俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが……   作:あじさいファン

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28.戦士の話・その6

 突如として現れた、天井まで届きそうなほどの巨大な地面の壁。そのせいで、アルジャンたちから完全に切り離されてしまった俺らは唖然とした。

 

 まったく予期しないトラップだったからね。俺らの動きがほんの数秒でもズレてたり遅れたりしていれば、盛り上がる地面の変質に巻き込まれて大怪我を負うか、あるいはそのまま奈落まで吹っ飛ばされて命がなかったかもしれない。

 

『おい! 三人とも無事か!?』

『ああ、無事だ! そっちはどうだ、ドレ!?』

 

 分厚い岩壁の向こう側から、くぐもったアルジャンの声が聞こえてくる。

 姿は見えねえが、ひとまず向こうのみんなが無事なことに、俺は心底ホッと息を吐いた。

 

『こっちも怪我はない! 女王様も一緒だ!』

『舐められたものだな。この程度の壁、私の力で粉砕できる』

 

 ジョーヌが壁を睨みつけて剛斧を構えた。

 これまでの冒険において、何度もジョーヌは道なき道を斧で切り開いてきた。研究所の一件で防がれたように「必ずしも」というわけではないものの、彼女の馬鹿力に助けられてきたことは数え切れない。

 頑丈な鉄の扉ならともかく、ただの岩壁なら彼女が破壊できない道理はないんだ。

 

 彼女に任せてさっさと壁をぶち抜き、合流しようと思った、その束の間。

 

『……やれやれ。侵入者ごと全員まとめて串刺しにする罠だったのですが。どうやら少し狙いが外れてしまったようですね』

 

 背筋が凍るような、冷たくて不気味な声。

 俺とジョーヌが弾かれたように振り返ると、そこにはワカメ頭の魔族……宰相イヴォアールが悠然と現れやがった。魔族特有の空間を歪める転移魔法を使ったに違いない。

 

『イヴォアール……! 青いスーツの弁護士はどうした!?』

『殺すつもりだったんですがね、しぶとくて仕方がありませんでした。後でやってきた兵たちも目障りで消そうと思ったんですが、この一刻を争う事態では、重傷を負わせるのが限度でしたね』

 

 涼しい顔で、この化け物はそう言い放った。

 だが、傷の度合いに関係なく「死んでいない」なら安心だと思ったね。ルージュの常軌を逸した回復魔法なら、死の淵からでも完璧に回復させられるんだから。

 

 俺らと対峙しているイヴォアールだが、彼ら相手に苦戦を強いられたのは間違いなさそうだった。

 宰相の服が所々ボロボロに引き裂かれているし、表情からも先程までの余裕が消え失せているように感じた。

 

『う、うう……ん……』

 

 その時だ。

 俺たちの足元で倒れていた女性が、小さく呻き声を上げてゆっくりと上体を起こしていた。

 

『女王様! 大丈夫か!?』

 

 ジョーヌが慌てて駆け寄り、彼女の身体を支える。薄暗い(ほこら)の中で、至近距離で顔を合わせた二人。

 俺は思わず息を呑んだ。白よりの青髪と薄茶色の髪という違いこそあれど、二人の顔立ちや雰囲気は、まるで鏡合わせのようにそっくりだったからね。

 似ているのは事前の情報から知っていたけれど、こうまで似ていりゃ、色が識別できない魔族なら区別がつかないのも大いに納得だった。

 

『えっ……あなた……わたくしと、瓜二つ……!? ま、まさか……!』

『驚かせて申し訳ない。いや、こっちも驚いてはいるんだがな。私はジョーヌと言う。貴女を助けにきた、勇者パーティの戦士だ。立てるか?』

『……ジョーヌ……』

 

 アジュール女王は驚きに目を丸くした。

 そりゃあな。人間の勇者パーティが魔族の女王を助けに来ているという状況は、これまでの世界の歴史を思えば不可思議な話だもんな。まして、深い海底の国にまで足を運んで。

 

 だが、その驚きも一瞬だった。すぐに状況の異常さを察したのだろう、痛む身体を押してスッと表情を引き締めていた。

 気高い瞳をイヴォアールへ向け、そしてジョーヌの腕を強く掴む。

 

『……ありがとうございます、勇者の方々。ですが、まともに戦ってはなりませんわ。イヴォアールは、あまりにも危険すぎますの。今すぐ逃げたほうがよろしくてよ』

 

 女王は宰相によって直接ここに誘拐されたわけで、その底なしの恐ろしさを身をもって知っているのだろう。

 彼女の震えるような声からは、自分を助けに来てくれた俺らを死なせまいとする優しさが十分に伝わってきた。

 

 だが、逃げろと言われても。前方にはイヴォアールがいて、その背後には分厚い岩壁がある。唯一の逃げ場が完全に塞がれちまってて、ジョーヌに壁を破壊してもらおうにも、四天王様が立ち塞がって邪魔をしている。

 周囲は切り立った崖まみれで、一歩踏み外せば底なしの奈落まで真っ逆さまって感じだ。どうしようもないね。

 

