Fate/coin a term   作:空白の端

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蛍光不眠都市・トウキョウ 5

/log:2014-12-16 7:00

 

 朝。セシリスフィールは眠い目をこすりながらトウキョウ駅の前で人を待っていた。数日ここで過ごして、分かったことがある──まず、言葉がヘン。「オハヨウゴザイマス」やら「ケモドリンク」はセシリスフィールの今までの生活に全く無かったものだ。

 

 ──ヘンな街。言葉遣いも、全部。普通じゃない。あの雪で閉ざされたところと、使われている言葉も何もかも違う。慣れるのも多分無理。本当に、ヘンな街。

 

「あなたがお父様の言っていたアインツベルンの人形?」

 

 高飛車で、しかし優雅な声が彼女を呼ぶ。約束の相手が来た。

 

「オルガマリー・アニムスフィア? アタシはセシリスフィール・フォン・アインツベルン! セシリスフィールって呼んでね! あなたと一緒に、聖杯戦争で優勝するの! 絶対ね!」

 

 オルガマリーの表情すら見ず、セシリスフィールは彼女の手を掴んで無遠慮に振った。オルガマリーの顔がどんどん引きつっていくことに気付くセシリスフィールではない。

 

「──まぁ、いいわ。あなたは常に私と行動すること。サーヴァントとマスターを発見し次第、殺すのよ」

 

 実に魔術師らしい、慈悲のない言葉だ。しかし、それに疑問を覚えることもセシリスフィールにはない。

 

「わかった!」

 

 そういってセシリスフィールはオルガマリーの後ろをトコトコと付いていった。

 

    ○*○*

 

/now:2014-12-16 20:00

 

 鉛色の空は、多量の重金属雲を抱き、せわしなく動いている。夜の帳は落ちても、トウキョウはまだ廻り続けていた。

  

「ほう。それで? 失敗したと」

 

 五十嵐家の屋敷の最奥で、その当主──龍二がアサシンを問い詰めている。たとえ英霊としてこの世にある存在であれ、龍二の(もと)に下るのならば、それは彼の所有物であった。

 

「クローンヤクザは……我々の不手際でマスターから授かった30体すべてを失った。しかし、我々はすでにこの街の七割の人間と契約を結ぶことに成功した」

 

 アサシンは申し訳ない、というようなアトモスフィアを装うそぶりをする。そぶりだけだ。ただヒトの姿を真似たものに感情の中身は伴わない。

 

「そうか」

 

 彼も大して気にしていないようだった。ただ手慰みに大量の電子書類を見ていた。

 

「クローンヤクザを30体失っただけでずいぶん損失のあるような言い方だな。僕に言わせると、()()()30体だ。その数を失うことはチャメシ・インシデント。それより、魔力の量はどうなった」

 

「ああ。それはもう申し分もない程。しかしマスター、ここまで集めた魔力と時間を、一体どうする。もはやヒト一人の身では扱えないほどの大きさだが」

 

「どうということもない。これらは僕の一族とこの街が繁栄し続けるための貯金に過ぎない。時間も、魔力も資産だ。労働者に不要なものは(ことごと)く僕の手によって刈り取られるだけだ。アレらは、僕の街を廻すことだけに専念すればいい」

 

 なんたる傲慢! 彼からすると下層労働者は人間ですらなかった! 実際彼にはとって労働者は歯車であり、資産だ。人間? そのような非効率的な概念は電子帳簿のどこにも存在しない。その点において彼は非常に魔術師であった。

 

「そうか、ならばよい。マスター。ただ、ゆめゆめ忘れぬよう。我々の結末はたった一人の少女によって消滅した、とな」

 

 読者諸氏の中に彼ら──時間泥棒をご存じの方はおられるだろうか? その方ならば知っている。かの有名な小説『モモ』で時間泥棒は実際たった一人の少女と数人の協力者によって滅ぼされたのだ! しかし、このマッポーの世トウキョウで彼らの物語を知るモータルはいない。龍二もまた同様であった。

 

「僕がいてなお、その狼藉を許すと? 安心しろ。じきにすべて手に入る。無限の富も、魔力も、時間さえもだ」

 

 クックック、とトウキョウを統べる者は口元を歪める。彼の眼には、すでに勝利した光景のみが映っていない。

 

「そろそろ他企業幹部との談合の時間だ。僕は出る。アサシン。他にマスターがいたらちょっかいでもかけておけ」

 

 そう言い残し、当主は出て行った。あとに残されたのは、アサシンたちだけ。彼らの咥えた古風な紙巻煙草(タバコ)から細く出る、ねっちこい煙が部屋を、そしてトウキョウそのものを覆いつくしていった。

 

     ○*○*

 

/log:2014-12-16 23:00

 

 トウキョウの地下部、いつも何かにせき立てられるように労働する下層労働者の住処(すみか)である安アパートの一室で一人の女性が──ありていに言うと、ぶっ倒れていた。

 

