ようこそ軍神至上主義の教室へ   作:あおいなり

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白き影は上級生の棘を見る

 

第23話

 

一年女子の小グループが決まった後、生徒たちは大広間へ移動した。

 

そこにはすでに、二年生と三年生の女子グループがいくつか集まっていた。

 

同じ制服。

 

同じ施設。

 

同じ試験。

 

けれど、空気は一年生とは少し違う。

 

上級生たちは、立ち方から違っていた。

 

緊張していないわけではない。

 

だが、試験というものに対する慣れがある。

 

どう見られるか。

 

どこに立てばいいか。

 

誰に声をかけるべきか。

 

そういったものを、一年生よりも少しだけ知っているように見えた。

 

影は、その空気を静かに見ていた。

 

「また見てる」

 

隣を歩いていた真鍋が小さく言った。

 

「はい」

 

「ほんと否定しないよね」

 

「見ていますので」

 

「知ってる」

 

真鍋は呆れたように言いながらも、以前ほど距離を取ろうとはしなかった。

 

藪はその横で、少し緊張した様子で周囲を見ている。

 

白波は代表者として前に立ち、少し不安そうに資料を握っていた。

 

網倉がその隣で明るく声をかける。

 

「大丈夫だって、千尋。そんな怖い顔しなくても」

 

「うん。でも、上級生と一緒って思うと、少し緊張するね」

 

佐藤も頷いた。

 

「分かる。なんか急に試験っぽくなったよね」

 

森は小さく息を吐く。

 

「うん。空気が違う」

 

神室は面倒そうに腕を組んでいる。

 

山村はその少し後ろで、周囲の上級生たちを控えめに見ていた。

 

影たちのグループが指定された場所に着くと、すでに二年女子の小グループが待っていた。

 

その中心にいた女子生徒が、にこりと笑った。

 

「あなたたちが一年生のグループかな?」

 

柔らかい声。

 

明るい笑顔。

 

一見すると、面倒見のよさそうな先輩だった。

 

「はい。白波千尋です。一年生グループの代表です」

 

白波が少し緊張しながら頭を下げる。

 

二年生の女子は、白波を見て笑みを深めた。

 

「私は二年の柊美咲。よろしくね」

 

柊美咲。

 

その名前を聞いて、金田が言っていた南雲の名が影の脳裏をかすめた。

 

この人が南雲に近いかどうかは、まだ分からない。

 

だが、少なくとも人の前に立つことには慣れている。

 

笑い方も、声の出し方も、視線の配り方も。

 

白波は少し安心したように表情を緩めた。

 

「よろしくお願いします」

 

柊は一年生たちを順に見た。

 

白波。

 

網倉。

 

佐藤。

 

森。

 

真鍋。

 

藪。

 

神室。

 

山村。

 

そして影。

 

その視線は一瞬ずつ、値踏みするように止まった。

 

笑顔は崩れない。

 

けれど、影にはその奥にある棘が見えた気がした。

 

「一年生の子たちは、初めての全学年合同試験で分からないことも多いと思うけど、まずは私たち上級生の指示を聞いてくれれば大丈夫だから」

 

優しい声だった。

 

だが、優しさだけではない。

 

上から押さえる響きがあった。

 

「勝手に動かれると、全体に迷惑がかかるからね」

 

その言葉で、白波の肩が少しだけ硬くなる。

 

網倉の笑顔も、ほんの少しだけ固まった。

 

佐藤と森は顔を見合わせる。

 

真鍋は小さく眉を寄せた。

 

神室は、はっきりと嫌そうな顔をした。

 

「……へぇ」

 

神室が短く呟く。

 

柊はそれに気づき、笑顔のまま神室を見る。

 

「何か気になることでもある?」

 

「別に」

 

神室はそっぽを向いた。

 

だが、その声には明らかに棘があった。

 

柊は気にした様子もなく、軽く笑った。

 

「遠慮しなくていいよ。分からないことがあれば、ちゃんと聞いてね。失敗されるよりは、その方が助かるから」

 

山村が少しだけ目を伏せる。

 

真鍋が小声で言った。

 

「あの先輩、苦手」

 

影は柊を見たまま答える。

 

