Fate/coin a term   作:空白の端

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蛍光不眠都市・トウキョウ 8

 さっきまで、オルガマリーが目の前にいたような、知らない女の人がいたような。それより、もっと大事なことがあった気がする。でもまだ頭の中はぐちゃぐちゃで、不用意にかき混ぜられたミソスープのようにはっきりしなかった。

 嫌にはっきりと誰かの後ろ姿が見える。でも誰なのかは思い出せなかった。

 命綱にすがるようにその肩を掴もうとする。そうしなければいけない、と何かが囁いていたから。でも、手はあえなく空を切って、私と後ろ姿のヒトのキョリはどんどん広がっていく。

 

「待って!」

 

 おかしい。普段の私だったらこれくらいの距離なんてどうってことないのに。でも夢だからしょうがない、と静かに納得した。諦めて、ふと後ろを向く。

──そこにあったのは、人、人、人。たくさんの人、頭、手が私を掴んでいた。

「助けて、助けて、たすけて、たすけて、たすけて、タスケテ……」

 知っている顔ばかりだった。ソレらを自覚したら最後、私はずぶずぶと沈んでいった。

 たくさんの人の泥沼に足をとられる。もう胸のところまで沈んでいた。背中はこちらに振り返ることなく、小さくなっている。──タスケテ──それだけが、頭の中に響きつづけた。

 

 ふと、思い出した。アレは多分、私だ。

 人は自分の後ろ姿を知らないというのに、何故気付けたのかはわからない。なのに私は、それが自分だと確信していた。

 

       ○*○*

 

 藤丸立夏が次に感じたのは、ハンバーガーとヒトっぽいモノの絵がたくさん散りばめられた天井、そしてうるさいスーパーミュージック。このキャラクターはたしか、マケドドナルドの……? 確か、自分は雨に直接打たれて気を失って──。

 上に挙がった手は、さっきまであの有害雨に当たっていたとは思わないほどすべすべしていた。いつもだったら一滴でボロボロになってまっかっかになるのに。

 

「目覚めたのね」

「あ、うん」

 

 起き上がって、すぐ。さっきまで不明瞭で掴めなかった記憶が酷くはっきりと──鮮明に、理解してしまった。理解したくなかった事ばかり。でも私は私が理解しないことを許さないみたいだった。

 

「──うっ……」

 

 見たもの、あったことを全て私の中だけでも無かったことにしたかった。身体の中身すべてを出せば、記憶も消える気がして嘔吐した。

 口から出るものが胃液だけになっても私は吐くのをやめられなかった。口の中がヒリヒリして気持ち悪い。でも吐瀉物に写る私の顔がさっきあった出来事全てを物語っている。事実からは、逃げられない。

 

「大丈夫か、立夏サン? 今拭くもの貰ってくるから……」

 

 先輩はそう言ってそそくさと立ち上あがり、個室から出ていってしまった。ステンレストレーの上には小さくて何か文字の刻まれた石がいくつか転がっていた。たしか、ルーンだった気がする。

 

「あ……」

 

 無意識に庇っていた令呪のある手は何か握っていた。開くと、赤い色のルーン。持ってるだけで暖かくて安心するような。

 

「治癒のルーン。さっきまでランサーのマスターが刻んでいた」

「そうなんだ。だから手が治ったの?」

「そうね」

 

 会話が続かない。キャスターは何故かずっと唇を噛んでいて、私の隣は空いているというのに座ろうとしない。まだ先輩は帰ってこない。もうちょっと、キャスターの話を聞きたかった。

 

「そういえばさ、キャスターって魔術師、って意味なんでしょ? じゃあキャスターも何か凄い魔術とか、なんかこう……使えるの?」

「……どうかしら」

 

 今度は少し怒らせてしまったみたいだ。キャスターの顔は店の強すぎる照明が逆光になって相変わらず見えない。そのフードの下には、何があるの──そこまでは、まだ聞けそうにない。暫くまた気まずい沈黙が流れた。

 

「……好きな食べ物とか、あるの?」

「前はね。サーヴァントになってから、何か食べることも無くなったし」

 

