ようこそ軍神至上主義の教室へ   作:あおいなり

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白き影は混ざる戦場を見る

 

第20話

 

三学期が始まった。

 

冬休みの静けさは終わり、教室には久しぶりに生徒たちの声が戻っていた。

 

眠そうな顔。

 

課題が終わったかを確認し合う声。

 

冬休み中の出来事を話す声。

 

どこにでもある、学期初めの空気。

 

だが、影が足を踏み入れた教室には、以前とは明らかに違うものがあった。

 

Dクラス。

 

その表示が、教室の入り口にある。

 

かつてCクラスと呼ばれていた龍園のクラスは、三学期開始時点でDクラスへ落ちていた。

 

ペーパーシャッフルで失った点。

 

龍園の敗北。

 

そして、数字として残った現実。

 

クラスポイント、342。

 

敗北の痕は、教室の名前にも残る。

 

影は入り口で一度だけ立ち止まり、静かにその表示を見た。

 

「……Dクラス、ですか」

 

その響きは、軽くない。

 

クラスという名は、この学校ではただの区分ではない。

 

評価であり、順位であり、戦場での位置だ。

 

CからDへ落ちた。

 

それは、ただ一文字が変わっただけではない。

 

戦場の底へ近づいたという意味だった。

 

「何してんだよ、入口で」

 

時任の声がした。

 

影が振り向くと、彼は眠そうな顔でこちらを見ていた。

 

「おはようございます、時任さん」

 

「おはよう。で、何見てたんだ」

 

「教室の名前です」

 

「……ああ」

 

時任は少しだけ顔をしかめた。

 

「Dクラス、な」

 

「はい」

 

「嫌な響きだろ」

 

「重い響きですね」

 

「そういう言い方するか」

 

時任はため息をついた。

 

「まあ、落ちたもんは仕方ねぇけどな」

 

「仕方ない、で済ませられますか?」

 

「済ませるしかねぇだろ。俺が騒いだところでポイント戻るわけじゃねぇし」

 

「それも一つの考え方ですね」

 

「お前はどうなんだよ」

 

影は教室の表示から視線を外す。

 

「敗北の痕が、数字と名前に残るのは興味深いと思いました」

 

「興味深いで済ませるな」

 

「では、痛ましい」

 

「それも何か違う」

 

時任は呆れたように言いながらも、教室の中へ入っていく。

 

影もそれに続いた。

 

 

教室の中は、いつも通り騒がしかった。

 

石崎が小宮と近藤に何かを話している。

 

「いや、342ってやっぱやべぇよな?」

 

「やばいだろ」

 

近藤が答える。

 

小宮も頷く。

 

「普通に下だもんな。元Dクラスにも抜かれたってことだろ?」

 

石崎が顔をしかめる。

 

「元Dって言うなよ。あいつら今Cだぞ」

 

「余計嫌だな」

 

近藤が苦笑する。

 

金田は席でノートを開きながら、冷静に言った。

 

「現状、我々のクラスポイントは342です。上位との差を考えると、これ以上の失点は避けるべきでしょう」

 

石崎が頭を抱える。

 

「数字で言われるとマジでくるな……」

 

「数字は現実を明確にします」

 

「もう少し優しく言ってくれよ」

 

金田は眼鏡を直す。

 

「優しく言っても、342は342です」

 

「きつい!」

 

近藤が笑う。

 

「金田は容赦ないな」

 

椎名は静かに本を閉じ、教室全体を見渡していた。

 

伊吹は窓際で腕を組み、外を眺めている。

 

アルベルトは無言のまま席についていた。

 

そして龍園は、教室の奥にいた。

 

いつものように足を組み、退屈そうに座っている。

 

だが、影には分かった。

 

以前と同じではない。

 

弱くなったわけではない。

 

怯えているわけでもない。

 

けれど、彼の中にあった炎は、敗北を知ったことで少し色を変えていた。

 

荒く燃え上がる炎ではなく、深く沈んだ火。

 

それは、以前よりも静かで、以前よりも厄介に見えた。

 

石崎が龍園へ声をかける。

 

