Episode 49「国境の村」
夜だった。
村の外が騒がしい。
黒瀬達が外へ出ると、村人達が慌ただしく動いていた。
焦げ臭い匂いが漂っている。
三上が眉を寄せた。
「……何かあったな」
黒瀬も静かに周囲を見る。
近くでは、村人達が必死に火を消していた。
燃えているのは、家畜小屋だった。
「水を!」
「急げ!」
「まだ移せる!」
怒号が飛び交う。
リサが不安そうにアデルの服を掴んでいた。
アデルはその肩を優しく抱く。
「大丈夫ですよ」
「もう火は広がりません」
だが、その顔は笑っていなかった。
奈央が小さく呟く。
「放火……ですか?」
アデルは静かに頷いた。
「多分」
少し離れた場所では、備蓄庫の一部も焼けていた。
幸い、全部ではない。
だが、無事な量も決して多くは無かった。
村人達の表情は重い。
三上が低く言う。
「敵か?」
アデルは少しだけ迷う。
やがて、小さく息を吐いた。
「……実は」
風が静かに吹き抜ける。
「この辺り、ずっと前から戦争してるんです」
奈央達が静かにアデルを見る。
「ここは国境に近い村なので」
「時々、こういう事があります」
アデルの声は静かだった。
「嫌がらせみたいに家畜を殺されたり」
「備蓄を燃やされたり」
「時には兵が送られて来る事もあります」
黒瀬が静かに聞く。
「村人は?」
アデルは小さく頷いた。
「幸い、今のところ死傷者は居ません」
「でも」
その視線が燃えた備蓄庫へ向く。
「こういうのが続くと、少しずつ苦しくなるんです」
「全部燃やされた訳じゃありません」
「まだ残ってます」
「でも……ギリギリです」
その声は、どこか疲れていた。
リサが小さく俯く。
「……また?」
アデルは優しく頭を撫でた。
「大丈夫ですよ」
「何とかなります」
リサは何も言わなかった。
ただ、その服を掴む手だけが少し強くなる。
黒瀬は燃えた小屋を見る。
その視線は静かだった。
だが。
少しだけ、冷たかった。
三上が小さく舌打ちする。
「胸糞悪ぃな」
水瀬も珍しく笑っていなかった。
「嫌がらせってレベルじゃないですよ……」
アデルは苦笑した。
「国境の村なんて、そんなものです」
その言い方は、あまりにも慣れていた。
まるで。
ずっと前から、それを受け入れて生きてきたみたいに。
遠くで、まだ火の弾ける音が響いていた。
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Episode 50「森の奥」
燃やされた備蓄庫の修復は続いていた。
だが、失った食料は戻らない。
村の空気は、どこか重かった。
夕方。
黒瀬達が村を歩いていると、広場の方から話し声が聞こえてきた。
「……もう残りが少ない」
「配分減らすしかないか」
「いや、それでも冬まで持たない」
黒瀬達は自然と足を止める。
広場では、数人の村人達が真剣な顔で話し合っていた。
アデルの姿もある。
「森の奥なら、まだ居る筈だ」
一人の男が低く言った。
「角牛の群れも」
「岩牙豚も」
その瞬間。
別の村人が顔をしかめた。
「だからって誰が行くんだよ」
「死ぬぞ」
空気が重くなる。
少し離れた場所で、その話を聞いていた黒瀬達は顔を見合わせた。
黒瀬が静かにアデルを見る。
アデルは、どこか困ったような顔をしていた。
夜。
黒瀬達はアデルの家へ来ていた。
リサは既に眠っているらしい。
静かな部屋だった。
三上が口を開く。
「昼の話」
「森の奥がどうとか言ってたよな」
アデルの動きが少し止まった。
「……聞こえてましたか」
「まあな」
少しだけ沈黙が落ちる。
アデルは困ったように笑った。
「別に、大した話じゃないですよ」
水瀬がじっと見る。
「その顔で言われても誤魔化せてないです〜」
アデルが少し言葉に詰まる。