「棘が多い方ですね」

 

「やっぱそう思う?」

 

「はい。笑顔の内側が少し痛いです」

 

「何それ」

 

真鍋は顔をしかめる。

 

けれど、その表情には同意が混じっていた。

 

神室がこちらをちらりと見る。

 

「あんたら、聞こえてるかもよ」

 

「聞こえるようには言っていません」

 

影が答えると、神室は鼻で笑った。

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

 

少し遅れて、三年女子の小グループも合流した。

 

その中心にいたのは、落ち着いた雰囲気の女子生徒だった。

 

長い髪を後ろでまとめ、表情は穏やか。

 

しかし、柔らかいだけではない。

 

声を出す前から、周囲を見る目が静かに整っている。

 

「三年の水瀬朋花です。よろしくね」

 

水瀬はそう言って、軽く頭を下げた。

 

柊とは違う。

 

柊は笑顔で場を取る。

 

水瀬は、静かに場の温度を下げる。

 

どちらも上級生だ。

 

だが、立ち方がまるで違う。

 

柊が明るく言う。

 

「水瀬先輩、よろしくお願いします。私たち二年と一年生の子たちで、ある程度話は進めておきますね」

 

「ありがとう。でも、まずは全員で確認しましょう」

 

水瀬は穏やかに言った。

 

「この試験は、誰か一人が強く引っ張ればいいというものでもないから」

 

柊の笑顔が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

すぐに元へ戻る。

 

「もちろんです。私もそのつもりです」

 

「ならよかった」

 

水瀬の声は柔らかい。

 

しかし、その一言は柊の流れを自然に止めた。

 

影は、そのやり取りを見ていた。

 

怒鳴らない。

 

責めない。

 

けれど、相手の足元に小さな石を置くように、動きを止める。

 

これが上級生のやり方なのかもしれない。

 

龍園は恐怖で場を取る。

 

一之瀬は安心で場を包む。

 

綾小路は音もなく場を変える。

 

そして柊は、笑顔で相手を下に置く。

 

水瀬は、静けさでその棘を抜く。

 

上級生の戦いは、声を荒げない。

 

影はそう思った。

 

「何か楽しそうね」

 

神室が言った。

 

「そう見えますか?」

 

「見える。嫌な空気なのに、楽しそう」

 

「嫌な空気だからこそ、見えるものがあります」

 

「悪趣味」

 

「よく言われます」

 

真鍋が横から呟く。

 

「ほんと、あんたって変なところで楽しそうにするよね」

 

「楽しい、というより」

 

影は少し考える。

 

「興味深い、でしょうか」

 

「同じようなもんじゃん」

 

「そうかもしれません」

 

 

大グループ全体での自己紹介が始まった。

 

まず三年生。

 

次に二年生。

 

最後に一年生。

 

白波は代表として、少し緊張しながらも丁寧に挨拶した。

 

「一年の白波千尋です。まだ分からないことも多いですが、よろしくお願いします」

 

柊はにこにこと頷く。

 

「うん。素直でいいね」

 

その言い方に、白波は小さく笑った。

 

だが、影にはその言葉が少し引っかかった。

 

素直でいい。

 

それは褒め言葉の形をしている。

 

しかし同時に、相手を下に置く言葉でもある。

 

神室は明らかに面倒そうな顔をしていた。

 

「一年の神室真澄」

 

短い自己紹介。

 

柊が笑う。

 

「神室さんね。もう少し愛想よくしてくれると助かるかな」

 

神室の目が細くなる。

 

「必要ですか?」

 

空気が少しだけ冷えた。

 

白波が慌てて目を向ける。

 

網倉も何か言おうとした。

 

だが、水瀬が先に口を開いた。

 

「無理に愛想を作る必要はないよ。ただ、必要な連絡が取れればそれで十分」

 

神室は水瀬を見る。

 

「……どうも」

 

柊は笑顔のままだった。

 

「そうですね。まずは協力が大事ですから」

 

その声は穏やかだった。

 

しかし、さっきより少しだけ硬い。

 

影の番が来た。

 

「一年、上代影です。よろしくお願いいたします」

 

影が頭を下げると、柊の視線が少しだけ止まった。

 

