「ワートリ、ワールドトリガー」死角の銃手   作:黒星0214

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Episode 56

Episode 56「歪み」

 

翌朝。

 

三上はいつも通りだった。

 

「おはよ」

 

軽い声。

 

リサが恐る恐る顔を出す。

 

「……三上」

 

「ん?」

 

「昨日は……ありがとう」

 

「気にすんな」

 

三上はあっさり返した。

 

「腹減ったな。飯どうする?」

 

それだけだった。

 

黒瀬は静かに三上を見ていた。

 

何も言わなかった。

 

だが。

 

分かった。

 

目の下に、うっすらクマがあった。

 

昨夜、眠れていなかったのだろう。

 

昼。

 

村の広場で、子供達が遊んでいた。

 

「三上!」

 

「一緒に遊ぼー!」

 

三上が笑う。

 

「しゃーねぇな」

 

走り回って。

 

茶化して。

 

笑って。

 

完全にいつも通りだった。

 

だが。

 

その時。

 

一人の子供が転んだ。

 

「いた!」

 

膝から少し血が出ていた。

 

三上がしゃがみ込む。

 

「大丈夫か?」

 

「うん……」

 

「たいした傷じゃねぇな」

 

声は普通だった。

 

いつもの三上の声だった。

 

だが。

 

三上の指先が、小さく震える。

 

子供の頭を撫でようとした手が、途中で止まった。

 

三上は何も言わず、その手を引っ込めた。

 

「……ほら、もう遊んでこい」

 

「うん!」

 

子供が駆けていく。

 

三上がゆっくり立ち上がる。

 

その顔は笑っていた。

 

無理に、いつも通りを作るみたいに。

 

黒瀬は何も言えなかった。

 

昨夜。

 

自分が撃てなかったせいで。

 

その姿にさせてしまった気がした。

 

ただ。

 

静かに三上の背中を見ていた。

 

深夜。

 

部屋は静かだった。

 

三上は目を閉じていた。

 

だが眠れない。

 

目を閉じる度に。

 

感触が戻ってくる。

 

肉を断つ感触。

 

骨に触れた感触。

 

音。

 

血。

 

倒れていく時の顔。

 

三上は目を開けた。

 

天井を見る。

 

消えない。

 

目を閉じる。

 

また戻ってくる。

 

また開ける。

 

それを繰り返していた。

 

やがて。

 

疲労が勝った。

 

三上の意識が落ちる。

 

闇の中。

 

夜。

 

森の中。

 

孤月を振った。

 

肉を断った。

 

男の顔が目の前にある。

 

血が飛んだ。

 

「っ……!」

 

三上は跳び起きた。

 

荒い呼吸。

 

全身に汗。

 

手が震えていた。

 

部屋は暗かった。

 

静かだった。

 

夢だった。

 

荒い呼吸だけが、静かな部屋に響く。

 

手の震えが止まらない。

 

何度も息を吐く。

 

それでも、感触が消えない。

 

その夜。

 

黒瀬は眠れなかった。

 

天井を見たまま、時間だけが過ぎていく。

 

目を閉じると、昨夜に戻る。

 

撃てなかった。

 

引き金に指をかけたまま、最後の一歩が踏み出せなかった。

 

人を殺すという行為が、そこで初めて重くのしかかってきた。

 

撃てば終わると分かっていた。

 

それでも、撃てなかった。

 

あの時、自分は迷ったのではなく、拒んでいた。

 

人を殺すことそのものに、怖じ気づいていた。

 

本当は気づいていた。

 

三上さんだって、人を殺すことを避けたかった。

 

それでも、あの場で最初に言った。

 

「お前等何もするな、俺がやる」

 

三上さんの優しさだと分かっていた。

 

仲間にそれを背負わせないための言葉だった。

 

業を一人で引き受けるためだった。

 

それを知っていた。

 

それでも、自分はそこに乗った。

 

手を汚さずに済む理由を、そのまま受け取った。

 

気づいていたのに、見ないふりをした。

 

目を開ける。

 

何も変わらない天井。

 

静かなはずなのに、頭の中だけがざわついていた。

 

しばらくして、外から小さな物音がした。

 

えずくような吐く音が聞こえる。

 

それから水を流す音。

 

黒瀬は目を閉じた。

 

やっぱり、自分が撃つべきだった。

 

あの時、自分が迷わなければ。

 

三上さんに、こんな思いをさせる必要はなかった。

 

自分の甘さが、三上さんを傷つけた。

 

気づけば、外はうっすら明るくなり始めていた。

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