Fate/coin a term 東京模倣聖杯戦争 作:ひつあつ
「ですが、今はもう敵です。貴女もまた、アニムスフィアの生んだ、醜いもの。ガワばかりで、中身を与えられなかった過去の私。
さようなら、そして──おやすみなさい」
カツ、と足音が大きく響いて聞こえるのは、このフロアが息を潜めているだけの地下と違って、一応表向きには人が立ち入るための石造りの地上部分だからだろうか。
その慢心しきったセシリスフィールの隙を、私は見逃さない。いつも先輩を殺してきた時と同じように、
──だが。私の剣を受け止めていたのは、セシリスフィールの胸ではなかった。紅い鮮血が広間を汚すことも無く、ただ、ライダーがすんでの所で剣を掴んでいる。
「く、そ……思ったより、痛いっすね……」
刀身が彼の
彼の真名を、私は知っている。マンドリカルド──あの大海の異聞帯で、マスターに最も寄り添っていたサーヴァント、そして、狙撃型星間戦闘機アルテミスの矢を防ぐために奇跡を起こして消えた、まごう事なき勇者。決して強いと手放しに言うことはできないが──舐めてかかっていい相手でもない。
──でも、そんなことは今は関係ない。この、あまりにも出来過ぎた、先輩が幸せになれる可能性がどこよりも高い世界を、私はみすみす手放すことはできなかった。
「離しなさい、ライダー。この剣は貴方にとっては毒」
「……それは、マスター、でも、同じだろ……」
剣を握る手にはさらに力がこもり、薄らと血が滴り落ちていく。しかし、拮抗状態はすぐに崩れ、ライダーは呆気なく私に押し倒されてしまった。筋力で私に勝てるわけはないというのに。
「……まだ、抵抗する気ですか」
「そうだ、俺を召喚したのは、マスター、だからな」
だからマスターが傷つくようなことにはさせない、とその顔は言っている。その姿は、サーヴァントとして余りにも正しかった。
──故に、危険だ。
サーヴァントというモノは、その性質上マスターの思想、思考に大きく左右される。そもそもサーヴァントをこの世に繋ぎ止めているのは、聖杯の魔力であり、その前にマスターの意志である。だから、彼はきっと彼女が止めろ、というまで決して私の前から
ならば、真に崩すべきは彼ではなく、そのマスターである彼女だ。
「セシリスフィール。あなたは、本当に理解しているのですか」
乱暴にライダーの体を振り払い、今度はセシリスフィールのいる方と逆方向に体を跳ねさせ、彼女を睨む。
その顔は上の天窓から差し込むぼんやりとした薄明かりに照らされ、その完成されたうつくしい顔の造りが殊更に強調されていた。
「アニムスフィアの最終目標を、このままではこの星にもいずれおとずれる、
「もくひょう? ああ、お星様を真っ白にしちゃうって、あれ? 私は大好きだよ、だってそれがマリスビリー様のやりたい事なら、私はなんだって肯定するの」
……なんて、バカ。怒りよりも先に呆れが来る方が早かった。この少女は何でも知った気で居ながら、結局何も知らない、というバカではなく、自身でアレを知っておきながら、あの宇宙一の大恥を肯定するのだ。
「っちょっと待って! マシュ、」
憤りに震える手を、そっと握る掌があった。そのあたたかさを私は
「……呆れた、あんな計画、誰に聞いてもnoが返ってくる代物だと思っていたのに」
「でも、私はそれを支持するの。それが何か悪いことだったり、する?」
全く悪びれもしない彼女の態度はむしろ清々しいまであって、私は辟易しながら言葉を選ぶ。
「悪いことかどうか、ですか? ええ、私から言えば当たり前です。だってあなたの目の前にいるのは、
だから、きっと私は確実に彼女とわかり合うことはできないし、そもそもするつもりもない。
「そうだ、ね、それが、正解だ、違う、違う違う!