「上代さん、ね。龍園くんのクラスだった子?」

 

「はい。現在はDクラスです」

 

「そうだったね。大変だったね、クラスが落ちちゃって」

 

笑顔。

 

柔らかい声。

 

だが、その言葉には明らかに棘があった。

 

真鍋の眉が動く。

 

藪も少し顔を曇らせた。

 

神室が小さく鼻で笑う。

 

「嫌な言い方」

 

柊は聞こえなかったふりをした。

 

影は静かに柊を見た。

 

「はい。敗北の痕は、教室の名前にも残りました」

 

柊の笑顔が、ほんの少し揺れる。

 

「……面白い言い方をするのね」

 

「よく言われます」

 

「でも、今回の試験では足を引っ張らないようにしてね。一年生はただでさえ経験が少ないから」

 

影は軽く首を傾げた。

 

「承知しました」

 

真鍋が少し意外そうに影を見る。

 

神室も目を細めた。

 

影は続ける。

 

「ですが、余計かどうかは、結果が出てから決まるものではありませんか?」

 

柊の笑顔が固まった。

 

ほんの一瞬。

 

だが、影には見えた。

 

周囲も、そのわずかな変化に気づいた者が何人かいた。

 

水瀬が静かに影を見る。

 

柊はすぐに笑みを戻した。

 

「そうね。結果は大事よね」

 

「はい」

 

「上代さんは、見た目より強気なのかな?」

 

「そうでしょうか」

 

「うん。少し面白い子ね」

 

「よく言われます」

 

そのやり取りを、真鍋は横で見ていた。

 

「……あんた、怖くないの?」

 

小声で尋ねる。

 

影は柊を見たまま答えた。

 

「怖いというより、棘の向きが見えました」

 

「何それ」

 

「刺す相手を選んでいるようでしたので」

 

真鍋は少しだけ黙る。

 

「やっぱ、嫌な人だよね」

 

「はい」

 

影は穏やかに頷いた。

 

「ですが、分かりやすい嫌さです」

 

「それ、いいことなの?」

 

「見えない棘よりは、避けやすいです」

 

真鍋は小さく息を吐いた。

 

「……ほんと、変な見方する」

 

「よく言われます」

 

「知ってる」

 

その返しは、少しだけ自然になっていた。

 

 

自己紹介が終わると、次は大グループ全体の責任者について話し合うことになった。

 

当然のように、上級生の間で話が進み始める。

 

柊は明るく手を上げた。

 

「責任者は、やっぱり上級生から出すのが自然ですよね。三年生の先輩方に負担をかけすぎるのもよくないので、二年の私たちで引き受けてもいいかなと思います」

 

言い方は丁寧だった。

 

だが、流れを自分の方へ引き寄せようとしているのは明らかだった。

 

一年生の中には、ほっとした顔をする者もいる。

 

責任者。

 

評価やペナルティに関わる重い役割。

 

それを上級生が引き受けると言えば、安心するのも当然だった。

 

しかし、水瀬はすぐには頷かなかった。

 

「柊さんが責任者を引き受ける意欲があるのは分かったよ」

 

水瀬は静かに言う。

 

「でも、責任者は全員の意見を聞いてから決めた方がいい。評価は大グループ全体に関わるから」

 

柊は笑顔のまま返す。

 

「もちろんです。ただ、一年生の子たちは不安だと思うので、先に方向性を示した方が動きやすいかなって」

 

「方向性を示すことと、決定を急ぐことは違うよ」

 

水瀬の声は穏やかだった。

 

だが、その一言で空気が少し締まる。

 

柊は笑った。

 

「そうですね。水瀬先輩の言う通りです」

 

言葉では引く。

 

けれど、完全には引いていない。

 

影はその様子を見ていた。

 

柊は強引ではない。

 

だからこそ厄介だ。

 

押しつけるのではなく、流れを作る。

 

反対しづらい提案をしながら、自分の位置を上に置く。

 

龍園のように首を掴むのではない。

 

柔らかい布で、相手の動きを少しずつ縛る。

 

「上級生って、こういう感じなの?」

 

真鍋が小さく言った。

 

「人によると思います」

 

影は答える。

 

