「えっ?」
なんで、ここでかぐやが話しに出てくるのだろうか。不思議で堪らず動きが止まってしまった。
わからないなら聞くまで。
「ヤチヨ。なんで今、かぐやが話しに出てくるの?」
「それは、·······だって·········」
口にしたくないのか言い淀むヤチヨ。
言いたくないのなら仕方ない。私の脳みそをフル回転してヤチヨが考えていることを捻り出すのみ。なんたって私はおしめ交換から自立まで育てたのだから。
数十秒の沈黙の末、結局答えは出なかった。
「···········勇斗さん」
助けを求めるべく、後ろにいる勇斗さんへ振り向くと満面の苦笑いを浮かべていた。
それは私に対してだろうか、それともヤチヨに対してなのだろうか。
「ヤチヨ、かぐや。冷静に考えるんだ。
愛情を抱けない人物とルームシェアができると思うか?」
勇斗さんの言葉に勢いよく後ろにいるかぐやへ振り向く。そこには、しおらしくなったかぐやが判決を待つ囚人かのように立ち尽くしていた。
いや、アンタもかい。とツッコミたくなったが、寸前でなんとか耐えれた。
一先ず、言いたくない理由はわかった。
ヤチヨはかぐやが、かぐやはヤチヨが選ばれて自身は用済みになる未来を想像してしまったのだ。当然そんなつもり1ミリたりともない。二人共もらう。
「だって、彩葉だから···········」
「いつもお願いして困らせてるから········」
二人して口を尖らせながら、ポツポツと言葉を漏らす。
こういう所を見ると、やはり同一人物なんだなと実感する。と言うか、困らせてる自覚あったのか。
そんなことを考えていると、勇斗さんが近づいてきて、耳元で―――
「彩葉、好き―――」
「どわあああああああああ!!!??!!?」
「おわっ」
唐突な愛の告白&耳元で囁かれたため驚愕と羞恥が混ざった声を上げる。
私の奇声に驚いたのか身を仰け反らせながら、こちらを不思議な目で見つめる勇斗さん。いや、その目で見たいのはこちらだ。
そんな勇斗さん目がけて唐傘とウナギハンマーが振り下ろされた。
「なんっ、なんなんですかっ!!?」
「秘密の相談事をしようと思って」
涼しい顔でヤチヨとかぐやからの攻撃を武器を使用せず腕で受け止め、さも普通の事を言ってるかのように質問に答える勇斗さんを無性に殴りたくなる。それと同時に、この人に振り回されてきただろう赤松さん達、盲目のバルティマイに心の中で合掌。
「一先ず、ヤチヨとかぐやは落ち着いて」
私の言葉を聞いて、渋りながらも唐傘とウナギハンマーを下ろしてくれた。
状況が沈静したのを確認し、勇斗さんが言う秘密の相談事とやらに耳を傾ける。
「勇斗さん、秘密はなしでいきましょう」
「わかった」
ヤチヨとかぐやにこれ以上の不安を与えたくない。
「彩葉、好きや愛してるはちゃんと言ったか?」
この場にいる全員に聞こえるよう放たれた言葉に、私は咽た。それはもう盛大に咽た。
もうちょっと、こう、バレないよう配慮した言い方はなかったのか。直球すぎて、私の気持ちがかぐやとヤチヨに筒抜けだ。もう言う必要ないんじゃないか?
「彩葉、今のってほんと?」
「ちょヤチヨ、近い近い!」
不安げな表情で急接近してくる推しにたじろぎながら、腹をくくる。
ヤチヨは落ち着きを取り戻し、2歩下がった。
心臓の鼓動が早まる。顔に熱が灯るのを感じながら、ヤチヨとかぐやの間あたりに視線を置く。
「二人共、―――」
「二人って誰だ?」
「〜〜っ········かぐや、ヤチヨ、愛してる。一生、私の側におってえな」
勇斗さんの指摘からくる動揺と羞恥心に最後まで保たず、隠していた訛りが出てしまった。
ただ、私の言葉を受け取ったかぐやとヤチヨはそれはもう目を輝かせて、信じられないと言った顔をしていた。
「彩葉あ!!」
「うわっ!?」
ダムが決壊したかのように走り出したかぐやが私の胸目がけて飛び込んでくる。
受け止めようと足に力を込めるが、それでは足りず押し倒されるような形となってしまった。
ヤチヨの方へ目を向けると、声を上げず静かに大粒の涙を流していた。
彼女も彼女で、かぐやと同じくダムが決壊したようだった。
「かぐやも愛してる〜〜!!!!」
