Fate/coin a term   作:空白の端

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蛍光不眠都市・トウキョウ 6

/now:2014-12-17

 

 ハイスクールの中は、いつもより賑わっている。年末の浮かれポンチな空気でいっぱいだ。

 今日でハイスクールはお正月の後まで休みになる。

 普段の私──藤丸立夏だったらカバンを置いてすぐ折田サンの席に行って昨日何があった、とか他愛ない出来事を話していたはずだ。なんなら冬休みに何をするとかの計画も立てていただろう。

 しかし、今の私にそんな余裕はない。

 

 昨日のことをゆっくり思い出す。聖杯戦争、という儀式。私たちを殺そうとしてきたマッポ、聖杯を望む私のサーヴァント。昨日、たった数時間で私の住む世界はずいぶん変わったみたいだ。それこそ、くるりと世界に手のひらを返されたように。

 

 おかしい。来るはずの折田サンは一向に私の席に来る気配もない。気が付くともう始業のチャイムが鳴っている。

 

「皆さん、今日が今年最後の授業ですが、気を引き締めてください」

 

 センセイは出席を取りながらそんなことを言った気がした。一時間目は数学。小気味よく高性能ソロバンをパチパチ弾く音だけが教室に響いている。

 

「では、藤丸サン。この問題の答えをどうぞ」

 

 やっと一問目を解き終わったところで、ちょうどセンセイが私を指名した。慌てて電子黒板を見ると、まだ五分もたっていないというのに十番目の問題が表示されている。──は? しかも見覚えはない。こんな形の式は習った覚えがない。授業中に寝ていたわけでもないのに。

 とりあえず、落ち着いて知る限りの公式に代入するが、一向に答えは出ない。目の前がぐるぐると回って、深い谷底に落ちていく感覚になる。私だけが、取り残されている。

 

「……えっと、ルート13分の3足す7……です」

「いいえ、違います」

 

 ブーッ! 無慈悲な電子音が教室に容赦なく響いた。そっと周りの子を見ると、皆異様な速度で高性能ソロバンをパチパチと一心不乱に弾き続けている。普段寝ているあの人までも揃ってソロバンを弾いていた。

 センセイははぁ、とため息をついて私の机にずんずんと近づいてくる。今日の教室は、何かヘンだ。

 咄嗟に令呪を隠す絆創膏に手を当てる。視線を机に落として、口をつぐむ。生唾がゆっくりと喉を通っていった。

 

「藤丸サンは時間を無駄にしているんですか? 早く計算を続けてください。手を動かすのをやめないでください」

 

 いつものセンセイの優しい語り口とは違う、感情の起伏もない、安っぽい機械音声のようなざらざらとした声。私は、センセイを直視できない。

 

「立夏」耳元で、救世主のごとくキャスターが囁く。「答えないで。顔を上げないで」声は多分、怒っていた。

 

 ソロバン搭載の時計をちらりと見る。授業が終わるまであと五分、といったところだ。キャスターの言う通りに下を向き続ける。センセイの視線が痛い。

 

「時間を無駄にしないで、早く答えて」

 

 どうやら私が問題に答えられなかったよりも、私の手が止まっていることの方が気に入らないようだ。

 

「正気ですか? 藤丸サンは自分の時間だけでなく私の時間すら無駄にしていることがわからないのですか! 早く答えなさい!」

 

 コワイ。センセイが全く違う人に変わっちゃったみたいで、怖い。脂汗がじっとりと首筋を伝う。昨日のあの黒い男たちが言ってたことと同じことを言っている。センセイはひょっとしてあいつらと契約して──的外れなまでに明るいモクギョ・ビートが授業の終わりを告げた。やっとこの時間から解放される。センセイも諦めたのか、授業道具を抱えて小走りで教室から去っていった。

 その後のことは、よく覚えていない。私が十分過ごす間に、世界は一時間進んでいって、時間は私の前を容赦なく過ぎ去ってゆく。私だけが、この世界から取り残されていた。

 

     〇*〇*

 

「ねぇ、最近……本当にここ数日で出てきた噂なんだけど、時間を節約して、預けませんかって言ってくる人たちがいっぱいいるんだって~」

 

