/now:2014-12-19 10:53
繁華街。私はてっきり赤と緑──つまり、クリスマス一色になっているものだと思っていた。でも、現実は全然違う。本来なら赤と緑の二色になって気持ち悪いほどの色彩を生み出すこの都市が、未だ灰色だった。
それもそうか。アサシンに時間を奪われて、みんな余裕の許されない日を過ごしているんだった。
やっぱり、こんなのはよくない。早くアサシンを倒して──それは、できないって先輩は言ってたけど。
周りの学校は同じように冬休みに入ったはずだけど、周りに私たちと同じような歳の人は見当たらなかった。
やっぱり、折田サンのことを思い出してしまう。本当だったら今頃、クリスマスに浮かれた通りで、同じように浮かれて歩いたのかな。
「キャスターの新しいコートを買うのは良いけど、本当にウニクロでいいのか? なんかこうもっと……魔術的な何かとか、必要じゃないのか?」
隣を歩く先輩が私に聞いてくる。キャスターもランサーも今は霊体化して私たちのそばにいる。
「んー、私もそう思ったけど。別にキャスターは顔さえ隠れてくれればいいんだって」
そうか……と先輩は一人不思議そうに独り言ちた。灰色の街を進んでいく。これなら夜のネオンライトの街の方が色彩豊かだというものだ。
〇*〇*
セリは霊体化したアーチャーの指示に従い、このトウキョウの摩天楼を登っていく。彼の見識眼に迷いはない。実際他の国の軍隊であってもここまで被害を出さずして最上階まで登れるとは思えない。
クローンマッポ──今は、クローンヤクザと呼ぶべき存在もすでに彼女の敵ではない。一方的に喰われ、彼女の血となり肉となる。
五十嵐家の最奥、秘奥。今そこにセリは土足で踏み入っている。はっきり言って彼女の神経系は興奮している。あと少しで、彼女は念願の復讐をやっと一つ、成し遂げるのだから──!
驚くべきことに、ビルの中には一切の人間もいなかった。それほどまでに五十嵐家の長は人間を忌み嫌っていたのだろう。
彼女は最後に喰ったヒトのニクに感謝していた。自分なんかよりもよっぽど質のいい魔術回路、薬に漬けられ、痛みを感じなくなったニク──!
彼女は最早人喰いで新たな才能を目覚めさせていた。彼女は喰った肉体を自分のものに変質して取り込む。魔術回路もそのまま喰う。すべてを自分のものとする。
今や隠されたセリの起源──「略奪」は、花開きつつある。
セリは、かつてないほどに自分の調子がいいことを感じている。しかし、それは彼女自身の寿命の前借りに過ぎないことも、彼女は十分承知していた。
「ここにいるのね? アーチャー。まあ、聞くまでもないけど」
間違いない、と名探偵の声が私の頭の中で囁いた。
とんでもなく大きなカナガワのスミエ。その奥ゆかしいアトモスフィアを放つ扉の向こうに、マキリの後に私を喰いつぶした悪の大元が、いる。
ここに上る途中で見つけたバリキドリンクの瓶を一本煽った。こんな時でも結局最後に頼ってしまうのは五十嵐グループの子会社の製品だ。胃の奥からもう何回も上がってきたケミカルゲップがいつもと同じようにこみ上げてくる。
そして、一息置いて。
「イヤーッ!」
セリは大きく右手を振りかぶって──激しい拳を一回、叩きつけた! たちまち扉は粉砕される! その瞬間!
(左だ!)
アーチャーの鋭い声が脊髄を叩くより前にセリは左に跳躍する! 扉の破片の向こうに見えるのは、恐ろしく大きい男が部屋の中央でチャカを構えている姿。アレが五十嵐龍二か! 彼女は理解するより前に本能に深くその顔を刻み付ける。殺せ。
タン! タン! と軽い音を立てながらチャカが火を噴く。しかし、弾は一つも当たりはしない。チャカを持つ五十嵐の手は、跳躍の勢いを利用して突進してきたセリのトビゲリに払われた。小さく、五十嵐の口端が不快に歪むのが見えた。
次の瞬間、勝負は決した。
セリの手は、殺意を持って五十嵐龍二の首にがっちりと固定されている。今すぐにでもへし折らんとばかりに! ゴウランガ! 彼女は蟲の浸食を一時的に全身にまで拡張させることで”強化”の詠唱すらなしに人間離れしたワザマエを見せたのだ!
