ひとしきり泣き、落ち着いた頃。現実の方で扉が叩かれる音がした。
涙で濡れた目元を拭う。
「行ってくるね、ヤチヨ」
「うん。いってらっしゃい」
ツクヨミからログアウトし、スマコンをケースに戻す。そして、寝息を立てるひっつき虫となったかぐやを起こさなように引き剥がし、そっと床に下ろす。
「すぐ戻るから」
かぐやの髪を一撫でし、玄関の方へと行く。
きっと、扉の先にいるのら本國さんまたは勇斗さんの関係者だろう。あの一瞬で逆探知を完了しているのだから、あの人達も大概だ。
意を決して、扉を開ける。
「すいません、こんな夜遅くに」
扉の先にいたのは予想通り本國さんだった。不思議なことに、何故だか立派そうなスーツの所々が破れている。
「勇斗さんはまだいますか?」
その言葉に言い淀む。
なにせ、勇斗さんと付き合いが長い本國さん達を差し置いて私が最期の言葉を交わしてしまったのだ。恨み辛みの一つ二つは覚悟しなければならない。
「っ········、勇斗さんはもういないです。20分ぐらい前に、この世を、去りました·······。」
「そうでしたか。辛い事を聞いてしまい、すみませんでした。」
私の予想に反して、本國さんは恨みや妬みを1ミリたりともこちらが感じれない程までに抑え込んでしまった。さらには、こちらへの謝罪。
どれだけ人ができた大人なのだろうか。誠実が過ぎる。
「では、帰りますね。」
「あ、待ってください!」
「はい?」
背を向け、帰ろうとする本國さんを引き止める。
勇斗さんが最後に残していった物だけは絶対に伝えないといけない。それが、私に唯一できる事なのだから。
「ついてきてください!」
止まった本國さんを追い抜き、階段を降り、乗ってきた車まで走る。そんな私の後ろを訳も聞かずに本國さんがついてきている。
ポケットから勇斗さんから受け取った車の鍵を取り出し、ボタン一つで鍵を開ける。
助手席を開けると、そこには最初はなかった布に包まれた何かが置いてあった。
「これは··········まさか」
追いついた本國さんが布の端を掴み、中の物が見えるように布を持ち上げた。
「日本刀?」
月光によって妖しく光るそれは、いとも容易く命を奪う凶器である日本刀。
一際目を引くのは、その刃文だろう。
平坦なのだ。驚くほどに。これ程までに平坦な刃文を持つ刀があるのか。
初めて見た実物の刀に魅入っていると、本國さんが私から少し離れた場所で何処かへ電話をかけ始めた。
「沼菩くん。鑑定をお願いしたいんですが、大丈夫ですか?
それは良かった。それと、車の運転ができる人を1人連れてきてください。宗全さんの車があります。」
沼菩、その名前は勇斗さんが口にした名前と同じだった。鑑定士、と言うのはわかるがどのような人物なのだろうか。
電話を終えた本國さんが私へと近づいてくる。
「酒寄さん。20分程でその刀の価値が解る人がここに来ます。一先ず、それまでは状況の擦り合わせをしたいと思うのですが、構いませんね?」
「はい、大丈夫です」
立ち話もなんなので、隣の空いてる駐車スペースの輪止め石に座り、これまでの経緯を話していく。
かぐやと祝勝会をしていたら勇斗さんが不法侵入してきた事、案内されてここに来た事、かぐやとヤチヨとの事全てを話した。
その話の最中、本國さんは真剣な表情で頷いていた。
正直、自身ですら荒唐無稽な話すぎて信じられるとは思いもしなかった。
「········嘘をついてると、思わないんですか?」
「勇斗くんと宗全くんが死んでいるんです。それだけ話のスケールが大きかったとしても不思議じゃありませんよ。」
こちらを見つめていた顔が、地面へと向けられる。
失言をしてしまったことに遅れて気づき、口をつぐんだ。
ただ、表情が暗くなったのは束の間で、すぐ顔を上げ、こちらへと視線を戻す。
「それよりも、かぐやさんとヤチヨさんは大丈夫でしたか?胸ぐらを掴まれたりはしませんでした?」
「? 大丈夫でしたけど·········?」
誰がかぐやとヤチヨの胸ぐらを掴むのだろうか。もしも、そんな奴がいるのなら地の底まで追い詰めてやる。そして、生まれてきたことを後悔さ―――
「勇斗くんは喝を入れるために胸ぐらを掴む事がありますから。決して、その人に対しての軽蔑や憎悪ではないんですが」
後悔させるのは無理そうだ。なんなら、私が敵対した事そのものを後悔することになってしまう。
「まあ、あの激情は他者の事を真剣に考えている証拠でもあります。」
そう言われ、これまでの勇斗さんの表情を思い返す。