 前は。サーヴァントでもなにかたべられるんじゃない、とか思ったけど言わないことにした。多分キャスターは食べないって決めてそうだし。キャスターは私に何か聞くこともなかったし、私ももうこれ以上質問するのはやめよう、と思った。これ以上聖杯戦争に近い質問をしたら折田サンのことを、強く意識するハメになりそうだから。

 

「待たせたか?」

 

 何事もなかったかのように先輩が私達のいた個室に帰ってきた。先輩と私はそそくさと後始末をする。

 

「先輩……治療、ありがとう」

「別に、これくらいのルーンは俺としてはできて当たり前、だからな」

 

 口では謙遜(けんそん)しても、顔は嬉しそうだ。でも、すぐ真剣な顔付きになった。

 

「どうしたの? 先輩」

「……今度はセシリスフィールの登場、みたいだな」

 

 セシリスフィール……? 確か昨日キャスターに止められてた方のか。あの無邪気に殺すとか言っていたヒト。

 

「ランサーに外で見回りさせていた。まだこちらには気付いていない」

 

 ──戦うか? たぶん、先輩はそう私に言いたかった。

 壁に掛かっている時計の針は15時半分を指していた。外は程々に明るくて、雨はやんでいる。

 まだ頭の中では「タスケテ」と「殺します」という言葉が反復横跳びをして、謎の少女とオルガマリー、そして折田サンをぐるぐると写し続けていた。

 私はそれら全部を一回一か所に強く押し込んで、(うなず)く。

 聖杯を望むキャスターのマスターとして、逃げるとか止まるなんて言う選択肢は、無い。

 

     ◯*◯*

 

 セシリスフィールからすれば、ランサーが外で張っていた事ぐらいはお見通しだった。その後すぐ後ろから昨日殺し損ねた二人がノコノコついてきているのも。もうたまらなく嬉しかったから、路地裏をしっちゃかめっちゃかに曲がって狭いところに誘い込むことにした。

 

 そもそもオルガちゃんはホテルに帰ってきてからずっと何かメソメソしてベッドに突っ伏したままで何も言おうとしないからつまんない。つついても「殺される!」とかそんな事ばかり。イミ分かんない。

 そんな事より、まだあたしの召喚したサーヴァントをあんまり使えていないことのほうが目下の問題! だからあたしはオルガちゃんとの約束その一である「一人で出歩かない」を破って外に出てきたのだ! ふふん。

 でもやっぱりテキトーにお外を歩いてるだけじゃ簡単に敵は見つからない……。いや、道中で何かシンパシーを感じる警察っぽいものは何人か殺したけど。この街の警察はみんな同じ顔をしていて、キモチワルイ。最近は時間の流れもおかしいし。本当にキモチワルイ街!

 

 やっと参加者(マスター)を見つけたのは雨がやんだあたりだった。大体、当たっただけで身体が溶ける雨ってどうなの?

 とにかく、私が入ったら頭が割れそうになっちゃうようなうるさい店に、昨日殺し損ねた男の方のマスターがいるのを見た。あたしにはこんなうるさい所に入るなんて発想はなかったから、出てくるのを待つしかなかった。

 破壊行為とか、上の階に窓ガラスを割って直接入るのも考えたけど、オルガちゃんとの約束その二である「人のものは壊さない」は守ってあげようと思ってとりあえずやめておいた。

 

 そして、今。目の前にはやっとハメられたって気がついたマスター二人。あたしよりおバカなのね! ランサーが狭いところの戦闘が苦手なのは昨日見たし、もうバッチリ! オルガちゃんが戦う気がないなら私が代わりにぜーんぶ倒しちゃうの!

 

「来て、ライダー。マン……マンサ……? マンド……うーんわかんないや! とりあえず来て!」

「……マンドリカルドっす……」

 

 そうそれ! あたしも最初聞いたときはわかんなかったし、今もわかんないけど。

 

「魔力ならたーんとあるから、好きなように使ってあいつらを殺しちゃって!」

「了解っす……です」

 

 そういってマンドリカルドは馬には乗らず……手にした木刀一つで斬り込んでいった。ライダーなんだからお馬さんくらい出してくれたらいいのに。あ、でも狭いからだめなのね!