「ドーモ、初めまして五十嵐龍二サン。笹桐です。そしてお前は死ね!」
そう言い、彼女は全力を腕に込めて五十嵐の首をへし折ろうと──した。
そう、復讐はこんなにもあっさりと終わるものではない。その瞬間。セリは重大な異変に気付いた。──あまりにも、固すぎる
何かある、そう察知したときにはもう、セリは素早いバックステップで彼から離れていた。その距離、約10メートル。
「何をした!」
セリは敵に吠える。しかし、五十嵐は笑うことも怒ることもなくただ淡々と流れるように
「
なんだ、ただの強化使い。さっきのサンシタと同じだ。実際彼女は内心で彼のことを甘く見積もっていた。強化ごとき、と。
火薬は弾の尻を叩き、銃身を音速を超えた速度で滑り出してくる。
「アウーッ!?」
彼女を撃ち抜いた弾は勢いをとどまることを知らず、床をも貫通して遥か下の街まで飛んで行った。なんたるワザマエ! 彼はあの極めることは難しいとされる「強化」を完全に征服し尽くしていたのだ!
激痛に倒れ込んだセリの頭を五十嵐は掴む。ナムアミダブツ! セリの肩はスプリンクラーのように血を撒き散らし、五十嵐のスーツを朱に染める! まさに暗黒芸術!
「笹桐セリ、か。我が社の末端コーポを数ヶ月前に不審な理由で辞めて帰ってこなかったクズは貴様のことか。コーポを辞めただけで僕の手から逃れられると思ったか? 笑止。思い上がりにも程がある。消耗品に過ぎない労働者ごときが死ぬまでに自由を手にできると思ったのか?」
しかし、セリの口は歪んでいる。その歪み方は、笑い。苦しみからくる虚栄でもなく、純粋な笑いだ。しかし、ここまでの戦いに、不自然な点は──ない。
「何が可笑しい?」
頭を掴む手を少し強化する。メキ、と骨の鳴る音が彼の手を伝う。彼にとっては慣れた感覚でもあった。
「いや? ただ貴方みたいな人がよく喋るのが面白くってね。しかも末端の社員の同行まで観察してたっていうの? じゃあ聞くけど。あなたは
「何……!?」
あまりの突拍子もない質問は、五十嵐龍二の意識を惑わすには十分だった。一瞬、手を緩めた隙にセリはもう抜け出していた。
その時、ようやく気付いた。この部屋に、新しい視線が生まれていることに。
その視線は部屋の隅に背中を預け、余裕げにしている。
その
「こんにちは。私は彼女のアーチャーだ。
──さあ、お聞かせ願おうか。君の秘めた犯罪計画を」
アーチャーが初めて口を開いたその時。さっきまで五十嵐龍二の方に流れていた魔力は途端にアーチャーの方へと流れ始めた。魔力だけではない、その場の“空気”まで、アーチャーの有利な状況に変わっている。彼の意思とは反し、心に秘めていたメガコーポの、魔術の、そのすべてを今すぐこの場で自白したくてたまらない衝動に駆られる。
「……僕は「そんなの、どうでもいい。本当にどうでもいい。」
セリは龍二の言葉を遮る。彼女からすれば強者の言い訳すらもはや紙屑同然。アーチャーですらただの時間稼ぎ。血は、彼の清潔な上着を蝕んでいる。そうだ、それでいい。
「
突然。セリが血に染まった左指を振ると、今まで五十嵐のスーツにかかっていた血液が全て蟲に
「き、貴様……何を……!……グワーッ!アサシンッ!来い!」
必死に令呪を掲げるが、アサシンの来る気配はなかった。すでにない
そう、セリはただ油断して弾が当たったのではない。全身の蟲を一気に右腕に集中させることによって血管の圧力を高め、わざと着弾した瞬間に大量の血液をバラまけるようにしていたのであったのだ!