──何かが、違う。一体どうして彼女は、アニムスフィアの計画を知り得たのだ?『名探偵』から聞いた? それはあり得ない。例えばその『名探偵』が私の知っているシャーロック・ホームズだとしても、アニムスフィアの計画の真実まではこの聖杯戦争では……オルガマリーの口からはたどり着けないはず。
彼女は、何を見た?『見せてもらったんだ、いまのバベルはかみさまの一個手前。気分がいいから、私がなんだったか、本当はこうだったとか。なんでも見せてあげるんだって』……あのビーストの心までを見透かす能力じみたものが、何処までを範囲にするかもわからない。そもそも、この言葉の真意が何処まで
「よく考えて、マシュ。私達は
……ああ、立夏が無理に言おうとすれば全身筋肉痛が一気にくるからやめたほうがいいよ」
考えろ、と先輩は強く私に訴えるように/気だるげに口を閉じた。
セシリスフィールの真実がアインツベルンの人形でなく、アニムスフィア家の造ったデザイナーベビーだとしても、その体には常人よりもずっと優れた魔術回路が備わっている。
そして、世界に彼女をアインツベルンの人形だと誤認させるには、相当な改造が必要だ。主に魔術回路の面で。私たち自身にそう誤認させるための処置も、当然施されている。例えば、大量の優秀な魔術回路の移植が。だからきっと、アレはビーストⅦの
でも、彼女の顔色は何一つ変わることなく、その白く完成された美しい肌を天窓から降り注ぐ光に濡らしていた・
……光? そうか。魔術協会に蛍光灯とかいう現代的なものは何一つ持込まれるわけがなかったのだ。この光の出どころは、この天窓の外、私たちを覆い尽くすもの。すなわち──
ならば、話は早い。この決定的に間違った人形をどうにかするには、このスポットライトの下から退かせてやればいいだけだ。──例え、それがただの対処療法に過ぎないとしても、今はどうしようもない。今の彼女がどのような状況にあるかだって検討もつかないし、どんな理屈でああなっているかも解らない。でも、動かないと──どうしようもないのも、確か。
でも、どうやって? 彼女の目の前にはマンドリカルドが構えている。今の彼は"彼女を守ること"、ただそれだけを必死に守っているから、彼女に触れることはおろか、近づくのだって一苦労だ。だって、護ると言うのはあまりにも難しくて、それでいて──一番、簡単なことだから。
「……だから、ほら。早くいなくなってよ、ねぇ、もう
いきなり大声を上げたと思えば、ごほごほと咳き込み、そのまま──ナニか大きい塊を、ごぶりと、吐き出した。ぬちゃり、と音を立てて床に落ちる。外からの明かりに照らされたそれは──見惚れてしまう程に美しく。そして攻撃的すぎる、赤色だった。
それを見て、さぁ、と血の気が引いていくのを感じる。やっぱり、何かがおかしい。
「マスター!? ど、どこからやられたっすか!?」
「う、うる、さ、うるさ、い」
「ちょ、マスター? だ、誰が、っすか? え、俺!?」
「煩い、五月蝿い、うるさい! 私に近づかないで、私に触れないで、私に優しくしないで!!」
……どうやら。精神的にも肉体的にも、相当な無理をしていた、と見受けられる。
ライダーを突き飛ばす、までの力も既にその手にない。よろけながらしゃがむセシリスフィールの足は──その白さはどこへ、と言うほどに赤黒く染まっていた。タイツとかそういう色ではない、余りにも生々しい生傷が、今にもかつては白かった彼女の肌を食い破らんとばかりに皮膚の下を
ああ、あ、あ、あ、あああ、と。
──それはまるで、舞台上にひとりきりで照らされる、悲劇のヒロイン。
──たったひとりで、死から逃れようと
……彼女が
「でも、マスターがずっと苦しんでいるのに放置するのは、いただけないっすね」
──その時、ちょうど。私は変わらずに彼女を照らす光の正体が、神罰の類とか。神さまに通じてしまう道の類だと、思い至っていたのだ。でも、その時には既に遅く。ただ、その神罰すらをも恐れない彼を前に過去を幻視して/それは現実であり、見ていることしかできなかった。
「来ない、でよ、ねぇ、おねがいだか、ら、ね、ね、」
セシリスフィールの、その血の混じる掠れ声は、既に覚悟を決めた彼に届くことはなく。
勇者は、倒れ込んだお姫様を優しく救い出すように。
なんてことないふうに、しっかりと抱き上げた。
◯*◯*
あたしというデキモノの弱いところは、一回なら死ねること。その所為か、あたしの思考回路には自己保存についての一切は含まれていない。
