Episode 67「夜明け」
夜が明けた。
戦いは終わっていた。
敵兵は去った。
炎も消えた。
だが。
村が元に戻ったわけではなかった。
黒瀬は静かに村の中を歩く。
焼け落ちた家々。
崩れた建物。
黒く焦げた地面。
昨日まで人が暮らしていたとは思えない光景だった。
煙の匂いだけが、未だに辺りへ残っている。
村人達は朝から動いていた。
瓦礫を片付ける者。
怪我人の手当てをする者。
焼け残った物資を集める者。
皆、生きるために動いていた。
だが。
その表情は暗い。
食料庫は無事だった。
備蓄も残っている。
数週間程度なら生きていけるだろう。
だが、それだけだった。
畑は焼かれた。
家も失った。
仕事も失った。
この村を立て直せるのか。
誰にも分からなかった。
希望よりも。
不安の方が大きかった。
黒瀬はその光景を黙って見ていた。
胸の奥が重い。
何も言えなかった。
避難所へ戻る。
中では水瀬が毛布に包まっていた。
目元は真っ赤だった。
昨日から何度泣いたのか分からない。
奈央はそんな水瀬の隣に座っている。
時折、頭を撫でていた。
だが。
奈央自身の目元も真っ赤だった。
水瀬を支えながら。
奈央も静かに涙を流していた。
三上は壁にもたれていた。
目は開いている。
眠っていない。
「寝ないんですか」
黒瀬が聞く。
三上は少しだけ笑った。
「寝れるかよ」
短く答える。
それ以上は続かなかった。
誰も同じだった。
眠ったところで。
現実は変わらない。
その時。
避難所の入口が開く。
リサだった。
誰も声を掛けない。
リサも何も言わない。
ただ静かに外へ出ていく。
黒瀬は少しだけ迷った。
だが。
追いかけなかった。
今は一人にしてやるべきだと思った。
リサが向かった先は。
家だった場所だった。
今は焼け跡しか残っていない。
柱も。
壁も。
何も残っていなかった。
アデルとの思い出が詰まった家は。
昨日の戦いで失われていた。
リサはしばらく立ち尽くしていた。
何をするわけでもない。
ただ。
焼け跡を見ていた。
悲しいはずだった。
苦しいはずだった。
なのに。
不思議と涙は出なかった。
昨日。
あれだけ泣いたからだろうか。
それとも。
まだ現実として受け入れられていないのだろうか。
自分でも分からなかった。
ただ。
胸の奥だけが空っぽだった。
しばらくして。
リサは瓦礫へ手を伸ばした。
何か残っていないかと思った。
意味なんて無かった。
それでも。
探さずにはいられなかった。
瓦礫を一つ退ける。
また一つ退ける。
その時だった。
「あ……」
小さな声が漏れる。
灰の下から。
一冊の本が見えた。
リサは慌てて拾い上げる。
少し焦げていた。
だが。
形は残っている。
見覚えがあった。
父と母の形見。
アデルが大切にしていた本だった。
何度も読んでいた。
大事そうに抱えていた。
リサの表情が。
ほんの少しだけ明るくなる。
嬉しかった。
本当に少しだけ。
昨日までの日常が残っていた気がした。
だから。
何も考えずに振り返る。
「おにい、これ――」
言葉が止まった。
そこには誰もいない。
返事もない。
当たり前だった。
分かっている。
分かっているはずなのに。
体が勝手に動いていた。
何か嬉しい事があれば。
まず最初にアデルへ見せていたから。
リサはしばらくその場に立ち尽くしていた。
それから。
本を胸へ抱き寄せる。
涙は出なかった。
悲しくないわけじゃない。
苦しくないわけじゃない。
ただ。
何かが上手く追いついていなかった。
兄がいないという事実だけが。
静かに胸の奥へ沈んでいく。
風が吹く。
焼け跡の灰が舞い上がった。
リサは空を見上げる。
青空だった。
嫌になるほど綺麗だった。
「……おにい」
小さく呟く。
返事はない。
ただ。
風だけが静かに吹いていた。
少し離れた場所から。
黒瀬はその姿を見ていた。
声は掛けなかった。
慰めもしない。
今はまだ。
どんな言葉も届かない気がした。
村は生き残った。
だけど。
失ったものは大き過ぎた。
その現実だけが。
静かに残り続けていた。