「龍園さん、やっぱこのポイントまずいっすよね」

 

龍園は石崎を見た。

 

「だからどうした」

 

「いや、だから……上狙うには、何とかしないとっていうか」

 

「減ったなら奪い返せばいい」

 

短い答えだった。

 

だが、その一言で教室の空気が少しだけ変わる。

 

石崎の顔に、わずかに熱が戻る。

 

小宮と近藤も顔を見合わせた。

 

伊吹は鼻で笑う。

 

「簡単に言うわね」

 

龍園は伊吹へ視線を向ける。

 

「難しく言えば点が増えんのか?」

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

「なら黙ってろ」

 

伊吹は眉をひそめたが、それ以上は言い返さなかった。

 

影はそのやり取りを見ていた。

 

龍園は、終わっていない。

 

敗北は彼を折らなかった。

 

ただ、以前とは違う形で燃え始めている。

 

「何見てんだ、影」

 

龍園が言った。

 

影は軽く頭を下げる。

 

「敗北の痕は、数字にも残るのだと思いまして」

 

「気色悪ぃ感想だな」

 

「よく言われます」

 

「342だろうが何だろうが、数字は奪えば変わる」

 

龍園は薄く笑った。

 

「この学校はそういう場所だ」

 

影はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。

 

その通りだ。

 

この学校では、数字は固定された運命ではない。

 

奪うこともできる。

 

守ることもできる。

 

失うこともできる。

 

戦場の位置は、常に動く。

 

だからこそ、面白い。

 

 

しばらくして、坂上が教室へ入ってきた。

 

ざわついていた教室が、少しずつ静かになる。

 

坂上は教卓に立ち、いつものように淡々とした表情で全体を見渡した。

 

「三学期が始まった。冬休み明けで気が緩んでいる者もいるだろうが、この学校でそんな時間は長く続かない」

 

石崎が小さく呟く。

 

「いきなり嫌な予感するんだけど」

 

近藤が小声で返す。

 

「俺も」

 

金田は真剣な顔でノートを開いた。

 

「重要事項の可能性があります」

 

「お前は準備早いな」

 

坂上は続ける。

 

「三学期開始に伴い、早速特別試験が行われる」

 

教室に緊張が走った。

 

特別試験。

 

その言葉だけで、生徒たちの表情が変わる。

 

冬休みの空気は、一瞬で消えた。

 

学校の時間が戻ってきた。

 

クラスとクラスが向かい合い、評価と点数が人を動かす時間。

 

坂上は黒板に文字を書く。

 

混合合宿

 

「今回の試験は、全学年合同で行われる混合合宿だ」

 

「全学年……?」

 

小宮が小さく呟く。

 

「一年だけじゃねぇのか」

 

「そういうことだな」

 

近藤が表情を硬くする。

 

坂上は説明を続ける。

 

「詳細なルールは後ほど配布資料で確認することになるが、簡単に言えば、学年やクラスをまたいだ集団行動が求められる試験だ。男女は別。複数クラスの生徒が混ざり、グループ単位で評価される」

 

教室のざわめきが大きくなる。

 

「他クラスと一緒にやるってことか?」

 

「上級生もいるんだろ?」

 

「面倒くさ……」

 

伊吹が低く言った。

 

「混ざるとか、一番嫌い」

 

金田は冷静に言う。

 

「ですが、混合形式である以上、個人の能力だけでなく協調性や判断力も問われる可能性が高いです」

 

石崎が顔をしかめる。

 

「協調性って……うちのクラスに一番足りないやつじゃねぇか?」

 

近藤が苦笑する。

 

「自覚あるのが逆に偉いな」

 

小宮が言う。

 

「他クラスと組むってことは、元D……今のCクラスとも一緒になる可能性あるんだよな」

 

その言葉で、何人かの視線が龍園へ向いた。

 

綾小路。

 

元Dクラス。

 

今はCクラスへ上がった者たち。

 

その中に、屋上で龍園を倒した男がいる。

 

影は龍園を見る。

 

龍園は笑っていた。

 

不機嫌ではない。

 

怒っているわけでもない。

 