「はいはい。··········ごめんね、不安にさせちゃって」
顔をぐりぐりしてくるかぐやの頭を撫でる。感触こそないが、手に熱が灯るのを感じる。
FUSHIの頭を撫でていた勇斗さんの気持ちが、今なら解る気がした。
「いいのかな。こんなに幸せになっても」
「宗全風に言うなら、“報酬”ってヤツだな。」
「これ以上貰ったらヤッチョ嬉しすぎて死んじゃうかも」
「あの筍のどこを胸骨圧迫すればいいんだ?」
「壊れちゃうからやめてね?」
2人がそんな会話をしている間に、私はひっつき虫となってしまったかぐやを抱っこしながら立ち上がる。
両腕を首に回し、両足を背中側でクロスさせている。どうやら私のお姫様には体裁を保とうとする意識はないようだ。
「ヤチヨが歩んできた8000年、全部聞かせて」
私の言葉に目を見開いたヤチヨは、目元に残った水滴を裾で拭い、いつも瞼の裏にあった笑顔に戻った。まるで仮面をつけるかのように。
それと同じくして、ヤチヨの隣に立っていた勇斗さんが私の視界から外れるように横へ掃けていった。
「知らなくたって、別にいいじゃないの。8000年なんて聞いてたらお婆ちゃんになっちゃうよ?」
おちゃらけた風にして逃れようとするヤチヨ。
そんなヤチヨを逃がさないように早歩きで詰め寄る。
「ヤチヨの8000年が私のためって言うなら、私には知る責務がある。」
「そんな、彩葉が責任を感じる必要なんて―――」
「お願い。
ヤチヨの瞳が過去を懐かしむように細められる。
ひっつき虫となったかぐやからも視線を感じたのも束の間、現実の方でずっしりとした重みが体にかかる。おそらく、現実でもかぐやがひっつき虫となったのだろう。
「··········強情だねえ、彩葉は」
佇まいを直したヤチヨは、腕を勢いよく横一閃に振るう。すると、時代劇の舞台のような部屋から以前まで住んでいたアパートの一室へと移り変わった。
一瞬で光景が変わったことに驚いていると、いつの間にか私の服装が寝間着、かぐやとヤチヨは元々は私のだった黒いシャツになっていた。勇斗さんはそのままで、1人だけ立っている。あまり言いたくはないが、少し浮いている。
「まずはねー、かぐやが月に帰った所から話そうかな」
服装と部屋に引っ張られているのか、一人称がかつてのものになっているが、それを止める者はいない。ヤチヨもかぐやなのだから。
「月に戻った数年はバリバリ働いていたんだけどね、歌が聞こえてきたの」
「歌·······?」
「そう。とても楽しそうで、キラキラ輝くような歌。
そんでね、仕事なんかやってらんない!って思ってね、仕事終わらせて、引き継ぎもして、さあ行くぞ!っとした頃には大遅刻。」
嬉しそうに、忙しそうに、悲しそうに語るヤチヨの姿はとても楽し気だった。
表情がコロコロ変わるから見てるこっちもおもしろい。
「だから、月の技術でタイムマシーン作って、過去に戻ろうとしたんだけど·········ドジちゃった。
途中で大きな岩に当たって、軌道がズレて8000年前へタイムスリップ。光る筍の身体製造機能は壊れてて、なんとか同伴していた犬DOGEがFUSHIとして身体を作ることができた。私は、そのFUSHIの体を通してのみ外界との関わりを持つことを許されたの。」
準備していた何もかもが駄目になった時、ヤチヨはどれだけの不安を、絶望を抱いたのかはわからない。
助けてくれる人はいない。頼れる人もいない。そんな中で、FUSHIとして8000年を歩んできた。
とてもじゃないが、笑顔のヤチヨを想像できなかった。
そんな事を考えていると、勇斗さんの方から降りてきたのか、FUSHIが目の前をぴょんぴょんと跳ねながら通り、最終的にはヤチヨの左肩へと飛び乗った。
FUSHIを一撫でし、いつもの笑顔を取り戻したヤチヨは話を続ける。
「そんでね、8000年をガーッと駆け抜けたヤッチョはツクヨミを作って彩葉と再会しましたとさ。めでたしめでたし··········じゃ、ダメ?」
「ダメ。全部だからね」
「も〜、彩葉には敵わないなあ」
困ったような口ぶりであるにも関わらず、その言葉、表情から喜びが滲み出ているような気がした。
