Fate/coin a term 東京模倣聖杯戦争 作:ひつあつ
叫ぶ様な甲高い音。唸るような、地割れのような腹に響く音。この世のありとあらゆる音を集めたような雑然した音波が街を襲った。
「始まりましたか……世界を救うというのは、アレを倒すという事です。それが出来ないというのなら──先輩はここで死んでください」
轟音の中で、マシュの声だけがよく聞こえる。ゆっくり/
「あれが"終わり"です。聖杯戦争か、世界かはご想像にお任せしますが」
耳をつん裂く不快な音は止んだけれど、光は幾重にも重なったナニカに覆われて/守られて、まともにみれば目が潰れる。──光は、泣いていた。
「待って、聖杯の器はあんなところにはいないはず──待って、あのセイバーもどき!? 待って、マシュ。貴女はアレのマスターでしょう!?」
少し困った様な顔をして、顔を逸らす。刃も私の胸の前から下げられた。怒りか何かか、わなわなと剣を握る手が震えている。
「セイバーもどき、それならまだ良かった」
すう、と息を吸って続ける。
「アレは──ビーストⅦ、終局の獣。世界を終わらせる
唐突に目の前のマシュは狼狽し始める。何がまずいのかも私にはさっぱりわからないけど、みるみると彼女の顔が青ざめてゆく。
「所ちょ──アニムスフィアが勝利すれば、確実にこの世界でもマリス・カルデアスは誕生する。でも、もうすでにビーストⅦが存在しているなら──どうなるの?」
からん、と乾いた音を立てて剣が落ち、滑って落ちていった。
ビースト、獣。どっちも聞いたことのない言葉のはずなのに、それは倒すべきものだと、超えなければならない
世界を救ってと、叫ぶ声は止まない。
自分がいま、何処に立っているかわからない。
私が溶けている。
キャスター/私のアタマとカラダが混ざって、ぐちゃぐちゃになっている。
際限なく私という個/記録が流れ込んでくる。
全てが死んだ私で、生きている私なんてどこにも──
「結局、このおまえも死ぬの? 今のおまえは俺のマスターでもなんでもない、ただの何でもないヤツだろ? じゃあもう二度と世界なんて救ってやるなよ、バーカ! あんなのに操り人形にされたおまえなんて醜くくて、気持ち悪いだけなんだよ。吐き気がする。──おまえに言うべき事はこれで終わりだ、解ったならさっさと行けよ。こんな所に居て俺と話してたっていい事ないぜ」
羽虫の
「そもそも、おまえをこんな所に送り込んできたやつなんて、俺の天敵どころの話じゃない、俺の一番嫌いなヤツだ。自分が生きるために
何処までもねじ曲がって嘘ばかりの言葉が、今は私の背中を確かに押している。私が
──確かにそうだ。聖杯戦争なんてないまま日常が過ぎていたら、私はきっと人並みに生きて、人並みに死ぬ。
でも、それは空想の話で、私には与えられなかった人生だ。きっと、私には最初からこうなる選択肢しか残されていなかったような気もする。
「そうよ、藤丸さんの精神はもう避けられようの無いくらいに
今度も、あなたが持っていてちょうだいと、小さなペンダントが手渡された。
縁を繋いでくれて、大切にしてくれてありがとう。いつまでもこんな世界に取り残されないで。前に、未来に進んでちょうだい──と、鍵の彼女は言った。
進む、進む、足を進ませる。彼の名前も、彼女の名前も私は知らない。でも、私を信じてくれていることも、私が信じていたことも解る。
このむこう、未来という
──目を挙げれば、色彩を失った世界だけが目に映る。
ああでもこれは無理。
私にとってこんなことを無視して、終わりにただ向かうのを待つだけ、なんてことは耐えられない。
無理。無理だってわかってるでしょ。
それに。ずっと泣いていて、悲しそうなあの光を。
見捨てることだって、私にはできない。
○*◯*
/now:2014-12-24 00:00
もう何時かわからない。それでもなお私はひっきりなしに襲ってくる眠気になんとか対抗しようと自分の腕をつねったりしていた。
