「ワートリ、ワールドトリガー」死角の銃手   作:黒星0214

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Episode57

Episode57「涙とやさしさ」

 

朝。

 

奈央は端末を見つめながら、静かに考えていた。

 

あの夜から。

 

ずっと、何かがおかしい。

 

三上は笑っている。

 

軽口も叩く。

 

いつも通りを装っている。

 

けれど。

 

目の下のクマは消えない。

 

子供の擦り傷を見た時、ほんの一瞬だけ震えた手。

 

夜中、誰にも言わず外へ出ていく姿。

 

黒瀬もまた、以前より一人で考え込む時間が増えていた。

 

水瀬は明るく振る舞おうとしている。

 

けれど会話はどこか続かない。

 

皆、気づいていた。

 

気づいていながら、何も言えなかった。

 

このままでは駄目だと、奈央は思った。

 

昼過ぎ。

 

奈央はアデルへ声をかけた。

 

「……アデルさん」

 

「はい?」

 

「三上先輩を、少し外へ連れ出してもらえますか」

 

アデルが目を瞬かせる。

 

「何かあったんですか?」

 

「少しだけ、三上先輩抜きで話したくて」

 

アデルは奈央の表情を見て、少しだけ考えた。

 

そして静かに頷く。

 

「……分かりました」

 

しばらくして。

 

アデルがリサと一緒に三上へ声をかける。

 

「三上君、少し相談したい事があるんですけど」

 

「俺に?」

 

「はい。少し村の外まで」

 

三上は少し首を傾げながら立ち上がった。

 

「まあいいけど」

 

三人が外へ出ていく。

 

扉が閉まった。

 

部屋には、黒瀬、水瀬、奈央だけが残る。

 

静かな沈黙。

 

その後。

 

奈央が小さく口を開いた。

 

「……三上先輩の事、皆気づいてますよね」

 

水瀬が静かに頷く。

 

「うん……」

 

「最近、夜中に何回か外出てます」

 

奈央は淡々と言った。

 

「多分、眠れてないです」

 

「子供が怪我した時も……」

 

水瀬の言葉が途中で止まる。

 

あの時の、三上の手。

 

一瞬だけ震えていた。

 

奈央が続ける。

 

「笑ってくれてますけど」

 

「無理してるのは、分かります」

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

「……どうしたらいいんですかね」

 

小さく、水瀬が呟く。

 

「声をかけても、多分三上先輩は“大丈夫”って言いますし……」

 

奈央も静かに頷く。

 

「それは、分かります」

 

「でも、このままにしておくのも……」

 

その時だった。

 

「……やっぱり」

 

黒瀬がぽつりと言う。

 

「自分が撃つべきだったんだと思います」

 

部屋の空気が止まった。

 

水瀬が黒瀬を見る。

 

「……黒瀬くん」

 

静かな声だった。

 

けれど、その奥に感情が滲んでいた。

 

「それ、本気で言ってますか?」

 

「はい」

 

黒瀬は静かに答える。

 

「撃てた距離にいました」

 

「なのに、自分は迷った」

 

「だから三上さんが……」

 

黒瀬の言葉が止まる。

 

拳が小さく震えていた。

 

水瀬が唇を噛む。

 

「……本当に?」

 

黒瀬がゆっくり顔を上げる。

 

水瀬の目は潤んでいた。

 

「三上先輩が、なんであの時動いたか」

 

「分かってますか」

 

黒瀬は答えられなかった。

 

水瀬の声が震え始める。

 

「あの時」

 

「三上先輩だって、怖かったはずなんです」

 

「なのに」

 

「私達にやらせたくなかったから」

 

「だから、自分でやったんです」

 

涙が落ちる。

 

水瀬は拭わなかった。

 

「私達が止まってたから」

 

「三上先輩が、一人で背負ったんです」

 

「なのに……」

 

声が詰まる。

 

「黒瀬くんまで自分責めたら」

 

「三上先輩が背負った意味、無くなっちゃうじゃないですか……」

 

部屋が静まり返る。

 

水瀬は涙声のまま続けた。

 

「私は」

 

水瀬の声は震えていた。

 

涙で滲みながらも、その目だけは真っ直ぐだった。

 

「三上先輩が苦しんでるのも嫌です」

 

「黒瀬くんが、自分を責めてるのも嫌です」

 

一度、言葉が詰まる。

 

それでも水瀬は続けた。

 

「だから」

 

「もし三上先輩や黒瀬くんを責める人がいるなら」

 

「私は絶対に許しません」

 

涙がまた零れる。

 

「それは誰であってもです」

 

「黒瀬くんが、自分で自分を責めても」

 

「三上先輩が、自分の事を責めてても」

 

「私は、絶対に許しません……」

 

最後の方は、ほとんど泣き声だった。

 

それでも水瀬は、真っ直ぐ黒瀬を見ていた。

 

黒瀬は何も言えなかった。

 

奈央も静かに俯いている。

 

その時だった。

 

黒瀬のサイドエフェクトが反応する。

 

……近い。

 

扉の向こうに、人がいる。

 

黒瀬がゆっくり振り返った。

 

扉が、静かに開く。

 

三上だった。

 

少し困ったような顔で立っている。

 

「……悪い」

 

気まずそうに頭を掻く。

 

「入るタイミング分かんなかった」

 

少しだけ沈黙。

 

「途中から、聞こえてた」

 

水瀬の目にまた涙が溜まる。

 

「三上先輩……」

 

三上は少し視線を逸らした。

 

「あー……その」

 

「ありがとな、水瀬」

 

水瀬が首を横に振る。

 

「何言ってるんですか……」

 

声が震えていた。

 

「あの時、私達の代わりに三上先輩が背負ってくれたのに……」

 

三上は何も言わなかった。

 

ただ少しだけ、困ったように笑った。

 

短い沈黙。

 

その後。

 

三上がゆっくり黒瀬を見る。

 

「……黒瀬」

 

「はい」

 

「少し二人で散歩でもしないか?」

 

黒瀬は少し目を開いた。

 

それから静かに頷く。

 

二人が部屋を出ていく。

 

扉が閉まった。

 

部屋には水瀬と奈央だけが残る。

 

水瀬はまだ涙を拭っていた。

 

奈央が隣へ座る。

 

少しだけ間を置いて、静かに言う。

 

「……今は、泣いていいと思う」

 

水瀬は少しだけ奈央を見る。

 

それからまた俯いた。

 

「……奈央ちゃん」

 

「うん」

 

「私、ずっと怖かった」

 

「三上先輩が……壊れちゃうんじゃないかって」

 

奈央は何も言わなかった。

 

ただ静かに、水瀬の隣に座り続けていた。

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