 昼休み、折田サンがいないから私は他の子達と一緒に食べることにした。でも、一緒にいるだけで、私は会話の中に入れなさそうだ。折田サンがいないとやっぱりつまらないな。そう思いながらあんまり味のしないトーフ入りパンを頬張った。

 時間を節約しませんか。そんなことを言ってくるのは昨日のあの黒い男たちくらいしかいないだろう。体は学校の中にあっても、心はまだ昨日、キャスターを呼び出した瞬間をリフレインしていた。

 

「それで?」「後でいっぱい利子をつけて返すんだってさ~」「ふーん」「藤丸サンはそういうの興味ない?」

 

 あまりにも私がつまらなさそうに食べていたのか、苦し紛れに一緒に食べていた子が私に話題を振ってきた。でも、興味も何も、その呼び掛けている人たちとマッポに私は殺されかけたんだから!

 

「え、うーん、あんまり、かな?」

 

 多分、私の返答とかはあんまり興味がなかったのだろう。私に話題を振った彼女は「ふーん、そうなんだ」で済まして、また違う話題を話し始めた。味気ないパンを頬張(ほおば)ってクラスを見渡してみると、いつもより一人で食べている人が多い気がした。しかも、皆食べるのが速い。何かに脅されてるのかと思うほどに。

 仕方なく、私はIRC端末を取り出して校内掲示板を眺めることにした。

 

>【主張】掲示板は実際時間の無駄

>【重要】時間は資産。今は節約して後は楽に暮らそう!

 

 トップに踊り込んできたスレッドがこれだ。一気に掲示板を見る気力も失せてしまい、とりあえず、いつまでたっても来る気配のない折田サンにメッセージを送ることにした。

 

>@14ritsukaF 折田サン、どこにいるの?

>@bot(自動返信) 実際忙しい

>@14ritsukaF ?

>@bot(自動返信) 実際忙しい

 

 この後いくら何かを送っても、返事は全部同じだった。

 

     〇*〇*

 

 放課後。

 私は学校の中でも人気(ひとけ)の少ない場所で加藤先輩と落ち合うことにした。相談したいことがあります、とだけ伝えておいた。

 旧校舎の裏はじめじめとしていて、静かだ。ある、ということは知っていたけどわざわざ近づかないような、そんな所だった。

 

「先輩!」

 

 私の隣には、いつの間にかキャスターも姿を現していた。先輩はもう先に来ていたようで、横にはランサーを伴っている。

 

「遅れてスミマセン。こんな場所、知らなくて」

「まぁ、一年生ならまず知らないだろうな。俺も実際来るのは初めてだったし」

 

 そう言いながら先輩は空を見る。今日も、鉛色の重金属粒子を抱いた雲がせかせかと流れていた。雲さえも、休まずに空を走り続けている。

 

「それで、立夏サンのクラスに変わったことは?」

「私の友達が、学校に来ないんです」

 

 そういって私はbotの返答しか来ない折田サンとの会話履歴を出した。今までバイトで忙しくて返事が返ってこないことはあれど、折田サンはbotを使ったことはなかったのに。

 あと、一部の生徒とセンセイの様子がおかしいことも伝える。これは先輩のクラスでも起こっていたようだ。

 

「立夏サンは──昨日のこと、あんまり覚えてない?」

 

 覚えていない、と私は答えた。煙を吸ったあたりの記憶は実際ない。私の脳裏に鮮明に焼き付いているのは、私を見下ろすキャスターだけだ。

 

「時間が、っていきなりみんな余裕ないみたいだけど、多分あれの原因は昨日僕たちを襲ったアサシンってやつらでさ」さらに先輩は続ける。その声のトーンは昨日出会ったばかりの私でもわかるくらいに沈んでいた。「多分、マスターは五十嵐龍二、だと思う」

 

 五十嵐龍二。その名前はこのトウキョウで知らない人はいない。なぜなら彼こそこのトウキョウの全ての権力をその一身に寄せる、文字通りの王だからだ。

 すべてのモノ、情報はすべて彼の手の下にあるコーポを通らずにはこのトウキョウに入ることはできない、といっても間違いはない。

 つまるところ、絶対的な権力の象徴。逆らったら死ぬ。

 

