Fate/coin a term 東京模倣聖杯戦争   作:空白の端

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蛍光不眠都市・トウキョウ 15

 日曜日の昼下がり、トウキョウ・ビックリサイト周辺で起きた大規模爆発。そこにいた人々は空から落ちる光、第二の太陽から逃げることしかできない。その爆発がたった一人の魔術師によって起きたものだと知る者はいない。

 

「速報です。今日12時頃、トウキョウ・ビックリサイト周辺で大規模な爆発がありました。数日前の異常な星空との関連は現在わかっておりませんが、詳しい情報は追って報道します……」

 

 その爆発から少し離れた、浮浪者の集う地下道。そこで彼らの命は一匹の蟲に折り取られていく。近づくだけで死を等しく与える、死そのものが路地裏を歩き回っていた。

 最早人間のカタチすら失った、ただの災害。時折動きを止めては何かに身をよじらせ、キシキシと不愉快な叫び声を上げていた。それはまるで、泣き声のように。

 

 自分を忌避するように。

 

── I'm here.

 

     〇*〇*

 ホームズの意識が次に戻ったときは、そこは一面の朱い花畑だった。──いや、それはあり得ない。……もう一度目を凝らす。花畑のように見えたものは、十重二十重に折り重なる血に濡れた人間の手だった。それに、何か脂の燃えた匂いがする。冬にしてはあり得ないほどにベタついた空気。炭化した一部の手。誰かがここで苦し紛れに火を放ったことは明らかだった。だが、ここでは燃え盛るよりも降る血の量の方が多かった。

 実に、悪趣味。だが、()()()()には、そんな趣味はない。ならば、誰か。

 目の前には、マスターの身体だった何か。奥にはぐったりと座り込むアインツベルンの人形とオルガマリーのサーヴァントがいた。──既に、致命傷。下手人は明らかだった。もはや手遅れ。そうとしか言いようのない、笹桐セリ“だったもの”が路地の奥であまりにも大きすぎる頭を振っていた。

 

「君は、私のマスターではない」

 

 目の前の、醜悪を煮詰めた様な蟲に語りかける。私にようやく気づいたのか、蟲はキシキシと声にならない声をあげると、私の身体をいとも容易く摘み上げ、その醜い顔の前に持って行った。沢山の単眼。そして、その中心には一つの複眼。どれもが私を見ている。本能が警鐘を鳴らす。この蟲は最早、殺戮の化身。ギリギリと歯ぎしりをする口からはねばねばとしたものが零れ落ちる。蟲が呼吸する度に、赤い霧が周りを覆った。その度に衣服は重みを増していく。

 

「──私が契約したのはあくまで“笹桐セリ”だ。決して君のような醜い蟲の塊ではない」

 

 淡々と、ただ事実だけを告げる。サーヴァントならば、この程度の高さから落ちてもなんの支障もない。──ただ、私にしては珍しく彼女を信じていたらしい。

 キ、と蟲の歯軋りが止まる。見れば、その歯の間に挟まっているのはヒトの手脚。思わず目を背けたくなるような光景だ。

 

(令呪を持って命、ずる……)

 

 また、どこからか。マスターの声がする。──まだ、生きている。まだマスターと、経路(パス)は繋がっている。それだけでホームズには十分だった。

 

(アーチャー、私が完全に“成る”前に、ころして)

 

 

 

 ──ころして。

 

 

 

 生かして、でも。助けて、でもない。

 ただ、ころして。

 

 それが彼女の選択だった。

 聖杯戦争の勝者を目指す者ならば、決して選ばない選択。しかし、聖杯はその選択でさえも肯定するのか、私の身体にはこれまで以上に魔力が注ぎ込まれる。この人類を冒涜する蟲を罰せよと。

 最早、躊躇(ためら)いはない。上の方からは、余りにも大きすぎる爆発音。あの爆発も一端は自分の責任だが──アレを()()()()()()()()()()責任の方が重い。

 腰の周りに飾られるレンズが魔力を帯びて起き上がる。この蟲の”解体”の準備はとっくにできている。

 

「ヤメ。 て。 タ スけ、」

 

 内からではない、外から聞こえる音。あり得ない。この姿の一体どこから、この声が聞こえるというのか。聞き間違えるはずのない声。

 ──だが、それはあまりにも不自然すぎた。これはただ空気振動が生んだ幻聴に過ぎないというのに。それでも、私はどうしてもこれをマスターと認めたいようだった。

 だが、理性はその選択を肯定せず、目の前の化物を殺せと告げている。ころせ。ころせ。ころして。それがお前のマスターの望み。それを叶えるのが、サーヴァントの役割ではないのか? 様々な声が身体をかけ巡る。今までどのような推理をしても──ここ迄の迷いはなかった。それは、彼女が召喚者だからかだろうか。

 

「……ああ。今、助けるとも」

 

