俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが…… 作:あじさいファン
『いじめないで! ボク、悪いスライムじゃないよ!』
俺らと対峙している軟体生物は、つぶらな瞳をうるうるとさせながら、必死に敵意がないことを主張してきた。
だが、俺らは知っている。人語を介する個体は、全魔物の中でも最高峰に位置する実力者であり、魔族とは違って例外なく、人類の敵なんだってことを。
だから、どれだけ愛らしいフォルムをして泣き真似をしていようと、俺は一切気を抜かず、手にしている料理用ナイフを強く握り締めていた。
もちろん、ジョーヌもだ。彼女は「可愛いから可哀想で殺せない」などという、ある種、女の子らしい甘い情みたいなものを、死合いの場に持ち込むことは決してない。このハッキリしている気高く冷徹な性分こそが、俺がジョーヌに未だ恋心を持ち続けている最大の理由なんだ。
俺らの毒気が全く抜かれるどころか、むしろ警戒が強まっていることを知ってか知らずか。ヤツはプルプルと水色の身体を震わせながら、その潤ませた目のままで口を開く。
『そうだ、いいことを教えてあげる!』
楽しそうにぽよんと跳ねながら、無邪気な笑顔を浮かべる軟体生物。
いつ牙を剥いて飛び掛かって来るかわかったもんじゃないから、俺たちは警戒を怠ることはなかった。
『ボクの名前はスラジャン! スライム族の勇者なんだ!』
……名前まで妙に、アルジャンに似せている。こんなふざけた偶然があるものなんだろうか?
いや、名前が似ているからこそ、あの海底の国の手配書に取り違えが出たとも考えられるんだけどさ。
だいたいなんだよ、スライム族の勇者って。初めて聞いたぞ。魔物は徒党を組むことはあっても、文明を発展させることはないという。だからコイツは息をするように嘘をついているのだと、そういう冷静な目で見ていられた。
『それでね……いいことというのは、ここからなんだけど』
ふいに、軟体生物の雰囲気が少しだけ変わった感じがした。
こちらを骨の髄まで食い殺そうとする、ドス黒い殺気みたいなものを纏ったと言えばいいのかな。少なくとも、それまで見せていた愛らしさとは対極にある、別種の邪悪なオーラだ。
俺が睨んだ通り、おぞましい闇の魔力がヤツの全身を覆い尽くして、そして。
『人間も凡百の魔族もね、ボクら
言い終わるや否や、軟体生物スラジャンは溜め込んでいた闇の魔力を爆発的に放出。恐るべき熱量を持った放射状の大火炎として、俺らに向かって高速で放ってきやがった。
これに反応して、真っ先に動いたのがジョーヌだった。倒れていた女王アジュールと、そして俺の身体を両脇に抱え込み、凄まじい脚力で真横に跳躍。一直線に飛んで来た死の火炎を、間一髪で避けてみせた。
『怪我はないか、二人とも!?』
着地するなり、すぐさま俺らを
ふと見ると、隣にいる女王様も、顔をほんのり赤らめて「ぽーっ」とジョーヌの横顔を見つめている。ジョーヌの性的指向が同性ではなく異性なのは、アルジャンが好きなワケだから俺もよく知っている。でも、この勇ましい凛としたイケメンぶりは、きっと女性のハートを撃ち抜くのに十分すぎる破壊力があるよね、といつも思っている。
『え、ええ……そ、それよりも! あの怪物、向かってきますわ!』
女王の声に視線を戻すと、軟体生物スラジャンはもう、目に涙なんて微塵も溜めてはいなかった。
騙し討ちの不意打ちに失敗したことに腹を立てているのか──ほぼ顔だけの生物に腹なんてないけど──歪んだ憎悪の形相でこちらを睨みつけている。
『クソがッ。下等生物どもは、とっととオレ様みたいな上級生物サマのエサになりゃいいのに、無駄に生き長らえようとしやがんのな!』
さっきまでの愛らしい声とは打って変わった、ひどく濁った声。あれがスラジャンって奴の本性らしい。
愛らしさで対象の毒気を抜かせた後、恐るべき魔法攻撃をもって屠り、エサにする。無駄に知能と狡猾さがある魔物だけのことはある、
しかも人間のみならず、魔物と協力関係にあることの多い魔族ですらエサと見下している始末。なるほど、これなら古の魔族がこいつをこの