むしろ、少しだけ面白がっているように見えた。

 

「ククッ……混合合宿ねぇ」

 

石崎が恐る恐る聞く。

 

「龍園さん、どうします?」

 

「どうするも何も、やるしかねぇだろ」

 

「ですよね」

 

「ただの合宿だと思ってるなら痛い目見るぞ」

 

龍園は教室全体を見た。

 

「全学年合同。クラス混合。評価はグループ単位。つまり、味方も敵も混ざる」

 

影はその言葉に反応した。

 

味方も敵も混ざる。

 

それは、これまでとは違う戦場だった。

 

体育祭のような正面からの競争でもない。

 

ペーパーシャッフルのようなクラス内の知略戦でもない。

 

他クラス。

 

他学年。

 

見知らぬ者たち。

 

協力しなければならない敵。

 

警戒しなければならない味方。

 

影は静かに呟いた。

 

「混ざる戦場、ですか」

 

時任が隣で顔をしかめる。

 

「また変な言い方してるな」

 

「ですが、近いと思います」

 

「まあ、敵か味方か分かんねぇやつらと一緒に動くって意味ではな」

 

「時任さんは、こういう試験はお嫌いですか?」

 

「好きなやついるのかよ」

 

「いるかもしれません」

 

影が龍園を見ると、時任もつられてそちらを見る。

 

龍園は口元に笑みを浮かべたまま、坂上の説明を聞いていた。

 

時任は小さく息を吐く。

 

「……いるな」

 

「はい」

 

 

坂上は資料を配り始めた。

 

前の席から順に回されていく。

 

影の手元にも一枚の資料が届く。

 

そこには、混合合宿の概要が書かれていた。

 

全学年合同。

 

男女別。

 

複数クラス混合。

 

グループ単位での活動。

 

評価。

 

ペナルティ。

 

それらの文字が並ぶ。

 

影は資料を見つめた。

 

文字だけでは、まだ全貌は見えない。

 

だが、火種は見える。

 

学年を越えた力関係。

 

クラスを越えた警戒。

 

普段は交わらない者たちが同じ場所に置かれることで生まれる歪み。

 

これは、龍園のような支配者にとっても、綾小路のような静かな者にとっても、そして一之瀬のように人を集める者にとっても、それぞれ違う意味を持つ試験になる。

 

金田が資料を読みながら言う。

 

「現在の我々にとって、失点は避けるべきです。342ポイントという現状を考えれば、慎重な行動が必要でしょう」

 

石崎が頷く。

 

「だよな。これ以上落ちたらマジでやばいし」

 

伊吹はつまらなさそうに言う。

 

「慎重にやって勝てるなら苦労しないでしょ」

 

金田は眼鏡を直す。

 

「確かに、消極的になるだけでは得点機会を失う可能性もあります」

 

近藤が苦笑する。

 

「結局どうすりゃいいんだよ」

 

龍園が資料を机に置いた。

 

「簡単だ」

 

全員の視線が向く。

 

龍園は笑う。

 

「使えるやつを使う。邪魔なやつは切る。それだけだ」

 

坂上が教卓から龍園を見る。

 

「龍園。今回の試験では、単純な支配や排除が必ずしも有効とは限らない」

 

「分かってるよ」

 

龍園は退屈そうに返す。

 

「だから面倒なんだろ」

 

その言葉には、以前とは違う響きがあった。

 

ただ力で押し切るだけではない。

 

それが通じない場面があることを、彼は知った。

 

屋上で。

 

綾小路に敗れたことで。

 

影は龍園の横顔を見た。

 

敗北は、彼の戦い方を少し変えるかもしれない。

 

それは弱体化ではない。

 

むしろ、別の危うさだ。

 

「影」

 

龍園が声をかける。

 

「はい」

 

「お前はどう見る」

 

教室の何人かが影を見る。

 

影は資料から視線を上げた。

 

「混ざることで、人の形が見えやすくなる試験だと思います」

 

石崎が首を傾げる。

 

「どういう意味だ?」

 

「普段のクラス内では見えないものが、他クラスや他学年と混ざることで出る、ということです」

 

