現実から押し寄せる痛みに脂汗を流しながら、今しがた障壁となった人物を見上げる。
儚げでどこか透明感がある名も知らない少女はただ悲しそうにこちらを見つめている。本意ではないとでも言いたげな瞳だ。
「アンタが敵の首領か?」
左肩をジュワユーズを持つ右手で支えながら立ち上がり、推定敵のトップを睨む。
返答こそなかったものの、首を横に振っていることから予想は大外れ。ますます分からなくなった勇斗は首を傾げる。
「ごめんね。こんなことになっちゃって·········」
「―――まさか、アンタは」
驚愕の色に染まった顔を晒す。
二言、たった二言で正体に目星をつける。
その人物は14年前に会ったことがある。と言っても、その時は人の形を成してなかったし、声もこんなではなかった。ただ、雰囲気が酷似していたというだけの根拠。
「もう貴方が傷つく必要なんかない。こんなにも、貴方は愛されているんだから」
「············ふぅ」
瞠目し、息を吐く。
自身への怒りを鎮め、消えかけていた戦意を奮い立たせる。
いつもこれだ。
泣きそうで、逃げ出したいのに、誰かを気遣う優しい子。震えた声で精一杯の勇気を振り絞って、今と同じような言葉を投げかけてくれる。
ただ笑っていて欲しいだけなのに。
左肩を支えるのを止め、腰辺りまで下ろしながらも切っ先は破壊目標である月に向けている。
開かれた瞳は未だ金色に輝いている。
たった、それだけの動作に観客席に座っていた者、視聴者、その場にいた全ての者の視線を釘付けにしていた。
彼がこの逆境を前にしてなんと声を上げるのか。どう行動するのか。誰もが目を離せずいた。
「テュルパンッッッ!!!」
空から降り注いだ水色の輝剣が彼の左腕を丁度割れている所から断絶した。
切り離された左腕が花弁を舞わせながら宙で踊り、地に堕ちた。
誰も予想できなかったこの行動に、全ての人々が目を見開き、口をかっぴらくしかできなかった。
「未来に恐怖するのも、変化に怯えるのもいい」
ジュワユーズの刀身から徐々に伝っていくように体全身が光輝いていく。奇しくもそれは魔力放出(光)と似ている。
近くでその現象を目にしていた者が目を覆い隠す程の眩さだった。
「日出!アレやるぞ!!」
「人遣いが荒いな、本当に」
勇斗が前方に、日出が後方から同時に飛び降りる。
片方は輝きで自身の位置をバラしている。それに合わせて、警戒すべきは勇斗ただ一人のみ。日出が何をしようがどうなる訳でもないため、ほとんどの月人は日出を無視し、勇斗の方へと集まっていく。
「俺は、君の八千年全てを肯定するッ!!
俺達の人類史は誇れたものではなかった!!だが、それでも、ここまで来れた君を俺は称賛しよう!!!」
虫のように集ってくる月人を剣で斬り捨て、聖光で焼き払い、叩いて潰して処理していく。
一向に減速する様子を見せない彼の姿に一際大きく、体にビッシリと紋様があるホテイ型が迫る。まるで、チートコードを使用した際の黒鬼メンバーのようだ。
「だからこそ!!!
