死角の銃手   作:黒星0214

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Episode 59

Episode 59

 

三上が眠れるようになってから、数日が経った。

 

ある夜、村は静まり返っていた。

 

だが、その静寂は突然破られた。

 

「火だ!」

 

誰かの叫びが夜気を裂く。

 

次の瞬間、村の一角が赤く染まり始める。木造の建物が軋みながら炎を上げ、夜の闇を押し返すように燃え広がっていった。

 

「また敵襲か……!」

 

三上が即座に声を上げる。

 

だが黒瀬は周囲を見渡し、すぐに違和感を口にする。

 

「……違います。人の気配が感じられません」

 

「中にまだ人がいます!」

 

誰かの叫びが重なる。

 

その瞬間、空気が一変した。

 

「アデルさん、待ってください!」

 

黒瀬の制止より早く、アデルは駆け出していた。

 

迷いはない。

 

炎の熱が肌を焼く距離でも、その足は止まらない。

 

「……行きます」

 

そのまま燃える建物の中へ飛び込んだ。

 

中は煙と熱で満ちていた。

 

視界は悪く、呼吸もまともにできない。

 

それでもアデルは進む。

 

「どこですか!」

 

崩れかけた梁の奥から、かすかな声が返る。

 

「こっち……!」

 

アデルは瓦礫を押しのけ、肩で木材を支えながら中へ踏み込んだ。

 

「もう少し……!」

 

火が背後で弾ける。熱が背中を焼く。

 

それでも手は離さなかった。

 

やがて村人を外へ引きずり出し、ようやく空気が戻る。

 

咳き込みながらも、生きている。

 

「間に合いましたね」

 

小さくそう言って、アデルは息を吐いた。

 

外では黒瀬達が待っていた。

 

「アデルさん、無茶しないでください」

 

黒瀬の声はいつもより少し強い。

 

水瀬も奈央も、言葉こそないが表情は固い。

 

「でも、間に合いましたから」

 

アデルは少し困ったように笑った。

 

それ以上は何も言えなかった。

 

火は徐々に鎮まり、村はどうにか持ち直していく。

 

安堵と疲労が入り混じる中で、夜はさらに深く沈んでいった。

 

夜明け前。

 

アデルは家に戻る。

 

扉を開けると、リサがそこにいた。

 

小さな体が、静かに立っている。

 

「……おにい」

 

その声は震えていた。

 

すでに火事も、アデルが飛び込んだことも知っている顔だった。

 

アデルは一瞬だけ言葉を探し、困ったように目を細める。

 

「心配かけましたね」

 

「当たり前でしょ……!」

 

次の瞬間、リサの表情が崩れた。

 

「本当に……いなくなっちゃうんじゃないかって思ったんだよ……!」

 

涙が溢れる。

 

必死に堪えていたものが決壊するように、言葉が続く。

 

「でも……助けてて……すごくて……おにい、ほんとにすごくて……」

 

震える声のまま、リサは続ける。

 

「怖かった……」

 

「おにいがいなくなるんじゃないかって思って……すごく嫌だった……」

 

言葉が途切れる。

 

「でも……助けたのは分かってる……それが正しいってことも……」

 

それでも感情は整理できないままだった。

 

「ただ……もしまた同じことがあったら……嫌だって思っちゃう……」

 

矛盾した気持ちのまま、リサは俯く。

 

それでもアデルの服を離さなかった。

 

アデルは何も言わず、ゆっくりと膝をつく。

 

そして、そのままリサを抱きしめた。

 

少しだけ間があく。

 

アデルは目を伏せる。

 

胸の奥に、遠い記憶が重なる。

 

両親が村人を助けに行った日。

 

正しいと分かっていた。

 

誇らしいことだとも教えられていた。

 

それでも止められなかった。

 

行かないでほしいと言うことすらできなかった。

 

そして、帰ってこなかった現実。

 

その全てが一つの形になって残っている。

 

どうしようもない不安として。

 

今、目の前のリサも同じ場所に立っている。

 

(同じだ)

 

アデルは静かに息を吐いた。

 

そして短く言う。

 

「……大丈夫ですよ」

 

しばらくの沈黙のあと。

 

リサは涙のままアデルの服を握った。

 

「……一人にしないでね」

 

少し間があって。

 

「もう、おにい……ひとりしかいないんだから」

 

アデルは小さく息を吐き、静かに頷いた。

 

「はい」

 

夜明け前の淡い光が、二人を静かに包んでいた。

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