確かに彼の言動や表情は他者への物ばかりで、どれもが苛烈な物だった。命の灯火を削りながら生きていると言っても過言ではない程に。
「勇斗さんは、どうしてそこまで···········あっいや、なんでもないです!」
つい疑問が口から出てしまった。
助けられた身として、とても失礼な事を言ってしまった気がして、すぐさま失言を訂正する。
「―――純然たる怒りです。」
「え?」
「理不尽に対する怒り、弱者を食い物とする強者への怒り··········そんな怒りが彼の原動力です。」
怒り、それは誰もが持ち得る刹那の激情。
純然たる、と言うことは殺意も憎悪もない、混じり気のない怒り。それが、どういった物かは見当もつかない。
と、そんなことを考えていると、車のエンジン音が近づいてきた。
「来ましたね」
気づいた本國さんが立ち上がったので、続くように立ち上がる。
近づいてきた車は駐車場所を気にもとめず私たちの前で止まった。そうして止まった車から、2人の男性が降りてきた。
「こんばん―――」
「鑑定品はどちらですか?」
「車の助手席ですよ、沼菩さん」
黒の鞄を左手に持った中性的な顔立ちをした男性へが勢いよく降りてきたと思ったら、要件を聞くや否や走って行ってしまった。
「沼菩くんはいつもあんなんだから、気にすんなよ。酒寄ちゃん」
呆然としていると、後部座席からおちゃらけたような男性が降りてきた。
「颯汰くん、セクハラで訴えられますよ」
「ありゃま。今時は厳しいな。
それで、宗全の車はあれ?」
「はい。運転できそうですか?」
「右折できないけど、大丈夫でしょ」
透さんと短く会話を交わした颯汰さんは、左腕をだらりと垂らしながら赤松さんの車へと歩いていった。
少しした後、エンジンを吹かした赤松さんの車は左折のみで遠ざかっていった。
「あの調子だと病院に着くのは1時間後でしょうかね」
先程の会話と動きを見るに、左腕を怪我しているのだろうか。
そうこうしている内に、沼菩さんが布で包んだ日本刀を両手で献上するかのように持ち、私たちの前で立ち止まった。
「酒寄様。これはこちらで“買い取り”でよろしいですね?」
「それは私のではないので··········」
「いえ。勇斗くんの事ですから、絶対に酒寄さんへだと思いますよ。押し付けたはいいものの、返事を聞かず退去。考えるにその当たりでしょう。」
「おっしゃる通りです·········。」
本國さんの言う通り、勇斗さんは私へと言っていたが、露骨に話を逸らされたため、所有権が宙ぶらりんだったのだ。しかし、こうも全てを言い当てられると怖いものがある。
「では、この欄に好きな金額をお書きください。」
そう言って、刀を左手に持ち替え、右手で鞄からこちらへ差し出されたのは
「えっ―――」
「兆でも那由多でも、お好きな金額で構いません。必ず、死ぬまでにはお支払い致します。」
「ちょっ―――」
「もちろん今でなくとも構いません。金銭面で困った際にお書きしてもらって結構です。」
「···········」
もう声が出なかった。
私に都合が良すぎる話だ。千万にビビっていた数分前の私を殴りたい衝動に駆られるが、そもそも最初の桁が可笑しいのだと思い直す。
と言うか、そんな額を貰ったら私はこの生働く必要などないではないだろうか。
半ば強引に握らされた小切手を凝視する。
大金を持てば人はおかしくなる。そんなやり取りをかぐやとしたのを思い出す。あれはコレの伏線だったのか。
この小切手は本当に必要な時、必要な金額だけ書き込もう。
そう決心し、感謝を口にしようとしたが、それよりも早く沼菩さんはここまで乗ってきた車に乗り込み、そそくさと帰って行った。
「ええ··········」
「沼菩くんはいつもああなのでお気になさらず。」
KASSENで薄々わかっていたが、盲目のバルティマイの人達は癖が強い。失礼かもしれないが、もう一度言わせてもらおう。癖が強い。
「酒寄さん。一先ず、時間も時間なので、家に送ります。ヤチヨさんとの積もる話はまた後日に」
「··········はい、わかりました。」
ヤチヨの8000年全てを今すぐ知りたい私にとっては、時間など関係ないと言いたい所だが、疲れが溜まってるのは事実。それに、ヤチヨはヤチヨでツクヨミの復旧という仕事がある。
そう、私もヤチヨもやるべき事がある。
「かぐやを連れてきますね」
「足元に気をつけて」
本國さんと別れ、ヤチヨとかぐやが待つ部屋へと向かう。
