Episode 68「決意」
数日後。
国からの使者が、避難所を訪れた。
立派な甲冑を纏った騎士と、文官らしき男が数名。
村人達は、その姿に少し緊張した様子だった。
文官が、静かに口を開く。
「此度のブラックトリガー発生について、国より正式な通達があります」
村の代表者達が集まる。
黒瀬達も、その場に呼ばれていた。
「ブラックトリガーは、国にとって極めて重要な戦力です」
文官が続ける。
「ただし、誰にでも扱える物ではありません」
「使用には適合性が必要です」
すでに調査は済んでいた。
「現状、適合が確認されているのは」
文官が、リサと黒瀬を見る。
「リサ様と、黒瀬様の二名です」
ざわめきが起こる。
「ですが」
文官が続けた。
「黒瀬様は、この国の人間ではないと伺っております」
黒瀬は静かに頷く。
「はい」
「であれば」
文官の視線が、リサへ向く。
「この国の戦力として、ブラックトリガーを使用していただけるのは」
「リサ様のみ、という事になります」
リサは、何も言わなかった。
ただ、静かにその言葉を受け止めていた。
文官は、さらに続けた。
「もし、リサ様がご了承いただけるなら」
「村の方々への支援を、国として約束いたします」
「衣食住、数ヶ月分の支援」
「そして、職の斡旋」
その言葉に、村人達の間にざわめきが広がった。
「……本当に?」
誰かが呟く。
「数ヶ月分なら」
「立て直す時間が出来る」
「畑も、また始められるかもしれない」
希望が、少しずつ広がっていく。
リサは、その様子を見ていた。
村人達の顔に、初めて明るさが戻っていた。
それでも。
リサは、すぐには答えなかった。
「……少し、考える時間をいただけますか」
静かな声だった。
文官は頷く。
「もちろんです」
「数日中に、お返事をいただければ」
そう言って、騎士団は一旦退いていった。
その後。
村人達の間では、期待の声が広がっていた。
「リサちゃんが頼りだ」
「すまないが、頼んでいいかい」
リサは、それらの声に、小さく笑顔で応えていた。
だが。
その笑顔の奥に、何かを抱えているのが分かった。
夜。
リサは一人、避難所の隅に座っていた。
膝を抱えて、ぼんやりと壁を見ている。
黒瀬が、静かに近づいた。
「……少し、いいですか」
リサが顔を上げる。
「黒瀬」
「隣、座っても」
「うん」
黒瀬が、隣に座る。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
やがて。
黒瀬が口を開く。
「リサさん」
「……何?」
「アデルさんに、託されました」
リサが、少し黒瀬を見る。
「リサさんの事、村の事」
黒瀬は、静かに続けた。
「だから、心配しています」
「ブラックトリガーとして国に仕えるという事は」
「いつか、また厳しい戦いに参加するかもしれません」
リサは、何も言わなかった。
「もしリサさんが嫌なら」
黒瀬が、静かに言う。
「自分が、ブラックトリガーを使って国に仕える事も考えます」
リサが、目を見開いた。
「……駄目」
即答だった。
「黒瀬は、ボーダーに帰る人でしょ」
「自分の国があるんでしょ」
「それを、私のために捨てさせる気?」
黒瀬は、答えられなかった。
リサは、少し息を吐く。
それから。
静かに、続けた。
「もし、おにいが生きてたら」
少し笑った。
「絶対、危険だから辞めてほしいって言うと思う」
「おにい自身は、いつも危険な選択するのに」
「私には、そう言うんだろうなって」
黒瀬は、静かに頷く。
「でも」
リサが、黒瀬を見る。
「私は、この村の皆が大好き」
「おにいが、命を懸けて守った村を」
「私も、守りたい」
その目は、真っ直ぐだった。
「今はまだ、何も出来ない」
「おにいに、守られてばっかりのただの小娘だし」
「これからも、色んな人達の助けを借りるかもしれない」
リサは、少しだけ笑った。
「だけど」
「それでも」
「最後には」
「この村を、いやこの国を守れる存在になりたい」
少し、声が軽くなる。
「そんな風になれたら」
「まるで、おにいの好きだった黒剣の英雄みたいじゃない?」
笑いながら、そう言った。
黒瀬は、何も言えなかった。
ただ。
静かに、その言葉を聞いていた。
リサの覚悟が、確かに伝わってきた。
「……分かりました」
黒瀬は、静かに頷いた。
「リサさんが、そう決めたなら」
「自分も、それを応援します」
リサが、小さく笑う。
「ありがとう」
その後。
二人は、避難所の自分達の場所へ戻った。
そこには。
見覚えのない小さな箱と、大量の写真が置かれていた。
リサが、不思議そうに近づく。
「……これ」
箱を開ける。
中には、ペンダントが入っていた。
そして。
ペンダントの中を開けると。
小さく折り込まれた写真があった。
黒瀬、奈央、三上、水瀬、アデル、リサ。
六人で撮った、あの集合写真だった。
リサの手が、止まる。
「……これ」
声が、震えていた。
奈央が、静かに言う。
「アデルさんが、用意していたみたいです」
「誕生日プレゼントの、最後の仕上げだったみたいで」
「写真を、ペンダントに入れるサイズまで小さくするのに」
「時間が、掛かっていたそうです」
リサは、何も言えなかった。
ただ。
ペンダントの中の写真を、じっと見ていた。
そして。
その周りに置かれていた、大量の写真。
村での何気ない日常。
笑っているリサ。
困っている黒瀬。
笑う三上。
楽しそうな水瀬と奈央。
そして、アデルの笑顔。
リサの目から、涙が溢れ出した。
「……っ」
声を抑えられなかった。
「本当は」
涙声だった。
「怖かった」
「おにいの顔、いつか忘れちゃうんじゃないかって」
「当たり前の日常が、全部なくなって」
「本当は、そんなもの、最初から無かったんじゃないかって」
涙が、止まらない。
それでも。
リサは、写真を見続けていた。
ペンダントの中の、笑っているアデル。
大量の写真に写る、何気ない日常。
「でも」
リサが、小さく笑った。
泣きながら。
「ちゃんと、あったんだ」
「楽しかった事、ちゃんと、あったんだ」
涙が、止まらなかった。
それでも。
その涙は。
この前とは、少し違う涙だった。
安心したような。
救われたような。
そんな涙だった。