死角の銃手   作:黒星0214

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Episode 66

Episode 66

 

避難所の入口は、もう炎に覆われていなかった。

 

黒瀬達が駆け寄ると、重い音を立てて扉が開く。

 

「黒瀬くん!」

 

奈央が真っ先に駆け出してきた。

 

その後ろから、水瀬。

 

そして。

 

リサが続く。

 

リサの足が、途中で止まった。

 

黒瀬の手元。

 

そこにあったのは、一冊の黒い本だった。

 

黒い表紙。

 

見慣れないはずの物。

 

だが。

 

リサは、それが何なのか分かっていた。

 

無線で聞いていたから。

 

アデルが最後に選んだ結末を。

 

兄が、自分達を守るために命を使ったことを。

 

頭では理解していた。

 

理解していたはずだった。

 

「……おにい」

 

小さな声が漏れる。

 

黒瀬は何も言わなかった。

 

言える言葉が見つからなかった。

 

リサの視線は、本から離れない。

 

まるで。

 

そこにアデル本人がいるかのように。

 

「リサさん。」

 

黒瀬が静かに名前を呼ぶ。

 

リサは反応しなかった。

 

ゆっくりと。

 

本当にゆっくりと歩き出す。

 

数歩。

 

数歩。

 

そして本の前で足を止めた。

 

震える指先が、本へ伸びる。

 

触れようとして。

 

途中で止まった。

 

怖かった。

 

触れた瞬間。

 

本当に終わってしまう気がした。

 

「……それ」

 

かすれた声だった。

 

「はい」

 

黒瀬は短く答える。

 

それ以上は続かなかった。

 

続けられなかった。

 

リサは唇を噛む。

 

肩が小さく震えていた。

 

「……おにい、ここにいるの?」

 

返事はない。

 

「これが、おにいなの?」

 

黒瀬は目を伏せた。

 

正確には違う。

 

これはアデルではない。

 

アデルが命と引き換えに残したブラックトリガーだ。

 

だが。

 

今のリサにそんな説明は何の意味もなかった。

 

どんな言葉も。

 

慰めにはならない。

 

「……っ」

 

リサの目から涙が溢れる。

 

ぽたり。

 

ぽたりと床へ落ちた。

 

「分かってた」

 

震える声。

 

「ちゃんと、分かってたの」

 

「おにいが、もう……」

 

言葉が続かない。

 

喉が詰まる。

 

「でも」

 

涙が止まらない。

 

「実際に見たら……」

 

「こんなに……」

 

声が崩れる。

 

「こんなに苦しいなんて……」

 

その瞬間。

 

リサの膝から力が抜けた。

 

奈央が慌てて支える。

 

「リサちゃん!」

 

リサは奈央へしがみつくように抱きついた。

 

「おにい……」

 

声にならない。

 

「おにい……っ」

 

ただ。

 

兄の名前を呼び続ける。

 

何度も。

 

何度も。

 

何度も。

 

まるで呼び続ければ帰ってくると信じるように。

 

奈央の目にも涙が浮かんでいた。

 

「……っ」

 

奈央は何も言えない。

 

背中を撫でることしかできなかった。

 

水瀬も顔を伏せていた。

 

必死に涙を堪える。

 

だが。

 

目元を拭っても。

 

次から次へと溢れてくる。

 

アデルは仲間だった。

 

短い時間だった。

 

それでも。

 

確かに仲間だった。

 

いつも穏やかで。

 

優しくて。

 

誰かが困っていたら真っ先に手を差し伸べるような人だった。

 

だからこそ。

 

その喪失は大きかった。

 

三上は少し離れた場所に立っていた。

 

何も言わない。

 

何も言えない。

 

拳だけが強く握られていた。

 

爪が食い込むほどに。

 

アデルは最後まで誰かを守ろうとした。

 

最後まで。

 

自分より他人を優先した。

 

その結末が。

 

これだった。

 

三上は静かに空を見上げる。

 

怒りとも。

 

悲しみとも違う感情が胸の中に渦巻いていた。

 

黒瀬は本を見つめる。

 

静かな黒い表紙。

 

だが。

 

その重さは異常だった。

 

アデルの命。

 

覚悟。

 

願い。

 

全てがそこに詰まっている。

 

最後に聞いた言葉が脳裏に蘇る。

 

『リサを』

 

『この村を』

 

『どうか、お願いします』

 

黒瀬は本を握る。

 

自然と力が入った。

 

返事はした。

 

だが。

 

本当に守れるのか。

 

本当に託されたものを背負えるのか。

 

その答えはまだ分からない。

 

ただ。

 

一つだけ分かることがあった。

 

アデルはもういない。

 

その事実だけは。

 

どうしても変えられなかった。

 

「おにい……っ」

 

リサの泣き声が避難所に響く。

 

誰も止めなかった。

 

止められなかった。

 

夜は静かに更けていく。

 

避難所の中で。

 

リサの泣き声だけが。

 

いつまでも、いつまでも続いていた。

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