/now:2014-12-16
○*○*
火曜日だ。
俺はいつものように満員電車に乗り、ハイスクールへ向かう。窓の外の「や」「す」「い」「!」だとか「いまうれてます」だとかいうありきたりで猥雑な看板が大量に目の前を通り過ぎていった。
いつもならここで携帯IRC端末をで教科書ファイルを読むのだが、今日は前々から撮影しておいた母親の魔術書を読むことにした。数年前に抗争に巻き込まれて死んだ母親が、魔術書を見ている間はいつも見守ってくれるように感じる。幸い、今のトウキョウは安定していて、抗争が起きることもほとんどない。
電車の揺れに合わせてサラリマンたちが揺れる。まだ、最寄駅までは時間があった。リズムに合わせて俺がうとうとし始めた時──
「携帯IRC端末? と呼ばれるものですね? 私の時代には無かったものです。不思議です……」
──ランサーの存在をすっかり失念していた……というより、できるだけ考えないように頭から追い出しておいたのだが。こうして、俺の心の平安はまた乱されることになった。
霊体化、というのは便利なものでこうしてランサーは電車賃を払う事なく俺と一緒に移動できるし、ニューロンに意思を直接響かせて会話することも出来る。実際便利だ。しかし欠点として突然この玉を転がすようなランサーの声がいつニューロンに響いてもいいように身構えてなくてはならないのだが。
「現界の折にあたって、現世の基本知識は座より授かるのですが……やはり実際見るのとでは違いますね……」
ランサーはどうやら俺が話しかけられるたびに異常に高まる心音を落ち着けるのに必死なことを知らないらしい。声だけでもどうしていいかたちまちわからなくなると言うのに、実体化したランサーの前ではどこを見れば良いかわからなくなる……いや、顔を見ればいいのだろうが……。
「ランサーサンがどんな
そうだ、ハイスクールでも一応警戒しておいてほしい」
「わかりました、マスター」
そして俺はまたランサーの存在を頭から消すように努力するために今度は学内IRCを覗いてみた。ここはどんな時でもハイスクールの生徒なら誰でも使えるところで、いつもくだらないことからハイスクールの試験対策についての質問スレッドまでたくさんで賑わっている。
今日もやれ購買のスシでどれが一番おいしいだか、どの女性センセイが一番かわいいだかというどうでもいいスレッドばかりだ。
そんな情報の海の中。俺の目を引くものが一つ流れてきた。勢いはほとんどゼロ。
>【とても急ぐ】右手に変なアザ? 《画像付き》
>@14ritsukaF(スレ主)《画像》
>@14ritsukaF(スレ主) 本当にわからない!
ここでスレッドは終わって、誰もいいねも返信もしていない。しかしこの画像は──令呪じゃないか! 多分あまりの衝撃に何か声を漏らしてしまったのだろう。サラリマンたちは一斉にこちらを向いた。だがこれは放っておいてもいいものでもない。俺はこのスレ主にとりあえず個人的メッセージを送ることにした。
>【個人的メッセージ空間】
>@13seeeichi ドーモ。加藤です。スレッドの投稿についてお伺いしたいことがあります。
俺は送ってから自分の過ちに気付く。この人のIDは14始まり。つまり今年入ってきたばかりの新入生であるのだ。この人はやろうと思えばこのメッセージに返信せずに、
>【キモチワルイ!】知らない先輩から突然の個人的メッセージ!
と銘打ってスレ立てだってできる。多分このIRC内で盛り上がることは間違いなしだ。想像しただけで胸が痛くなる。俺は壁に貼ってある「電車で写真を撮るのはよくない」というポスターは見ないことにして、とりあえず自分の令呪の写真を送ることにした。
これなら──不審者だとは思われないだろう。多分。相手からの返信は早かった。
>@14ritsukaF ドーモ、藤丸です! 助けてくれるんですか!
>@13seeeichi はい、良ければ。一度どこかでゆっくり話したいです
>@14ritsukaF 私は今日の放課後でも可能です
>@13seeeichi では、ハイスクールに最も近いマケドドナルドの前は?
>@14ritsukaF 了解です。ハイスクールが終わり次第すぐに向かいます
そうして相手のアイコンはオフライン状態を示す灰色に変わる。この電車の電子オイラン音声は、いつのまにかハイスクールの最寄り駅を告げていた。
〇*〇*
「オハヨウ。それで昨日はごめん、立夏サン」
藤丸立夏が登校して最初に聞いたのは、昨日最後に会話──というより、ケンカした折田サンの声だった。
「私もゴメン、昨日は言いすぎちゃった!」そういって私は折田サンの手をつかむ。
「ってかどうしたの!? そんな大きい絆創膏つけて」
「んーこれ?」
私はぺりぺりと絆創膏の端を持ち上げる。中には昨日と変わらず変なアザが私の手の甲に鎮座していた。
「うわ~……これ、タトゥーってやつなの? そうなの? そうなのね!?」折田サンはいつもちょっとオーバー気味に反応する。
「違うってば、そんなこと私がするわけないじゃん」でさ、そういって私は携帯を取り出し、さっきまでのメッセージの履歴を折田サンに見せた。
「ねえ立夏サン……とてもあやしいよ、これ。だって一個上の多分男……? の先輩とサシでマケド? 本気?」あり得ないわ、と言って彼女は私の目の前でひらひらと手を振った。
「でもさでもさ、こんな偽画像もそうそうないよ」まぁ、確かにそうだけど……と、折田サンは言う。まだ疑っているようだ。
「立夏サンってほらー、ちょっと、さ。アブナイところあるし、私、ついていっていい?」「え、本気なの?」いつになく真剣な折田サンの表情に私はちょっとドキッとして、思わず茶化すように言ってしまった。
「あたりまえじゃん、親友なんだし、ねっ」そう言って無遠慮に私の背中はバシバシと叩かれる。ちょっと痛かった。