そうして何事もなく着き、扉を開けた先にはかぐやが未だに眠っていた。
こんな硬い床でよく眠れるものだなと感心しながら、起こすためにかぐやの肩を揺らす。
「かぐや、帰るよ」
「っん、ん〜。········話し、終わったぁ?」
「終わってはないけど、深夜だから帰るよ」
「りょうか〜〜い」
まだ寝たりないのか、ほとんど瞼が落ちてる。もっと寝かせていたいが、本國さんが待っているため心を鬼にしてかぐやを立たせ、手を握って先を急ぐ。
「あれ、勇斗は?」
「勇斗さんは··········」
廊下で足が止まる。
伝えた場合のかぐやの顔を想像し言い淀む。だが、これだけはちゃんと伝えなければ。
「勇斗さんと赤松さんは、亡くなった。」
「えあ、しっ、し?なっ、―――なんで!?」
寝ぼけていた目をパチクリさせながらも私の言葉を飲み込んだかぐやは、唐突の信じ難い事実に震え声で叫んだ。
「元気だったじゃんっ!」
「幽霊みたいな状態だったみたい」
「な、なにそれ·······嘘。嘘だよね?そんな滅茶苦茶な話がホントな訳ないよね?」
「私だってわかんないのっ!」
「っ·······!」
「········ごめん。でも、勇斗さんと赤松さんが亡くなったのは本当だから」
私の大声でかぐやの体が跳ねる。
そんな顔をさせたかった訳ではない。それもこれも勇斗さんと赤松さんのせいだ。次会った時には絶対一言二言文句を言わなければ。
顔を暗くさせたかぐやの手を引き、本國さんが待つ車へと歩いていく。そうして待ってくださった車に乗り込んだ。
私たちがシートベルトを締めたの確認するや車は発進。
行き先である私たちの家の住所を教えようと、スマホにマップを映すが
「住所は―――」
「宗全くんの手紙があるので大丈夫です。」
そう言ってこちらに視線を向けることなく渡された紙を広げて見れば、そこには今現在私たちが住んでいる家の住所が書かれていた。
いや待て。
前の住所を知っているのはわかる。私が熱を出した時に私を運んだのは十中八九赤松さんなのだから。だが、今の住所を教えた事はない。それこそ、ストーカーもしくは·········逆探知!
「宗全くんはあらゆる事を知っています。」
私が脳内で赤松さん達を犯罪者に仕立て上げていると、運転中の本國さんが前を向きながら語り出した。
「宗全くんが生まれ持った才能。世間一般的にそれは、全知全能と言われる程のもの。
··········生まれた瞬間に、全てを識るというのはどれだけ残酷な事なんでしょうかね」
「それは··········」
全知全能。
それはつまり、“知りたい”という欲求を潰されるということ。人間の最初に来るであろうその欲求が失くして、彼はどうここまで歩いてきたのか。
と言うか、全部知ってるからこそ、黒幕みたいな立ち回りをしていたのか。
「と言っても、勇斗くんの事に関してはボヤけるらしいですが」
なんなのだ、あの人は(畏怖)。
本当になんなのだ、あの人は(恐怖)。
「それはそれとして。これからの予定なんですが、明日が通夜、明後日が告別式です。もちろん親族ではないので、参列せずとも大丈夫です。」
「参列します。」
間を空けず宣言する。
勇斗さんと赤松さんに助けられた身として、参列しないと言う選択肢はない。それと、お二人の意志を考えてあまり言いたくないが、死の原因は私だ。私なのだ。
「かぐやさんはどうしますか?」
「··········参列する。お別れしなくちゃ」
真っ直ぐ前を見据えた瞳で、そう告げたかぐやに一切の迷いは見受けられない。引き止める理由はない。
「では、明後日迎えを寄越します。明日の通夜は親族のみで執り行う予定ですので、お二人はご自由にお過ごしください」
「はい、わかりました。」
その会話を最後に、車内に静寂が訪れる。車のエンジン音だけが耳を打つ。
誰も口を開かないまま、車は私たちの家に着いた。一言二言交わした後別れ、私とかぐやは同じ布団で眠りについた。
翌日、とある葬儀場にて。
小学校の体育館程の広さの部屋の前方部に死化粧を施された黒耀 勇斗、赤松 宗全の両名がそれぞれ棺桶に寝かせられている。
その棺桶の周りに宗全と勇斗の親族である7名が、最後のお別れをしていた。
「勇斗さん········」
黒耀 琴葉が眠り続ける勇斗の頬に手を当てる。しかし、本来返ってくる筈の温度はとうに失われている。
それを確認した黒髪の青年が、足早にその場を離れていく。
「ちょっと幹弥!もう帰っちゃうの!?」
