勇斗さんの告別式の朝8時。昨日送られてきた予定表通りであれば、もうすぐ迎えの車が到着した趣旨の電話がかかってくる筈。
私たちの喪服である学生服に袖を通し、ソファに座って電話を待つ。
「どうどう?似合ってる?」
「似合ってる似合ってる」
私の制服を着て、全体を魅せるようにくるくる回転するかぐやを適当にあしらう。
正直言うと、めっちゃ似合ってる。こんな美少女が1人で歩いていたら誘拐してしまうだろう。
と、そんなことを考えていると携帯が震え出した。
携帯を手に取り、応答する。
『彩葉ちゃん?かぐやちゃん?着いたよー』
「はい、すぐに降ります。」
電話のせいか嗄れたような女性の声に返答し、ソファから立ち上がる。
『玄関前に停まってるから転ばないように来てねー。青色のセダンだよ』
その言葉を最後に電話が切れる。
なんと言うか、安心するような声だった。かぐやともヤチヨとも違う部類の安心。
一先ず、考えるのは後にしてかぐやと一緒に降りよう。
「指差し終わったー!」
「それじゃあ、行こっか」
部屋中の指差し点検を終えたかぐやが戻ってきたため、いつもの外行き用の道具を詰めた鞄を肩に下げ、玄関へと向かう。
私の後ろから手ぶらなかぐやが続く。もちろん、私の鞄の中にかぐや用の物も入っている。
かぐやと共に降り、外に出ると言われた通り青色のセダンが横付けされていた。
運転席を見ると、初老の女性と目があった。すると、車の窓が降りてきた。
「彩葉ちゃんとかぐやちゃん?」
「はい、酒寄 彩葉です。それと」
「かぐやだよ!」
「私は武内 柚葉。さあ、乗って乗って」
手招きされ、かぐや、私の順に車へ乗り込んでいく。
クーラーが効いていて、とても涼しい。まだまだ猛暑日連続記録を伸ばし続けている今日であるため、生き返る心地がした。
冷気を逃がさないようにすぐ扉をスライドさせ、シートベルトを伸ばし、差し口へ―――
「それじゃあ出発」
挿入するよりも先に車が発進する。
慣性の法則を体感しながらもシートベルトを差し口へ挿入。
顔を上げると、鼻唄をしながら気色満面に運転するお婆ちゃんの後ろ姿があった。
「どこ行くー?」
予想外な問いに目を丸くする。
行き先は問う暇もなく葬儀場で決定している筈だ。まさか、目的地を忘れてしまったのだろうか。
琴線に触れないよう恐る恐る返答する。
「葬儀場、ですよね?」
「うん。そうだけど、時間にはたっぷりと余裕があるから、どこか寄りたいなー、って。要望とかある?」
「えっーと·········」
確かに葬儀開始まで2時間ある。1カ所寄る余裕はあるだろうが、心にはそんな余裕はない。当然、それはかぐやも同じ。
「じゃあ、このケバブ屋行きたい!」
「おっ、いいね」
同じではなかったようだ。
かぐやが武内さんに見せているスマホ画面に映し出されているのは、今朝ニュースで紹介されていた話題沸騰中のケバブ屋だった。丁度近くで、時間があったら行こうという話になっていたのを思い出す。
そんなこんなで、20分程して私たちはケバブ屋に辿り着いた。
「めっっっちゃ、並んでる!」
「並んでるねえ。30分ぐらいかな」
「ですね。今日は諦めるしか·········ってあれ!?」
「かぐやちゃんも日傘入る?」
「入る〜!」
葬儀場へと軌道修正しようと試みるが、いつの間にか武内さんとかぐやは列の一部になっていた。しかも、日傘で相合傘をする形でだ。
すぐさま追いついて、私も列の一部になる。
「彩葉ちゃんも入る?」
「いえ、大丈夫です」
「え〜、彩葉も入ろうよ〜」
「ちょ、一つの傘に3人は入らないって」