私というものは、マリスビリー様の悲願のために生成された、ただそこにあればいい、とされる
あたしが消えてしまっても/私がいるのだから問題ない。
私は真白な人形。目を覚ましたのは雪のお城。
「彼女はこの期に及んでまだ人格を獲得していない。これは余りにも私の聖杯の器にふさわしいね」
彼はそう言って、新しい人格を与えた。"私"と違う、名前のある
"私"は人格に消される、殺されるとさえ思っていた。でも、肉体に生まれる筈のない魂を、彼は全く見ていなかった。そう、現実は違う。動くための機構には、方向性を定めた人格さえあればいい。──そもそも、"私"は彼に認知さえされていなかった。
オルガマリーとは反対の方向性を渡されて、自分をアインツベルンの人形だと疑いもしない"あたし"は、何処までも空っぽであるように振る舞う。彼のことも、何もかもしらない人格だから。
──結局。"私"は、マリスビリー様に一度でも振り向いて貰えれば、良かったのかもしれない。
でも。
"あたし"はマリスビリーの名前さえしらないよ。
『協力を してしまう まるで 裏切り者ね』
……協力。
そっか。人類の言葉だとそう言うんだね。もうあたしの体は飽きた? 飽きてない? どっちでもいいけど。
キミは、聖杯に成っちゃったんだね。それが一番簡単そうだもん。あたしに繋がるのも、やりたいことをやるのだって。
でも、こうやって消えちゃうのはいやだなぁ。オルガちゃんにあんな酷いこと、あたしの体で言っちゃったんだもん。悪いことをしたらあやまるって、オルガちゃんが教えてくれたのに、あたしはもうできそうにないや。だから、これから先はあたしはもう行かない。悪いこと、しちゃったもんね。でも残念。あたしが死んでも/まだ私が残ってるみたい。私には、難しいよ。
……本当は、悔しいけど、ね。
……じゃあ、"あたし"はこの世界から、永遠にさようなら。バベル、キミを絶対に許さない──
『……記録 しました 接続 強制切断……』
◯*◯*
……
……自己修復を実行します。──失敗。
……自己保存を実行します。──失敗。
……外部からの魔力供給を確認。
……"セシリスフィール"を再起動します。──承認。
◯*◯*
……まだ私には、たくさんの仕事が残っている。私のために魔法陣を敷設してまで呼び戻す人がいる。稼働、しなくては。役に、たたないと。
あの子の代わりに、ならないと。
──私も、聖杯戦争を終わらせたいと、思っているから。
つめたい。
固くなった雪の上に背中を預けているよう。でも、どこかじんわりとした暖かいものも、私の中に入ってくる。裂けた体の隅々まで行き渡って、強制的に魔力回路を起ち上がらせていた。
痛い。
体が、ばらばらになりそう。回路が熱を持って、私の中でうねるように自己修復で暴れていた。ばきばき、と音を立てて私の体を組み替えていく。
でも、その痛みはなかったことにして、ゆっくりと瞼を開けるところから始める。
「……息は戻ったみたい。流石、アニムスフィア家のホムンクルス……もとい、デザイナーベビーと言ったところね」
誰の、声だろう。記憶の連続性はめちゃくちゃで、どうして自分がここにいるかさえわからない。──うそ。ほんとうは、わかっている。記憶には、何一つの欠落もない。……忘れたい事も、しっかり残っている。
この空間にいるのは、オルガマリー、マシュ、そして同じ魂のふたり。そして私たちのサーヴァント。それ以外に半径100m以内に生命反応はなし。──それは、アレの権能を勝手に借りて調べたことだけど。
……ひとつ、うそ。ここに、ライダーの気配はない。当たり前。だって、あの光の下に入るなんて自殺行為。──サーヴァントならば、特に。
「私の言葉が理解できますか? 自分の名前は?」
なんと言えばいいのかわからない、と潰れた喉で答えた。
その後に、自分でイメージする私の声と、実際に出る声のギャップに、自分で驚いてみたり、する。……自己嫌悪で潰れてしまいそう。それこそ、ばかな振りをしないとやってけない。……私は、セシリスフィールにはとてもなれそうにないことは、最初からわかっている。
……胸の痛みが、切れてしまった管の痛みなのか、幻痛なのかも理解できない。初めての痛み。私だけでは、この情報量は、どうにも受け入れられそうになかった。
「あら、泣いてるの? 珍しいじゃない。……少なくとも、私は見た事がない、ってだけ」
オルガマリー……オルガちゃんの声が、上から降ってくる。暗くて、よく見えないのは、私の眼球が未だ回復していないから?