 あまりにも高すぎる令呪の圧が、霊基の枷すら押し破ろうと体内を駆け巡る。魔力は純粋な破壊力として。レンズは光を集め曲げるものとして。

 最早それは解読でも、解答でもない。ただ、純粋な暴力。

 

「明かさせてもらおう。──君はただ、笹桐セリの人格を被った醜悪な蟲に過ぎない。君が犯した罪を、彼女に背負わせるわけにはいかないな」

 

 ──ここまで気乗りしない解答編も初めてだ。そう自嘲してみるが、自分の好奇心の引き起こした成れの果てだと考えれば、笑うにも笑えない。これは推理の結末ではない。私自身が、その結論を処理するための刃になるだけだ。

 この暗闇の蟲を、一片たりとも残さずに燃やし尽くす。それが今の自分にできる最善のことだと、分かっている。

 極限まで圧縮された魔力はやがて光となる。一点に魔力が集中する。それは最早、一筋の光槍。ここまで来てしまえば、私の意思など既にないモノだ。ただ、引鉄だけは、私の手にかかっている。

 さよならは、言わない。私は自分の意思で彼女を焼き尽くすしか、なかった。

 光が、交差する。私のレンズに反射と拡散を繰り返し、全方位全てを丁寧に光で焼いた。

 ジュワジュワと脳細胞が音を立てて燃える。接続部(シナプス)はブチブチと一つづつ切れていく。急激な温度変化によって彼女の全身が膨張し、血液が滲み出る。その度に、ぼとりぼとりと蟲がまた一つ、一つと生まれ、キイキイと耳障りな音をあげながら魔力炎に燃やされていく。

 それは、一時的な地獄の顕現。いや、地獄と呼ぶには生温い。煉獄と言った方が差し支えなかった。

 煙草のタールより重い煙が、私の肺を満たしていく。それは防ぎようもなく、私を侵していく。到底ヒトの生存できる環境では、もうなくなっていた。

 

「イたい……痛い!! イタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイィイイ!!!!」

 

 最後まで、蟲は一匹、また一匹と消えていく。その声は、もうホームズの耳に届くことはない。もう、消してしまったのだから。ただ、べとべととした空気が立ち込めて、彼を不愉快にさせていた。

 

(──令呪をもって命じる。これが最後のお願い。アーチャー、███████████████──)

 

「…………ア……アアアりが、 とウ」

 

 ……完全に、マスターとの契約は切れた。もう自分に魔力を供給する相手はおらず、このまま魔力切れによる退去を待つしかない。

 ──だが、まだやるべき事が残っている。

 アーチャークラスに許された、単独行動。このスキルがあればあと三日ほどは自由に行動できる筈だ。

 私には、マスターの死を悼む暇も与えられない。ただ、彼女の敬虔(けいけん)な使徒として、最後の役目を果たさねばならない。

 

「しかし君は──あまりにも殺しすぎた。いや、君は既に殺害と殺戮の違いすら見失っていたのだろう」

 

 進むべき筈の脚は動かない。ただ、アスファルトが強く焼け焦げた場所の前から、私の脚は凍り付いたように動かなかった。手向けるべき花もなく、ただ私は最後まで彼女の殺人を肯定することはしない。いや、できない。彼女は既に──殺害をしていたのだから。

 

「これで殺戮だけだったら、まだ救いがあったのだろうか」

 

 だが、彼女は既に自分の意思で、殺害を犯している。五█嵐██──彼女は確かにあの時、嬉々として殺害を犯した。きっと、彼女の中ではそれで”おしまい”だったのだろう。その後の殺戮は──彼女が止められなかった結果だ。そこに彼女の意思は介在しない。

 

「そうか、君は」

 

 ──だから、私に頼んだのか。

 だが、私にはその解答を口にする勇気はない。

 

      〇*〇*

 

「これなら! どうかしら……!?」

 

 バチバチと血液を沸騰させる、魔力の反動(リバウンド)に身体を持って行かれそうになった。天体を動かすのはこれで2度目。身体はまだこの破壊の代償のように自由が効かない。単純な破壊を目的にした使用だったからか。

 ──その場の感情でついうっかり惑星轟を行使してしまった。君主(ロード)の娘としてあるまじき失態。目の前にはもくもくと立ち込める土煙。目の前の気配は──消えている。

 

「これは……退去した、でいいの……?」

 

 だいたい、サーヴァントであれどもあそこまでの魔術攻撃を受けて無事なはずもない。

 それに、日を開けずに理想魔術を行使したせいか、なんだかふらふらして、まるで立ち眩みのように……。

 

「これじゃ……」

 

 本当に情けない。目の前のサーヴァントに本当にとどめをさせたかどうかわからないまま倒れるなんて。いざという時のためにポケットに忍び込ませておいたドライフルーツを噛む。それでも、めまいは収まりそうにない。いや、これはもう──地面が、揺れるほどの。