そんなこんなで始まったヤチヨの8000年探検記。
人が採集や狩猟で生きてきた時代から始まったそれは、ヤチヨの脚色つきでFUSHIの体で出会った人々や身を寄せた場所での生活などがそれはもう楽しげに語られていく。
時代は流れていき、律令制が定め始めた頃まで辿り着いた。
要した時間は3時間程。時刻はとっくの昔に日付は変わっており、深夜1時。体が眠ろうと瞼を下げてくる。が、こんな所では眠れない。と言っても、私に抱きついているかぐやは1時間の時点で夢の世界へ行ってしまったのたが。
「―――でね。税金で米は取られるし、布とか特産品を献上しなきゃだしで、みんな不満が溜まりに溜まっちゃってドンドン人が減って行っちゃったの。しかも、ヤッチョが特産品として捌かれそうになるし、も〜大変!だからね、ヤッチョ的に税金は悪!滅ぼすべきだと思う!」
包丁持った人々に追われるFUSHIの姿を想像して、背筋が凍りつく。
ヤチヨ、本当に生き延びて来てくれてありがとう。お別れにならなくて本当の本当に良かった。
そんな事を考えていると、スマコンへと電話がかかってきた。確認すると全く身に覚えのない番号からかかってきている。
一先ず、今はヤチヨが最優先だ。電話先の相手には悪いが、ここは無視しておこう。
そう思い、タブから目線を切ろうとすると、ヤチヨから待ったがかかった。
「ダメだよ、彩葉。いつ、最後の会話になるかなんて、わからないんだから」
最後の会話。
確かに、私の知り合いである芦花や真実が死を覚悟して電話を繋いでいたとしたら。見ず知らずの近くの人から携帯を借りて電話をかけていたとしたら。
0に近しい確率ではあるが、ないとは絶対に言い切れない。
もし、そんな電話を無視したら、私は後悔してもしきれない。
そう思い、恐る恐る電話を繋げた。
「もしもし」
『夜分遅くにすいません、彩葉さん。本國 透です』
落ち着いた男性の声が電話越しから聞こえてきた。その相手は、かぐや防衛戦で共に肩を並べた本國 透さんその人。
面と向かって会話はしたことないが、何の用だろうか。
「どうかしましたか?」
『落ち着いて聞いてください』
なんだ、なにか嫌な予感がする。
その口上は私が知る人に不幸があった時に使われるものだ。なら、誰が。誰が不幸を被ったと言うのだ。
『黒耀 勇斗、赤松 宗全。二名の死亡が確認されました。』
「――――――は?」
そんな間の抜けた声を発したのは私とヤチヨ、どちらだったか。そんな事もわからない程、私の意識はただ1人へと向けられていた。
ヤチヨが勢いよく首を回す。
私も遅れて首を錆びついた歯車のようにぎこちなく左へと回す。そこには、ここまで私とかぐやを送った黒耀 勇斗が立っている。
そう、死人が立っている。
『生野くん、逆探知を―――』
ぶつ切りでもされたかのように、電話が途切れる。
一瞬、ほんの一瞬、彼の冠が輝いたように見えたのは月光のせいだろうか。
「バレちゃったかぁ·····」
困った風に笑う彼の一挙手一投足を追う。
右手は腰に当てられ、左手は所在なさげにだらりと垂らされている。剣を取る素振りは見られない。
かぐやを抱きしめる両手に力が籠る。
「いい警戒心だ。けど、俺には敵意も殺意もない」
身の潔白を示すように両手を上げているが、それでも警戒を解くつもりはない。
まず、この人は本当に黒耀 勇斗その人なのだろうか。
·········まさか、一日に二度も本人か疑うことになるとは。
「勇斗さん、あなたが死亡してるというのは事実ですか?」
「ああ。病室に俺と宗全の死体がある」
「死亡原因は」
「俺は多量出血。宗全は代償に持ってかれた」
「········代償というのは?」
「宗全の“真言提訴”だ。」
「真言提訴······?」
「宗全が力を込めて発言した言葉は、真実になる。例えば、“リンゴは黒い”と言えば、全てのリンゴは黒い時が1番美味しくなる。それが真実提訴だ」
なんだその無茶苦茶な能力。ただの人が持っていい特異性なのだろうか。
と言うか、そんな力を持っているとしたら世界は宗全さんの思うままじゃなかろうか。いや、もしかすると既に世界は何度か改変されているのか?
