引き裂いて、俺の内臓をぶちまける手刀が迫る。

 

 あ、俺、ここで死ぬんだ……そう覚悟して、きつく目を瞑った、その瞬間。

 

『ドレさんに……触らないでぇぇぇッ!!』

 

 鼓膜を破るような絶叫と共に。

 俺の真横から飛び出した強烈な魔力弾が、魔王の右手を強引に横へと弾き飛ばした。

 

 バチィィィィンッ!!

 

 空気が爆発するような、激しい破裂音が周囲に轟く。電撃属性魔法の一種だ。

 

 ブラウだった。

 ガタガタと全身を激しく震わせ、ボロボロと大粒の涙を流しながら。

 それでも、両手をしっかりと前に突き出し、かつての主君である魔王に対して、明確な敵意を持って魔法を放ってくれた。俺を守るために。

 

 あの、名前を聞くだけで過呼吸を起こしていた女の子が、だぞ。

 かつてのトラウマを自らの意志でねじ伏せて、震える足で立っていたんだ。

 

『……痛いなあ』

 

 魔王の表情から、すっかりあの柔らかな微笑みが消え失せていた。

 弾かれた自分の右手を見下ろし、ひどく面白くなさそうな、冷え切った顔をしている。

 奴の手はブラウによる渾身の一撃を食らったはずだが、少し焦げ付いた程度で済んでいた。

 

 規格外な魔王軍を束ねるような奴なんだ、こいつ自身の能力も規格外に違いない──俺はそう、直感した。

 

『やめてくれないかな。この店の前で、そういう物騒なことするの。ボク、ここのオムライスが好きなんだから。店がなくなりでもしたら、どう責任を取るのさ』

 

 ……いや、物騒なことしようとしたの、お前が先だろうが。

 ていうか、オムライスへの執着がすごいなこの魔王。

 世界を作り直すとか言ってるくせに、オムライスのお店は残すつもりなのか?

 

 そんな俺の内心のツッコミなど知る由もなく。

 ブラウは、涙声で、しかし決して引かない強い声で叫んだ。

 

『ドレさんを……ドレさんを、馬鹿にしないでください! ドレさんがいなかったら、あたしたち……勇者パーティは、とっくに全滅してます!』

『戦闘能力が皆無なのに?』

『関係ないです! 誰よりも優しくて、知識があって……いざという時に、一番前で庇ってくれて……暗闇にいたあたしたちの心を、救ってくれる……ッ!』

 

 魔王を前にしての一歩も引かないブラウの啖呵。

 

 まともに戦闘の出来ない俺のことを、仲間としてとても大切にしてくれている暖かな気持ちに胸が熱くなって、視界が(にじ)みそうになった。

 あんなに弱々しかった少女が、今、俺のために勇者パーティの魔道士として立ってくれている。

 

『何事だ!?』

『魔法の暴発か!?』

『おい、あそこで揉め事だぞ!』

 

 ブラウの放った魔法の炸裂音に気づき、大通りを歩いていた群衆がざわめきながら集まってこようとしていた。

 その騒ぎを見て、魔王はチッと小さく舌打ちをしたんだ。

 

『……やれやれ。これ以上騒ぎになって、店が閉まってオムライスを二度と食べられなくなるわけにはいかないからね。今日のところは退散してあげるよ』

 オムライスの心配しかしてないな、こいつ。

『でも、目障りなことには変わりないから。ちょっとだけ、ペナルティね』

 

 魔王は俺に向かって、パチン、と。軽快な音を立てて、指を鳴らした。

 

──その瞬間。

 

 俺の身体の奥底に。ドス黒いヘドロのような何かが直接絡みつくような、焼けるような激痛と悪寒が走った。

 

『が、ああ、あッ……!?』

『ドレさん……!?』

 

 立っていられなくなり、俺はその場に(うずくま)った。

 ルージュがいつも一瞬で治してくれるような、単純な状態異常なんかじゃない。

 これは、強烈な呪いの類に違いなかった。

 

『じゃあね。せいぜいあがいてみてよ、みんなから愛されてるドレ君』

 

 魔王アン・コロールは、こちらに向かってくる群衆とすれ違うように歩き始めると、そのうちその中に溶け込んで見えなくなってしまった。

 

 衆目に晒されている状態では、転移魔術の類は使わなかったみたいだ。

 まあ、それを使ったら、自分は魔族ですと言うようなものだからな。

 俺らも、ブラウによって行使してもらうときは、人目につかない場所で行うのを徹底してもらっている。

 

 追いかけようと思ったが、それどころじゃなかった。

 身体の内部を虫や鼠にでも食いちぎられているような、強烈な痛みに、意識が飛んじまいそうでさ。

 でも、あまりに痛すぎると、意識を飛ばして気絶することすら無理になっちまうんだな。

 

『ドレさん! ドレさんッ!! しっかりしてください、ドレさんっ!!』

 

 俺の身体を抱きしめながら、悲痛な声を上げるブラウの叫び声。

 

 故郷を旅立って一年足らず。

 本気で死ぬかと思ったのは何度もあったけど、絶望以外何もなかったのは、あれが初めてだったよ。




女神「まさに魔王。立ち振る舞いも思想も……ああ、何故こうなってしまったのでしょう。かつては自然を愛する子だったというのに……」
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