「そろそろ家から出て見たらどうだい? マスター──いや、ミズ笹桐。」

 

「アーチャー、そろそろって……まだ一日もたってないでしょ……」

 

 昨日の召喚から一夜。召喚時の衝撃で割れたたくさんのバリキドリンクの瓶はそのままだった。常人が入れば足を切らずにこの部屋を出ることはできないだろう。

 そんな地獄のひとかどにありそうな部屋の真ん中に、彼女はうつ伏せで倒れている。時々こふっ、と咳をしては、粗悪タタミに赤黒い滲みを増やしていた。

 

「マスターは私に聖杯戦争より復讐だとか言っていたが、しかし……肝心の君が全く動く気もないならどうしようもないな」

 

「……………………バリキ取って」

 

 アーチャーの諫言(かんげん)に耳を貸す気は彼女にはない様だ。仕方ない、と言うふうにアーチャーはほいとまだ無事だった瓶を彼女に投げる。これでもう六本目だ。瓶には大きく「一日三本までは適切」、と書いてあったのだが。

 彼女はフタが付いていることにすら気付かずそのまま口に運び、(しばら)く格闘して──無理やりアルミのフタを歯でこじ開ける事に成功した。

 彼女の飲み方は、もはや身体に流し込む様だ。並大抵の人間ならまず血を全て吐かせてから飲ませた方が、などと思ったのだろうが、残念ながらその手の倫理観を持ち合わせているのはここには一人もいない。

 

「昨日のマスターの威勢の良さはどこに行ったのかい?」

 

「うーん……待って……今……」

 

 彼女の身体が何度かびくりと跳ねた。ガラス片が血管の浮いた肌に突き刺さり、その度に彼女は苦痛とも恍惚とも取れる歪んだ表情をとっている。

 彼女に突き刺さっていたガラス片は、いつのまにか肌から押し出されている。どこからとも無く、ちろちろと虫の蠢く音がする。

 アーチャーがこの異様な光景を見るのは召喚されてからもう十回目だった。

 

 しかし、このよく言えば退廃的、悪く言えばゴミ溜めの空間が破られるのは時間の問題だった。

 

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」「ハヨデテコンカコラー!」「サカナノエサニシチマウゾコラー!」

 

 薄いドアに怒号が突き刺さる。声だけであのドアは破られてしまいそうだ。

 マッポ。トウキョウのマッポはみな同じ顔、同じ体格をしていて、実はクローンであることは下層部では実際常識であった。そして、この暗黒都市トウキョウを統べる、五十嵐龍二の手先であった。

 

「君の言っていた五十嵐家とやらの刺客とみていいのかな? マスター」

「そうね。やってやりなさい、アーチャー!」

 

 セリは今日初めて起き上がった。さっきまでの陰鬱な彼女はバリキドリンクによって飛ばされてもうどこにもいなかった。

 ドアがマッポに乱暴に蹴破られる。入ってきた瞬間、奴らの構えていたフルオートチャカが火を吹く!

 実際、奴らはこれで終わりだと確信していた。下層部に住む人間にチャカを防ぐ手段など持つはずもないからだ。

 しかし、現実は違う。確かに彼女の腕に着弾した。だが、そこまでだった。9ミリ弾の雨を浴びてなお、彼女は立っている。

 

「残念ね、表面的な痛みだけね。フフ、蟲の方がもっと凄いわよ? 試してみる? ……やめた。アーチャー、始末して」

 

 しかし、残念な事にその言葉を理解できるほどの知能をこのクローン達は持ち合わせていない。奴らは無遠慮にアーチャーに近づき、掴もうとした。

 しかしその瞬間。アーチャーの拳がクローンの腹、喉元、鳩尾を捉える!「グワーッ!」情けなくクローン達は叫びを上げた。彼はバリツと呼ばれる武術で一瞬にして奴らを始末していた。三和土(たたき)にドサドサとクローン達が積み重なる。それをセリは冷ややかな目で見、そばに転がっていたビンのカケラで容赦なく自分の右腕を裂いた。痛みは、ある。

 ぼたぼたとクローン達の上に容赦なく彼女の赤黒い血が降り注ぎ、奴らの服にドス黒い染みを作っていった。

 

Отмена(解除)。喰らいなさい、(けが)らわしい蟲ども」

 

 一言、セリがそう言った次の瞬間。その多量の血液は羽音を立てて一斉に蟲へ変化した。カチカチと顎を鳴らす音と、グチャグチャと肉を喰らう音が、アパートの一室に響き続ける。それは、ただの処理だった。

 三和土(たたき)に血の跡、肉の一欠片が残ることはなく、でっぷりとバイオ養分を蓄えた蟲が彼女の身体に戻っていく。

 その様子を、二人は無言で見ていた。セリにとってこれは初めての殺人、初めての捕食だった。

 

「もう、ここには住めないわね。アーチャー、行くわよ」

 

 (ドブ)のような下層部のメインストリートはまだガヤガヤとしている。もう、日の上る時間も近い。




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