ただ、それは「率直に命を奪うという手段を取れなかった」という意味でもある。それほどまでに、このスラジャンという個体は強いんだろうな。今放った一撃の威力を見ても十分にわかる。しかもヤツは、まだ本気を出していなさそうな不気味な空気を醸し出していた。
『起きて早々悪いが、貴様にくれてやるものがある。死だ。貴様のような根っからの悪を潰してやれると思うと、せいせいする』
『エサになるだけが長所の生き物が、なんかエラそうなコト言ってんねェー! 耳ついてないのかな? だから言ってんじゃん! ボク、悪いスライムじゃないよ、って!』
激しい悪態をつきながら、邪悪なオーラを再び纏っていくスラジャン。だが、今度はそれをヤツ自身の口から、極太のブレスという形でこちらに向かって吐き出しやがった。
広範囲を薙ぎ払う闇の火炎。いくらジョーヌが誇る抜群の運動神経をもってしても、二人を庇いながら横っ飛びで避けられるような代物じゃなかった。
ならば、とジョーヌは自慢の剛斧を顔の前でブンブンと大回転させる。圧倒的な速度による回転は、どういう原理かは不明だが、魔法のブレスすら弾き返すほどの強固な風の壁を生み出した。俺ら三人には火炎は届かず、ジョーヌという壁を中心に左右へと分散していく。この恐るべき神技とも言える防御行動に、スラジャンは一瞬驚いたように目を丸くしてみせたが、すぐに苦虫を噛み潰したような邪悪を表情に宿した。
『けッ! 可愛くねー女! 大人しくオレ様の灼熱に焼かれちまえばいいのによ!』
叫びながら、スラジャンはその軟体をバネにして高々と飛び上がる。闇のオーラは全身に纏ったままだ。その威力を乗せて、上空からジョーヌに直接体当たりをしようという魂胆なのだろう。
可愛らしい見た目とはいえ、これまでの経験則から俺らにはハッキリわかる。あんな魔力の塊が直撃したら、痛いじゃ済まなそうだ。
それでも、俺らの戦士様は一切動じない。今から放たれるであろう強烈な物理攻撃をむしろ好機と見て、ジョーヌの得意技のひとつである
だが、この手の物理的な反撃行為については、スラジャンとかいうやつにも覚えがあるんだろうな。高笑いを上げながら急降下してくる。
『オレ様のスラ・バスタードは一撃必殺! 魔力を乗せた一撃にカウンターなんざ通用すっかよ!』
『そう思うのなら結構! 高を括りながら真っ二つにされるのが貴様の末路だ!』
恐るべき速度で落下してくるスラジャンに向かって中腰になり、すれ違いざまに斧を振り上げようとするジョーヌの姿に、怖れなどあるはずもない。確実に仕留められると言わんばかりの凄味がそこにはあった。
身体に纏わせた魔力を極限まで増幅させて、急降下攻撃の威力を高めていたスラジャンだったが……顔色ひとつ変えずに待ち構えるジョーヌの異常な肝の据わり方に、土壇場でビビっちまったんだろう。器用に空中で身を翻して軌道を逸らし、後方に跳ねて再び距離を取った。
『ああ、良かった。魔力を纏った物理攻撃は、うまくカウンターできなくてな』
『ブラフなのかよ! クソッ、
いいや。俺は知っていた。
今ジョーヌが吐いたその言葉こそが、ブラフ。つまり「ブラフのブラフ」ってワケだ。なんかゲシュタルト崩壊を起こしちまいそうだが、要はジョーヌは魔法を纏った攻撃に対するカウンターを、すでに完璧に心得ているっつーことさ。これで「なんだ、今の攻撃でそのまま突っ込めば勝てたのか」と相手を安心させ、再び同じ急降下攻撃をしてきたところを確実に狙い撃ちにしようとする高度な策だね。賢い。
次に急降下を繰り出してきたときこそが、決着のとき。そう判断したジョーヌは、敵の短絡的な攻撃を誘発するべく、スラジャンの神経を的確に逆撫でする言葉をぶつけることにした。普段は不器用で口下手な彼女だが、戦闘における煽りのセンスに限って言えば、天下一品なんだ。
『それで? もう終わりか。ここからは、怖くて遠距離でブレスを吐くしか出来なくなるというわけだな! さすがは魔物とかいう低俗な生き物! 知性で理解出来ていても、本能が恐怖を覚えれば画一的な行動しか出来なくなってしまう、腑抜けしかいない!』
『……黙って聞いてりゃ、テメェ……』