『逃げ場があったところで、背を向けて逃げるつもりはない。私を信じてくれ、女王。海底の国を(おびや)かす(うみ)なんか、私が直々に潰してやる』

 

 ジョーヌは女王を安心させるように諭した後、剛斧を両手に構えた。旅を始めてから二本目となるその斧は、王都の名工が打った至高の一振りだ。

 そして、戦闘力皆無の俺もジョーヌと並び立つ。護身用として、ポーチに入れている料理用のナイフを取り出した。震える膝を必死に抑え込みながら、覚悟を決めたのさ。いざと言うときは、俺がトドメを刺すつもりでね。

 

『ククク。勇ましい羊ですな。勇敢さの象徴たる戦士ジョーヌはともかく、非力なアナタまでワタシを殺そうと言うのですか』

『舐めんなよ。俺だってやるときはやるんだぜ』

 

 これまで魔物すらロクに殺せたことがないのにな。今思えば蛮勇にも程があるってモンだ。

 だけど、このときの俺はいちいち見下される行為に相当腹が立っててね。城下のオムライス屋前で会った魔王アン・コロールにおちょくられたことから始まり、ギルドの仕事の中で戦う魔族どもにも弱い弱いと罵られ続けた。魔王とも度々出くわしたが、こちらを馬鹿にする態度は一切直らなかったもんだから。

 

 その怒りをまとめて、目の前のワカメ頭にぶつけてやろうって気持ちになってた。振り返ってみると、すげえ逆恨みだね。

 だが、イヴォアールは俺を舐めて笑うわけではなく、冷徹な口調のままで否定してきたんだ。

 

『冗談じゃない。アナタのような羊こそが、最も恐ろしいのです』

『へえ? 評価してくれるのか。俺のことを?』

『むしろ陛下や他の魔族が、支援者ドレを軽んじすぎていますよ。アナタほどおぞましく、恐ろしい存在も他にないというのに』

 

 奴は明確に、俺を最大の脅威として認識していたみたいだ。立っているだけで強力な仲間達に無尽蔵のバフを与え続ける俺を、真っ先に潰さないとダメだと冷静に判断していた。

 無邪気に俺を殺そうとした魔王とは違う、その戦術的な高い評価に俺は感動すら覚えたけど……それはつまり、最優先で確実に殺すべき標的としてロックオンされたってことなわけで。

 

 イヴォアールは俺を冷酷な目で見据えながら、左手にバチバチと強大な魔力を蓄え始めた。裁判所でも見た、あの雷の魔法だ。

 今はルージュの強固な結界もないし、範囲外。相殺してくれるブラウも壁の向こう側だ。果たして俺の自動防御バフだけで、あの四天王の魔法にどこまで耐えきれるか。

 

 ジョーヌが斧を構えてそれを弾こうとしている様子だけど、強力すぎる魔法は物理じゃ弾き切れないってことくらい、俺も彼女も痛いほど知っているのに。

 

『お前を失うくらいなら、私が盾になって死んだ方がマシだ』

『馬鹿言うなよ。俺だってジョーヌを失ったら生きていられねえっつーの』

 

 俺も戦士様も、互いを庇って守ろうという姿勢に入っている。

 だけどこれでは、二人まとめて魔法に貫かれて死んじまうんじゃねえか。そう思ったけど、俺が前に出ないという選択肢は有り得なかった。

 

 ジョーヌの攻撃が、あの魔法が放たれるより早ければ。

 しかし、それは難しそうだ。アルジャンみたいに剣から衝撃波を放てるわけじゃないもんな。彼女の遠距離攻撃はあくまで、拳を地面に叩きつけて隆起を起こすもので、その発動速度は魔法より早くはない。

 

 今まさに、イヴォアールが魔力の充填を終え、俺らに向けて極大の雷撃を放とうとした刹那だった。

 

『やれるものならやってみろ、イヴォアール! その瞬間、この壁と共に貴様を俺の剣で切り裂くぞ!』

 

 壁の向こうから、勇者様による気高い脅しの文句が響いてきた。

 怒れるアルジャンの剣は、かつて奴の父が所有していた研究設備をことごとく粉砕したように、この巨大な岩壁も紙切れのように両断することが出来るだろう。

 凄まじい衝撃波を伴って壁が崩れ落ちれば、魔法攻撃に集中しているイヴォアールに逃げ場はなくなるはずだ。そう踏んだんだろうな。

 

 その上で、アルジャンは可能な限り人殺しをしたくないと願っちまうヤツなんだ。

 だからこそ、無言でさっさと壁ごと切り裂けばいいものを、正々堂々と宣言しちまったってワケだ。

 

 だが、今回の場合。奇襲めいたことを良しとしない勇者様の信念こそが、結果的に俺らにとっての命綱となったみたいでね。

 

『やめておきなさい、勇者よ。この(ほこら)内の地盤はひどく緩い。壁越しに地面へ直接攻撃をするような真似をすれば、アナタの幼馴染たちも女王もまとめて、底なしの奈落へ転落しますよ』

