俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが…… 作:私は誰だ
絶望のドン底に突き落とされた俺たちだったが、ひとつだけ朗報があった。
俺が自動的にばら撒いてしまうバフだが、基本的には永続ではないらしいのだ。
床を突き破った戦士の体重はほどなくして元に戻ったし、勇者の『聖剣』も規格外の凶器から元のサイズに戻ったと自己申告があった。曰く、標準サイズである、三分の一に縮んだらしい。
……って、ちょっと待て。あいつ、素の状態でも『16cm』あるのか?
器のデカさだけじゃなくて、そこまで……デカすぎんだろ……。
僧侶の異様な腹痛も無事に治まり、限界突破していた視力も正常に戻ったようだ。
――ただ、例外がいた。
「お゛っ! 見えまし、たあ!
この銀髪魔道士だけは、永続的にバフがかかりっぱなしだった。
というのも、彼女自身のパッシブ能力が『かけられたバフの効果を延長する』というものだからだ。
そのせいで、俺の呪いじみた異常なバフが、彼女に限って永久機関となってしまっている。
常にこんな喘ぎ声混じりの喋り方で、くねくねと身体を快楽に
頭がおかしくなりそう、というのはこっちのセリフだ!
しかも、合間合間に挟んでくる『世界の真実』っぽい何かのせいで、別の意味でも頭が痛くなってくる。
「あ゛ーっ! 勇者様っ、あたしっ! ちょっと、おおっ!? あのっ、別の部屋を取ってもらってもいいですかあ! 発散、しないと、死にますっ! 死んじゃいますよっ! お゛っ!」
……本当に増幅されているのはただの『性欲』なのか? もはや別の何かに変異してないか?
その場にいる誰もが疑問に首を傾げたが、勇者は「ふう」と肩で息をすると、一切の
「別に構わないがお金のことを考えていないのか俺達の金は恵まれない子供達に募金するためのものなのだぞただでさえ戦士が開けた穴を弁償しなきゃならないのに自分を慰めるために別室借りているようではお金などすぐに尽きてしまうここでやればいいじゃないか節約は必要だろうみんなで見守っていてやる」
……真の悲報はここからだ。
俺のバフは確かに一定時間で消える『らしい』のだが、同時に、また別のパラメータに新たなバフがかかるのだ。
勇者の分析によれば、最大で合計三つか四つくらいまでは重複するらしい。
あ、銀髪魔道士は例外ね。
この子は延長スキルのせいで、かかったバフが無限に累積していくっぽい。マジで終わってる。
で。
今、この勇者は何が最大値まで増幅されている状態なんだろうな。
肺活量か? 嫌味具合か? 早口言葉のスキルか? あるいはむっつりスケベ度か?
……全部か?
「いいじゃない。とりあえず、私のポケットマネーからお部屋代を出してあげるわ。このままじゃちょっと……ねえ? うるさいし」
僧侶が絶対零度の冷たい視線を魔道士に向けて言い放った。
今、彼女の何のパラメータが最大値に増幅されているのかは不明だが、少なくとも『慈愛』の精神ではなさそうだ。
魔道士も限界突破していて見ていてつらそうだし、とりあえず別室で好きなだけ『発散』して気持ちを落ち着けてくればいいと思う。
声が出せない俺は、首を縦に激しく振って賛成の意を示したのだが――戦士が首を横に振って、口を開いた。
「待て!! 今、その子は世界の真実全てを知っている状態なのだろう!! なら、この異常事態の解決方法を知っているはずだ!!」
うるさい!! いくらなんでも声がでかすぎるだろ!!