君が泣く必要も、嘆く必要も、―――ッ!!」
特異なホテイへ他と同じように聖光をお見舞いするが、肉体の5割消失しても尚突撃を止めず、勇斗諸共フィールド上の山に激突する。
やられたかと人々が最悪の事態を想定するが、それは山が罅割れていく光景に否定された。
噴火するかのように聖光が山から放たれ、粉々になった山だったものが四方八方に飛び散る。
「―――ないッ!!!!」
また走り出す。
足を止めることなく森を駆け、静止しているヤチヨの背後から月を狙う。
か細い光の星が月へと飛び立つ。
「ジュワユーズ・ポエナ!!!」
輝きをジュワユーズに一点集中。
真名解放と同威力の破壊力を直にぶつければ、確実に月を消せる。そう確信し、両腕で持ったジュワユーズを振り下ろ―――刹那にして、彼の両腕が落とされた。
「はっ―――」
聖剣は輝きを失くし、両腕と共に森へと落ちていく。
落ちていく最中、視線を横にずらせばズイショウ型B。勇斗の腕を切断した刀身が妖しく光を反射する。
その姿に恐怖し、絶望し、―――嘲り笑う。
「騙されたな?」
ヤチヨの真下、開けた平原に聖光が満ちる。
そこにいたのは、今確かに戦闘不能に陥った筈の黒耀 勇斗の姿。右腕には何も握られていなかったが、太陽と遜色ない光を放っている。
標準を定めるように右腕を月へと突き出す。
「砕け散れッッ!!!!」
右腕に充填された聖光が月へと目にも止まらぬ速さで駆け、見事月を砕いた。
一度きりの騙し技の成功に、勇斗と日出は揃って頬を上げる。しかし、これで日出は残機全滅。着実に戦力が減っていく。
だが、これで源流である月を砕いたため、これ以上の増援はない筈、筈なのだが··········
「なんですか、アレ·······?」
「なんだありゃ?」
「なにアレ·········?」
「わからないです。わからない方がいいです」
各々が戦闘の手を止め、砕け散った月があったであろう場所に目を向ける。
そこには、
あるべき筈の夜空も、星々も、色も、形も。
ただぽっかりと穴が空いている。無、そのものがそこにはあった。
―――月光が地を妖しく照らす。
なにか嫌な予感がした勇斗は、すぐさまジュワユーズを手に戻す。
余談だが、彼の嫌な予感はよく当たる。
「アハっ―――、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!??」
「大和くん·········?」
頭を抱えながら、自分でも訳がわからないといった風な表情だと言うのに、笑いが止まらない。
最も近くにいた透さんは一歩後退りながら、困惑するしかなかった。
「うぅ········あ、あぁ·····?」
「霙ちゃん、頭が痛いの?大丈夫?」
笑い続ける大和に対して、霙はその場に蹲り、嗚咽している。
琴葉が寄り添いながら背中を擦るが、回復する兆しは見えない。
この二人だけではない。月光を観た視聴者、KASSENに参加していた他の盲目のバルティマイのメンバーは軒並み全員が同じような症状に見舞われていた。
「どうなってんだ」
「わかるわけないでしょ」
「だが、これだけは言える。この状態のまま襲われたら負ける」
「っ········。」
酒寄兄弟は背中合わせに周囲を警戒する。しかし、警戒しようがしまいが結果は変わらない。その事実を理解できるというのは時に残酷である。
そんな絶望的状況に一筋の希望が差される。
「我らが巡礼に穢れありき」
ジュワユーズを地に刺し、短く洗礼の言葉を紡ぐ。
たったそれだけで、正気を失っていた面々が復帰していく。何ができないというのだ、この男は。
望んだ結果ではないものの、目標を達成した勇斗は天守の高台へと舞い戻った。
「月は砕いた。が、アレは良くないな。あったらいけないヤツだ、アレ」
「どうしましょうかね」
「打つ手ないような気がします。」
最初こそ月を砕けば事態は収束すると思っていたが、それが成されない以上どうすればいいのか。
透さんと琴葉からマイナスな言葉が溢れる。
勇斗としても何故戦えるのかわからない状態だ。刻一刻と命が削られている。
「菩薩みたいた奴倒したいんだが·········」
「何か問題が、あるんですか·······っ?」
「私はまだ、いけます·······っ!」
復帰した大和と霙が絶え絶えながらも歯切れが悪い勇斗に問いかける。
次の標的としたのは、穴の前に佇む菩薩のような顔をした敵。大きさなら1番だろう。
「今の俺じゃ勝てない」