 奴の口振りは至って冷静だった。それさえ言って人質に取ってしまえば、心優しいアルジャンは身動きが取れなくなると踏んだんだろうな。

『ワタシは転移で逃げられますが、魔道士ブラウの広域転移魔術は詠唱に時間がかかり、詠唱の踏み倒しも出来ない。助けられずに全滅し、魔王様撃滅の野望も夢と散りますよ』

 

『どこまでも舐められたものだな……!』

 そんなイヴォアールの上から目線による挑発じみた台詞に、アルジャンの怒りのボルテージが爆上がりしたっぽかった。

『俺らのブラウを甘く見るなよ! 転落しながらでも、俺ら全員を確実に救い上げるくらい、この子なら出来る! そうだな、ブラウ!』

 

 勇者様の無茶ぶり。壁の向こう側から、小さく『ひぇっ』と驚いたようなブラウの悲鳴が聞こえた。

 だけど、彼女は出来ないなんて言わなかった。かつて魔導研究所での絶望的な大立ち回りを経験し、見事に全員を救い出した彼女だ。いくら奈落へ転落中というアクシデントであったとしても、俺らと女王を含めた六人全員の転移を成功させられないわけがない。

 それだけじゃなくて、ここまでの激戦を経て、彼女も広域転移における魔力を操るコツを完全に掴んでいる。何より、パーティレベルの補正はあの頃よりもさらに高まっているんだ。

 

『……もちろんです! むしろ今すぐにやってあげましょうか! イヴォアールも含めて、仲良く海中遊泳としゃれこみましょう!』

『ちィッ……そんなこと、させるわけにはいきません』

 

 アルジャンたちが一切狼狽(うろた)えなかったのは、奴にとって完全に予想外だったのだろう。

 苛立ちを隠せないイヴォアールの足元に、黒い魔法陣が展開される。そして、奴の身体が禍々しい闇の球体に包まれたかと思うと、俺らの目の前からふっと姿を消した。

 

『仕方がありません。ワタシが勇者たちと直々に遊んで差し上げましょう。第二回戦といきましょうか』

 

 声の響きからして、どうやら壁の向こう側──アルジャンたちの前へと転移したらしかった。

 何が何でも、ここから女王を脱出させたくないという執念なんだろう。戦闘状態に引きずり込んじまえは、ブラウは複雑な転移魔法を詠唱している暇がなくなっちまうからな。

 

 とりあえず、最大の脅威が目の前から消え去った。俺らはひとまず助かった……そう思ったんだけど。

 甘かった。俺らの故郷の村で売ってるみたらし団子より、遥かに甘い思考だったよ。

 

『聞こえますかね。戦士と支援者のアナタ方にも、少しは苦労していただきますよ。この地に封印されていた太古の魔物と、仲良くお遊戯していなさい』

 

 そんな気はしていたが、やっぱりイヴォアールの野郎、すでに化け物の封印を解き放ってやがったらしい。

 

 壁の向こうからは凄まじい剣戟の音と、魔法の炸裂音が鳴り響き始めた。アルジャンたちと四天王イヴォアールの激闘が始まったんだ。

 だけど、こちら側には、俺らに襲い掛かって来るはずの「巨大で恐ろしいモンスター」の姿なんてまるで見当たらない。身を隠すような障害物なんかないだだっ広い空間なのに、一体どこに行っちまったんだろう。

 

 必死に辺りを見回したが、一向に現れる気配のない襲撃者。

 もしかして、イヴォアールのハッタリなのかとも思った。俺らを疑心暗鬼に陥らせて精神的にすり減らす、盤外戦術みたいなね。

 

 そうして警戒を続けていると。

 俺たちの足元……アジュール女王が着ている豪華なドレスの(すそ)の下から、小さな何かが、ぽよぽよと水音を立てながら這い出してきたんだ。

 

『ひぃっ……!?』

 

 足元から現れた得体の知れない感触に怯え、後ずさりする女王様。

 俺とジョーヌは彼女を庇うようにしてサッと前に出ると、その這い出してきた化け物と直接対峙した。

 

『……来るぞ、ドレ』

 

 ジョーヌが鋭く声を上げ、素手で構えを取る。

 

 こいつが、人間も魔族も容赦なく食い殺すという、伝説の太古の魔物……!

 一体どんなおぞましい能力を秘めた魔獣なのか。俺はゴクリと生唾を飲み込み、震える手で料理用ナイフを構え直した。

 

──雨粒のようなフォルム。

──プルプルと震える、透き通った水色の身体。

──赤い口が緩いカーブを描いて伸びていて。

──くりくりとした、つぶらな瞳。

 

『…………え?』

『…………は?』

 

 俺とジョーヌは、構えを取ったまま完全にフリーズした。

 背後にいる女王アジュールでさえ、ポカンと口を開けて呆然としている。

 

 海底の国で「誘拐犯の勇者」として手配書にデカデカと描かれていた、あの軟体生物そのものだった。

 

『……まさか、お前……アルジャンなのか……?』

 ジョーヌの間の抜けた声が、静寂に包まれた(ほこら)の中に虚しく響き渡った。

 

 いや、だからアルジャンじゃねえって。

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