ただでさえ歪んでいたスライムの表情が、ジョーヌに対する激怒で更に醜く歪む。いつものことながら、ジョーヌの挑発は効果テキメンだ。多少知性を持った生き物であれば、彼女の心無い言葉が有効じゃなかったヤツなんかいない。普段は無骨な口調ながら誰よりも心優しい子だから、その戦闘時の冷酷なギャップに俺がドキドキしちまうね。
さて、今の言葉のどこがヤツの逆鱗に触れたのか、と観察していたんだけど。俺の予想を覆して、スラジャンはわかりやすい「低俗」や「腑抜け」といった暴言の単語には一切触れなかった。
『オレ様は魔物じゃねえッ。
確かに魔族が、全て『腕二本・足二本で指が五つずつの頭一個』な生き物であるとは限らないらしい。
ただ、俺らが今まで出くわした魔族は、ほぼ人型をしていたし、ギリギリそうじゃないのでも、サンちゃんなる喋る骨くらいのものだから、どうにも実態として感覚を掴みかねていた。でも、確かに書物には「人ならざる異形の魔族も存在する」と書いてあった記憶がある。
それでも世間では、魔族と魔物の区別は、びっくりするくらい単純だ。知性を持つ人型か、そうでないか。人型をしていても闇雲に人間を喰らおうとする知性のない者は、全て魔物という扱いになる。
しかしスラジャンは、明確に自分を魔族と呼んだ。少なくとも、本人の中ではそういう認知なのは間違いないらしい。限りなく魔物に近い愛らしい(?)風体をしているが、魔物呼ばわりが地雷であるくらいには。
俺は、へたり込んで成り行きを見守る以外のことが出来ていない、海底の国の女王様をチラと横目で見た。王族が知らないワケない、というスラジャンの発言を受けての行動だ。ジョーヌも、前方への警戒を怠らぬままに、俺と同じように目線を彼女に移していた。
肯定するでも否定するでもなく、額から冷や汗を垂らしながら深く俯く女王アジュール。
この祠に封印していたのは凶悪な魔物ではなく、同胞たる魔族である──代々の王家が長年ひた隠しにしてきた罪深き嘘を認めるかのように、あまりにも重々しい表情だった。
『海底の王様気取ってんのは、まだ譲歩してやるぜ。でも、てめェらみたいな劣悪種の血が、魔族の集団の長をやってんのは、どういうことだァッ!? バグでもなんでもねえヤツがよ!!』
バグ。
かつて、銀髪で片翼の剣士セフィちゃんが言っていたのを聞いて以来の単語だ。その二文字が持つ真の意味を、俺たちは未だに理解できていないままだったが、今この状況でわかることもあった。
そのたった二文字の呼び名に、スラジャンや多くの魔族が、想像を絶するほど深く苦しめられているであろう、ということだ。
しかし、アジュールは魔族の女王様だ。魔族はバグ。でも、スラジャンが言うには、アジュールはバグではない。……どういうことなのか、俺には理解が及ばなかった。
『わ、わたくしたちは……いいえ、わたくしは! 寄る辺を失くした者のために、平等な国を──』
『黙れ部外者。オレ様は、てめェにゃ話してねえんだよ』
意を決して吠えた女王様の勇気も虚しく、スラジャンは冷酷な声で強制的に黙らせちまった。
さっきからそうだったんだが、ヤツの邪気を
スラジャンのヤツ、ジョーヌの方を「海底の国の現女王」だとすっかり勘違いしちまってる発言だ。海底にいる魔族は、肖像画を描いた者みたいな一部例外を除いて色盲だが、スラジャンもそれに該当するみたい。
しかし、女王様は
『オレ様たちのような、どうしようもねえバグの安住の地になるはずだったんだよ、この海底は。それが、てめェの先祖様のせいで全部パァ! 責任はよォ、子孫にきっちり償ってもらうぜ!』
そのあたりの深い因縁の物語は、俺にはまったく及びもつかない。
が、とりあえず目先に起こってる事実だけを言うとだな。ジョーヌの挑発に煽られ、怒りが限界を振り切ってしまったスラジャンが纏う闇のオーラは、先程の比じゃないほど圧倒的な質量に膨れ上がっていた。
かつての海底王は、あれを撃破しきれず、この
だが、ジョーヌのカウンターが、今ヤツの纏っている甚大な魔力をそのままあの軟体生物に直撃させることが出来るとしたら、今度こそ完全に倒せるかもしれないという希望が湧いてくる。
