Episode 35「一発」
当真は動かなかった。
スコープの先。
暗い室内。
窓から離れた位置。
水瀬は完全に止まっている。
いい判断だった。
動けば撃たれる。
理解しているからこそ、動けない。
当真は小さく口元を歪めた。
「嬢ちゃん、ちゃんと分かってるじゃねぇか」
静かに呼吸を整える。
焦る必要はない。
相手は逃げ場の少ない高層階。
射線もある程度限定されている。
このまま詰ませられる。
当真はスコープ越しに周囲を確認する。
黒瀬は落ちた。
三上も落ちた。
残るのは水瀬だけ。
そう判断していた。
だが。
ふと違和感がよぎる。
当真の視線が細くなる。
「……いや」
水瀬は隠れるのが上手い。
本気で時間を稼ぐだけなら、もっと別の動きが出来た。
なのに。
わざわざ射線が通る場所へ移動した。
しかも。
射線が限定される高層階。
逃げるための位置じゃない。
当真の目が静かに細くなる。
「誘ってる?」
その瞬間だった。
水瀬が僅かに動いた。
壁際。
ほんの少しだけ身体をずらす。
当真の視線が自然とそちらへ向く。
背後。
一瞬だけ空気が変わった。
当真の身体が反応する。
誰かいる。
だが。
一瞬、判断が遅れた。
黒瀬は落ちたはずだった。
試験では再出撃は出来ない。
なら、今ここにいるはずがない。
その僅かな遅れが致命的だった。
至近距離。
カメレオン解除。
黒瀬だった。
ダブルハンドガン。
連射。
「ッ――」
衝撃。
トリオンが弾け飛ぶ。
当真は反射的に横へ飛ぶ。
だが。
黒瀬は止まらない。
距離を詰める。
さらに一発。
《BAIL OUT》
光が散った。
静寂。
しばらく誰も動かなかった。
廃ビルの高層階。
黒瀬が静かに立っていた。
呼吸は静かだった。
無線が入る。
『黒瀬くん』
奈央の声。
『当真さんのベイルアウト確認しました』
「了解です」
黒瀬は短く返した。
無線を開く。
「水瀬さん」
『……うん』
少しだけ力の抜けた声。
「大丈夫ですか」
『大丈夫〜』
少し間が空く。
『射線通らない場所探しながら移動するの、大変だったんですよ〜』
『黒瀬くん来るまで時間も稼がないとでしたし』
黒瀬は静かに周囲を確認する。
「助かりました」
『撃たれないようにするの、普通に怖かったです〜』
「十分です」
黒瀬は静かに立ち上がる。
「撤退される前に、冬島さん探してきます」
『お願いします〜』
黒瀬はすぐに動き出した。
廃ビルを抜ける。
路地を渡る。
遮蔽物を挟みながら進む。
数分後。
路地裏で冬島を見つけた。
黒瀬は静かにカメレオンを起動する。
距離を詰める。
死角へ回る。
解除。
ダブルハンドガン。
《BAIL OUT》
光が散った。
奈央の声が響く。
『撤退条件達成です』
『二人撃破、確認しました』
黒瀬は静かに息を吐く。
廃ビルエリアに静寂が戻った。
無線越し。
水瀬の声が聞こえる。
『お疲れ様でした〜』
黒瀬は小さく頷いた。