 そんなのが、この聖杯戦争に参加しているなんて。勝ち目すらない。大体、マスターとして舞台に立った時点で、彼に喧嘩を売っていると同義だ。私なんかが同じ土俵に立っていい相手なんかじゃない。

  

「うそ……そんな、私、そんなつもりじゃ」

 

 俺だってそうだよ、と毒付きながら先輩は説明を続ける。

 だいたい先輩が言うところによると、彼らは時間貯蓄銀行とかいうよくわからないけど趣味の悪そうな名前を名乗っているらしい。そして文字通りこの街の人々から時間を貯蓄と言って奪っていて、時間を奪われた人は余裕もなくしていくと。しかも、街じゅうのいたるところにいて、殺しても意味はあんまりないときた。

 正直言って、昨日初めて魔術やらなんやらの世界に触れた私からすればあまりにも飛躍している、というか現実味がないと思う。

 

「で、多分立夏サンの言ってる友達とか、センセイはあいつらに時間を渡すって契約をして、余裕とか全部が無くなってるんだと思う」

「じゃ、じゃぁ、助けなきゃ、だよね!」

 

 折田サンがアブナイ、なんて事実は私にはとてもじゃないけど受け入れられない。今すぐにでもマスターを倒せば──そう言いかけた私を、先輩は遮った。

 

「無理なんだよ、だって相手はあの五十嵐家だ」

「でも……」私は隣のキャスターを見て続ける。

「キャスターと、先輩のランサーならさ、何とかなりそう、じゃない? ね、キャスター?」

「不可能ではない、でもそれは私に単独行動スキルがついてたら、の話。今の私では立夏を守り切れない」

 

 ゴメン、とキャスターは小さく付け足す。じゃあ、いったいどうすれば?

 

「藤丸サンの焦る気持ちはわかるけど、これは本当に俺たちじゃどうしようもないんだ。他の陣営、例えばソトから来た五十嵐龍二よりずっと強い魔術師とかが倒すのを待つとか」

 

 だからこうしよう、と先輩は続ける。でも私は絶対に自分の手で折田サンを救いたい。彼女が今日の数学の先生みたいにあんな声を荒らげた余裕のない姿なんて、想像したくもない。

 

「アサシンを見つけ次第全員倒す。とりあえず被害は減るだろ」

 

 多分、ここで了解するべきだろうけど、私はどうしてもう頷けない。私が弱いせい、だから?

 私にもっと、力があれば──思わず、強く拳を握る。

 

「立夏、あなたの気持ちもわかるけど、これは私の弱さのせい。今は受け入れて。私は……立夏が傷つく姿なんて見たくない」

 

 キャスターにそこまで言われては、私もうんと頷くほかなかった。結局、戦うのは私じゃないから。

 

     ○*○*

 

 俺たちはランサーが刻んでくれた対魔のルーンを手に昨日の路地裏に入った。俺には到底真似もできそうにもない複雑なルーンだった。

 トウキョウの路地裏は一歩入れば土地勘がないと同じ道を戻ることすら難しい迷宮だ。俺は立夏サンの手を引き、アサシンを探す。

 やっぱり昨日ランサーとキャスターがめちゃくちゃにしたせいか、煙草の煙は昨日よりか少ない。それでも、やっぱり微かに匂いは風に乗って漂ってくる。俺は五感強化のルーン文字を自分に刻み、匂いの出所を探るように歩き続ける。

 無理やり強化した鼻は、煙草の匂いとは別に全く違う存在を示唆していた。覚えのない、この匂いは──ソトの魔術師?

