Fate/coin a term   作:空白の端

11 / 13
※二部終章微ネタバレ含


蛍光不眠都市・トウキョウ 10

/log:2014-12-18 02:34

 

 月も雲に阻まれ、地上を照らすことはかなわなくなっていた。

 

 空を見上げれば、五十嵐グループの本社ビルが夜空を支配している。実際トウキョウで一番大きなこのビルはどこでも顔を上げるだけで見ることができた。

 摩天楼。その言葉の一番似合うビルは天に楯突く塔として雲をも貫いていた。

 

 腐ったニクの匂い。こぼれ出たばかりの血液のねとりとした匂い。

 もはや笹桐セリにとって自分の匂いなのか、この路地裏の匂いなのかは判断がつかなかった。

 アーチャーはそばにいない。今頃好き勝手に情報収集でも行っているのだろう。

 

 ぼんやりとした体を引き摺って、ビルの方へ進んでいく。

 一歩進むごとに、体のあちこちが張り裂けそうな錯覚が全身を襲う。

 命のカウントダウンめいた、チクタクという時計の針の音がこだまする。

 ただ、頭はどこまでも明鏡めいている。

 

 ──ただ、喰うだけじゃダメ。慣れない宝具使用に慣れない人喰い。でも、こんなことで止まってはいけない──

 

 物心ついた時から蟲に犯され続けていたとはいえ。

 そもそものマキリに分け与えられた蟲の質が良くなかったせいで、ヒトを喰ったときの効率は悪い。極端に悪い。

 だいたい、聖杯戦争に参加する前までは見ようともしなかった、蟲──。

 

「そこのキミ!ああ、キミだよ。血だらけのYシャツ1枚のキミ。こんな真冬にそんな格好とかありえないだろ!」

 

 アハハ……と、軽薄そうな声が人っ子一人いない路地裏に響いた。

 私の目の前には、安っぽい笑みを浮かべる男。

 男の視線は舐め回すようにセリの頭から爪先までを這う。

 確かに、着ているYシャツは大き過ぎて片方はずり落ちている。それに蟲の這った跡の生々しく残る、棒きれみたいな足。でも、それが何か?

 ──この男。笑顔を、作っている。いや、笑っているんじゃない。引き攣っているだけ。

 

「ン、それは……令呪か? いいねぇ。くれよ、その令呪!」

 

 シン、とした空気が更に凍る。生憎私には薬物に逃げ込む金も──心の余裕もなかった。

 

「いいなぁ、令呪! 俺も選ばれたかったなぁ! 聖杯戦争! ハハ……最近はな、黒外套の男たちのせいでみんな辞めるとか言ってさぁ……商売あがったりなんだな、これが」

 

 挑発的にセリの周りをぺたぺたと足音を鳴らしながら不安定に男は続ける。その歩みもフラフラとして、今すぐ転びそうなほどに危うい。

 商売──その微妙に合っていない目を見るに麻薬か何かの売人か。黒外套は……アサシンだろう。

 

「聖杯戦争なんて高尚な魔術師サマ同士の争いなんて俺たちみたいなサンシタには縁遠いもんだと思ってたけどよぉ──お前みたいな死体でも、参加できるんだなぁ!」

 

 そういって、男はセリの肩に手をずぶり、と押し込む──形になった。

 相手もまさか体内まで指が入ると思っていなかったのか、フシギめいた表情をしている。男からすればただ肩を叩いただけだったのだろう。

 

「死体が、何?」

 

 そう問いかけるセリの眼には一切の感情も、意思もない。しかし、男の手には激痛が走る。

 

「ア、アイエエエ!」

 

 肩肉に沈んでいた手を引き抜くと、その先はもう無かった! ナムアミダブツ! そう、彼女の中に潜む蟲がこの短時間で喰ってしまっていたのだ!

 サンシタ魔術使いにとって、指を失うことは致命的ミス。この先どうなるか──男の人生は一瞬にして黒い光で照らされたかのように思えた。

 

「あーイイ……」

 

 絶望めいた表情をする男とは反対に、初めて魔術回路のある人間のニクを喰ったセリの表情は──憎悪と……愉悦!

 

「おい! 何笑ってるんだよ!? サーヴァント、いるんだろ!? 呼べよ!」

 

 ナムアミダブツ! この男、この際に及んでなおまだ自分が優位に立てていると勘違いしているのだ!