 目の前はぽっかりと穴が開いて、水が漏れ出ていた。地面の底からは、爆発する音やらうねる音やらが聞こえる。

 

「嘘でしょ、ちょっと……! ッきゃあ!」

 

 見間違いじゃない。そもそもこれは私のめまいでもない。ただ単純に、地面が揺れている。いや、違う。これは、波打っている──! しかし、逃げる訳にも行かず、私はただゆっくりと波打つ地面に這いつくばるしかなかった。背後では、人々の逃げ惑う声。幸い、近くに人はいなかったか。

 

「バーサーカー!? そっちはどうなの!?」

 

 令呪を辿り、バーサーカーに呼びかける。──返事はない。一気に氷を入れられたように背筋が凍る。生きた心地が、しない。ここで、私は死ぬのか。まだ経路は途切れていないが、どうしようもなく不安。

 

「駆けろっ、ブリリアドーロ!」

 

 遠くの方から近づいてくる声と、(いなな)く馬。これは間違いなく、ライダー! 人の波も何のその、というように華麗に飛び──私の目の前に一瞬でたどり着いた。

 

「オルガマリーさん! 無事か、いや……無事だったっすか。もうここは危ないっす。とりあえずマスターのところまで行くっすよ」

 

 十分な説明もされないまま私は馬に(またが)った。パカパカ、とやけに陽気な音を立てながら誰よりも早くここから離れていく。ライダーはその顔に似合わないやけに神妙な面持ちをしながら手綱を握っていた。

 

「オルガマリーさんは気付いていないかもしれないっすけど、このトウキョウはかなりの場所が埋め立て地で、しかも地下まであるっていうわけです。……敬語の方がいいっす、ですか?」

「そうね。そっちの方が好きだから」

 

 そうか、埋め立て地。……あまり実感の沸かない言葉だ。それがどのようなものか理解しないまま、私は地下へ地下へと潜っていく。

 そこかしこから腐乱した匂いがする。本来であれば足も踏み入れないような、低俗な場所に私がいるという事実がいまは受け入れがたいが──

 

「待って、あの子がわざわざこんなところに出向いたっていうの? おかしくない?」

「あー……それは、はい」

 

 あの子も私と同じ山の引きこもりだ。そんな彼女がしぶしぶやらされているアーチャーのマスターの探索をこんな熱心にドブさらいのような場所まで来てやるはずが、ない。だが、私の経路(パス)もバーサーカーが近いことを示している。

 内側に入っていけばいくほど、むせ返る様な血の匂いがだんだんと増してくる。それに、何か焦げた匂い。髪の毛が何かに固められていくのを感じる。何か、奥の方に引かれていく風も。

 

「っ……これ以上オルガマリーさんは、近づかないほうがいい、ですね」

 

 突然、ライダーは前に進むのをやめて、私をべたべたした地面に降ろした。少し足を動かすたびに、ねちょねちょとした感覚が脚を伝う。生理的嫌悪が、そこにあった。

 

「一応聞くわ。理由は?」

「……こんな密室でモノが燃えたなら酸素がなくて死ぬっす……じゃなくて、死にます。俺のマスターは人造人間だから多分大丈夫っすけど……」

 

 そう言いながらライダーは一人でねとりとした闇の中へ入っていく。

 ……暗すぎる。ライダーが暗いのもそうだけど、それよりもここが暗すぎる。少し考えてから、魔術で灯をつけることにした。

 

「えいっ」

 

 指先に魔力を集めて、強くイメージするのは夜空に輝く一等星。星の光を一つに集めて、ランプのように。私の魔術は、その神々しい明かりで目の前の景色を映し出した。

 ──残酷なまでに。目の前の景色を鮮明に照らした。

 

 何故、足元がべたべたとしているのか。むせ返る様な血の匂いがするのか。何故、髪の毛が固まっていくのか。少し考えればわかったことだ。これは聖杯戦争。普通の倫理なんて求めちゃいけないってこと。

 目の前の光景は、どうにも。私には遠い国の出来事のようにしか見えなかった。行き止まりの地下道に、ヒトだったものが倒れている。原型をわずかに残したまま、焼け溶けた皮膚が血に染まった地面に広がっていた。周りには、人間の手足のようなものがあらぬ方向に曲がって散乱している。

 その光景は、人が生み出したのにしては、あまりにも悍ましく、現実味の欠片すらない。下を向いても、私の足の間には、人間の一部のようなものが落ちている。どこを見ても地獄。ここで何があったのかは──考えたくもない。

 ライダーは目の前の光景を直視しても何も言わず、ただセシリスフィールを背負(せお)ってこっちに帰ってきた。

 

「あ……ごめんね、オルガ、ちゃん。アタシ……失敗、しちゃった、かな。傷は、すぐ治すから大丈夫……」

 