「ですが、柊さんの戦い方は分かりやすいです」

 

「また戦い方」

 

「はい」

 

「で、水瀬先輩は?」

 

「静かに刃を受け止める方ですね」

 

「それ、強いってこと?」

 

「少なくとも、柊さんより落ち着いています」

 

真鍋は水瀬を見る。

 

「確かに。嫌な感じはしない」

 

「はい。ですが、優しいだけとも限りません」

 

「どういう意味?」

 

「優しさで場を整える方もいます。場を整えられる人は、場を動かせる人でもあります」

 

真鍋は少し考えた後、顔をしかめた。

 

「やっぱり、あんたの説明って難しい」

 

「申し訳ありません」

 

「謝るほどじゃないけど」

 

神室が横から言う。

 

「上級生より、あんたらの会話の方が面倒なんだけど」

 

「それは失礼いたしました」

 

「本当に思ってる?」

 

「半分ほど」

 

「半分なんだ」

 

山村が小さく笑った。

 

それは本当に小さな笑いだった。

 

けれど、緊張していた一年生たちの空気を少しだけ緩めた。

 

白波も、ほっとしたように息をつく。

 

網倉が白波の肩を軽く叩く。

 

「大丈夫?」

 

「うん。ちょっと緊張するけど」

 

佐藤が言う。

 

「上級生って、もっと優しいだけかと思ってた」

 

森も小さく頷く。

 

「うん。なんか、難しいね」

 

神室がぼそりと言う。

 

「面倒なだけでしょ」

 

影はその言葉を聞きながら、柊と水瀬を見る。

 

面倒。

 

確かにそうかもしれない。

 

だが、その面倒さの中にこそ、この試験の形がある。

 

ただ強い者が勝つわけではない。

 

ただ優しい者が残るわけでもない。

 

笑顔の裏に棘があり、穏やかな言葉の中に刃がある。

 

上級生は、それを自然に使う。

 

一年生よりも一つ、あるいは二つ多く、試験を越えてきた者たち。

 

その差は、点数だけでは見えない。

 

 

話し合いの結果、責任者の決定は少し保留となった。

 

まずは大グループ全体での生活規律や役割分担を確認し、その上で最終的に決めることになった。

 

柊は不満そうな顔を見せなかった。

 

笑顔のまま、皆に資料を配る。

 

「じゃあ、一年生の子たちはまずこれを見ておいてね。分からないところは私たちに聞いてくれればいいから」

 

白波が受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

「うん。無理しないでね」

 

優しい言葉。

 

だが、影にはやはり棘が見えた。

 

無理しないで。

 

それは気遣いにも聞こえる。

 

同時に、余計なことをするなという意味にも聞こえる。

 

真鍋もそれを感じたのか、小さく舌打ちしそうな顔をした。

 

「真鍋さん」

 

影が声をかける。

 

「何」

 

「今、少し刺さりましたね」

 

「……見すぎ」

 

「癖です」

 

「ほんと気味悪い」

 

「よく言われます」

 

真鍋は資料を見ながら、小さく言った。

 

「あの人、嫌いかも」

 

「はい」

 

「上代は?」

 

「嫌い、というより」

 

影は少しだけ考える。

 

「興味深いです」

 

「そう言うと思った」

 

真鍋は呆れたように笑った。

 

以前より少しだけ、自然な笑いだった。

 

影はその横顔を見て思う。

 

真鍋は、まだ軽井沢の件を抱えている。

 

佐藤や森と同じグループにいることにも、まだ慣れていない。

 

けれど、今は別の棘にも気づいている。

 

自分の罪悪感だけを見ているわけではない。

 

周囲を見る余裕が、少しだけ戻っている。

 

それは悪くない。

 

「何見てんの」

 

真鍋が言う。

 

「真鍋さんです」

 

「やめて」

 

「はい」

 

「素直すぎるのも怖い」

 

「難しいですね」

 

その時、水瀬が一年生たちの方へ歩いてきた。

 

「柊さんの言い方、少しきつく聞こえたかもしれないけど、試験自体は協力が大事だから。困ったことがあれば、三年にも相談してね」

 

白波がほっとしたように頷く。

 