 哀れな頭を持つ人間の最期は一つ。死だ。セリのウットリした表情は変わることなく、顔に張り付いている。

 男の中の薬に浮かされた熱がズッと、音を立てて引いていく。この女はカモでも無い。敵だ。

 

「この、オレを何者だと……! オレは強いんだぞ!」

 

  筋力増強ブースト身体能力上昇アクセル生命力上昇サステイン

 男の用いる魔術すべてで、目の前の女を撃破せよと魔術回路を走らせる。このオレの渾身の一撃を受けたやつで倒れなかった奴はいない!

 実際、この薄汚い路地裏で生き残るには十分な技量だ。一般人に毛が生えた程度の増強は、飢えにあえぐ貧民なら蹂躙できる。

 しかし、化け物相手になるとそうはいかない。

 

 実際、簡単にセリの体は吹き飛んだ。血も確かにまき散らし、肉体はところどころ損壊した。

 誰が見てもセリは致命傷を受けてもうすぐ貧民街に転がっているような死体と同じようになる、と思うだろう。

 

 ──ただ、吹き飛んだだけだ。

 

 暫くセリはピクリとも動かなかった。

 その様子に満足したのか男はあろうことか──セリの体をいやらしい手つきでまさぐり始めたのだ。死体のようと形容したとはいえ、女は女だ。

 へへ、と最初のように軽薄な笑い声を漏らしながら、一時の勝者の愉悦に浸る。喰われないように、優しく。傷付けないように、丁寧に。涎がぴちゃ、ぴちゃと男の口端から漏れ出、セリのツヤもハリもない腹に染み込んだ。

 

 ──ただ、吹き飛んだだけだ。

 

 低俗なその行為に耽るあまり、女がサンズ・リバーより帰還しつつあったことに気付かなかったのが、この男の生死を分ける。いつの間にか流れる血がなんて、男は考えてもいなかった。

 

「Отмена」

 

 たった一節の詠唱だ。男の激しい息遣いの前に掻き消えるくらいの小さな詠唱。

 たった、それだけで──

 

      〇*〇*

 

「以上だ、マスター」

 

 五十嵐グループの本社ビルの最上階。これより高い建物は存在せず、もはや地上の景色は雲に阻まれ、彼の視界に届くことはない。

 彼の傲慢さを象徴するような豪華絢爛に飾られた部屋の中心に、五十嵐龍二は座していた。その周りを、アサシンが取り囲んでいる。

 

「今度は貴様たちを10騎以上損失か」

 

 アサシン──時間泥棒達はだんまりを決め込む。時間という魔力によって増殖する彼らからすれば──100騎失おうと大して変わらない。マスターが死ななければ、またいつでも復活できる。

 

 あの学生二人は早々に諦めた。自分たちが手を下さずともマスターによって討伐される者だろうと踏んでいたからだ。

 あの純粋な魔術師もこちらが消耗するだけだと判断したため、相手にはしない。

 それよりも彼らの不安の種はそのマスターを殺すと息巻いた女とそのサーヴァントだ。確かに、あの女とサーヴァントは我々を殺す力を持っている。しかも、他の参加者と違って確実に、自分たちに標的が向いている。それは、恐ろしいことだ。

 しかし、それももうすぐ終わる。

 今や街の9割の人間の時間を集め、その魔力は聖杯にも匹敵する。それをマスター──五十嵐龍二がどう扱い、この街はどう終を迎えるのか。それだけが今のところの観察対象だ。

 

「それで、トウキョウの外がないというのは」

「「文字通りだ。マスター。我々には計り知れぬ」」

 

 しかし、この冷酷な支配者からすればただ自身の領地さえあれば構わないと判断したのだろう。それ以上は深く追求しなかった。

 

「「マスター。我々を殺すという参加者がいましたが、どうやらそれは冗談ではないと、死んだ我らの記憶が物語っています」」

 

 その知らせを聞いた五十嵐は顔をしかめてから、 手元のボタンを一つ、押した。

 映し出された光景は地下にあるクローンヤクザの培養工房。実際アサシンたちも何回か立ち入った。そこに並ぶのは緑色のバイオ溶液で満たされた培養層。その中身はすべて──五十嵐と同じようなかおをしていた。

 

「僕の扱える魔術は強化だけだ。ああ、もちろん跡取りとしては不甲斐ない息子だったとも。だが、ここにいる。なぜか?