幼さを残した少女の声に、幹弥と呼ばれた青年が足を止める。
振り返った青年の黒い瞳が少女に向けられる。
父母どちらの色でもない輝きを宿さない黒色の瞳に少女がほんの少し肩を揺らす。
「父さんの死は確認した。ここでやるべき事が終わった以上、ここに居続ける理由はない。
俺は欧米に戻る。必要があれば連絡を頼む。」
そう淡白に言伝を終えた黒耀 幹弥は会場を後にした。情も感謝も見られない青年の後ろ姿に、少女黒耀 友奈は憤慨した。
「なにアイツ!お父さんが亡くなったのに!」
地団駄を踏み始めそうな怒りを眉間の皺から見て取れる。パパっ娘であった友奈としては、幹弥の反応が面白くないのだろう。
「まあまあ落ち着いて。幹弥だって全く悲しくない訳じゃないんだ」
「そんなのわかってる!でも、もっとこうあるでしょ!」
宥めようと友奈の弟である黒耀 響介が間に入ろうとするが、友奈の怒りは留まりを見せない。
だが、そんなものをここで扱っていい訳がない。
「友奈、お父さんの前だよ」
「っ···········ごめん。」
白墨 綾香の一言でここが何処で、誰の前なのかを思い出させる。それがどういう意味なのかを解らない子ではないのだから。
少しピリついた空気を変えようと、老紳士がゆったりと口を開く。
「まさか、私たちより先に勇斗くんと宗全が逝くとは思いもしなかった。」
「そうですねぇ。」
老紳士の言葉にその隣に立つ老淑女が賛同する。
眠る2人の顔をじっと見つめた老夫婦はゆっくりと視線をその子供らに移す。
「こんなにもかわいい子供らを残して逝くとは、心残りもさぞ大きかろう」
細く、皮だけになってしまった掌が友奈の頭に乗せられる。じんわりと暖かくなる優しい掌だった。
「お父さん·······」
「琴葉。何かあればすぐに頼りなさい。再婚するしないは子供たちとじっくり話し合うんだぞ。」
「しません。」
「そうか。ただ、心変わりがあれば―――」
「しません。」
「··········そうか。じゃあ、また明日」
「うん。転ばなようにね」
老夫婦は足元をしっかり確認しながらゆっくりと会場を後にした。
そんな背中が見えなくなるまで手を振っていた琴葉だったが、2人の子供からの強い視線を感じていた。
「どうしたの、友奈、響介?」
「お母さん、再婚するの?」
交わった視線からは不安がありありと見て取れる。やはり、子供にとって急激な環境変化である再婚は不安そのものなのだろう。
「しないよ。お父さん以上のお父さんなんてこの世に存在しないんだから」
「お母さんも?」
「うん。お父さん以外との結婚は考えられないかな〜」
「そっか·······!」
2人の母の言葉に子供らは暗かった顔を一転させ、体全体で喜を表す。
その後、1時間程じっくりとお別れを済ませた4人は会場を後にし、ホテルへと戻った。
翌日、ホテルのエントランスにて。
喪服を身に纏った盲目のバルティマイの面々はとある事について話し合っていた。
「誰が酒寄さん達の迎え行きます?」
大和のその発言に、誰も名乗り上がる者はいなかった。
一昨日、迎えに行った透さんは既に会場入りしており、面倒くさい準備を行っている。
ただ、勘違いしないで欲しいのだが、彩葉達の迎えがダルいのではなく、シンプルに負傷者が多いのだ。ほとんどの者かどこかしら骨折している。
「女性の方で運転免許お持ちの方いますか?」
「はい、私持ってます」
「凪さんは迷子になるので却下」
「立川あたりまでなら大丈夫ですよ!たぶん」
「じゃあ私が行きます」
「霙さんも迷子になるので却下」
「迷子になったのは3歳の時ですから!」
女性で免許持ちは四名。内2名が迷子という懸念点を持っており、内1名は勇斗の死で精神崩壊中。最後の1名はと言うと―――
「じゃ、私が行こうか?」
「柚葉さん········お体は大丈夫なんですか?」
「うん。もうバッチシ」
御年93歳のおばあちゃんこと武内 柚葉さん。やべえおじいちゃんのやべえ奥さんだ。
足腰はガッチリ。背筋はピーン。
彼女を知らない者が見れば、健康的な70歳あたりに見誤う事だろう。
「それならお願いします、柚葉さん。住所と電話番号のメモと僕の車の鍵です。車は入口に1番近い青色のセダンです」
「わかった。いろいろとありがとね」
大和からメモと鍵を受け取った柚葉さんは、エントランスを抜け、駐車場へと歩いていく。その足取りは90歳にはとても見えない。
が、年齢が年齢なため一抹の不安が大和の心中に燻っていた。
(廃車になって帰ってくるかもだな)