死角の銃手   作:黒星0214

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Episode 65

Episode 65「残されたもの」

 

アデルの姿が消えた。

 

残されたのは。

 

地面に落ちた、一冊の黒い本だけだった。

 

誰も動かなかった。

 

黒瀬も。

 

三上も。

 

ただ、その本を見つめていた。

 

風が吹く。

 

本の表紙が僅かに揺れた。

 

黒瀬はゆっくりと歩み寄る。

 

そして。

 

その本を拾い上げた。

 

「……黒瀬」

 

三上が呟く。

 

黒瀬は答えなかった。

 

本を開く。

 

その瞬間だった。

 

黒い光が溢れ出す。

 

次の瞬間。

 

黒瀬の右手には、一振りの剣が握られていた。

 

漆黒の刀身。

 

夜そのものを切り取ったような剣。

 

それはまるで。

 

黒剣の英雄が持っていたという伝説の剣、そのものだった。

 

最初は何が起きたのか分からなかった。

 

だが。

 

すぐに理解する。

 

ブラックトリガー。

 

黒瀬も噂程度には知っていた。

 

命と引き換えに生まれる特別なトリガー。

 

そして。

 

その力は、通常のトリガーを遥かに凌駕する。

 

握った瞬間。

 

黒瀬は、この剣の力を理解していた。

 

「……」

 

黒瀬は剣を見る。

 

この力なら。

 

全員殺せる。

 

村を燃やした連中。

 

村人を殺した連中。

 

アデルを死なせた連中。

 

全員。

 

一人残らず。

 

だが。

 

脳裏を過った。

 

三上の姿だった。

 

あの日。

 

三上は自分の手を汚した。

 

黒瀬達に。

 

同じものを背負わせないために。

 

もしここで。

 

自分がこの力に任せて全員を殺せば。

 

あの日の覚悟を。

 

無駄にすることになる。

 

そして。

 

アデルの最後の言葉。

 

『リサを』

 

『この村を』

 

『どうか、お願いします』

 

違う。

 

アデルが守ろうとしたのは。

 

復讐じゃない。

 

未来だ。

 

黒瀬は静かに目を閉じる。

 

そして。

 

ゆっくりと目を開いた。

 

燃え盛る村を見る。

 

剣を横に振った。

 

次の瞬間。

 

村中の炎が消えた。

 

違う。

 

消えたのではない。

 

斬られた。

 

まるで世界そのものが切断されたように。

 

燃え上がっていた炎が。

 

一瞬で断ち切られる。

 

村人達が固まる。

 

敵兵達も固まる。

 

三上でさえ言葉を失っていた。

 

黒瀬は無線を開く。

 

「奈央さん」

 

『はい』

 

「ライトをお願いします」

 

『……分かりました』

 

「音声増幅も」

 

『了解です』

 

数秒後。

 

夜空に光が走る。

 

強烈な光が。

 

村で最も高い見張り台を照らした。

 

黒瀬はそこへ向かって跳ぶ。

 

瓦礫を越える。

 

屋根を蹴る。

 

崩れた建物を飛び越える。

 

そして。

 

見張り台の上へ立った。

 

黒い剣を携えたまま。

 

村中の視線が集まる。

 

敵兵も。

 

村人も。

 

全員が見上げていた。

 

奈央のトリガーによって増幅された声が響く。

 

「聞いてください」

 

静かな声だった。

 

だが。

 

村中へ届いていた。

 

「俺は今」

 

「ブラックトリガーを手に入れました」

 

ざわめきが起こる。

 

敵兵達の顔色が変わる。

 

「この場にいる全員を殺すことも出来ます」

 

静寂。

 

誰も声を出せなかった。

 

「ですが」

 

「しません」

 

黒瀬の声だけが響く。

 

「正直」

 

「そうしたいと思いました」

 

「この村を燃やしたこと」

 

「多くの人を殺したこと」

 