 そう。僕は気付いたんだ。足りないなら、増やせばいい。

 強化を自分にしか付与できないというのなら、自分を増やせばいい。数で圧せばどんな敵でも倒れるだろう。

 しかし、魂まで含めた自分自身の完全な複製は最早魔法の域でね。僕ではどうにもならない。だが──自分の手足の延長線上ならどうだ? 自分自身の魔術回路を、騙せばいいだけの話だ。

 魔術師というのは、どうにも自分自身で至ろうとする節があるが、そんなことはどうでもいい。最早──僕にとっては根源は必要ない」

 

 そんな僕が負ける道理があるか? と感情のない目でアサシンに問いかけていた。

 魂のない、皮膚だけが五十嵐龍二と化した人形。彼の手足の延長。それが今のトウキョウに蔓延はびこるクローンマッポの正体だ。アサシンたちとは違い、彼が死ねば、クローンたちもすべて崩れるだろう。

 

 ふと、五十嵐は窓の外に視線を移した。相変わらず鉛色の雲がところどころ途切れながら浮かんでいる──そこに、あり得ないモノが。

 

 小さな人影が、ナニカを携えてこちらを見ていた。

 

 何も、無かった。

 そう。完膚なきまでに、何もなかったのだ。

 

log end/

 

     〇*〇*

 

/now:2014-12-19 05:42

 

 朝はまだ浅い。

 正一郎の部屋で、立夏は寝ていた。彼は居間の床で寝ているところだ。

 晴れる、というわけでも曇り、というわけでもない日。

 ただ、重化学工場の排煙で遠くの景色はすべて朧げだった。

 

 コート……しかも、フード付きがないと外に出る気も出ない。立夏はまだ眠っている。霊体化してもよかったけど、ランサーだけ置いていくのも、不安だった。

 仕方なく、私はカーテンと窓の間に挟まって外を眺めつづけた。

 相変わらず太陽も月も人間とは関係ないと驕り、巡っていた。

 

 ──あと何回、見られるだろう。 

 一人の時は、どうしても色々なことを思い出してしまう。

 

 異星。カルデアの旅の終わり。宇宙白紙化。

 

 ため息をついて、頭を振る。聖杯を、聖杯さえ手に入れれば、全部、全部無かったことにできるから。

 

 街の真ん中にそびえ立つビル。正一郎によると、アサシンのマスターの根城。バカバカしいほどに大きいそれは、私に魔神柱や空想樹を思い出させる。

 正一郎の父は早々に会社に行って、今は立夏たちしかいない。うすうす気づいていたけど、常識まで私の知っているトウキョウとは違うみたいだ。

 目の飛び出たカラスが、窓の前を通り過ぎて行った。

 

 外の生き急いで歩く人間たちは、この街の裏で魔術儀式が行われているなんて夢にも思っていないだろうし、そもそも自分たちが巻き込まれていることにすら気付いていない。

 まぁ、そんなものかと溜息をつく。もしも、カルデアに勧誘されなかったら。──それが、目の前の立夏(わたし)だろう。

 

 ──もしもの、話はいい。

 

 立夏は、ユメを見ているのだろうか。どんなユメだろうか。時折、苦しそうな表情を見せるのだけが心配の種だ。もしかして、私の記憶が立夏に流れ込んで──。

 思えば、自分の寝る姿を、走る姿を、背中も。他人の視点で見れるのは、新鮮な体験だ。自分なのに、他人だなんて。

 

/log:2014-12-19 0?:1?

 

 また、ユメを見ている。私なのか、誰なのかも判然としない微睡みのユメ。

 キャスターのユメってことはとっくに分かっているのに、私は──それを、何故か。

 

 未来の景色に、幻視している。

 

「先輩の前から消えるなんて、そんなことは絶対にありえません。マスター。マシュ・キリエライト、ファーストサーヴァントとして、全力でマスターをお守りします!」

 ──彼女は、正しさの前に死んだ。責務の呼び声は、裁定者しか上げなかった。

「皆さんの最終的な知的レベルに合わせて言うと、()鹿()()()()()()()()()()()