「どう? 蟲に喰われる気分は? あんたの蔑んでいた地を這い回るネズミになる気分は? 弱者に貪られるのは!?」
執拗に、執拗にセリは五十嵐の頭を蹴り続ける。それは、彼女が過去に上司から受けていたパワー・ハラスメントと同じモノだ。
顔にかかっていた返り血も全て蟲に変化し、五十嵐龍二だったモノの喉笛も引きちぎられている。もはや彼には呪文を紡ぐことも、悲鳴を上げることすら叶わない。今にただの肉片、下層部に打ち捨てられるような死体となるだろう。
しばらく肉はずりずりと部屋を這いまわり、美しい絨毯に醜い血の絵を描き続けた。
「悪趣味だな」アーチャー──ホームズはこの惨状に眉ひとつ顰めない。
さっきのサンシタ魔術使いの再演だ。食らわれても、食らわれても、しぶとく動き続ける醜い肉塊。
そして肉片は【ヤクザ呼び出しぼたん】の前で押すことは叶わずに力尽きた。蟲たちもおなか一杯になったのか、わずかな肉片だけを残し、たっぷりと魔力を吸った状態でセリの身体に帰る。全身にこれまでにないほどの魔力が走る。爆発しそうなくらいだ。
そう。私は喰ったのだ。喰ってやったんだ。この暗黒都市トウキョウ、そのものを──!!
「帰るわよ、アーチャー」
一気に喰い過ぎたせいか、その反動はだらだらと流れる汗と化して現れている。もうここに用はない。
そのとき いちじんのひかりが
にくへんをきりきざんだ
──ホームズの眼球には今のノイズが確かに刻まれた。白く光る剣と、少女。『みたのですね。では、忘れてください』
しかし、セリが気付いた様子はない。セリは動かなくなった肉を背に部屋を出る。肉片の名は──五十嵐龍二。
後ろを歩くアーチャーは思案に耽っていた。なぜ、アサシンもクローンヤクザも綺麗さっぱり消えているのか? アサシンが溜め込んでいた魔力と時間は? あの不愉快さは?
「マスター、まだクローン█クザやアサ█ンが生き残っている可能性もある。十分注意した方がいい」
……言葉も浸食するというのか。そして、セリの一言はアーチャーの予想を遥かに上回るモノだった。
「███████?何のこと?」
散歩に行くような足取りで二人は血濡れたビルを出る。確かにまだ壁や床には敗れたクローンヤクザの衣類がこびりついている。あの最上階の部屋にも血だまりは残っていた。
ただ、それしか残っていない、と言った方が正しい。
セリの蟲は途中から…………………を喰うことはやめた。その証拠に中層階にはまだニクが残っているはずだった。彼らの生体情報は残っているはずだった。
しかし、一つもない。ただ、乾いた衣類だけがそこら中に落ちていただけだ。
あのひかりは、何をした。
忘れてください、という
忘却だ。それだけが、この不可視の敵への唯一の抵抗だ。
後ろを振り返ると、まだビルは存在していた。が──ずいぶんと最初の印象とは違っていた。
〇*〇*
ウニクロの袋を片手に、私たちは商業施設を出た。中ぐらいは、と思っていたがやっぱり平時と何一つ変わらない様子だった。
携帯IRC端末が、3日ぶりくらいに揺れた。差出人は──折田サン!
>【個人的メッセージ空間】
>@14Orioruta 立夏サン!? いっぱいメール届いてるけど、なんかあった?
