ようこそ軍神至上主義の教室へ   作:あおいなり

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今回から体育祭の話になります^ ^


白き影は赤と白の境界に立つ

 

第3話

 

体育祭。

 

その言葉が告げられた瞬間、Cクラスの教室に小さなざわめきが広がった。

 

無人島試験。

船上での優待者試験。

 

それらを経験した生徒たちは、もう理解している。

 

この学校における行事は、ただの行事ではない。

 

競い合うこと。

勝つこと。

負けること。

 

そのすべてが、クラスポイントに繋がる。

 

担任は淡々と説明を続けた。

 

「今回の体育祭は、クラス単独ではなく合同チームで行われる。1年生はAクラスとDクラス、BクラスとCクラスがそれぞれ同じ陣営となる」

 

Cクラスの空気が、わずかに変わった。

 

Bクラスと同じ陣営。

 

一之瀬を中心にまとまるBクラスと、龍園が支配するCクラス。

性質の違いすぎる二つのクラスが、同じ組として戦うことになる。

 

石崎が不満そうに言った。

 

「Bクラスと組むのかよ」

 

近くにいた男子生徒が肩をすくめる。

 

「悪くはないだろ。あっちはまとまりあるし」

 

「そのまとまりってのが面倒なんだよ」

 

石崎の言葉に、龍園は鼻で笑った。

 

「勘違いすんな。仲良しごっこをする必要はねぇ」

 

教室の視線が龍園に集まる。

 

「使えるものは使う。邪魔なものは切る。体育祭も同じだ」

 

その言葉に、教室の空気が少し重くなる。

 

伊吹は窓際で腕を組んだまま、呆れたように言った。

 

「またそういうやり方?」

 

「勝てばいいんだよ」

 

龍園は即答した。

 

「正々堂々なんて言葉は、負けたやつが自分を慰めるために使うもんだ」

 

そのやり取りを、上代影は静かに見ていた。

 

白銀の髪。

整った制服。

穏やかな笑み。

 

彼女だけは、重くなった空気の中でも変わらず楽しそうだった。

 

龍園が影を見る。

 

「影」

 

「はい」

 

「お前はどう見る」

 

「体育祭について、でしょうか」

 

「ああ」

 

影は少しだけ首を傾げた。

 

「とても分かりやすい試験ですね」

 

「何がだ」

 

「身体能力、集団統率、感情の制御、情報戦。それらが一度に表へ出ます」

 

影の赤い瞳が、教室をゆっくりと見渡す。

 

「誰が速く走れるのか。誰が仲間を支えられるのか。誰が怒りで判断を誤るのか。誰が勝つために他人を利用できるのか」

 

そこで一度、影は言葉を切った。

 

「そして、誰を崩せば集団全体が揺れるのか」

 

教室が静かになった。

 

影はにこりと笑う。

 

「体育祭は、とても美しい戦場です」

 

伊吹が小さくため息をついた。

 

「本当に変なやつ」

 

「よく言われます」

 

影は明るく返した。

 

龍園は満足そうに笑う。

 

「お前は分かってるな」

 

「光栄です」

 

影は丁寧に頭を下げた。

 

 

放課後。

 

BクラスとCクラスの合同作戦会議が開かれることになった。

 

特別棟の一室に、両クラスの代表者が集まる。

 

Cクラスからは龍園、伊吹、石崎、影。

Bクラスからは一之瀬、神崎、柴田たちが参加していた。

 

部屋に入った瞬間、二つのクラスの違いは明らかだった。

 

Bクラスは明るく、まとまりがある。

Cクラスは重く、警戒心が強い。

 

同じ陣営でありながら、空気はまるで違っていた。

 

一之瀬は影を見ると、柔らかく笑った。

 

「上代さん、また会ったね」

 

「はい。一之瀬さん。本日はよろしくお願いいたします」

 

「うん。こちらこそよろしくね」

 

一之瀬の笑顔は、相変わらず自然だった。

 

影はそれを見て、ほんの少し目を細める。

 

温かい。

眩しい。

そして、危うい。

 

影にはそう見えた。

 

神崎が資料を広げる。

 

「まずは競技ごとの出場者を決める必要がある。両クラスの得意不得意を共有して、無駄な失点を避けたい」

 

一之瀬も頷く。

 

「できるだけ、みんなが納得できる形にしたいね」

 

その言葉に、龍園が笑った。

 

「納得?」

 

一之瀬が龍園を見る。

 

「何か変かな?」

 

「変だな。勝つために必要なのは納得じゃねぇ。配置だ」

 

龍園は椅子にもたれ、足を組む。

 

「使えるやつを使える場所に置く。使えねぇやつは邪魔にならねぇ場所に置く。それだけだ」

 