鼓膜が物理的に破れんばかりの超絶大音声に、その場にいた全員が衝撃波で気絶しそうになった。
どうやら今の戦士は『声量』が最大値になっているらしい。
床をぶち抜いた上に、このメガトン級の騒音。絶対この宿屋出禁くらうぞ、これ。
あ、でも『防音の結界』を張ってたんだっけ。ならギリギリセーフか? いや、結界の方が耐えきれずに割れそうだけど。
「そうだな教えてくれブラウこいつのバフをどうにかする方法も知っているんだろうさっさと言ってくれないと俺らはもうここで終わりだ」
ブラウというのは、あの喘ぎ続けている銀髪魔道士の名前だ。
ちなみに僧侶がルージュで、戦士がジョーヌって言うんだけど……。
「ん、ん、んん゛っ……え、え゛えと、彼を、イ゛……じゃなくて、殺すのが早いみたいです、ほああ!?」
「論外だ!! 絶対にありえないからな!!」
……かばってくれる気持ちは心底嬉しいが、頼むから叫ばないでくれ。
今この場で一番『沈黙魔法』が必要なのは、間違いなく
しかし、それを唱えるべき魔道士本人が今こんなピンク色の絶頂状態なので、魔法を頼むことなど到底できそうにない。
そして当然ながら、俺だって理不尽に殺されたくはない。必死に、首がもげるほどの勢いで横に振って全力拒絶した。
「んじゃあ! おっ、パーティを、抜けるのが結局、一番みだい、でずよお!?」
「声を封印されてるんじゃどうしようもないのよね。さっきから解除を試みているのだけど……命に紐付けされた術式じゃ、一般的な魔法じゃ無理だわ」
そう、僧侶は先程から隙を見て、俺の呪いを解こうと様々な回復魔法や解呪を試してくれていたのだ。
だが、その一切が弾かれてしまった。魔族が命を懸けて編み出した呪いというのは、それほどまでに絶対的な効力を持っているらしい。
「ならば!! リーダーに宣言する以外の」
戦士がさらに大音響の怒鳴り声を上げようとした瞬間、僧侶が般若のような凄い顔をしながら、物理的に彼女の口を両手で押さえにかかった。
どうやら戦士本人は、自分の声が鼓膜破壊兵器になっている自覚が一切ないらしい。
「……リーダーに宣言する、死ぬ、それ以外でパーティを離脱する方法はないのかしら?」
「そんなものはないあらゆる方法が過去に試されたがそれほどまでにパーティというのは魂の契約なんだ」
その理不尽な仕様については俺も聞いたことがある。
誰の逸話だったかは忘れたが、メンバーを山奥に置き去りにして事実上パーティ崩壊状態になっても、魂の契約は無情にも継続していたというホラーみたいな話を。
しかし、そこまで思考を巡らせて、俺はふとあることに思い至った。
俺のこの異常なパッシブ能力にも、『効果範囲』というものがあるのではないだろうか?
となれば、仮にパーティから離脱できずとも、俺が遠くへ離れさえすれば、これ以上この四人に邪悪なデバフ(もう、そう呼んだ方が良さそうじゃないか?)をかけずに済むのではないか。
そのうち効果が時間経過で完全に消え去ってくれるというのなら、絶対に離れた方がいい。
そうひらめいた俺は、手元の羊皮紙に素早くペンを走らせてその旨を伝えた。声が出せない以上、意思疎通の方法は筆談しかない。
だが、その提案を見た僧侶は「残念だけど」と前置きして、残酷な真実を突きつけてきた。
「キミがかけたバフは、キミが物理的に離れると『解除されなくなる』わ。時間で解除されているのは、あくまでも新しいバフによる『上書き』が行われているからよ。上書きされなくなると、その能力上昇で永続的に固定化されるみたい」
マジか。それはめちゃくちゃ困るぞ。
戦士の声が超音波兵器のまま固定化されたら、もはや歩く公害、騒音指定生物として国から討伐対象にされてしまうじゃないか。
……ん? ちょっと待てよ。それだと。
仮に『自分がパーティから離脱』できたとしても、最後のバフがかかったまま一生固定化されるということにならないだろうか?
背筋に冷たい汗が流れ、俺は震える手で再度、紙に疑問を書き殴った。
「それは……やってみないとわからないわね。術式は術者の状態と紐付けされるはずだけど……能力強化の魔法は、術者が戦闘不能になっても続くし。なんとも言えないわ」
そんな不明瞭な仕様じゃ困るんだよ!
ていうか、それなら先程の魔族の四天王をぶち殺して俺の『
絶望的な空気が漂う中、喘ぎ続けていた銀髪魔道士が、ふいに口を開いた。
「紙に『パーティ抜けます』って書くんじゃ、ダメ、です、かあ! ああ!?」
――完全な、盲点だった。
声が出ないなら書けばいい。
なぜ、そんな一番シンプルなことに最初に気づかなかったのか、自分でも全くわからない。
というわけで、善は急げだ。
俺は力強くペンを握り直し、羊皮紙にデカデカと宣言を書き込んだ。
『パーティ抜けさせてください!』
俺は勢いよく羊皮紙を突き出した。
勇者はそれを受け取ると、何かを噛み殺すような悲痛な顔で深く頷いた。
「わかったこの書面をもってリーダー権限によりお前の離脱を受理する」
その瞬間。
俺の身体が淡い光に包まれていく感覚がした。
世界のシステムとしての『魂の契約』が正式に解除された証だった。
「あ、あれ……? なんか頭がスッキリ……ひゃあっ!? あ、あたし、なんてはしたない恰好を!?」