 

「セシリスフィールの思うところだと、さっきからおんなじトコロばっかり回ってるみたい? うーん、どうしようか、オルガちゃん〜」

「う、うるっさいわね! だいたいこんな怪しいところに入ろうなんて言い出したのは貴方でしょう!? あーもう! ここ、一体どこなの!?」

 

 聞き慣れない女二人の声。間違いない。あれも参加者だ。こちらには──まだ気付いていない。だが、ここは他の場所より比較的広いから、見つかれば即座に交戦になるだろう。

 

「立夏サン、隠れて!」俺は咄嗟(とっさ)に立夏サンを自分の後ろに押し込む。俺は震える脚を押さえつけながら、声のする方へ進んでいく。

 

 相手は多分俺なんかよりもずっと格上の魔術師。考えただけで胃液がチリチリと喉を灼く。逃げられる事なら逃げたい。だが、このまま逃げ切れるとも思えないし、残された立夏サンはどうなる。……戦うしか選択肢はない。ならば、尋常に名乗りを上げるべきだ。

 

「ドーモ、ランサーのマスターの加藤正一郎デス」

 

 喉から滑り出た声は情けない事に裏返ったが、確かに俺のアイサツは相手に届いた。ランサーは後ろでいつでも戦闘に入れるようにナガモノを構えていた。

 

「こ、この国では戦う前に名乗りを上げるものなの!? サムライ? サムライってやつなのね!?」

 

 路地裏にいたのは、長い白髪の女一人だった。さっきのもう一つの声は、サーヴァントだったか? しかし、今の路地裏には彼女以外に誰もいない。

 俺のアイサツはどうやら彼女を少し驚かせたらしい。が、一つ付け加えておくと、サムライはトウキョウにはもういない。

 まぁいいでしょう、と彼女は咳払いをしながら名乗りを上げた。

 

「私の名前はオルガマリー・アニムスフィア。時計塔十二科が一つ、『天体』の君主(ロード)のマリスビリー・アニムスフィアの娘よ」

 

 なんてことないように、彼女は言った。確かに、君主(ロード)の娘と言った。──君主(ロード)の娘? 俺は時計塔に詳しいわけではないが、君主(ロード)という言葉は知っている。──考えるまでもなく、俺個人で彼女と戦えば、俺は死ぬ。足の震えは収まらない。だが、俺はここでランサーに時間稼ぎをしてもらわなければ、立夏サンを家に帰すことすらままならない。

 

「セイバー、倒しちゃって!」「了解」

 

 彼女の後ろから聞こえたはずの声は、いつのまにか俺の背後に位置取っていた。急いで振り返ると、もう既にランサーのナガモノとセイバーの剣は火花を散らしていた。霊体化させて後ろに送っていたのか!

 一歩間違えれば、死ぬ。火花が反射して煌めくランサーのナガモノを見ると、自分たちが本当に殺し合いの渦中に放り込まれたことを悟った。おそらくこれから俺は誰かを殺すかもしれないし、他のマスターに呆気なく殺されることもあるだろう。あまりにも当たり前に。

 

「ブリュンヒルド!! ブリュンヒルド!! お前まで喚ばれたというのなら、お前だけは私が確実に殺してやる!! お前の首を何回も何回も刎ねるわ!!」

 

 セイバーは見たところ女だった。灰色の髪を振り乱し、黒い剣を力任せにランサーに叩きつける。さっき聞いたもう一人の女の声ではなさそうだ。じゃあどこに?

 一見、ランサーは押されているようにも見えた。でも、俺のランサーも確かに強い。……本当に? ただ昨日のアサシンが弱過ぎただけでは? 他の英霊と戦ったことはまだ一度もないだろう。

 

「貴女のような方は知らない! 誰かと間違えているのでは!?」

 

 ランサーの言葉も届かず、あああぁぁああ!! という悲痛とも憎悪ともつかないセイバーの叫び声が戦場を支配する。不運な事にランサーはあのセイバーに一方的に恨まれているらしい。

 しかし、このまま俺の背後を塞がれていては立夏サンの元に戻れない! 思わず視線が立夏サンを隠した路地へと向いた。

  

「ふ、ふーん? 敵に背中を向けるつもり? まぁいいわ。あなたみたいな歴史の浅そうな魔術師に、わざわざ私が相手をする必要もないもの。もういいわ、セイバー。下がってなさい」

「嫌よマスター、こいつは私が殺さないといけないの……!」

「あーもう! いいから今はいったんやめ!」

 

 そういって彼女は無理やりセイバーを霊体化させた。セイバーからの反発が強すぎるのか、顔を少しゆがめた。行き場を失ったランサーのナガモノの切っ先は地面をこつん、と叩いた。