 暫く路地裏にはカンカンというなんとも古風な音が響き続けた。私はマンドリカルドの舞う背中、サーヴァント二騎の向こうにいるマスター達を見続ける。なんか、違和感。目の前には二人のマスター。でも、マンドリカルドと今剣撃を交わしているのは昨日見たランサーだけ。あの私をにっくき影で足止めしたサーヴァントは?

 何かの気配が後ろに。

 

「遅い」

 

 耳元で聞こえるのは、あのサーヴァントの静かな声色(こわいろ)! 彼女の細い指はあたしの首に巻き付いて、いつでもへし折れるといわんばかりだった。でも、力はまだかかっていない。全身から冷や汗が噴き出す。でも、これくらいならすぐ抜け出せるかも──。

 

「……あたしを殺すの?」

「殺すわけ……。聖杯の器にこんなところで死なれるわけにはいかないの」

 

 あたしにはちゃんとセシリスフィールって名前があるんだけど! そう反発したかったけど、相手のほうが一枚上手だった。もう地面に術式は刻まれていて、あたしはみるみると足元から這い出る影に呑まれ、地面に縫い付けられる。痛みはないし、魔力も封じられる様子もない。ただ本当に、私の行動を封じるためだけにこんな──!?

 ライダーはまだあたしに気付いていない。これはあたしの、相手だ。

 

「こ、の! なめ、る、な──!」

 

 こんな屈辱! あたしはオルガちゃんと勝ち抜くためにこんなところに来たのに、一番強いのに、相手から舐められるだなんて、あたしのプライドが許さない!

 

「驚いた。アインツベルンはあなたに聖杯戦争の常識すら与えなかったの?」

 目の前のあたしを蹴りつけながら彼女は何かそんなことを言っていた。殺す気は無さそうだけど、あたしを極限まで死に近づける。痛い! 痛い! もうヤダ! なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないの!?

 蹴られるたびに体の中でごっ、ごっ、と不愉快な音が反響する。不愉快、不愉快極まりないの! 考えが全然まとまらない、視界が揺れてキモチワルイ!

 痛いのは嫌い、痛いのはヤダ。もうあたしは、自由なのに──!

 

「死ね! お前も、あんたのマスターも!」

 あたしからすれば周りの建物にちょっと魔力を走らせればすぐ壊せる。自分も巻き込まれそうだからあんまりやりたくないけど。

 でも、あたしのそんな言葉を目の前の彼女は本気で取ったようだ。蹴る力が強くなる。

 もう、本気で堪らない! 手のひらを地面に押し付け、力任せに地面に魔力を叩きつける。身体の表面を過剰なまでの魔力が迸り、電気のように外にも漏れる。痛い、痛い──!

 制御なんてない。とてつもない勢いの魔力をまともに受けた地面はひび割れ、周りの建物は軋み、悲鳴を上げる。

「ちょ──!」

 グラグラと周りの建物が揺れ、壁が剥がれ落ちる。今! 一瞬だけ、彼女は焦ったのか影の拘束が緩まった。あたしは集中の弱くなった影を強引に引きちぎって彼女の襟首をねじり上げる。正直言って、さっきでほとんどの魔力を使い果たしちゃったから、指とか、思うように動かない。

 顔と顔が極限まで近づく。キャスターのフードの下はまだ路地裏の暗さと混ざって見えない。

「そういえば、あたしはまだあなたに名前、言っていなかった感じ? あたしはセシリスフィール・フォン・アインツベルン。ちゃんと名前で呼んでよね!」

「…………」

「キャスター!」

 崩落が進むこの路地で女のほうのマスターがこっちに向かって走ってきた。ずいぶん命知らずなのね! 少し向こうで戦うライダーは、ランサーに押されてこっちに来られる様子でもなかった。自分のマスターが単身捨て身でこちらに来るのに、目の前のキャスターは止めることもしないし、助けも求めない。あり得ない。あたし、なめられてるのね?