さっきから、頬を伝う不思議な現象が、"泣いている"という事を知った。──初めて、だ。すくなくとも、あの子の経験にはない。でも、それは。最初から、あの子はそれが選択肢になかっただけで。流したい時は沢山あった事を、今になってようやく知った。
──なんで泣いているのかも、わからない。
自分の
──なんで拒んでいるのかも、わからない。
いつものライダーだったら、すぐに実体化してそばにいてくれると記憶していたのに、今は一向にでてこない。まだ、契約は破れていないが、いつもの彼の姿も、気配も、私の近くから居なくなっている。
アレに干渉されている間は魔力に困らなかったけど──あの瞬間、私を抱いた時は、もう既にアレから途切れていたかどうかは、定かではない。
「ライダーは? 聖杯戦争、はやく、終わらせないと、だめ、だから」
首から下はまだ満足に動かせない。ただ気持ちだけが先行して、体を動かそうと意識する度に、頭をハンマーで殴られたような痛みが走る。
「……記憶もある。自己認識も残っている。根本から壊れたってわけじゃないなら、まだ利用価値はありそうね」
マシュの声が、随分と硬く聞こえる。当然だ。私が見てきた通りなら、マシュはきっと私のことは大嫌い、でもオルガマリーのことはもっと大嫌い。そして、マリスビリー様のことは、もっともっと、大嫌い。
アレのことはもっと理解できない。私のことが嫌いだから、あの子を、私を傷つけるためにはいってきた。それはわかる。
でも、あの子に嫌な思いをさせるなら、私を止めるなら、この肉体で、あの油断しきったオルガマリーを殺せば良かっただけなのに。
「やさしくしないでって言ったのに。ほんとうに、あの子と同じくらいばかで、まっすぐなサーヴァント」
喉が掠れて、言いたいことの一つも言えない。結局外に出た音は、ざらざらとした喉の気紛れ、めちゃめちゃに壊れた楽器。
「……マシュ、私にも一つ質問させて。大丈夫、そんなに難しいことじゃないし、長くもないから」
構いません、とまた硬い声。かつ、かつと最早聞き慣れた少しの焦燥を含む足音が私に少しづつ、近づいてくる。
「私のこと、本当に嫌い? ダメな子、悪い子だと思う?」
その声は、今にも泣き出しそうなものだと、今までのあの子の経験から知っている。でも、現実は予想/演算と異なり、私の顔を熱心に覗き込む彼女の顔は、ただの凪、無表情。
まるい響きをもつ彼女のまるい目は、私をじっと見つめていた。──それは、たぶん“セシリスフィール”にではなく、“私”に向けて。
あの時、私があの子の口調を借りて言ってしまった事の殆どが一度は抱いたことのある感情、あの子は演算することはなかったけど、暇にくれた私が少しでも演算してしまった、悪いもの。私だって、忘れていたもの。それを、アレはいとも簡単に掘り起こして、拡げて──今でも、ゾッとする。でも、それよりもその感情を演算してしまった私のほうが、ずっと恐ろしい。恥ずべきもの、忌むべきもの。
オルガマリーのことが好きか嫌いか? なんて決まっている。
最初から、嫌いだ。
聖杯戦争がなければ、絶対にあの子にも見向きもしなかったくせに。
あなたは覚えていないだろうけど、カルデアの廊下で私を窓越しに見て、そのままマリスビリー様と一緒にどこかに行った事も、私は覚えている。ズルいんだ。最初から、あなたはすべてを手に入れているのに。どうして、自分を嘆くのか。
「き、らい、だよ、わた、しはね」
精一杯、これでもかと。絶対にオルガマリーが聞き逃さないように、大きな声で言った。そのまるい目をめいいっぱい覗き込んで。
「……そう。私も最初はそうだった。でも、セシリスフィールの事は結構好きよ。貴女にそれが伝わってたら嬉しいけど」
凪いだ表情は変わらない。まるで、最初から嫌われていることを受け入れていたよう。
──いけない。あの子はきっと、彼女にこんな表情をさせたくて私を生かしたわけじゃない。
慌てて、あの子はあなたのことを好意的に思っていた、と付け足した。それを聞いて彼女はようやく少し笑って、「でも、貴女に嫌われてたらもうだめね」と。
……違う、と否定する言葉は生憎持ち合わせていない。だって現に、あの子はオルガマリーのことが好きだったとしても、私は好きではない、というより嫌いだから。
でも、本当に嫌いなのはオルガマリーじゃなくて、私だって事も。私は気付いている。
◯*◯*
名前は呪いだ。"そう"あれかしと呼ばれた者の一生は"そう"なってしまうほどの恐ろしい、
"私"が生まれたのは、いつだっただろう?
"私"の最初の名前なんて、後からつけられた
──私の名前はバベル。ビーストⅦ。
人理を逆行せし、
はじめに光があり、その光が言葉であるならば、バベルは総てです。
人類最古の英雄として語られる王が居たならば。私は、ソレを綴るモノです。
最初からあって、最後まである。そこにあることが当たり前のモノです。
だから誰にも見向きされない。
だから誰にも愛されない。
自分の形が
切り分けていた自我を全て取り戻して、完璧な形に戻っていく。