Bクラス側の空気が、少し硬くなる。

 

柴田が苦笑しながら口を挟んだ。

 

「まあ、勝つために効率を考えるのは大事だけどさ。雰囲気が悪くなると、団体競技とかにも響くんじゃない?」

 

「雰囲気で勝てるなら苦労しねぇよ」

 

龍園は冷たく返す。

 

神崎は表情を崩さずに言った。

 

「龍園の考えも分かる。だが、こちらとしては全体の士気も重視したい」

 

「士気ねぇ」

 

龍園はつまらなさそうに笑った。

 

「勝てば勝手についてくる」

 

一之瀬は困ったように笑う。

 

「でも、誰かを切り捨てるようなやり方はしたくないかな」

 

「甘ぇな」

 

「そうかもね」

 

一之瀬は素直に認めた。

 

「でも、その甘さで今までやってきたから」

 

龍園と一之瀬。

 

まったく違う二人のリーダー。

 

その間にある空気を、影は静かに見ていた。

 

やがて、彼女は小さく手を上げる。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか」

 

全員の視線が影へ向いた。

 

一之瀬が頷く。

 

「うん。上代さん、どうぞ」

 

影は立ち上がる。

 

「BクラスとCクラスでは、勝ち方への考え方が異なります」

 

「そうだね」

 

「Bクラスは全体で前に進むことを重視している。Cクラスは勝つために個を使い分けることを重視している」

 

影の声は穏やかだった。

 

「どちらも間違いではありません」

 

神崎が影を見る。

 

「では、どうするべきだと?」

 

「役割を分ければよいかと」

 

「役割?」

 

「はい」

 

影は静かに続ける。

 

「Bクラスは全体の安定と士気の維持を担う。Cクラスは相手の弱点を探し、勝敗に直結する部分を崩す」

 

一之瀬の表情が少しだけ変わる。

 

「崩す、か」

 

「もちろん、規則の範囲内で、です」

 

影はにこりと笑う。

 

龍園が喉の奥で笑った。

 

「本当に規則の範囲内で済ませる気か?」

 

「表向きは」

 

影はさらりと答えた。

 

室内が一瞬静まる。

 

石崎が小さく呟く。

 

「やっぱ怖ぇよ、この人……」

 

伊吹は腕を組んだまま、影を見ていた。

 

上代影は龍園のように相手を威圧するわけではない。

一之瀬のように人を包み込むわけでもない。

 

ただ、笑いながら一番冷たい場所を見ている。

 

一之瀬は影をまっすぐ見た。

 

「上代さんは、勝つためなら何でもするタイプ?」

 

影は一之瀬を見返す。

 

そこに敵意はない。

 

ただ、純粋な興味だけがあった。

 

「何でも、というわけではありません」

 

「じゃあ、どこまで?」

 

影は少しだけ考えた。

 

「勝つために必要なところまでです」

 

その答えに、一之瀬はすぐには返せなかった。

 

危うい考え方だ。

 

けれど、完全に否定できるほど単純でもない。

 

神崎が資料に視線を落としながら言う。

 

「少なくとも、作戦の共有は必要だ。Cクラスが独断で動けば、Bクラスにも影響が出る」

 

「当然ですね」

 

影は頷いた。

 

「味方を壊してしまっては、戦場がつまらなくなりますので」

 

「言い方……」

 

柴田が苦笑する。

 

影は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「失礼いたしました」

 

その様子を見て、一之瀬は小さく笑った。

 

「やっぱり上代さんって、少し変わってるね」

 

「よく言われます」

 

影はいつものように答えた。

 

 

会議はその後も続いた。

 

競技ごとの出場者。

得点の取り方。

団体競技での組み合わせ。

 

Bクラスは全体のバランスを重視し、Cクラスは勝てる人間を勝てる場所に置くことを優先した。

 

意見は何度もぶつかった。

 

それでも、会議が完全に壊れなかったのは、一之瀬と神崎が調整役に回り、龍園が最低限の譲歩を見せたからだった。

 

いや、龍園が譲歩したというより、利用価値を見出したと言うべきかもしれない。

 

「Bクラスの連中は正面から点を取れ」

 

龍園は資料を机に置く。

 

「こっちはこっちで動く」

 

神崎が眉をひそめる。

 

「勝手な行動は困る」

 

「勝手じゃねぇ。必要な行動だ」

 

「具体的には?」

 

龍園は笑うだけで答えなかった。

 

その代わりに、影が口を開く。

 

「敵陣営の中心を見極めることです」

 

「中心?」

 

一之瀬が聞き返す。

 

「はい。AクラスとDクラスは同じ陣営ですが、安定しているAクラスと、不安定なDクラスでは性質が違います」

 