「··········え?嘘ですよね?」
「いやぁ、すまん。
正直、意識保つのでギリでな。何とか戦えてるってのが現状だ。こっちの世界でも右肩、両足砕けてるし、現世じゃ今麻酔なし治療でな。ガチで意識飛びそう」
「逆に、なんでそれで意識あるんですか?」
「根性」
現世はさっきの凶刃で、ツクヨミ内の怪我は山に激突した際に砕け散っていた。最早動けていい体ではないのだ。
正しく絶体絶命といった所だろうか。
「ここまできて、こんな·········ッ!」
「だよな。ここまでやって諦めたかないよな」
現状に打ちのめされて歯を噛みしめる彩葉に届くように賛意を告げる。
その言葉に、彼の長年の想いが詰まっているのは言うまでもない。
「秘策がおありで?」
「ない。だが、負けたくない。最悪の場合·········宗全頼るか」
「それが1番成功率高いと思うんですけど」
「大和くん、あの人が能動的に動く訳ないじゃないですか」
「そりゃそうですけども」
透さん、大和、勇斗がそれぞれ冗談を言い合いながら笑い合う。と同時に活発になり始めた雑兵を斬り捨てる。
「時間なくなってきたから、簡潔に言う。
琴葉、彩葉、帝 アキラ?森で隠れてる白髪と女装男子で目標の周りの取り巻きを倒してくれ。それ以外はここで防衛。俺は敵を散らしながら、隙を見つけ次第ジュワユーズを放つ」
「わーった/わかりました」
ネームプレートから何とか名前を拾えた勇斗はそれぞれ指示を出していく。流石に、ちらっと見かけただけの二人の名前は分からなかったが、特徴は捉えれている。
「彩葉、気抜くなよ」
「言われなくとも」
短く言葉を交わし、彩葉は高台から飛び降り、帝はメンバーに連絡を行う。
これで正真正銘最後の攻防。次攻める体力など残っていないことを考えると、泣こうが笑おうがこれで最後だ。
全てを出し切ると全員が心の底で思った。
「真贋から贋作へ
されど、我らが王勇は未だ朽ちず
幾重の奇跡を積み上げ、ここに至った。
即ち、―――」
具現化された翼を広げ、高台から飛び立つ。
集った十三の剣は忌むべき敵へと向けられている。至高の十三連撃―――今ここに。
「
真贋贋作など些事と言わんばかりの輝きを以て開戦の火蓋は切って落とされた。
菩薩の周りは焦土と化すも、目標は未だ健在。目立った傷はないものの少し焼け焦げている。
その様子を見た帝は攻撃のチャンスだと取り巻き除去から切り替え、足を伸ばそうとするが―――
「欲を出すなッ!!
ジュワユーズ・オルドルッ!!」
極光が帝を掠めながら、背後にいたズイショウ型Bを討ち滅ぼす。例え、異様な紋様が浮き出ているタイプであっても真名解放には敵わないようだ。
「長期線覚悟だ!気ぃ引き締めていけッ!!!
ジュワユーズ・オルドルッ!!」
今度の極光は菩薩へと放たれるが、テンニョ型Aの琵琶に防がれ、砕け散るに留まった。
その光景を視認するや、勇斗は砕けた足をなんのその地を蹴り、天女に切っ先を向ける。
「ジュワユーズ・オルドル·······!!」
極光が天女の胴体を貫き、更に菩薩へと牙を向く。が、この程度では掌で防がれてしまった。
反撃を警戒し、すぐさまバックステップをし、距離を取る。そして、横目で見えた彩葉に向けて―――
「ジュワユーズ・オルドルッ!!!」
「わっ!?」
極光が彩葉に迫っていたホテイ型を貫く。
もはや息をするように真名を解放している。出力全開の足元にも及ばない威力ではあるが、着実に輝きと体力を消費していく。
「勇斗さん、打ちすぎです!バテますよ!!」
「出し惜しみはなしだ!さあ走れ!!
ジュワユーズ・オルドルッ!!」
眼前に立ち塞がったコンゴウ型Aを極光が呑み込む。これによって、菩薩までの道は開けた。
勇斗と並走していた琴葉は草薙剣を構え、肉薄する。
「必殺!!」
神速、―――全てを置き去りにした八連撃が菩薩を刻む。
防御しようと掌を出すよりも速く、両腕は落ち、胴に深い溝を作った。
「そこだッ!!
ジュワユーズ・オルドルッ!!!!」
両腕を失くし、防御する手立てがない菩薩の頭部へと極光を打ち放つ。
十三の閃光は一つに束ねられ、理不尽を喰らわんとひた走る。その極光は菩薩の頭部に命中したが、その命を落とすには足りなかった。
「今のを繰り返すぞ!!
ジュワユーズ・オルドルッ!!!」
決めきれなかったことに若干の悔しさが滲むが、即座に切り替え、棍棒を振りかぶるコンゴウ型Bの腕を焼き落とす。
そしてトドメに彩葉が首を落とした。
「ナイスだ!