銀髪魔道士が自分の痴態に気づいたのか、顔を真っ赤にして身を隠す。
彼女が言った通り、『パーティを抜けるのが一番』だったようだ。
「よかった……みんな、元のまともな状態に戻ったみたいね。あんな腹痛、もうコリゴリ」
「ああ……まったく、嫌な経験をしたものだ」
どうやら、俺がパーティを抜けたことで、あの呪いのような異常バフは完全に消失したらしい。
しかし、それは同時に、俺が能力としては初期状態に戻り、この世界最強のパーティとはシステム上「赤の他人」になったことを意味していた。
首には未だに魔族の少女にかけられた『永久沈黙』の呪いの輪が巻き付いている。
これは術者の命に紐付いた呪いだから、パーティ離脱では消えないんだ。
(これで、よかったんだ……。俺はもう、みんなの足手まといじゃないし、変な迷惑をかけることもない)
胸を締め付ける寂しさを押し殺し、俺は小さく手を振って、ひとりきりで部屋を出て行こうとした。
だけど。
その背中を、力強い手がガシッと掴んだ。
「どこに行く気だ? 俺たちが大切な仲間を捨てるわけがないだろう」
振り返ると、そこには勇者がいた。
今にも泣きそうな顔をしている。
「そうだ。お前がいなければ誰が私たちを支えてくれるんだ?」
幼馴染の戦士も。
「絶対に離さないわ。最後まで五人一緒、そう誓ったでしょう?」
妖艶な僧侶も。
「あの……あたし、さっきまでおかしくてごめんなさい! でも、あたしにとってもあなたは大切な仲間です! 一緒に魔王を倒しましょう!」
銀髪の魔道士も。
……四人とも、その目には、一点の曇りもなかった。
最強のバフ要員だから一緒にいたわけじゃない。
幼馴染として、かけがえのない友として、自分という人間を必要としてくれている。
涙が溢れて、視界が滲んで止まらなかった。
俺はこの四人が大好きなんだ。
長い旅路。泥にまみれた日も、強敵に震えた夜も、いつだって笑い合い、苦楽を共にしてきた。
背中を預け合い、お互いの呼吸を誰よりも知り尽くしている。
ただ立っているだけの俺に、みんなとても良くしてくれた。
「いてくれるだけで安心する」と、いつも太陽のような笑顔を向けてくれていたのだ。
恋愛的な感情が誰も自分に向いていないことなんて、些細なことだ。
そんなことよりも、この奇跡のような絆の方がずっと尊い。
俺はみんなと……離れたくない。
声が出せない代わりに、自分は何度も何度も力強く首を縦に振った。
……さっき抜けてくれと言っていたのは。
最初から『再加入』させる算段だったというわけだ。
「よし! それでは、ここに新生勇者パーティを結成する! 改めて俺たちのパーティに入ってくれ!」
勇者が差し出した手を、俺がしっかりと握り返した瞬間。
再び、システム上の『魂の契約』が結ばれた。
そして、勇者のレベルに合わせて俺の能力が急激に底上げされていくが。
こうした場合、得られる能力にも大きな調整がかかって――。
「ぐすっ、ぐすっ、うえええん……なんだかものすごく悲しい気分ですっ」
「あ、あら。三つ隣の部屋の音が聞こえるわ。へえ、すごい話してるわね……かなりの陰謀よ、これ」
「あー、身体が熱い! 着ているもの全て脱がねば酸欠で死にそうだ!」
な、何が起こっているんだ。
パーティ離脱後、再加入したら能力が変質するという話はよく聞かされていた。
大抵は大幅に弱体化するから非推奨とされる行為だが、今回はそれが都合が良かったはずなのに。
驚愕に目を見開いていると。
パリン、と小気味良い音を立てて、俺の首にまとわりついていた魔法の輪が弾け飛んだ。
「あ……あ? 声が、出るぞ!?」
確かな感覚がある。
俺のバフ、どうやら『自分自身』をも対象にするようになったらしい。
そして――今、俺に最大値でかかっている能力は、呪いに対する『抵抗の力』だ。
この反射的な抵抗の力は、遠く離れた魔王城にいるはずの四天王の少女へ、ダイレクトに跳ね返っていくのが手に取るようにわかった。
『ぎゃああああああああああああ!?』
脳裏に、そんな悲鳴の断末魔が直接聞こえてくる程に。
距離に開きがありすぎて、そんなことはあり得ないはずなのだが。
「おお! 沈黙が解けたならよかっ……うわああああっ!?」
突如、勇者の上着が弾け飛んだ。次いで、下半身に着用しているものも豪快に破け散る。
どうやら彼の『筋肉量』に、強靭すぎるバフがかかってしまっているようだった。
……どうやら、自分のこの能力。
生来のもので、決してパーティの離脱や再加入ごときでどうにかなる代物ではなかったらしい。
「……追放してください……お願いします……」
「絶対に嫌だ!! いいじゃないか、何が起こるかわからない状態で魔王を倒そう!!」
「ええ……」
そこまで思ってくれる勇者の気持ちはとても嬉しいが、本当にいいのだろうか……。
取り返しのつかない大惨事が起きる予感しかしないんだけど。
かくして、愛と確かな絆で結ばれた俺たち『新生勇者パーティ』は、理不尽なバフとデバフの恐怖に怯えながら、愉快でハチャメチャな旅を続けることにしたのだった。
女神「解決して良かったですね」
2話で終わり。綺麗に終わったし。多分続かない。
読んでくれてありがとうございました!