 血に濡れた頬。そのままで、セシリスフィールは私に話しかけてくる。

 きっと聞けばここで何が起きたかだって答えてくれるだろう。でも、多分。私は耐えられない気がする。

 何が、じゃない。きっと、全てにだ。

 バーサーカーは私に気付いたのか、即座に霊体化して私の背後に回った。特に何も言わない。何があったかくらい簡単にでも教えてくれたらいいのに。それともセシリスフィールのそばにいさせていたことが不満だったのだろうか。貴女の宝具はどちらかというと人間(マスター)を殺すのに適していたからなんだけど……。

 ──遠くから、爆発の音が聞こえた。でもこれは私のせいじゃない。そのすぐあと、鼓膜が破れんばかりに騒々しくサイレンが鳴り始める。私の作った光ではない、赤い警告灯が回転し、私の脳を直接刺激するよう。

 

《退避 退避 緊急退避 アリアケ埋立地は10分後に放棄いたします。まだ残っている方は速やかに退避してください……退避……》

 

 地上が沈んでいたなら──ここが沈まないはずも、無いという道理か。

 

「らいだー、はやくにげよ?」

「うす。マスター」

 

 緊急時だというのに微妙に理解していなさそうな二人に置いて行かれないように私もライダーの馬にまた跨る。今度はあっという間に地上にたどり着いた。まぁその最中に下水道やらなんやらの薄汚いところを通ってきたことは見なかったことにした。

 

「そーいえばさ、なんで沈むとかそんなことになったのかな?」

「あー、それはオルガマリーさんが……っ痛ぁ!」

「それよりセシリスフィール。あなたはなんであんなところにいたのかしら?」

 

 えーそれきく? という風に彼女は露骨に嫌な顔をする。おそらく、ではなく確実に何かあったのだろう。正直言って多分話を聞いても私は途中で止めてしまいそうだし。さっきからバーサーカーは黙ったまま、ということは相当のようだし。

 

「後ででいいから、全部聞かせて」

 

 そっかー、うん、うんと虚空を見つめるセシリスフィールを見ながら、私達はホテルに急ぐ。後ろからは、何か大きなものが沈む音がする。……完全に、さっきまでいた場所は沈んでしまった。何人死んだとか。そんなことを今更になって考えている。私のせいで、起こったからだろうか。

 

     〇*〇*

 

 うん、それで? 本当にオルガちゃんは私達が何を見てきたかって知りたいの? うーん。あんまり覚えてないんだよねー。だってあたし、途中でねちゃったし。

 まぁ、覚えているところだけなら話せるよ?

 

 たしか、オルガちゃんにホテル追い出されてすぐかな。歩くのってほら、めんどくさいし。ビルの上の方をライダーと、バーサーカーと一緒にほいほい、って飛んで魔力探してたらね、あったの。今まで見たことない感じのつよーい魔力。どんな感じかって言うとね……何だろう? ごちゃごちゃしてる感じ? とにかく、一人じゃないって感じ! 気になったから一緒に降りて、話しかけてみようって思ったの。

 ──ちょっと待って。話しかけるって、何よ。

 うーん、おはなし? してみようかなって。え? 次からはそんなことするな?……わかった。うん、続けるね。

 で、そこにいたのはなんかすっごい魔術師なのかな~って思ったら。ただのおんなのこ! 確かに令呪はあったから、バーサーカーの宝具でさっと首を切ったの。でもあの子ね、首を切られても生きてたの! 変だよね~。

 そしたらさっき切った頭の代わりに、ヘンな頭が生えてきて、切った頭をばっくり食べちゃったの! そしたら今度は私達を襲ってきたから、逃げたの。ここでライダーにはオルガちゃんのところに行くようにお願いしたの!

 で、逃げてるうちになんかせまくて暗いところに追い詰められちゃって。そしたらなんかいきなりぺかーって光って、そこで気を失っちゃったの。で、ライダーが助けに来てくれるまでのことは覚えてない。気付いたらね、全部燃えちゃってた。

 

      ○*◯*

 

/log:2014-12-21 11:43

 

 バーサーカーを殺す、だとか愛す、だとか。物騒なことを言ってランサーは俺と家を出た。マスタ―の気配は覚えているらしく、俺はただランサーに手を引かれてアリアケの方に向かっていった。

 今日もビックリサイトは人で賑わっている。聖杯戦争なんてウソみたいな日常。だが、そこに一つの異常な気配があった。

 ──オルガマリー。最近会ったような気もするけど、いつだったかは思い出せない。ただ、このトウキョウには似合わない存在。それが、誰かを待っているようだった。

 

「隠れて。このまま様子を見ましょう。あのサーヴァントもいずれ出てくるはずです」

 

 いつもより、上機嫌のようだった。少し待つと、これまたトウキョウには似合わない黒外套の男にオルガマリーが話しかけた。アレは……サーヴァントか。取り敢えず、ランサーの求めているバーサーカーの方ではない。