「はい。ありがとうございます」

 

水瀬は影を見る。

 

「上代さん、だったね」

 

「はい」

 

「さっきの返し、少し危なかったよ」

 

影は軽く頭を下げる。

 

「申し訳ありません」

 

「責めてるわけじゃない。ただ、柊さんみたいなタイプは、真っ向から刺し返すと面倒になることがある」

 

「なるほど」

 

水瀬は穏やかに続ける。

 

「刺された時に、すぐ刺し返すだけが戦い方じゃないよ」

 

その言葉に、影は少しだけ目を細めた。

 

戦い方。

 

水瀬は、あえてその言葉を使ったのだろうか。

 

それとも偶然か。

 

「覚えておきます」

 

影が答えると、水瀬は小さく笑った。

 

「素直だね」

 

神室が横から呟く。

 

「素直っていうか、危ないだけでしょ」

 

水瀬は苦笑する。

 

「そうかもね」

 

影は水瀬を見た。

 

この三年生は、優しいだけではない。

 

柊の棘を見ている。

 

影の返しも見ている。

 

そして、場が壊れない位置を選んでいる。

 

強い声ではない。

 

けれど、確かに場を整えている。

 

「上級生は、面白いですね」

 

影が呟く。

 

真鍋がすぐに言う。

 

「そこは怖いって言うところじゃないの?」

 

「怖いものも、面白いものも、近い場所にありますので」

 

「やっぱ変」

 

「よく言われます」

 

 

大グループとしての最初の移動が始まった。

 

柊は笑顔で前に立ち、指示を出す。

 

水瀬は少し後ろから全体を見る。

 

一年生たちは、その間に挟まれるようにして歩き出した。

 

白波は代表として緊張しながらも、網倉に支えられている。

 

佐藤と森は、少しずつ周囲に馴染もうとしていた。

 

神室は相変わらず面倒そうに歩き、山村は静かに周囲を観察している。

 

真鍋と藪は、まだ少し硬い。

 

だが、真鍋は時々、佐藤や森の方を見るようになった。

 

すぐに話せるわけではない。

 

謝れるわけでもない。

 

それでも、完全に目を逸らすことはやめたように見えた。

 

影は、その隣を歩いた。

 

「何でまた隣なの」

 

真鍋が言う。

 

「歩きやすそうでしたので」

 

「前もそれ言ってた」

 

「はい」

 

「意味分かんない」

 

「そうでしょうか」

 

「そう」

 

けれど、真鍋は離れなかった。

 

大グループは廊下を進む。

 

一年生。

 

二年生。

 

三年生。

 

それぞれの声が重なる。

 

その中には、棘もある。

 

温かさもある。

 

警戒もある。

 

優しさの形をした支配もある。

 

静けさの形をした抑制もある。

 

影は、前を歩く柊の背中を見た。

 

笑顔で棘を隠す先輩。

 

そして、その後ろで静かに場を整える水瀬。

 

混ざる戦場は、思っていた以上に複雑だった。

 

強い者だけが目立つわけではない。

 

嫌な者だけが敵というわけでもない。

 

優しい者だけが味方というわけでもない。

 

人は、もっと曖昧に立っている。

 

「影」

 

また、赤い記憶の声が遠くで笑った気がした。

 

――棘のあるやつほど、折れた時に面白ぇんだよ。

 

影は小さく目を伏せる。

 

「……相変わらず、乱暴な考え方です」

 

「何か言った?」

 

真鍋が聞く。

 

「いえ」

 

影は首を横に振る。

 

「少し、昔を思い出しただけです」

 

「またそれ?」

 

「はい」

 

「絶対ろくでもない昔でしょ」

 

「否定はできません」

 

「できないんだ」

 

真鍋は呆れたように言った。

 

だが、その声には少しだけ笑みが混じっていた。

 

影は前を見る。

 

上級生の棘。

 

真鍋の気まずさ。

 

白波の不安。

 

神室の反発。

 

山村の小さな観察。

 

それぞれが、同じ大グループの中で混ざり始めている。

 

そして、この合宿はまだ始まったばかりだ。

 

白き影は、その棘の向きと、人の揺れを静かに見つめていた。

 

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