影は資料に目を落とす。

 

「Aクラスは崩しにくい。Dクラスは崩しやすい。ですが、Dクラスには勢いがあります」

 

龍園が笑う。

 

「須藤だな」

 

「はい。Dクラスの身体的な主力になるでしょう」

 

「だったら、そこを潰せばいい」

 

龍園の声は冷たい。

 

一之瀬が少し厳しい表情になる。

 

「怪我をさせるようなことは駄目だよ」

 

「誰がそんなこと言った?」

 

龍園は笑う。

 

「勝手に自滅するように仕向けりゃいいだけだ」

 

一之瀬は何も言わなかった。

 

影はその表情を見て、静かに微笑む。

 

一之瀬は優しい。

 

だが、この学校では優しさだけで勝ち続けることは難しい。

 

それでも彼女は、自分のやり方を捨てようとしない。

 

その姿が、影には少し美しく見えた。

 

 

会議が終わり、BクラスとCクラスの生徒たちは部屋を出た。

 

廊下に出たところで、一之瀬が影に声をかける。

 

「上代さん」

 

「はい」

 

「体育祭、よろしくね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

一之瀬は少し迷ってから言った。

 

「私、上代さんのことはまだよく分からないけど」

 

「はい」

 

「でも、味方として一緒に頑張れるなら嬉しい」

 

その言葉には裏がなかった。

 

本当にそう思っている。

 

影はしばらく一之瀬を見つめた。

 

「一之瀬さんは、お優しいですね」

 

「そうかな?」

 

「はい。とても」

 

影は微笑む。

 

「ですが、優しさは時に人を弱くします」

 

一之瀬は少しだけ目を細めた。

 

「そうかもしれないね」

 

彼女は静かに返す。

 

「でも、優しさで強くなれることもあると思う」

 

影はその答えを聞いて、嬉しそうに笑った。

 

「素敵です」

 

「え?」

 

「その考えが、どこまで戦場で通じるのか。とても興味があります」

 

一之瀬は苦笑した。

 

「やっぱり、上代さんって少し怖いね」

 

「よく言われます」

 

二人は笑い合った。

 

ただし、その笑顔の意味は同じではなかった。

 

 

その日の夕方。

 

影は伊吹と石崎と共に、グラウンド近くを歩いていた。

 

体育祭に向け、すでに自主練習を始めている生徒たちがいる。

 

AクラスとDクラス。

 

敵陣営となる生徒たちの姿もあった。

 

Dクラスでは、須藤がひときわ目立っていた。

 

「もっと本気で走れよ!」

 

大きな声がグラウンドに響く。

 

池や山内がそれに反応し、篠原が呆れたように何かを言っている。

 

少し離れた場所では、堀北が冷静に全体を見ていた。

 

櫛田は周囲の生徒に声をかけ、雰囲気を和らげようとしている。

 

影はその様子を静かに眺めた。

 

「Dクラスは、随分と賑やかですね」

 

伊吹が横から言う。

 

「弱そうってこと?」

 

「弱そうには見えます」

 

影は素直に答えた。

 

「ですが、弱いだけではありません」

 

「どういう意味?」

 

「不安定ですが、熱があります。まとまりはありませんが、動く力はある」

 

影の視線が須藤へ向く。

 

「特に須藤さんは分かりやすいですね」

 

「単純そうだしね」

 

「はい。単純で、強い。だからこそ、崩しやすい」

 

伊吹は眉をひそめた。

 

「本当、言い方が怖い」

 

「申し訳ありません」

 

影は楽しそうに笑う。

 

その時、堀北が須藤に何かを指摘した。

 

須藤は不満そうに言い返す。

 

遠目でも分かるほど、二人の間には噛み合わなさがあった。

 

影は目を細める。

 

「堀北さんは優秀です。ですが、周囲を動かすには少し鋭すぎますね」

 

「それ、本人が聞いたら怒りそう」

 

「怒るでしょうね」

 

「分かってて言ってるでしょ」

 

「はい」

 

伊吹は呆れたように息を吐いた。

 

その時、影の視線がふと別の場所へ向いた。

 

グラウンドの端。

 

目立たない男子生徒が、静かに周囲を見ていた。

 

綾小路清隆。

 

彼は熱心に練習しているわけでもない。

誰かを強く引っ張っているわけでもない。

ただ、そこにいるだけだった。

 

影は足を止める。

 

「またあいつ?」

 

伊吹が言った。

 

影は答えない。

 

綾小路は何もしていない。

 

それなのに、影の視線は自然とそこへ向いていた。

 

不思議だった。

 

目立たない。

普通。

特別な動きはない。

 