かぐやに強引に引っ張られ、日傘の下に入るものの、日を防ぐにはぎゅうぎゅうに詰めなければならない。それでは、暑さから逃げるには逆効果だ。
「私はこんぐらい平気だから―――」
私が日傘から出るより早く武内さんの左手が私の腰に回される。
「ほら、こうすれば大丈夫」
ウィンクをするように片目を閉じ、橙色の瞳を細めるその姿に先程までのおちゃらけた雰囲気とのギャップに心臓が跳ねる。
「はっはい!」
「それで良し」
日傘の下は直射日光を避けれるため、あまり暑さを感じられない。加えて、素肌を晒している腕に当たる武内さんの体が冷たいこともあって、想像していた何十倍も涼しい。
そんな状態で、列が終わるのを待っていた私たちは無事1番人気のケバブを3つ買うことができた。有難い事に武内さんが全て払ってくださった。
車内に戻った私たちは、早速ケバブに齧りつく。
「うっっっま〜〜〜〜!!!」
「おいしい·······」
「うん、おいしいね」
この旨さは筆舌に尽くしがたい。
20分程待ったかいがあったと心から思う。ソースが服に零れないかが心配だったが、この美味しさはソース一滴まで味わいたい。
矢継ぎ早に口へ含んでいき、ものの数分で食べ終わってしまった。
「それじゃあ、最後にスーパー寄って行こっか」
「わかりました」
指を舐めてるかぐやの代わりに返事をする。
今の時刻は8:30。スーパーに30分かけたとしても葬儀場には十分間に合うだろう。
その後、途中にあったスーパーに立ち寄った武内さんは大量の大福とゼリー、かぐやが欲しそうな目で見ていたお菓子、それと使用用途は不明だがロープを買っていた。
「そのロープはいったい········」
「んー·······ちょっと言えないけど、人命に関わるから」
あまり触れないほうが良い事が確定し、私たちは葬儀場へと向かった。
10:30。私たちは葬儀場へと辿り着いた。
車から降りた私たちは武内さんを先頭に、私、かぐやの順で式場に入室する。
式場を見渡すと、あまり暗い雰囲気はない。例外として、1人の女性が意気消沈しているのか項垂れて暗い雰囲気をだだ漏れにしている。
お父さんの葬式とはまた違う雰囲気だ。
啜り泣く声でも痛い程の静寂でもない。大往生をした人の葬式のような気がする。
そんなことを考えていると、武内さんが人の集まりへと小走りで混ざりに行ってしまった。
残された私とかぐやは知ってる人を探そうとするも、その人である本國さんは集まりの中心にいて手詰まりとなってしまった。
「酒寄ちゃん、かぐやちゃん」
「っはい」
意識外からの声かけに心臓を跳ねさせながら、後ろへ振り向く。
面識のない女性が立っている。記憶違いでなければ初対面だろう。
「だれ?」
「そだね。初めてだったね。
私は星野 霙だよ。長い付き合い、になることはなさそうだけど、よろしくね」
名乗られると共に3日前の記憶が掘り起こされる。
「あ········」
高台に急ぐために人間バケツリレーと言う馬鹿げた作戦によって投げられた私を受け止めた2人の片方。その人こそが星野 霙さんだった。
「高台での頭突きは気にしないでいいよ。緊急事態だったし。それよりも、座席に案内するからついてきてね」
「わかりました」
星野さんに案内された席に座る。続いて私の隣にかぐやが座る。
どうやら、親族席と一般席に別れているだけで座る場所は自由のようだ。
葬式が始まるまでかぐやと共にじっと待つ。
普段の様子からは考えられない程静かに待っていた。
「では、時間になりましたので黒耀 勇斗様並びに赤松 宗全様の告別式を執り行います。
司会を承りました本國 透です。よろしくお願いします。」