本を読む気も起きないし、誰かと話す気にもならない。でも、眠るのはもっと嫌だ。ホテルの暖かい色の照明でさえ眠気を誘ってくるのが疎ましい。
眠ったら。眠ったら──生きるよりも酷いユメを、みてしまうから。
ふと、あのときマシュの言っていた事を思い出してしまう。
『ええ、そうですね。やはり貴女は
殺すのが、私のため。
──きっと。それは、本当で。
「ああ、もうっ!」
考えるだけ、多分無駄。ぼふ、と枕に顔を
カチ、カチ、という時計の針の音を聞くたびに背筋が凍って、涙が止まらない。
──それが、この実験室を爆破するための機構だったら、どれだけ良かっただろう。実際は、私に繋がっている延命装置の稼働する音で、ここには助けも何も来ない。来るのはただ──
「いや、違うの、こんなの……知らないったら……!」
ひそひそと、私を
「やめて……やめて……やめてったら……! 可哀想なんて……可哀想なんて言わないでよ……! 私は、これで、これがいいのに……!」
私が殺したはずのアーチャーの影響か何かは、もう見当もつかないけど。延々、延々とイヤなことばかりが私を支配する。
枕を抱えてゴロゴロとベットの上を暴れまわっても何の解決にもならない。でも大の字になって寝るのは、あのユメみたいでもっと嫌だ。
トリシャもいない、下手だけど私の事を考えてくれてはいたセシリスフィールもここにはいない。
目を閉じても開いても、目に映るのは限りなく白に近い光だけ。
「白……?」
目を閉じた時はユメの色、という説明はつく。──でも。目を開けても? ホテルの電灯は全部が橙色のはずなのに。白い光なんてありえない。
カーテンの隙間から、ありえないほど目の覚める光が差し込んでいる。頭が、いたい。カーテンを開けなくても、強烈なその光は私の脳を揺さぶる。みてはいけないと、そう理性は
¥error!!¥
『あなたも みています なにか ききたいことは ありました サーヴァントも よべない あなたは ひとりぼっち』
「……ええ、そうね」
小さく、秘密を打ち明けるような声。鍵はかけた筈だし、私とセシリスフィール以外がドアを開けようものなら軽く吹き飛ぶようにした。バーサーカーも外に出してないはず。だのに、侵入を果たせるというのは、サーヴァントくらいしかいない。むしろそうでないと困る。
「って……ちょっ!?」
「……ごめんなさい、といえば良いの? あなたに負担がかかるみたいだから、
ぎし、とベットに新しく体重のかかる音。この声を、私は知っているし、これがマシュのサーヴァントという事もわかっている。きっと彼女のことだから──どうあがいても最後には私を殺すつもりなのだろう。
「あなたは私にとっては既知だけど……あなたは
「……わけのわからないことばかり言って、煙に巻くのはやめてくれないかしら?」
本当は今すぐ暴れ出したいし、できることならここからずっと遠い所に逃げ去りたい。でも私の体は満足に動かず、ただ敵の前で治らない震えを隠すことで精一杯だった。
「 人の寝てるところまで押しかけて何がしたいの? 大体……」
今何時なのか解っているの? と言おうとして、自分が今何時か解っていないことに気が付いた。慌てて震えを抑えた指で、目の前のナイトテーブルに置いてあるアナログ時計を手繰り寄せる。かち、かち、という音が近づいてくるだけで涙が出そうだがそこは我慢。この礼儀も何も知らないサーヴァントに暴力でなくともとりあえず一矢報いてやらないと。
「……え?」
確かに、何時かは解る。
──それは針の位置と時間の関係をあなたは知っているからだ。
でも、こんな██が刻まれた時計を持ってきた覚えはない。
──それはあなた達が██を忘れてしまったからだ。
そもそも、これは██と私には認められない。ありえない。
──こんな、
「だいたい、なぁに?」
さっきまでとは打って変わって、千年の水底のように凍った声。声の主が行った行為は私のベッドに座るだけ──それすらも、本当かどうか危ういのに、私は生命の危機を感じている。
──危機、じゃない。