「例えば?」

 

「誰に従うのか。誰を信じるのか。誰を切るのか。誰を守るのか」

 

影は静かに続ける。

 

「そして、自分のクラスでは強い方が、外ではそうではないこともあるでしょう」

 

伊吹が少しだけ目を細める。

 

金田は頷いた。

 

「集団内での立場が変化する可能性がある、ということですね」

 

「はい」

 

影は龍園を見る。

 

「良い試験だと思います」

 

龍園は口元を歪める。

 

「良い、ねぇ」

 

「はい」

 

「お前は本当に気持ち悪ぃな」

 

「よく言われます」

 

時任が呟く。

 

「自分から地雷踏みにいくなよ」

 

影は少しだけ微笑んだ。

 

「ですが、面白そうではあります」

 

「否定はしねぇけどよ」

 

 

坂上の説明が終わる頃には、教室の空気は完全に冬休みのものではなくなっていた。

 

三学期が始まった。

 

それはもう、ただの言葉ではない。

 

混合合宿。

 

全学年合同。

 

他クラスとの接触。

 

そして、342ポイントという現実。

 

Dクラスへ落ちた龍園クラスにとって、これ以上の失点は許されない。

 

だが、ただ守るだけでは上へ戻れない。

 

奪わなければならない。

 

影は資料を閉じた。

 

窓の外には、冬の空が広がっている。

 

冬休みの終わりに見た空と同じ色。

 

だが、今は違って見えた。

 

そこには、新しい火種の匂いがある。

 

三学期。

 

新しい戦の季節。

 

そして、混ざる戦場。

 

影は静かに目を細めた。

 

この試験では、龍園だけではない。

 

Aクラス

 

Bクラス

 

Cクラス

 

そして、まだ見ぬ上級生たち。

 

それぞれの形が、同じ場所に置かれる。

 

誰が燃え、誰が凍り、誰が沈黙するのか。

 

それを見たいと思った。

 

「楽しそうな顔してんな」

 

時任が言った。

 

影は振り向く。

 

「そう見えますか?」

 

「見える」

 

「困りました」

 

「絶対困ってねぇだろ」

 

「はい」

 

「認めるな」

 

その時、龍園が席を立った。

 

「くだらねぇ合宿だろうが何だろうが、点を取れるなら利用する」

 

石崎が立ち上がる。

 

「龍園さん、俺らどう動けばいいっすか?」

 

「焦るな。まだ情報が足りねぇ」

 

龍園は資料をひらひらと振る。

 

「まずは他学年と他クラスの面子を見る。誰が使えて、誰が邪魔か。それからだ」

 

伊吹が短く言う。

 

「相変わらずね」

 

「変わる必要がある部分だけ変えりゃいい」

 

龍園はそう言って、薄く笑った。

 

影は、その言葉に少しだけ反応した。

 

変わる必要がある部分だけ変える。

 

龍園は確かに、何かを持ち帰っている。

 

屋上から。

 

敗北から。

 

影は小さく呟いた。

 

「良い変化です」

 

龍園が振り返る。

 

「聞こえてんぞ」

 

「申し訳ありません」

 

「謝る気ねぇだろ」

 

「はい」

 

龍園は鼻で笑い、教室の出口へ向かう。

 

その背中には、かつてのような荒々しさだけではなく、少しだけ深い火があった。

 

Dクラスへ落ちた龍園クラス。

 

342ポイント。

 

三学期最初の特別試験。

 

混合合宿。

 

白き影は、配られた資料をもう一度見下ろす。

 

戦場は、また形を変える。

 

今度は混ざる。

 

敵と味方が、強者と弱者が、熱と静けさが。

 

その中で、誰がどのように立つのか。

 

影は静かに微笑んだ。

 

そして、三学期最初の戦が始まろうとしていた。

 




ここまでクラスポイントのこと忘れていたのでこの世界のクラスポイントはこんな感じにします
クラスポイント
Aクラス 坂柳クラス  974
Bクラス 一之瀬クラス  753
Cクラス 堀北クラス   362
Dクラス 龍園クラス   342
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