いつもの折田サンだ! あまりの嬉しさに危うく携帯IRC端末を落とすところだった。震える手で返信をタイプする。
>@14ritsukaF忘れちゃったの? 折田サン、最後の3日とか、学校来ないでバイトばっかりしてたじゃん~
>@14Orioruta ええ?ってか、今18日? どういうこと?バイトはまぁ、確かにしてたけど……
戻ってきたんだ、私の友達、折田サンが! 今すぐにでも駆けだしてやったー!って叫びたいくらい。
「先輩先輩! 見てください! 友達が、帰ってきたみたいなんです!」
取り合えず、先輩に見せびらかす。先輩はそんな私の様子を少し不思議そうに眺めて──「なんかあったっけ?」
世界の手触りが、一瞬だけ逆転した感じがした。
どっと、音が戻ってくる。
ワイワイ、ガヤガヤと。さっきまで物音ひとつ立てず歩いていた人たちは、いつも通り幸せそうに歩いていた。
「──待って」
何か、見落としている気がする。なぜ、三日間だと断言できるの? まるで、その間なんて、無かったみたいに。
でも、私は
どうして、みんな笑っていられるのだろうか。なぜ、何もなかったかのように日常を続けられるのか。
──誰も、覚えていない。
現に私もこの問題に対して異常なんて感じなくなっている。
「立夏」
キャスターの気配が、存在が私を引き戻す。
「……
強い憎悪と──世界の忘却に抗えという意志。私に
でも、この三日間のことなんて、私とキャスターしか覚えてない。先輩だって忘れている。でも、誰が──
「五十嵐龍二という存在を、まだ忘れてないでしょう? なら、後ろを見なさい」
──覚えている。でも現実味はどんどん薄れて、そんなのあったっけ、ぐらいになっていくのを感じる。喉奥からせりあがる恐怖。
後ろには、
「せん、ぱい」
誰かに、見られている。誰かが、私を見ている、恐怖。観測されているという事実。
「前から、こんなでしたっけ」
震える手で摩天楼の方を指さす。摩天楼は、前からずっとそこに在ったように悠々と空を貫いている。
「そうだけど……どうかしたのか? 立夏サン」
先輩の言葉に嘘はない。私が覚えているということが、多分。異常なんだ。
/now:2014-12-19 17:3?
「や~っとオルガちゃん、お外に出てくれる気になったんだね~」
私の沈黙を壊すように騒ぐホムンクルス。セシリスフィールのうるささはどうにもならないのか、と心の中で独りため息をつく。
私を殺すと宣言した少女。忘れるはずない、あの髪、あの顔は、マシュ。
どうして、と何度も記憶を漁った。心当たりは、ある。父親の行っている実験。デミ・サーヴァント計画。
本来なら今回の聖杯戦争に私の護衛として参加する予定だったけれど──実験は、失敗した。
その後も、何度も何度もマリスビリーはマシュに非人道的な実験を施した。マシュは、いつも不平不満を言わない。いや、言えないのだ。彼女の感情すらない顔を見るたびに、私は、目を背けている。
でも、あのマシュは『
──わけが、分からない。分かりたくも、無い。
本当は分かっている。アレが私の知っているマシュじゃないことも。でも、結局マシュに恨まれていることも。
そういえば、マシュは失礼な女学生とそのサーヴァントにいたく執着していた。私には殺すと言っただけ。でもあの二人には何か質問とかしていた気がする。確か、カルデアスの起動は許さない、とか。
──それは、許したくない。マシュが私に対して復讐する正当な権利を持っていたとしても、それは許してはいけない。そうと決まれば止めるしかないのだが──私には、彼女を止める自信も何もない。
「そういえばさ、なんか変だな~って思わない?」
私の思考を邪魔する声で、セシリスフィールが話しかけてくる。前々から思ってたけど多分私と彼女は相当に相性が悪いのではなかろうか。でもお父様のことだからきっと何かあるのだろう、と思って我慢するしかない。それで、何が変ですって? 正直言って今日までずっと殺されるという殺意を受けただけで私はホテルから一歩も出る気になれなかった。
「……何が?」
「あ~そっか。オルガちゃん、お外出てないから気付いてないか。ほら、アサシンだよ。あの時間うばうぞ~って襲ってきた大したことないやつ」
アサシン。
「セイバー。何か覚えているの?」
「ええ、マスター。クリームヒルトは……アサシンのこと、忘れちゃったみたい。なぁんにも、覚えていないんですもの……覚えているのは、あのランサーの槍、それだけ……」
……こういう英霊だった。
「ええ~っ? あ~んなにいっぱいいたのに覚えてないの? ヘンなの。でも確かに、消えちゃったみたい、だね」
やけに沈んだ声だった。いつもこれくらいのテンションでいいのにと毒づく。
「ねぇ、オルガちゃんはあの塔、何に見える?」
ホテルの窓からも幾度と見たトウキョウで一番高い塔。見慣れているんだから、間違えようもない。
「石造りの塔に、見えるけど? まさか、登ってみたいなんて、言うんじゃないでしょうね?」
「えっへへ、よくわかってるねっオルガちゃん! そのまさか、だけど?」
ペロっと舌を出して可愛さを演じたって無駄なのよ、このホムンクルス──!!
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