 

「でも、殺せっていったのはオルガちゃんだけど? やらないんだったらセシリスフィールがやるよ?」

 

 不意に、かわいらしい、それでいてどこか冷たい声が聞こえた。さっきのセシリスフィール、と言っていたほうか! 背筋が凍る。俺の目の前には、君主(ロード)の娘と、得体のしれない女。しかも一人はどうやら俺を殺す気のようだ。まさに、前門のタイガー、後門のバッファロー。実際ミヤモト・マサシの残した格言そのままの状況だ。

 とりあえず俺はさっきしたように彼女にもアイサツをした。

 

「フーン、ヘンなの。私はセシリスフィール。キミを殺してもいいけど、ランサーと戦うのはアタシちょっと嫌だなぁ……それとも、キミの後ろにいる女の子。あれから殺した方が速いかな?」

 

 うーんでもやっぱりあの女の子もサーヴァント召喚してるんだよね? めんどくさいなぁ。あっでも結局殺すのは一緒だから変わんないねー。聞いてもないことをずっと喋り続けるこの女の目は笑っている。本気だ。しかも俺じゃなくて立夏サンを殺すと? それは、俺が殺されるよりもっと──ダメだ。

 

「それは私が許さない」

 

 今度はビルの上からの声! キャスターだ。彼女の全身を覆う外套は夜を内側に孕み、ビル風の煽りを受けてバタバタとはためいている。逆光のせいで、彼女が何を着ているかまでは視認できなかった。

 降りる様子はなく、ただ指先をセシリスフィールにひたと向けて、何か呟いた。おおよそ昨日と同じ「サーモン」とか何かだろう。なぜスシネタなのかはわからないが。

 三発。彼女の背後から影が飛び出し、一直線にセシリスフィールを襲う。

 

「うわっなにこれーっ?」

 

 影は執拗にセシリスフィールにまとわりつき、完全にかかりきっている。キャスターはまたいつのまにか消え、オルガマリーはなぜかこめかみを押さえて動かない。逃げるチャンスは今しかない!

 

「ランサー! 撤退だ!」

 

 俺は転がるように立夏サンの元に走る。後ろからオルガマリーの声が聞こえた気がしたけど、そんなのに構ってる暇はない。「立夏サン! 立って!」ずっと座っていて足の痺れた立夏サンをランサーは当然のように軽々と抱き上げて俺の隣を並走する。心臓が暴れて上手く息ができない。

 改札を抜けて大急ぎで車内に入る。発車ベルがジリジリと鳴り、ドアは無慈悲に閉まった。

 

     ○*○*

 

 「立夏サン、大丈夫?」

 

 電車に飛び乗って開口一番、先輩はそう言った。まだはぁはぁと浅く呼吸をしていてとても苦しそうなのに。キャスターの気配は近くはないけどちゃんとそこにある。また、どこかで私を見守ってくれている。

 

「……また、先輩に迷惑、かけちゃいました」

 

 本当は私も出て戦うべきだったのに。私も続こうと思ったけど、どうしても最初の一歩が踏み出せずに地団駄を踏んでいた。そんなこんなで座り込んで、ずっと先輩を待っていた。情けない。こんなことを言っても多分先輩はそんなことない、と言うんだろうな。

 でも実際今、私のキャスターの為に聖杯を手に入れたい、という願いを叶える為に先輩はあの戦いの場に立った。私は?

 キャスターの為に聖杯を手に入れる。それで?

 藤丸立夏。()はなにがしたいの?

 ──わからない。

 

 深夜になっても明るすぎるトウキョウの中を電車は容赦なく進む。パラパラ漫画のように景色は少しづつ変わる。そんな様子をぼんやり見ていたら、もう私の降りる駅だった。

 

「サヨナラ、先輩。また明日」

「明日は朝から立夏サンの友達も探そう、もう冬休みだからな」

 

 私はこくりと頷いて電車を降りた。トウキョウに夜道という概念はあんまりない。過剰なまでに明るいポールライトに照らされながら私は家までの道を歩いた。帰ったらシャワー浴びてすぐ寝よう。

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