時刻になるや本國さんが演台に立つ。
これまでの立ち位置や雰囲気から推測するに、本國さんはこの集団のまとめ役なのだろう。
「始めに、喪主の黒耀 琴葉様の挨拶です。それでは、お願いします。」
「はい」
親族席の最前列に座っていらっしゃった勇斗さんの奥様であろう方が安置された御遺体の前に立たれる。
親族席、一般席へお辞儀を済まされるのと同時に本國さんによってマイクスタンドが運ばれてきた。
お辞儀によって垂れ下がった艷やかな黒色の長髪を翻し、赤松さんのような赤い瞳で前を見つめる。その姿に気迫のようなものを感じ、唾を飲み込む。
「本日は忙しい中、夫と兄の葬式に参列していただきありがとうございます。
言いたい事はたくさんあると思いますが、飲み込んでいいただき、穏やかに送ってくださると幸いです。
以上です。」
兄、と言うことは黒耀 琴葉さんは赤松さんの妹のようだ。つまり、勇斗さんと赤松さんは義兄弟なのか。
締めの言葉を合図に本國さんがマイクスタンドを持って裏方へ仕舞いに行かれた。
最初のように親族席、一般席へお辞儀をした琴葉さんは元座っていた席へとお戻りになった。
「では、これよりお焼香へと移らせていただきます。喪主、ご遺族の方から順にお願いします。」
本國さんの言葉を皮切りに、親族席の最前列の方々が起立する。そうして、2人ずつ御遺体の前へと歩いていく。
琴葉さんと女性、小さな男の子と女の子、老夫婦、と淡白に進んでいく。
特筆すべきは、意気消沈した女性の腰にロープが巻き付けられていた事だろうか。そっと目を逸らしたのは言うまでもない。
そんなこともあったが、時間は流れ、終に私たちの番が来てしまった。
霙さんと女性の後ろに並び、かぐやと共にその時を持つ。
目の前の2人が横に避ける。
かぐやと示し合わせたかのように一歩前に進む。
「·········。」
顔を顰める。
死化粧を施された御二人の顔はとても死人とは思えない程、穏やかな表情に謎の安心感が湧き上がってくる。
今はただ、御二人の御冥福を祈り、焼香を立てる。
かぐやは、ほんの一瞬目を大きく見開いていたものの、恙無く焼香を立てることができていた。
焼香を終えた私たちは親族席、一般席へお辞儀をし、席へと戻った。
炉前を経て、勇斗さんと赤松さんが火葬炉へ入れられるのを見届けた私たちは広々とした座敷の部屋で昼食を食べていた。
「··········」
隣のかぐやへ視線を移す。
精進料理に慣れないためか、それとも精神的に滅入ってるのか箸はあまり進んでいない。
かく言う私も、進んで食べる気にはならない。
「彩葉ちゃん、かぐやちゃん」
そんな折、後ろから武内さんが声をかけてきた。
振り向くと、大福を2つ、こちらに差し出しながら、笑顔の武内さんと目があった。
「もし、食欲がないならこの大福だけでも食べて、他は残していいからね」
「いえ、そんなことは―――」
食べ物を残す事に後ろめたさを感じ、無理にでも食べる。そう決心していたが、武内さんの全てを慈しむような瞳に負けた。
「········わかりました。ありがとうございます」
武内さんから一つ大福を受け取る。
「かぐやちゃんも」
「うん」
武内さんから大福を受け取ったかぐやは、すぐさま包装を外していく。
その様子を見るに、単に精進料理が口に合わなかったのではと思ってしまうのは邪推だろうか。
そんなことはさておき、私も大福の包装を外し、一口で頬張る。
咀嚼しながら周りを見渡すと、ほとんどの人が精進料理に蓋をし、大福だけで済ませている。唯一、翡翠のような瞳を持つ男性が精進料理を黙々と食している。