 ──天体悪意はそう言った。底なしの悪意が、私の意識をつかんで離さない。

「でも、まだ。あなたには、私が見えているのでしょう?」

 ──悪意の中の、たったひとつの善意。私は、それを最後の最後で裏切ってしまった。目の前から、一つ、また一つ消えていく。

 

 すべてが色褪せて、消えていく。

 

 ──ふくしゅうしゃは、けっしてわすれない。すべてを、けっしてわすれない。

 

「しかし、ヒトの矮小わいしょうな身でそこまでの英霊を召喚し、あまつさえ従えたという事実結果は、認めましょう。

 その功績結果を称え、貴女を私のパーツの1つにします。簡単な仕事です。人理を守り、阻むものを倒す。私の所為せいで生まれてしまう特異点まちがいを正す。二回も世界を救ってきた貴女なら、もう慣れたことでしょう?

 だいいち、貴女の身もすでに──()()()()、なのでしょう?」

 

 私は、答えない。機械仕掛けの宇宙かみは、こちらを楽しそうに見ている。私に、拒否権はない。私は、もう死んでいたから。

 救世主。世界を救うモノ。それは私にとって──荷が重すぎた。それでも、やらなきゃいけなかったんだ。

 救世主、という響きは少しだけ好きだった。

 でも、世界を救うっていうのは思っていたより──██だった。

 

 ──ふくしゅうしゃは、けっしてわすれない。

 すべてを けっして わすれない うちゅうの おわりまで

 

 キャスターと共に刻まれたもう一つの鋳型クラスが私の忘却という機能を消したから。すべて覚えている。今まで殺した人の数も、今まで消してきた世界も。

 

 すくえなかったうちゅうも。

 

 そして、すくえなかったあなたのすべても。

 

 また、こうやって私は貴女を守り切れない。幸せに、なってほしいだけなのに。

 

log end/

 

 知らない、天井。

 着なれない、パジャマ。

 あれ、なんで私はここにいるんだっけ。

 確か先輩の家で、キャスターの事を色々聞いて、それで……。先輩の部屋を借りたんだった。

 

「目が覚めたのね。いい夜だった?」

 

 閉じたカーテンの向こう側から、キャスターの声がした。影の輪郭だけが、私に訊いている。決して、私に夢の内容なんて聞こうとはしていないのは、なんとなくわかった。でも、何か話しかけたい。何かいい話題は──

 

「キャスターはさ、どんなコートがいいの? 多分──外に出たくないんだろうし、私が買ってくるよ」

 

 これは多分、キャスターも不快になることはないはず。

 昨日来た服を、そのまま着る。この際匂いとか文句はつけてられないけど──やっぱり、着るならキレイな方がいい。

 カーテンの向こうの影が、少し動揺したように揺れた。

 

「一緒に行きましょう。霊体化があるから安心して」

 

 カーテンの向こうからやっと遠慮がちにキャスターが出てきた。昨日は気が動転してて気付かなかったけど、こんなにスカートが短かったなんて……ちょっと目のやり場に困る。

 目の前のキャスターが“自分”であることも見れば見るほど意識させられて──とても直視できない!!

 

「……そ、そうだね。その服……寒く、ないの?」

 

 結局、私の口から出てきたのは、なんてことない一言、二言だけだった。

 

「別に?」

 

 なんてことない、返答。その表情には少しだけ、私をからかうような微笑みもあった。でも……これ以上私の心は持ちそうにないから早くウニクロ行って買ってあげないと──!!

 

「おはようございます。キャスター、立夏。着替えは終わっていますか?」

 

 丁度いいのか、悪いのか。なんとも言えないタイミングでランサーがドアを開けた。ドアの向こうからうっすらパンを温める匂いもする。あ、そういえば家のヒジキペースト、無くなったのに買いに戻ってない……。

 

「あ、おはようございます」

 

 私はさっきまで高鳴っていた胸なんてなかったかのように努めて冷静にアイサツを返す。親しい仲であってもアイサツは大事。

 

「終わっているのでしたら早めに出てきてくださいね。マスターが朝餉あさげの支度を終えたというので」

 

 ちょっと慣れていないような笑みを残してランサーは部屋から出て行った。

 

「それでさ、キャスター。今日は何する?」




ご意見ご感想、考察等あれば気軽に書き込んでください!! 日々の励みになります~
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。