きっと、彼女の中で私の死というものはいつでも与えられるものなのだ。だから、こんな生殺しみたいな状況が続いている。
彼女は私を殺そうとしているし、その気になれば私はひとたまりもなくやられて、何も残せないままただの肉屑になって捨てられるのがいいところだ。
でもそんなの絶対いや。私は"かわいそう"な女の子じゃないし、そんなふうに私の人生を価値付けることも許せない。
──でも、でも。
そうやって心の中でいくら強そうな事を言ってみたって。
結局ここにいるのは、敵に背後を取られてもなおずっと寝転がっているだけの、何にもできない臆病者だ。
「……ここで死ぬのは、つまらないと思う? あなたは、どうして生きているの?」
冷え切ってザラついた、理解の及ばない声と、突拍子もない質問。それはまるで、永く、永く拡がりきった宇宙のように私を包んで、響いている。
星も、いつかは死ぬ。私──いや、父にとって死とはそんなものだ。
自分が死んでも、
だから、私も同じ考え。なんて考えてみて、笑ってしまう。
これじゃあやっぱりあのいけ好かないアーチャーのいうとおり、結局私にはロクな意志も何もあったものじゃない。
「そう……それがあなたという、人生?」
まだ、一言も言っていないのに。目の前/背後/足元の彼女がそう私に問う。気配は一つも増えていないのに、存在だけは増えていた。
もう、自分の見ているものなんてあてにならない。
こいつに対抗できるのはセシリスフィールだけだとあの塔の戦いでわかっているのに、こんな時に限ってあの子はいないなんて、本当にどうかしてる。
「あなたの見ているものが、そう思った景色が
ばさり、と
現実はとじて
私に語りかけるセイバーの声も、私を取り囲むセイバーの姿も。泡が水へ溶けるように消えてしまった。
その声を、間違えるはずもない。
「セシリスフィール、あなた」
いつものセシリスフィールの様子とは少し違う、どこかボウ、とした表情。まさしく、それは人形のような。
「聖杯戦争。はやく、
そう、窓際に腰掛けながら呟いたセシリスフィールの顔は、逆光でよく見えない。
だからだろうか。私は、彼女がおんなじ人物だなんて、これっぽっちも思えなかった。
「あなた──」「ん? あたしはセシリスフィールだよ?」
本当に、とは。私の心の弱さじゃ言えなかった。それで、違うよ、なんて答えが返ってきたらどうすればいいか、わからなかったから。
外で輝く光は、時々胎動めいて明るさを変えている。
その輝きは、第二の太陽のよう。私の
◯*◯*
¥error!!¥
ぽたり、ぽたりと。
どちらが表で、どちらが裏なんて、今では些事。
月光も、ほしのひかりも、全てが歪んで、ただ一点のみに収束する。
彼女の背を追うように
「……ビースト……」
彼女はそう
人理を以て人理を滅ぼし、人類を愛するもの。
──その名は
ひとつ、
ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて、
『まっていて……』
今のわたしを照らしているのは、月の白くありきたりな光じゃなくて、ずっと昔から輝き続ける宇宙の蒼。
大きな海に、一滴の雫が垂れるように、魂が、霊核がぞくぞくとわたしの中に投げ入れられる。
名前、物語、召喚理由。誰を殺して、感情を獲得し、宝具を用いたか。──そして、どうやって終末を迎えたか。
全部、ぜんぶ融かしてどろどろに。
ぜんぶ、ぜんぶ、
まっしろに。まっしろに。
結局。最初から、さいごまで、わたしは普遍で。誰も見つけてくれやしなかった。
◯*◯*
「私が先輩たちにしてきたことは、知っていると思いますが。何故、私はあんなことをしていたと思いますか?」
「言ってたじゃない。
「いいえ。先輩がカルデアに来ないようにすることです」
「それで? そのために私を何人殺したの?」
「一万から数えるのは辞めました」
「私がカルデアスに勝てるなんてミリも思っていなかったみたいね」