「俺達の大切な人を奪ったこと」

 

「許すつもりはありません」

 

敵兵達の表情が強張る。

 

黒瀬は続けた。

 

「ですが」

 

「それでは何も終わらない」

 

「失った人は戻らない」

 

「憎しみしか残らない」

 

黒瀬は剣を空へ向ける。

 

「だから」

 

「今回は見逃します」

 

敵兵達がざわつく。

 

「今すぐ撤退してください」

 

「今なら追いません」

 

そして。

 

黒瀬は夜空を見上げた。

 

剣を振るう。

 

斬撃が走る。

 

次の瞬間。

 

夜空が割れた。

 

厚い雲が。

 

一直線に切り裂かれる。

 

月光が降り注ぐ。

 

誰も動けなかった。

 

敵兵も。

 

村人も。

 

ただ空を見上げていた。

 

黒瀬は静かに言う。

 

「次はありません」

 

その一言だけだった。

 

だが。

 

十分だった。

 

敵兵達の間に動揺が広がる。

 

「ブラックトリガーだ……」

 

「あり得ない……」

 

「撤退だ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

それをきっかけに命令が飛ぶ。

 

角笛が鳴る。

 

敵軍は撤退を始めた。

 

黒瀬は追わなかった。

 

ただ。

 

静かに見送った。

 

夜が明ける。

 

村に、静寂が戻っていた。

 

炎は、もう燃えていない。

 

月光だけが。

 

静かに村を照らしていた。

 

だが。

 

その光景は、決して救われたものではなかった。

 

家のほとんどが燃え落ちていた。

 

再建できるのかどうかさえ分からない。

 

村人の中には。

 

もう二度と目を開かない者達もいた。

 

道の端に並べられた遺体。

 

その傍で泣き崩れる家族。

 

名前を呼び続ける声。

 

敵兵は撤退した。

 

戦いは終わった。

 

それでも。

 

喜ぶ者は誰もいなかった。

 

当然だった。

 

失ったものが、あまりにも大きすぎた。

 

黒瀬は見張り台の上で剣を見る。

 

その手は静かだった。

 

だが。

 

胸の奥には、重いものが残っていた。

 

アデルは、もういない。

 

リサに、何と声を掛ければいいのか。

 

何を言えばいいのか。

 

分からなかった。

 

三上が、ゆっくりと近づいてくる。

 

何も言わない。

 

ただ。

 

黒瀬の隣に立った。

 

二人で村を見下ろす。

 

燃え落ちた家々。

 

横たえられた遺体。

 

失われた日常。

 

そして。

 

雲の隙間から差し込む月光だけが。

 

その全てを静かに照らしていた。




下記ブラックトリガーの説明です。

ブラックトリガー
『英雄の剣』

アデルがブラックトリガーとなった姿は、まるで「黒剣の英雄」の物語からそのまま現れたかのようだった。

本を開くとその手には、一本の黒い剣。

黒く静かな刀身は、夜そのものを削り出したようにも見えたという。

その剣は、使用者が“斬る”と認識したもの全てを断ち切る。

人。

建物。

炎。

爆発。

暴風。

トリオン攻撃。

時には空間のような現象すら斬り裂いた。

まるで、目に見える範囲の全てを救う為に存在するかのように。

射程は“視認出来る範囲”。

視界に捉え、“斬れる”と認識した瞬間、その斬撃は届く。

故に、人々はこう語った。

――『英雄の剣で斬れない物は存在しない』と。

だが、その力はあまりにも強大だった。

人へ向ければ容易く命を奪い。

街すら壊せる。

それでもアデルの願いは、その剣を“守る為”に振るい続けた。

燃え盛る炎を斬り。

崩れ落ちる瓦礫を斬り。

人へ届く筈だった絶望を斬り裂く。

弱くて。

怖がりで。

それでも最後には誰かの為に立ち上がった。

まるで、あの日憧れた“黒剣の英雄”そのもののように。
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