「……えっと」
奈央も静かに言う。
「何か困ってるなら、話してください」
その瞬間。
アデルは小さく息を吐いた。
まるで、隠しきれないと分かったみたいに。
「……森の奥に、食料になる魔物が居るんです」
その声は静かだった。
「角牛っていう、大型の魔物です」
「群れで行動してて、肉もかなり取れます」
「あと、岩牙豚」
「こっちは一頭だけでも、かなり保つんですけど……」
三上が腕を組む。
「危険って訳か」
アデルは静かに頷いた。
「普通の狩人じゃ、まず無理です」
「森の奥は、魔物の縄張りなので」
「下手したら帰って来れません」
部屋が静かになる。
しばらくして。
黒瀬が口を開いた。
「自分達なら問題ありません」
アデルが顔を上げる。
「……駄目です」
即答だった。
「流石に危険過ぎます」
三上が眉を上げる。
「そんなヤバいのか?」
「森の奥は、村の狩人でも滅多に入りません」
アデルは静かに言う。
「角牛は群れで動きますし」
「岩牙豚は、下手な兵士より強いです」
水瀬が苦笑する。
「それ、私達基準だとあんまり危険に聞こえないんですよね〜」
「水瀬さん」
アデルが珍しく真面目な声を出した。
「皆さん強いのは分かってます」
「でも」
少しだけ視線を落とす。
「僕から見たら、皆さんまだ子供です」
部屋が静かになる。
「これは、文字通り命懸けなんです」
その声には、本気で心配している色があった。
部屋が静かになる。
アデルは少し視線を落とした。
その表情は、迷っているようにも見えた。
村の状況を考えれば、助かる。
けれど。
危険なのも事実だった。
だからこそ、簡単に頷けなかった。
その時。
黒瀬が静かに口を開いた。
「まだ、恩を返せてません」
アデルが顔を上げる。
「この村に滞在させてもらって」
「寝る場所も、水も、食料も分けてもらいました」
黒瀬の声は静かだった。
「……だから」
「困ってるのに、何もしないまま居るのは嫌です」
奈央も頷く。
「私達だけ安全な場所に居るのも、落ち着きませんし」
三上が笑う。
「つーか、俺らこういうの得意だろ」
水瀬も手を上げた。
「お肉食べたいです〜」
「そこかよ」
少しだけ空気が緩む。
アデルはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かりました」
その顔は、まだ少し不安そうだった。
「でも」
「僕も行きます」
「案内が必要ですから」
翌朝。
黒瀬達は森へ入っていた。
砂漠近くとは思えない程、深い森だった。
木々が空を覆い隠している。
リサは見送りの時、
「絶対無茶しないでね!」
と何度も言っていた。
その声を思い出しながら、アデルが少し苦笑する。
「リサ、昔から心配性なんです」
三上が笑った。
「お前が無茶するからだろ」
「……否定出来ません」
その時だった。
黒瀬が静かに足を止める。
「居ます」
空気が変わる。
次の瞬間。
森の奥から、巨大な影が現れた。
牛だった。
だが、普通ではない。
全身が筋肉の塊のように盛り上がり、黒い角は岩のように太い。
しかも、一頭ではない。
十頭近い群れ。
アデルの顔が強張る。
「角牛です」
「刺激しないよう――」
その瞬間。
パンッ!!
乾いた銃声が響いた。
先頭の角牛が崩れ落ちる。
黒瀬だった。
さらに。
三上が突っ込む。
「おらぁ!!」
二頭目。
三頭目。
角牛が次々倒れていく。
水瀬のライトニングが正確に急所を撃ち抜く。
群れは数分で沈黙した。
静寂。
アデルが固まっている。
三上が肩を回した。
「思ったより普通だったな」
「ですね〜」
水瀬も頷く。
黒瀬は静かに銃を下ろした。
「まだ近くに反応あります」
アデルはしばらく何も言えなかった。
ただ。
改めて理解していた。
この人達は。
本当に強い。