ジュワユーズ・オルドルッ!!!」
賛辞の声を上げ、再度菩薩の周りを焼き落とす。そうして無防備になった菩薩へと琴葉が駆ける。
先程寸分違わぬ構えで繰り出される必殺の技。
「これで、トドメっ!!」
菩薩の首を落とさんと草薙剣を振るう。それとほぼ同時に菩薩の体に異様な紋様が浮かび上がる。
それに気づいた勇斗がジュワユーズをアストルフォの馬上槍に持ち替えた。
初撃が菩薩の首を捉えるより速く、ボコボコと再生した右腕によって今まさに叩き落とされそうになっている琴葉。だが、それよりも速く投擲された槍がその動きを咎める。
「琴葉、退けッ!!」
「ッ――、はい!」
槍の投擲で琴葉の死亡は回避されたが、槍は遥か彼方まで飛んでいってしまった。
手に戻ってくるまで速くて2分。その間、真名解放でのサポート、勇斗を守るものはない。
ヤバいと勇斗以外の面々は思ったことだろう。だが、武器がないからと言って弱いとは限らない。
「ふんっ!!」
琴葉の着地刈りをしようとしていたズイショウ型Bの左頬をぶん殴る。そのまま地面に叩きつけられたズイショウ型Bは、顎が砕け、顎がだらしなく垂れている。
「おさらばっ!」
地面にダウンしていた顔面を叩き潰し、頭を完全に砕く。
その際に破片や得体の知れない青い液体が飛び散るが、どれも花弁となって消えていった。
「再生の原因わかる奴いるかあ?!」
「チートだ!」
「そりゃチートだろよ!」
「システム的なチートコードですっ!」
「なるほど!!対応策は?!」
「時間経過!!」
「何分?!」
「1分前後!!」
「なら耐久するぞ!!」
迫りくる月人を殴打で潰しながら、菩薩の超再生の理由を酒寄兄弟からの言葉で納得する。
少しだけ会話が噛み合っていないかったが、方針を固め、菩薩からの攻撃を警戒しながらひた走る。
「ふんっ!!!
―――ッ!テメエもチートか!!」
「チートコード見せたの不味ったか?」
『あ〜あ、俺言ったのにな〜』
『口より手を動かせ』
顔面を殴り潰したと言うのに、花弁になるどころか新たな頭が増えてくる始末。
精々がレベル限界を突破し、驚異的なステータスを得る程度だったと言うのに、改良して超再生を手に入れるとは誰も思わなかっただろう。誰の非でもない。
「数を減らすのは諦める!逃げるぞ!!」
「何処に!?」
「何処にでもだ!」
「乃依と雷も散れ!!」
『おっけ〜』
『承った』
勇斗はアストルフォの馬上槍が飛んでいった高台とは逆方向の森へ。それ以外は高台の周りを散って走っていく。
「勇斗、持ってけ」
「おお!助かった!ってか誰だよ!?」
死神のような黒い衣を身に纏い、黒いフードで顔を隠した何者かによって勇斗の手に武器が戻ってきた。しかし、勇斗には誰なのか皆目見当もつかない。
結局、その黒づくめの誰かは正体を明かすことなく森に消えていった。
「あんな声のヤツいたっけな?」
声の感じから、声変わり後の男性だと言うのはわかったが、これまで聞いたこともない声だった。
悩んでいる暇はないため、頭の隅に追いやり、高台の方へと戻っていく。
灯籠頭が近づいてくるが全て無視。最短距離で高台への道を戻る。
しかし、それを妨害するようにテンニョ型Aが立ち塞がる。
竹筒のような銃器から音速の弾丸が放たれるが、次の瞬間には閃光によって消し飛ばされていた。
「退けッ!
ジュワユーズ・オルドルッ!!!」
極光が天女の上半身を吹き飛ばすも、ボコボコと急速に肉体が治っていく。
再度、ジュワユーズに光を灯す。
飛翔、今まさに再生していっている断面目掛けて剣を振るう。
「ジュワユーズ・ポエナッ!!」
刀身が触れるや否や輝きが炸裂。
天女の両足だったものが土埃を立てながら、地面に横たわる。最早再生不可能だと確信するも、予想を裏切り、ボコボコと肉が積み上げられていく。
勇斗の頭上で円陣を組むように十二勇士が集う。
「爆撃開始!!」
色とりどりの爆発が両足を塵一つ残さず消し飛ばす。そこまでしてようやく、一体の月人を滅ぼす事が叶った。
要した時間は30秒程。
乱戦状態でそんな隙を曝け出せば、囲まれるのは必定と言ったところだろう。
総力を以てしてたった1人を殺さんと次々に攻撃が降りかかる。
押し潰さんと迫る菩薩の掌を避け、薙刀を飛翔して避け、空中にいる勇斗を叩き落とさんと降りかかる布袋を真名解放で退ける。
「ダメだな」
チートと数で勇斗の余裕が削られていく。
ジュワユーズのみで、この一寸の隙も許されない現状を打破するのは不可能だと感じてか、自嘲気味に頬を上げる。
―――が、それも一瞬。すぐに希望を瞳に映し、ジュワユーズを虚空に消し、右手を胸にあてる。
「一か八か、第一宝具を開帳する!」
テュルパンに腕切断を頼んだ理由は、自身の弱さを断罪するため。