 なんだかずっと話しているだけで、さすがにここで戦闘する、ということはないようだ。正直言って、見所も何もない。暇だ。

 

「……だからなんだって言うのよ!」

 

 唐突に、遠くからでも聞こえる叫び声。オルガマリーの口から出たのは明白だった。そこからみるみると彼女は逆上し──しまいには何やら長ったらしい詠唱をして何かをしようとしている。彼女の頭上に目を凝らせば──2日前と同じ、星空。猛烈に嫌な予感がする。

 

「ゴッズ、アニムス、アントルム──」

 

 詠唱と同時に現れたのは。隕石。

 そうとしか言いようのないものが空から落ちてきている。人々はまだこれが何かなんて理解していない。むしろ何かの演出、ぐらいにしか思っていないだろう。当たり前だ。魔術なんて知らなければ、こんなものはただのバカげた夢、幻覚にしか思えない。もし。このまま俺が何もせず立ち去ったら──全員、死ぬ。

 こうなったら居ても立っても居られない。俺ができることで助けられるなら、それはきっと為すべきことだ。彼我(ひが)の距離は、目算で100m。彼女が悟れる範囲で無いことを、願う。

 

「全員、逃げろっ!!」

 

 近くに立っていた警備員から無理矢理拡声器を奪って、喉の限界まで叫ぶ。幸い、オルガマリーが気付いた様子はないし、どちらかというと人のいない方に向かって隕石を落とす様子だ。

 

「写真なんて撮るな、早く逃げろ!」

 

 ここまで叫んでようやく、人の群れはザワザワと異変に勘付き始める。なにあれ。やばいやつ? でも、逃げろって言ってるよ。逃げた方がいいのかな?

 

「死ぬんだぞ! みんな隕石に押しつぶされて! 沈むんだ!」

 

 普段なら絶対やらない様な事だ。確かに人助けは好きだが、人前に立ってまで何かを成そうだなんては思えない。でも、ランサーを召喚してからの俺は何か少しだけ──背伸びが出来ている。彼女に、絶対的な安心を覚えているのか。いや、当たり前だろう。英霊という力を手にして、調子に乗らないはずもない。

 

 ──死ぬって、何? 俺が“死ぬ”と、言った瞬間。怪訝そうに俺をみていた群衆たちは一目散に逃げていく。そうこうしているうちにも、紅く燃える巨石は一帯を押し潰そうと迫ってくる。猶予は少しもない。俺が今すぐ使えるルーンは、6個。

 ここで、今すぐこの隕石に抗うのか。──それは、あまりにも無謀。彼女と俺の魔術の間には俺がどれだけ努力しても埋められないほどの断絶がある。

 いっそ彼女を殺すべきか。──俺は。人を自分の願いのために、殺せるのか?

 

「俺は、やれる。いや、やるしかないんだ……!」

 

 刻む文字は、ケイナズ()。俺の魔力をふんだんにつぎ込んで、オルガマリーを焼き尽くしてやる──!

 

「マスター、お待ちください。私の槍であれば彼女を即座に穿てます。私はその為にいる者です」

「──俺は、ランサーに人を殺してほしくない。それじゃあ駄目か」

「……そうですか、困りました。それはとても……困ります……」

 

 隕石を、穿つとは言わないのか。それもそうだ。あれは彼女が目の前のサーヴァントを殺すために発動させた術式。ランサーの槍を以てしても──砕けないのは、明白だった。まだ奥の方にはまだ逃げ惑う人が何人か。今、ここで隕石を止められれば──彼らも、助かるだろうか?

 轟音が、耳をつんざく。隕石はもうすぐそこまで来ている。ルーンを刻む度に、指先が、頭が、血液が沸騰するように痛い。ここまで攻撃に特化したルーンを刻むだけで、俺の貧弱な体は悲鳴を上げている。だが、痛み(それ)がなんだ──!!

 

「……ッランサー。ルーンの強化、頼めるか」

「勿論です」

 

 彼女の手の内にあるルーンが、力を増していくのが見える。俺が刻んだルーンの中でも、最高の出来栄え。いける、これなら──!