 

「何とか言ったら──どうなのっ!」

 

 いつまでたっても自分の名前すら名乗らない、まともに顔を見せようともしないキャスターにイライラして、私は彼女のコートを無理やり──剥がした。

 

    〇*〇*

 

「キャスター!」

 

 立夏の声が近づく。あのサーヴァントの戦いの嵐を抜けないとこちらに来れないのだから、来るわけがないと安心していた。

 油断した。侮っていた。私の知る歴史ではアインツベルンのホムンクルスなんて、もう作られていなかったから……! こんなのは偽物だと思っていたのに──!

 でも、今のこの状況じゃ立夏を守ることもできそうにない。焦燥。私は召喚されてから初めて焦っている。来ないで、ということもできない。

 目の前のホムンクルスはその極限までに美しく作られた顔を怒りに染めて、私の胸ぐらをつかんでいる。抜け出すには──私の筋力では足りない。

 私は何も言わなかった。ただじっと追い詰められた動物のように、反撃のチャンスをうかがうだけだ。絶対に、立夏は助ける。にらみ合う。ガラガラと崩れる壁の破片がいくつか私たちの横を掠めて落ちた。立夏がたどり着くまで、あと3メートル。

 

「何とか言ったら──どうなのっ!」

 

 やめて、という間もなかった。あと1メートル。立夏が私に手を伸ばす──その瞬間、目の前のホムンクルスは私のコートを引き裂いた。生ゴミで生臭い風が、私の頬を撫でる。立夏と私の目が、合う。

 

「きゃ、キャスター!?」

 

 やめて、そんな目で私を見ないで。立夏、貴女だけには、貴女だけには、見られたくなかったのに──! 私はただ、貴女を守れれば、それだけで、良かったのに。

 

「私と……同じ、顔?」

 

 そう、私は藤丸立夏と同じ顔、同じ身体を持つフジマルリツカだ。貴女と同じ名前を名乗る資格なんてない、大罪人。

 

「ええっ!? 同じヒト!? セシリスフィール、こんらん!」

 

 自分で脱がせておいて何という言い草だ。こいつは。

 殺したいほどに邪魔だけど、殺すわけにもいかない。それに、この崩落。いつ警察が来てもおかしくない。大体、聖杯戦争なのに監督役とか隠蔽役がいないのもどうなんだ。

 

「マスター!」

 

 ライダー、マンドリカルドが鎧を鳴らしてこちらに走り寄ってくる。頭の中にあの紺碧の海の記憶が去来(きょらい)する。こんなところで、彼には会いたくない。

 

「ん、ライダー。もうあたし、疲れたからかえる」

 

 おうまさんだして、と彼女はさっきまでの執着はいずこへ、とばかりにブリリアドーロに(またが)り、二人は路地の向こう──というより、瓦礫を踏み越えて大通りへと行ってしまった。もう路地裏というより、崩落現場だが。

 この重金属の街で、ブリリアドーロが駆ける姿は笑いが出るくらい似合っていなかった。

 でも、笑っている場合なんかじゃない。

 

 しばらくして、ガラガラと瓦礫を持ち上げる音が聞こえた。瓦礫の中から聞こえる音の主は、ランサーとそのマスター。土煙は晴れ、遠くから警察がやってくるのが見えた。

「ったく……俺らを追い詰めたいだけでこんなにするのかよ……」

 

 そうぶつぶつとつぶやきながら彼は立ち上がった。そうして私の顔を見て、立夏の顔を見て、最後に「ザッケンナゴラー!」と叫びながら迫りくる警察を見た。

 ここは撤退しかない。ここにいる4人、誰もがそう思った。

 

「話は後で聞かせてくれないか、キャスター」

「私からも、聞きたいこといっぱい、あるから!」

 

 私達は瓦礫の山を背にして走り出す。話をするのは、生き残ってからだ。




セシリスフィールの立ち絵を書いていたら土曜日になっていました
危うく週一投稿すらできないおざこになってしまうところでした……

【挿絵表示】


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体調を崩しました(´;ω;`) 喉の痛みと腕の痛み、若干の熱と頭痛が……。
今週の更新は確実にダメそうです 
次の周には何とか投稿できるようになりたいので、よろしくお願いいたします。
また、次話を投稿次第、この文章は消します。
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