Episode 44 「探し物」
青年はしばらく動かなかった。
倒れたムカデ型トリオン兵。
その巨大な死骸を、信じられないものを見るような目で見つめている。
やがて。
青年がゆっくり振り返った。
黒瀬達を見る。
もう一度、化け物を見る。
「……倒したんですか」
呆然とした声だった。
三上が肩を回しながら息を吐く。
「まあな」
「硬かったけど」
青年はまだ状況を飲み込めていないようだった。
黒瀬は静かに拳銃を下ろす。
「怪我は」
「あ……はい」
青年が我に返ったように頷く。
「ありません」
近くで見ると、二十歳前後だろうか。
砂色の髪。
日に焼けた肌。
砂で汚れた白い外套。
長く砂漠を歩いていたのだろう。
三上が周囲を見回した。
「お前、一人か?」
「はい」
「……何してたんだよ、こんな所で」
青年は少しだけ困ったように笑った。
「探し物です」
「探し物?」
水瀬が首を傾げる。
青年は小さく頷いた。
「村の人が、ここで指輪を落としたんです」
「旦那さんの形見らしくて」
奈央が少し目を丸くした。
「それを探しに来たんですか?」
「はい」
青年は静かに答える。
「その人、ずっと泣いてたので」
「……多分、凄く大事な物だったんだと思います」
三上が呆れたように頭を掻いた。
「いや、危険すぎるだろ」
「さっきの化け物、普通に死ぬレベルだぞ」
青年は苦笑した。
「そうですね」
「だから本当は、来ない方が良かったんだと思います」
そう言いながらも、遺跡の奥を見る。
まだ探すつもりなのが分かった。
黒瀬が静かに聞く。
「見つかったんですか」
「まだです」
青年は首を横に振った。
「でも、多分この辺にあります」
水瀬が不思議そうに聞いた。
「分かるんですか?」
その瞬間。
青年の表情が少し止まった。
「あ……」
僅かな沈黙。
だがすぐに、誤魔化すように笑う。
「勘です」
「勘でここまで来たのか?」
三上が半笑いで聞く。
「まあ……そんな感じです」
どこか隠している。
だが、それ以上踏み込む空気でもなかった。
黒瀬は静かに遺跡の奥を見る。
「まだ探すんですよね」
青年が頷く。
「はい」
「……本当は、一人でやるつもりだったんです」
「見つけたら、すぐ帰るつもりで」
三上が呆れたように息を吐く。
「いや、またさっきみたいな化け物が来たらどうすんだよ」
「一人じゃ無理だろ」
青年が言葉に詰まる。
だが次の瞬間には、困ったように笑った。
「まあ、何とかなるかなって」
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「だから、皆さんは帰ってください」
「本当に危ないんです」
水瀬が小さく笑う。
「でも放っておけないですよ」
「いや、でも……!」
青年は本気で困っていた。
黒瀬達が強いのは分かった。
だが、それでも危険なのだろう。
その反応自体が、この遺跡の危険さを物語っていた。
黒瀬が静かに口を開く。
「探すんですよね」
「……はい」
「なら、手伝います」
沈黙。
青年はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
諦めたように苦笑した。
「……変わった人達ですね」
水瀬が笑う。
「よく言われます〜」
青年は少し迷った後、静かに頭を下げた。
「……お願いします」
そして顔を上げる。
「俺はアデルです」
砂漠の風が、静かに遺跡の奥を抜けていった。