 

「ランサー、投げろ! 防御も頼む!」

 

 勝った! 宙に放り投げられたルーンは、それぞれが輝きを増し、極小の太陽としてオルガマリーに襲いかかる。

 これで、終わりだ。術者(喚んだもの)がいなくなれば、あの巨石だって消えるはずだ。──むしろ、そうであってくれないと困る。

 目も開けられないほどの輝きの中。俺は、あり得ない光景を見た。ルーンはオルガマリーに当たることなく、彼女の圧倒的な魔力の前に耐えきれずに──蒸発した。何と言う、こと。俺の全力でさえ、彼女の前では──些事に等しいというのか。

 

「マスター! 耳塞いで目を閉じて口を開けて!!──アルキズ(防御)!」

 

 ランサーが思い切り俺の頭を地面に押し付け、何か叫んでいる。でも、俺の閉じた瞼の裏には、あの光景しか写っていない。──即ち、失敗。俺は、失敗した。何代も続けて魔術を極めてきた家系に、数代も重ねてすらいない俺が、勝るところなど一つもなかった。

 逃げ遅れた人たちも、隕石が落ち切る前の熱線で蒸発した。苦しい。俺が、失敗しなければ。彼らは死なずに済んだというのに。

 そんな事をうじうじ考える暇もない。隕石は、その輝きを保ったまま、暴力としてこのビックリランドを蹂躙する。幾らランサーの卓越したルーンがあるといえど、着陸の衝撃は俺の細胞の一片に至るまでを震わせ、吹き飛ばす。

 

「……マスター、お気を確かに」

 

 土煙の中。俺の周りにあったはずの木は根こそぎ蒸発し、あとには更地。おまけに彼女の居場所はわからないときた。ただ、彼女の魔力からなす圧倒的な魔力は消えていない。生きているのか。

 そして、突如。ぐにゃりと曲がる地面。

 ──液状化現象か! これは、まずい。ここまで来たら彼女はただの災害と同じだ。

 

「……逃げよう、ランサー」

 

 まるで、惨め。思わず血がにじむほどに唇を噛む。やはり、自分はどこまでもちっぽけで──未熟だ。魔術について、結局何一つもわかっていない。

 曲がり、うねる地面を力いっぱい蹴る。一刻も早く、ここから消えてしまいたいと思うのは、自分の失敗を認めたくなかったからか、まともにランサーの方も見れやしない。

 ──そうですか、困りました。それはとても……困ります……──やはり、ランサーの言うことに素直に従っておけばよかったか。だが、今更そんなことを言ってもどうにもならないのも、確か。

 

「ランサー。こんな俺を、どう思う」

 

 ここで、俺は平凡だ。そう言ってくれればよかった。そうすれば俺はこんな熱に浮かされたような人助けをすることもなかった。このまま、立ち止まれたかもしれない。ただ、目の前のマスターとサーヴァントを倒すことのみに専念できるようになったかもしれない。

 けれども、このランサーはどこまでも俺に優しかった。俺が未熟なことも、無謀なことも笑わない。だから俺は──無意識に彼女を盾にして、甘えていたのか。

 多分俺はもっと早くから考えるべきだった。彼女が、どういう英霊(モノ)だったのか。

 

「……私が思うに、マスターはどこまでも優しく、勇者であるのですね。私……困ります」

 

 その口から出る言葉は、やはり俺を責めていない。彼女は、彼を愛している。

 

「そんなこと、無い。俺はオルガマリーを殺そうとした。人殺しに、なりかけたんだよ。いや、もうなってる。俺が止められなかったから、俺の声が届かなかった人は死んだじゃないか」

 

 蒸発する寸前の、何も理解していない顔。自分が数秒後に死ぬことも知らなかった人たち。全部──俺の力がもっとあれば。助かったかもしれない命。

 

「そうですか? マスターはやはり、私の思う通りの方でしたよ。えぇ、彼に貴方は似ている。本当に、愛おしい。貴方もやはり、あそこ(ヴァルハラ)に行くべきです。心配はいりませんよ。私が……(ころ)す、だけですから」

 

 ランサーの声はいつになく穏やか。それでいて今にも崩れそうで、俺を無性に不安にさせる。待て。いま、彼女は、なんと言った──!?

 

「好き、好き、すきすきすき……!」

「──っ!?」

 

 突然。ランサーの輝く槍は、俺の方を掠めた。まだ、その切っ先には迷い。──何かに、操られているのか? 体勢を立て直しながら振り向けば、迫りくるランサーの顔。その手には、おおよそ人を刺し貫くには大きすぎる槍。その眼には殺意も何もない。ただ、情愛。何が、起こっている? 理解ができないまま、ただ()()()()という事実から俺は逃げるしかない。

 

「好き、好き、でも(あい)しちゃだめ。セイイチロウがいなければ、私は、消えてしまうから……! でも、好き、すきすきすきすき……! (ころ)さなきゃ……、(あい)さなきゃ……!」

 

 それは、最早愛でもなく、ただの恋に狂う女。このまま俺は自分のサーヴァントに殺されるのか? そんな結末(おしまい)は──ダメだ。少なくとも、聖杯を手にするまでは死ねない。

 どこまで走っただろうか。いつの間にか見覚えのある通りまで来ていた。人間をかき分けながら、少ない方へ、少ない方へと逃げていく。そもそも、逃げ切れるのか──それを考えれば、終わりだ。

 

「キャスター、ここもいなかったね。次はどこ行くの?」

 