私の想像を他所に勇斗さんは言葉を続ける。
「輪廻を壊せば、修正力によってヤチヨはいなくなる。当然そうなってしまえば、俺は26で死ぬ。そして何より、君達の頑張りがなかった事になる。それを防ぐために、宗全は自分を犠牲に楔を穿ったんだろうさ」
「········!」
「輪廻―――ああ、そっか。ヤチヨがいなかったら、ツクヨミも、KASSENも·········」
勇斗さんの言葉で思い至ったのか、ヤチヨが体勢を崩し、両手を床につく。俯き、小さく丸まった体は静かに震えていた。
私自身もまた、これまでのかぐやとの想い出が消えるのを想像し、かぐやの頭を見つめることしかできなかった。
「なんで·········」
俯いたままのヤチヨが行き先も定まらないような声を漏らす。
「宗全はわからないが、俺は君に感謝している。
14年という猶予を与えてくれた君に、俺は俺で精一杯の恩返しができたと思っている。」
片膝をつき、できる限りヤチヨに近づいた勇斗さんは穏やな視線を向ける。その視線が一瞬、私に向いたような気がした。
「命は、大切にしなくちゃ―――!」
捻り出すようにしたその言葉を、顔を上げながら勇斗さんへぶつける。
自責と悲しみでぐちゃぐちゃになったヤチヨに対して、勇斗さんは朗らかに笑っている。
ヤチヨの手を取り、共に立ち上がる。そうして、立ち上がったヤチヨを確認した勇斗さんは、手を離し、背を向けて2歩進み、こちらへ振り向いた。
「命を賭けて人を笑顔にできるのなら、俺はとっくの昔に賭けてるだろうさ。でも、俺の命を賭けた所で救える者も、ましてや笑顔なんて残らないんだ。
全部、なにもかも俺は掬う事ができなかった。」
目を細めて、下へ視線を向けながら自虐でもするかのように言うその姿は見るに堪えなかった。
だから、何も言わないなんてできなかった。
「でも、私たちは確かに勇斗さんに救われました。」
私の言葉が予想外だったのか、ゆっくりと顔を上げ、私と視線を合わせる。
彼の頬が緩んだ。
「そっか。それは良かった」
満面の笑みが映し出された。
満足し、未練がなくなったからか段々と勇斗さんの姿が粒子となり、薄くなっていく。
「時間切れだな」
「成仏しちゃうの·········?」
「成仏·····いやまあ、成仏と言えなくもないか」
真剣に考えているのを見るに、成仏ではないのだろう。だとしても、黒耀 勇斗という存在の消失に違いない。
一先ず考えるのを止めた勇斗さんが、全体に向くようにしていた体を私へと向ける。
「彩葉、ヤチヨを頼む。
瀕死の奴の前で3時間ぐらい喋り続ける寂しんぼうだから、1人にしないようにな」
「ヤチヨ·········?」
「いっいやぁ、体感10分ぐらいだったと言いますかあ·········てへっ」
「ほんと、すみません。」
「大丈夫だ。おかげで酒寄 彩葉についてよく知れたからな」
まさか、この宇宙人は死にかけの勇斗さんに私の事を3時間喋り続けたのだろうか。シンプルにプライバシーの侵害では。
「それと、心ばかりだが、俺が成仏した後に車の助手席に抜き身の刀が現れるから、沼菩に売り捌いて貰ってくれ。きっと、千万ぐらいにはなると思うから」
「せ―――ッ!?」
「そうだよな。千万じゃ少ないよな。その千万で湊に依頼して、宗全の全財産を―――」
「いや!いやいや!!
少ないとかじゃないですから!貰えませんよ、そんなお金!」
「さて」
露骨に話を逸らされた。
もしかすると、この人の押しの強さはかぐやと同等、それ以上かもしれない。
「最後にこれだけは言っておくが、俺達は後悔なんてしていない。この行動が間違いだったとは微塵も思っていない。君達が悔いることはない。泣く必要もない」
粒子となり、ツクヨミに溶けていくように透けていく中、その金色の瞳は未だ曇らず。数秒後には消えることを自覚しながら、その意志は決して挫けることはなく、私たちを照らしていた。
「だから、―――笑顔で“さよなら”だ!」
時期外れの心地良い春風に乗って、彼は姿を消した。
ほんの少しの交流ではあったが、その輝きは一生残り続けると確信するものだった。だが、もう彼はいない。この先の輝きは、もう、ないのだ。
そう考えると、何故だか―――
「彩葉。泣きたい時は泣いていいんだよ」
「ヤチヨは、ずっと泣いてるじゃん」
そんな他愛ない会話で笑い合うも涙が止まらない。
真っ暗闇の道を背中を押されるようにして歩く。そうして辿り着いた先で待っていたのは―――
「“面出せ”つったが、こんな早くに来る奴がいるか」
色が抜け落ちた白髪と嗄れた声、などではなく、貫禄ある佇まいでありながら活力に満ちた声。
まるで、自身が知る恩人が若返ったかのような青年が道の先にて待っていた。
「このガキ連れて、帰りやがれ。勇斗」
足元を見れば見知った姿が俯せに倒れている。
青年が足で小突いても声を上げないのを見るに、意識を失っているようだ。
「負けたらでいいですか、勝彦さん?」
「なんだ、勝つ気か?その心意気だけは褒めてやる」
地を蹴り、何も持たず素手のみで肉薄する。図らずとも、あちらも素手でこちらを待ち受ける。
一見、筋力の差によって勝彦側が不利に思えるだろうが、その差を埋める以上の技量がある。
つまり、どう足掻こうが勝利の女神は勇斗に微笑むことはない。
次回、黒耀 勇斗死す!デュエルスタンバイっ!