「ええ。先輩が成功した世界は一つだけ。でも、救ってもその先に──未来は無かった。ほら、無駄なんです。それならカルデアスの成立、なんていう回りくどい方法で地球を延命する必要なんて無かった。そもそも、無かったことになって、しまうんだから」
「そう? その滅びまで回避する気にはならなかったの?」
「いいです。私はアニムスフィアから産まれたモノ。アニムスフィアから起きる世界滅亡は止める権利が──いや、義務があります。でもその先は……」
言葉の応酬は続く。キリがない。
「今のマスターの方の先輩はアレをどう思いますか? 一週間もあればアレはビースト成体に成るでしょう。そうしたら今代の人類は終わり。人理も一回リセットです。次の人類が生まれてくるまでこの地球は一回
それでも、フジマルリツカは本当にアレを打倒するのか、戦うのか、と。その目は問いかけている。
──そうだ、と返すしかない。だって、あの光を見たら助け/救ってあげないと、いけない。
キャスターも薄く顎を引く。
「わかりました。なれば今は、私の命運は汝の手に。一応これでも、サーヴァントですから。こんな危なっかしいサーヴァントは、手元においておきたいと思うものでしょう? 先輩に負担はかけませんが、一応」
そう差し出された彼女の手を初めて握った。──やっぱり、キャスターと同じ、冷たい手。
「うん、マシュは笑えるんだね。やっぱりそれがいいよ」
言葉の真意を聞くことはない。だって、口にしたら──きっと、壊れてしまうから。
遠く/近くで聞こえる悲鳴が幻聴なのか、本物なのかすらもうわからない。
でも、どっちも本物の悲鳴で。助けなきゃ、いけないモノだ。
「ビーストⅦも、オルガマリー所長も殺せば、この世界がアニムスフィアのあんなにも恥ずかしい方法で消えることはなくなるはずです。いいですね?……マリスビリー氏はもう、何もしなくても死ぬので」
どうして、と思う。マシュはさっき、私達を殺して来たのはアニムスフィアがどうとか、と言っていたけど。あのビーストⅦ、っていうやつは、アニムスフィアのせいじゃないんじゃないか、って。
「いいえ、あれが生まれてしまう発端も元を辿ればアニムスフィアが原因です。そもそも、本来ならばここで聖杯戦争が起きるはずもないのですから」
え、と今日一番の驚き。確かに、確かに考えれば、こんな所で聖杯戦争が起きるなんて、そんなのどうかしてる、かも。
「枝、剪定事象……この世界。いや、人理……とりあえず、この世界は強固な"決まり"によって厳格に管理されていますから、本来なら2014年のトウキョウで聖杯戦争が起こる事自体があり得ません。
ですが、この世界は違う。アニムスフィア家の得意とするところである、『観測』、『設計』、そして『複製』で、彼らは聖杯戦争そのものを平たく言えば……コピーしたのです」
──聖杯戦争の、コピー。こんなにまで、命を懸けた儀式を、コピー? あまりにも
「仕組みがわかっていなくとも、使えるならば彼らは使います。たとえそれが、幾つもの魔術倫理への冒涜であっても構わないのですから。
マリスビリー氏からすれば、どんな手段を使ったとしても富さえ得られれば、問題はなかった。ただ、一番効率よく巨万の富を得られる方法が聖杯戦争だっただけ」
お金が欲しい、なんて俗物的な願いで数々の人を犠牲にして、世界の終わり一歩手前まで引き起こす。──それは。酷く、『悪』だと思う。
「……まぁ、今の先輩にはあまり関係ない話でしたね。とりあえず、アニムスフィアの滅びだけは回避して下さい、先輩。ビーストⅦの羽化を阻止すれば、剪定は免れるはずです。後は……どうでしょうか」
それは私の仕事ではない、と言い張るようにマシュは肩で風を切るように歩きだす。
光も声も、いつの間にか凪いでいた。息を潜めるように、ゆっくりと胎動しながら時間が過ぎていくのを感じる。
きっとそれが、あの"バベル"の感覚なのだろう。
私がどうしようもなく世界を救いたいと思うように。彼女が救われたいって、思っているなら。戦わずに済む道だって、あるんじゃないか──。そう思うのは、ダメなのか。