だが、周囲の騒がしさから一歩だけ外れた場所にいる。

 

影には、それが妙に気になった。

 

その時、綾小路がほんの一瞬だけこちらを見た。

 

視線が交わる。

 

会話はない。

 

歩み寄ることもない。

 

ただ、お互いの存在を確認しただけだった。

 

綾小路はすぐに視線を外した。

 

影も、それ以上追わなかった。

 

「今はまだ、ですね」

 

影が小さく呟く。

 

伊吹が顔をしかめる。

 

「何が?」

 

「何でもありません」

 

「絶対何かあるでしょ」

 

影は微笑むだけだった。

 

 

一方で、Aクラスの生徒たちも練習を進めていた。

 

葛城が資料を持ち、出場者の確認をしている。

橋本は軽い調子で周囲と話しながら、全体を観察していた。

 

そして少し離れた場所に、坂柳がいた。

 

直接競技に関わる様子はない。

 

だが、彼女はグラウンド全体を静かに見ている。

 

影と坂柳の視線が合った。

 

坂柳は薄く微笑む。

 

影もまた、丁寧に頭を下げた。

 

距離はある。

言葉もない。

 

それでも、互いに理解していた。

 

相手はただ見ているだけではない。

 

盤面を読んでいる。

 

石崎が影の隣で小さく言った。

 

「何か、あのAクラスのやつも怖ぇな」

 

「坂柳さんですか?」

 

「名前は知らねぇけど、あの杖のやつ」

 

「とても静かな方ですね」

 

影は微笑む。

 

「静かな刃のようです」

 

「……お前の例え、いちいち怖ぇんだよ」

 

「申し訳ありません」

 

影は軽く頭を下げた。

 

 

その後、龍園もグラウンドへ姿を見せた。

 

彼はDクラスの方を見て、口元を歪める。

 

「やっぱり須藤が中心か」

 

「体育祭では、大きな戦力になるでしょうね」

 

影が答える。

 

「だから潰す」

 

龍園は即答した。

 

「単純なやつは感情を揺らせば勝手に崩れる」

 

伊吹が不快そうに顔をしかめる。

 

「相変わらず最低」

 

「勝つためだ」

 

「だからって」

 

「甘いこと言ってると負けるぞ」

 

伊吹は黙った。

 

影は須藤たちを見ながら、静かに言う。

 

「須藤さんを崩せば、Dクラスは確かに揺れるでしょう」

 

「だろ?」

 

「ですが」

 

龍園が影を見る。

 

「何だ」

 

「崩れた後に、何が出てくるのかは分かりません」

 

龍園の目が細くなる。

 

「何が言いたい」

 

「Dクラスは不安定です。不安定なものは、崩れることもありますが、形を変えることもあります」

 

影はゆっくりと視線を動かす。

 

堀北。

櫛田。

須藤。

そして、少し離れた場所にいる綾小路。

 

「壊したことで、逆に見えるものもあるかもしれません」

 

龍園は低く笑った。

 

「面白ぇじゃねぇか」

 

「はい」

 

影は微笑む。

 

「とても楽しみです」

 

龍園は影を見る。

 

「お前、本当に性格悪いな」

 

「よく言われます」

 

影はいつものように答えた。

 

 

夜。

 

学生寮の自室で、影はノートを開いた。

 

体育祭に向けて、今日見たことを短く整理していく。

 

体育祭:A+D 対 B+C。

 

Bクラス:一之瀬を中心に士気が高い。神崎は現実的。柴田は身体能力と明るさあり。

 

Cクラス:龍園が主導。勝利優先。伊吹は反発心あり。

 

Dクラス:須藤が身体的主力。堀北は分析力あり。櫛田は調整役。全体として不安定。

 

Aクラス:葛城が実務を担当。坂柳は観察側。要注意。

 

そこまで書いて、影はペンを止めた。

 

少しだけ考える。

 

そして最後に、一行だけ書き足した。

 

綾小路:保留。

 

影はその文字を見つめる。

 

体育祭では、多くの者が走る。

叫ぶ。

怒る。

焦る。

勝敗に感情を揺らす。

 

その中で、あの少年はどう動くのか。

 

動くのか。

 

それとも、最後まで動かないのか。

 

まだ分からない。

 

だからこそ、面白い。

 

影はノートを閉じ、窓の外を見た。

 

夜の校舎は静かだった。

 

だが彼女の目には、すでに別の景色が見えている。

 

歓声。

砂埃。

焦燥。

怒号。

勝利。

敗北。

 

そして、誰かが美しく壊れる瞬間。

 

「楽しみですね」

 

上代影は、祈るように微笑んだ。

 

赤と白に分かれた戦場。

 

体育祭は、もうすぐ始まる。

 

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