だけどそれは、ジョーヌがこれ以上ない程の、極限の命の危機に晒されているという裏返しでもあるわけだ。
成功すれば怪物の撃破。失敗すれば、防御が間に合わず三人まとめて灰になって死ぬ。さらに、壁の向こうで戦っているアルジャンたちが絶望する隙を、イヴォアールのような狡猾な男が好機と見ないはずもなく、勇者パーティの旅はここで終わる。
俺が、少しでも変わってあげられないことが、何よりも辛い。
なんで俺は、戦闘能力を得られないヒョロガリの身体なんだろうな。せめて少しでも戦える力があれば、愛する女の負担を折半、いや、たった二割でも肩代わりしてやれただろうに。
『ドレ』
そんな俺の胸中の
『ジョーヌ。ごめん、いつもお前やみんなに負担をかけまくってんのに、俺は……』
『それ以上言うな。感謝しているんだぞ。ドレが隣に居てくれているというのは、どれだけ心強いか。パッシブ能力をアテにしているんじゃない。ドレだからいいんだ。常に言葉にするべきだが、気恥ずかしくてな。……ありがとう、ドレ』
尚も上空のスラジャンは怒りをエネルギーに変え、ドス黒い闇の炎を身体に宿していく。もはやその異形な様に、愛らしさなんて欠片もあるはずがない。あれは、暴力と憎悪という概念がそのまま形になったかのような、邪悪の塊だ。
そんな絶望的な死の化身と対峙しながら、俺に心からの感謝を述べる、愛すべき女。
天使のように気高く眩しい彼女の横顔に、思わず強く抱きしめてやりたい衝動に駆られる。が、この子が男として好きなのは、壁の向こうで戦ってるアルジャンの方なんだよな。俺はあくまで、彼女を背中から支える、ただの友人さ。
『今生の別れみたいなこと言うんじゃねえよ。アルジャンたち、向こうで頑張ってるんだぜ』
『ああ……わかっている。だからこれは、あくまでも私の決意表明だ。ここでみじめに死ぬつもりなど、あるものか』
スラジャンは耳を劈くような雄叫びを上げながら、高々と跳ね上がった。
下から見上げれば、ヤツの纏う闇の魔力が巨大な竜の羽根のように広がり、この地下空間全体を覆い尽くさんばかりの勢いだ。
渾身の急降下攻撃──スラ・バスタード。あの超威力を利用し、絶大なカウンター攻撃を叩き込むべく、戦士様は斧を持つ手にギリッと力を込めていた。
『愛する者たちのため! 私が負けるわけにはいかない! この場が貴様の墓場となるのだ、スラジャン!!』
ゴォォォォッ!! と豪快な燃焼音を立てながら、隕石のようにジョーヌに向かって急降下してくる軟体生物。
避けるわけにはいかない。見るからに常軌を逸した高威力。あんなものが直接地面にたたきつけられれば、地盤の緩いっつーこの空間が無事に済むとは思えないからだ。
この場にいる者は全員、足場ごと崩落し、底なしの奈落へ真っ逆さま。壁の向こうで戦闘状態にあるブラウが即座に転移の詠唱に入っても、果たして全員が助かるかは不明瞭だ。腹立たしい四天王のワカメ野郎だけが、悠々と無事に逃げ出してしまう。
ジョーヌもそれを完全にわかっている。だからこそ微動だにしない。
だが、その表情に不安なんて微塵もなかった。彼女もアルジャン同様、絶望的な不可能を己の腕力で可能にしちまうような、凄え奴なんだ。俺ももはや、彼女が負ける心配なんかしなかった。
スラジャンが、ぶつかる。その直前。
ジョーヌは持っていた愛用の剛斧を、思いっきり真上に向かって投擲したのだ。斜め下に落下してくるスラジャンには、絶対に当たらない軌道だった。
『な……!? ジョーヌ!?』
唯一の得物をあっさりと捨て去ったことに、驚愕した俺。
だが、そんな俺を余所に、本人は笑っていた。この絶体絶命のピンチが嘘であるかのような、ふてぶてしいくらいの獰猛な笑みだったんだ。
そして、全てを消し飛ばすスラジャンの凶悪な一撃を。
前に突き出した両の拳だけで、素手で受け止めてみせたんだ。
女神「人に近しい姿をしている者だけが魔族というわけではない……私の教義ではそのようにしてあるのですが、人々はこれをあまり理解していません。人の姿をしている都合の悪いものは、全て魔族ということにしてあるようです。まあ、その思想により多くの魔族を打ち倒せたのも事実ですが、人々が無駄に争い合う温床にもなりましてね……」