 裏通りの店から、ちょうど人が出てきた。待て。アレは立夏さんとキャスタ―! あの冷静なキャスターがいれば、なんとかなりそう。そんな一縷(いちる)の望みに(すが)って叫ぶ。

 

「助けてくれ! キャスター!」

「せせせせんぱい!?」

 

 今助けますから! と頼もしいことを言っておきながら、彼女は俺の前に体を投げ出した。──なんて、無謀! 立夏、とキャスターの静止する声もむなしく、立夏さんはランサーの前にその無防備な体を晒した。しぶく鮮血を、幻視した──が。そんなことは、何も起きてもいなかった。

 

「立夏、さん。どいてください。マスターは、私に人間を殺してほしくないと言ったのですから、どいてください。私は、ただ愛するだけ、ですから」

 

 理屈があるのか、無いのか。俺には到底理解の及ばないようなことを言っていることだけは分かる。俺は、彼女を理解していると思っていた。でもそんなのは欺瞞だ。俺は彼女の心になんてちっとも寄り添えていなかったし、理解することもなかった。これが、英霊と人間の、差。そもそも、名前すら知らない相手を、理解できるわけがなかったのだ。足がすくむ。ここで逃げ出すべきではないと俺の感情は囁くが、俺がここにいてもどうしようもないことは、明らか。

 

「何やってるの。ランサーの足を止められるのはまだ彼女の対象になっていない立夏だけ。判ってるんだったら早く逃げて。それとも、自分のサーヴァントが死ぬ様子を見るのが好きなの?」

 

「な──」

 

 死ぬって、死ぬってなんだよ。そりゃあ自分のサーヴァントに殺されるのもまっぴらごめんだけど──それで、彼女を殺すのだって。それは、やりすぎだと思う。

 

「キャスターなら、止める方法とか、知っているんじゃないのか」

「何故? あなたのサーヴァントでしょう? それくらい、自分で解決して」

 

 でも、俺は。ランサーについて結局何も知らない。好きだから、殺す。俺が知っているのはたったそれだけだ。ならば──

 

「令呪を持って命ずる! ランサー、()()()()()()!」

 

 自分の手から、莫大な魔力が消える感覚がする。これでランサーも少しは落ち着いてくれたらいいが。動きの止まったランサーに、一歩近づく。かたかた。もう大丈夫だ、ゴメン。と謝りながら立夏さんをランサーの前から引きはがす。かたかた。ランサー、と声をかける。かたかた。彼女の顔は、よく見えない。──なぜ?

 

「マスターは、そんなにも私を理解してくださっているのでしたね……私、本当に困ってしまいます……」

 

 何故か。ランサーの顔が、俺を嫌悪しているものじゃなくて。とてつもないアイにあふれているように、見て取れた。アイ、しているのか。俺を。今までで一番の、笑顔。まるで花咲くような──

 

「貴方の、令呪を使ってまでも私を保とうとしてくれる愛が、好き。うれしい、優しい。でも、もう私には止められない。貴方が、好き──!!」

 

 それは、最大限の愛の告白。ランサーは、その槍を大きく構えて──

 

「Summon,order──Sigurðr.」

 

 キャスターの乾いた声が響く。その詠唱は影の英霊を呼ぶ詠唱だと、彼女自身が言っていた。ここから起きたことはまるでコマ送りの映像のようだった。影は、俺を突き飛ばす。アレは、ただのキャスターの創り出した魔力の影に過ぎないというのに。その(てのひら)は、あまりにも力強かった。

 そして、”彼”は武器を構えることもなく、ランサーの槍を受け入れる。まるで最初からそうであったように。当然の帰結のように。”彼”も、キャスターもその結末を受け入れる。時にして一秒にも満たない。キャスターはランサーを止める、たったそれだけに一人の英霊を使い潰した。

 ランサーは大きく構えた槍を地面に突き立て、寄りかかったまま動かない。完全に、その表情は完全に憔悴(しょうすい)しきっていた。

 

嗚呼(ああ)、どうして、あなたが……どうして、ここにいたのですか……? どうして、私の前から消えてしまうのですか……? 愛する人(シグルド)……!」

 

 そして、ランサーはもう一度槍を大きく振りかぶる。咄嗟に俺は逃げるような姿勢を見せたが、その槍は俺に突き刺さるのではなく──ランサーの肉体(からだ)をまっすぐ、正確に。貫き通した。血も、何もでない。ただ刺したところからぽっかりと穴が開き──彼女の身体が解けていく。それと同時に、俺を守っていた何かも消えていった。それは、一つの夢の終わりのように。

 

「フジマルリツカ。これは、どうなっている?」

 

 一瞬、その言葉を発したのが俺だとは気づかなかった。ひどく、凍った声。脊髄が丸ごと凍ってしまったように、何かが崩れる音が聞こえた。視界の隅で、あ、と小さく息を漏らしていたのは、立夏さんだった。彼女の眼に映る俺は、どんな顔をしていただろうか。