そんな中で異彩を放つのは、またもやロープを繋げられた女性。2人の女性によって、口へゼリーが流し込まれている。雛に餌を上げる親鳥のようだ。
そんな光景に私は、さっきと同じように目を逸らした。
未だに残る熱気がじんわりと肌を焼く。
足元がふわふわするのは熱気のためか、それとも自分でも思った以上に目の前の光景に動揺しているのか。
どっちもだろうな、きっと。
眼前には、親族の方々が勇斗さんと赤松さんの遺骨を箸で器に移していく光景。
肌も肉もない。骨だけの状態。
胸がきゅっと縮まる感覚がした。
「粗方移されましたので、納骨いたしますね」
職員の方がそう言い、骨が移された器を手に取り、骨壺へと流し込んでいく。
足の方から上へ入れていき、最後に喉仏らしい骨を納骨された。結構押し込んでいて、不躾ながら雑ではと思ってしまった。
老夫婦が赤松さんの骨壺と遺影。勇斗さんの方は琴葉さんが骨壺、名前を知らない女性が遺影をそれぞれ持つ。
49日後、墓に入れるのであろう。
収骨室を出た私たちは玄関前のエントランスで解散前の話しをしていた。
「皆さん、今までありがとうございました。」
「こちらこそ、勇斗くんには色々助けられましたから」
「最後まで··········いや、なんでもない」
「日出が空気を読んだだと」
「明日は雪か」
「まだ9月ですけど」
ほとんどの人が親族の方へ励ましの言葉をかけていく。
心温まるその光景を数十分、私とかぐやは一歩引いて眺めていた。
「では、私たちはこれで失礼します」
親族の方々がご退出されるのに伴って、全員が玄関へと視線を移す。
と、同時に時間が止まったのかように静寂が訪れた。
なにかあるのかと思い、目をよく凝らすと玄関の方から2人の男性がこちらに歩いてきている。
その2人の男性と言うと―――
「お前の遺影、ピースしてるせいで遺影がイエーイって感じだな。」
「おじさん臭いぞ、宗全。てか、お前の方は生気がなさすぎだろ。死んだ時の写真でも撮られたのか?」
「30日ぶっ続けで徹夜した時の奴だ。14年前のアレな」
「アレかあ」
軽薄に喋りながらこちらへ歩いていくる2人の姿は見誤る筈がなく、間違いなく、赤松 宗全と黒耀 勇斗の姿だった。
「よっ。元気そう、じゃないな。みんな、何処かしら怪我してるが、なんかあったのか?」
「原因はお前な。湊に依頼したのもう忘れたか?」
「ああ。そう言えばそうだったな」
私たちが驚きと意味不明さに打ちのめされている間に、後3歩程まで近づいた2人は静寂を軽々と切り裂いた。
「お父、さん·······?」
「おう、お父さんだぞ。元気してたか、友奈」
「なんで生きてるの········?」
「ぐっ·······!」
娘さんからの言葉の矢に射抜かれたのか胸を押さえ、悶え始める勇斗さん。隣で笑い出す赤松さん。
疑う余地もない程、あの2人だ。
「そっそれはもちろん、友奈と響介に会うために地獄から蘇ったんだぞ。なっ、宗全」
「俺はいい頃合いだと思ったんだがな。ほんっと、ふざけやがってあの爺」
眉間に皺寄せ、吐き捨てるように言う姿から不満がありありと見て取れる。まるで死んでいた方がマシだったと言わんばかりだ。
そんな姿を隣から見ていた勇斗さんは、少し笑いを零した。
「まあ、とりあえず―――」
息子、娘さんを片腕にそれぞれ抱えた勇斗さんは、あの時私たちに言った逆の言葉を満面の笑顔で口にした。
「ただいま。」
彩葉に心の余裕がないため、かぐやの描写は少なめです。
余談ですが、黒耀 幹弥、黒耀 友奈、黒耀 響介はこの世界線でしか見れないレアキャラです。多分、次の回終わったら出番ないんじゃないかな?