 

「なっ──」

「答えて、くれよ。なんで、ランサーは死んだ」

 

 自分の大切なものが、ひとつづつ。壊れていくのを感じる。からからと、崩れていく砂の城。

 

「立夏に害を為すから。あなたの令呪の使い方は最悪。彼女(ランサー)がどんなサーヴァントだったか知りもしないで、本当にバカ。シグルドを喚んだ時点で分かったと思うけど──アレの真名はブリュンヒルデ。彼女は愛する者を殺す。つまりあなたが彼女に優しくすればするほど──死に近づいていった」

 

 そんな説明を、聞きたいわけじゃなかった。強く、掌に爪を立てる。痕が付くのも、血がにじむのも気にしない。まだ、掌の中には彼女の手の冷たさが残っている気がしたから。

 

「あなたの優しさがアレを崩壊させた。理解もせずに救えると思い込んでいたの? 滑稽ね。今だって、あなたは自分が傷ついた理由ばかりで、他人(立夏)なんて本当はどうでもいい。優しい自分が好きなだけなら──ここで死んで」

 

 キャスター、と止める立夏の声も聴かない。

 立夏、立夏、立夏。こいつはいつもそればかりだ。こいつこそ──他人の事なんて、何一つも見やしない。

 

「独りよがりの優しさなんてこの世界にはいらないの。自分の肉体が傷つくだけで何を救える? その次にあなたは何を失えるの?」

 

 その言葉の真意を俺はまだうまくつかめないまま。キャスターの背中と立夏さんは大通りに消えていった。俺の手には、もう何にも繋がっていない二画の令呪が残っている。令呪がある限りは、聖杯戦争に参加し続けることはできるが、俺はもう。こんな令呪(呪い)なんて、捨ててしまいたかった。だいいち、もうランサーはいないというのに。

 

「母さん──」

 

 どれくらいの時が経っただろう。もうランサーの痕なんて何一つ残っていない路地裏で、俺はずっと座り込んでいた。大通りの方には、クリスマスに浮かれる人間が沢山、沢山いる。何故か、水の落ちるささやかな音。それが自分の涙だと気付くのにも、いくらかの時間がかかった。

 

「──クソっ!!」

 

 思いっきり、令呪のある手を壁に叩きつける。折れてしまえ。傷ついてしまえ。千切れて、しまえ。だが人体はこんなところでは丈夫らしく、折れる気配も何もなく、ただ擦り傷だらけになるだけだ。

 

「もう、嫌なんだ。聖杯戦争なんて馬鹿だ。第一、こんな俺が母さんに会えるわけ、ないだろ」

 

 誰に聞かせるまでも無く、ただ虚空に呟く。いつの間にか夜になっていて、うざったいまでのクリスマスのテーマが遠くから聞こえていた。

 

「令呪を放棄するのですか?」

「……そうだ。こんなもの、もういらない……って、誰だお前」

 

 ゆっくりと振り返ると。俺の後ろにはいつの間にかあの立夏さんとオルガマリーを殺すと言っていた、確かマシュ、といった女がいた。手には、切っ先のない剣。あの時──立夏さんを刺そうとしたものと同じだ。

 

「ただ切り落とすだけでは放棄にはなりません。私の剣があれば、ちゃんとできますから」

 

 ──切り落とす? 俺の手、事だろうか。一歩、近づいてくる。彼女の動きに迷いはない。白い刃が遠い光を反射して鈍く光る。きっと、このまま掌は切り落とされて、俺の聖杯戦争は終わるのだろう。

 

「逃げないんですね」

 

 彼女は不思議そうにそういうが、俺には逃げる気力も、体力ももうなかった。第一──たったこれだけで、聖杯戦争から解放されるならそれもそれでいいや、と思う自分がいる。

 それは、まるで口づけのように。彼女は俺の手を取り、まっすぐに切り落とした。それはあまりにも定められたように、抵抗も痛みもなく俺の腕は刃を受け入れた。

 ぞ、と俺のなにかが切り口から出ていく。その正体を掴めないまま、俺の手は切り落とされた。

 痛みとは反対に血だけがぞふりと俺の身体から失われていく。それをみて初めて、痛みが遅れてやってきた。気絶しそうなまでの、脳髄を直接叩く痛み。死ぬことはないが、死にそうな痛みが絶え間なく俺を襲ってきて、脳がマヒしそうだ。

 

    〇*〇*

 

 目が覚めたところは、病院だった。無機質な天井が、俺を睨み返している。右腕は天敵に繋がれて、動かないようにされている。右手の、手首より向こうの感覚が一切ない。

 ──終わった。俺は、終わったんだ。ただ、それだけが頭の中を支配している。

 俺は、聖杯戦争から、逃げたんだ。




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