ここだけピナに憑依転生したのがリィナじゃなくて   作:淵深 真夜

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あらすじで書いた通り、約1年ほど前にあにまんのスレにて自分で提唱して言い出しっぺの法則実行した産物。
マジでスレ主様に申し訳ないぐらい個性爆発のおもしれー女になってしまったが、個人的に善ピナちゃんは気に入ってるし、ソーンさんとのカップリングはマジで燃え滾ったので、もったいないお化け供養の気持ちで投下。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



星を空に還そう

「……店主さんってこんな人だったんだ」

「? どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 

 俺が覚えている限り、第一声はわりと意味不明な発言だった。

 おまじない程度の効果もない、まさしくお遊びでしかない恋占い辞典を購入する少女が、キョトンとした目で俺を見て言った言葉。

 初対面のはずなのに、何故か俺を意外に思っているような発言をしたので、つい俺も素で尋ねてしまった。

 

「!? い、いえ! 初対面です!

 すみません! 予想外に名無しモブなんて嘘でしょってくらいにカッコよかったのでってこれはこれで失礼だ! ごめんなさい!!」

「は、はぁ……えーと、ありがとうございます?」

 

 すると彼女は盛大に狼狽しながら、最初の発言以上に訳のわからないことを言い出しつつ頭を下げた。

 発言の9割方は本当に意味不明だったが、とりあえず容姿を褒められたことだけは理解出来たので、困惑しながら俺が礼を告げると、彼女はまだ羞恥で頬を赤くしたまま顔を上げた。

 恥ずかしげに、困ったように、それらを誤魔化すようにややぎこちなく、素朴に笑っていた。

 

 第一印象は変な子だ。それに変わりはない。

 けれど、悪い子ではないのだろうと思わせる、そんな笑顔だった。

 手を伸ばせばすぐ届く、あまりに身近で親しみやすい、淡い光だった。

 

* * *

 

 その「変な子」は、それからちょくちょく店にやってきた。

 

「うぅ……ファン心が疼く。お布施したい……。

 ファングッズとしてコンプリしたい……」

 

 その子は本当に変な子だった。

 彼女はうちの商品の効果にはほとんど興味を示さなかった。なのに、どれもこれも目につくもの全てに目を輝かせて、あれもこれもと欲しがった。

 

 お気楽貴族令嬢の道楽かとも思ったが、金に不自由はしてなさそうなのに、端から買い漁るなんて真似はせず、意外と一度に購入する額はちゃんと決めて、それをキチンと計算できていた。

 平民にしてはしっかり計算できる学があるのも、また意外だった。

 

 印象が定まらず、結局は変な子に収まる。そんな子だった。

 

「こんにちは、店主さん。今日はこれとこれをお願いします」

 

 とびきりの美少女と言える容姿なのに、何故か親しみやすい素朴な笑顔も、最初から変わらない。

 変わったのは、あの時。

 

「はいはい。今包みますから、ちょっと待ってくださいね」

「はーい。……あ、店主さん。頭巾に糸くず付いてますよ」

 

 彼女はただの親切心で指摘し、手を伸ばした。

 糸くずを摘んで捨てる、ただそれだけ。

 俺が過剰に反応して勢いよく振り返ったせいで、彼女の手を振り解いたせいで、糸くずごと摘んでしまっていた頭巾が外れた。

 

 あの子のせいじゃない。俺のせいだ。俺の自業自得だ。

 なのに俺は、魔族の証である耳を見られたことに屈辱と恐れを抱き、彼女を睨みつけた。

 行きつけの店の店主という、それなりに信頼していた人間の正体が悪魔とも呼ばれ、忌み嫌われる魔族だと判明し、そんな存在にいきなり睨みつけられた彼女の方が被害者だ。

 

 なのに彼女は、あの子は……。

 

「!? ……ぱ、パッツンおかっぱのエルフ耳? 

 ハイライトなしパッチリ猫目、見開いたら四白眼ってだけでもなんで立ち絵なかったの? ってビジュなのに、反則では?」

「はぁ?」

 

 なんか頬を紅潮させて、第一声並に意味不明なことを言い出していた。

 いや、何に興奮してるんだこの子は。

 

 俺の警戒も怒りも何もかも吹っ飛んで困惑となった声が、逆に彼女を冷静にさせたというかさせてしまったというべきか、今度は羞恥とわかる顔の赤さで俺に頭巾を差し出し、捲し立てた。

 

「!! ご、ごめんなさいごめんなさい!! いきなり頭巾に触っちゃってごめんなさい!

 大丈夫です! 私、初めから店主さんが魔族だって知ってましたから怖くないですし偏見もないです!

 むしろ好きですありがとうございます!!」

「は? 知ってた? 初めから? どういうことだ?」

 

 冷静さを取り戻したからこそパニックを起こしてまた意味不明なことを言い出すが、パニックゆえの戯言と聞き逃せない発言があったので俺が咎めると、彼女は真っ赤な顔のまま、涙目で狼狽えながらも答えた。

 

「あ、えっと、その……わ、私、実は星の乙女なんです!!」

 

 言い訳にしてはあまりに酷いと思った。

 

「なのでえーと、予言的なもので色々魔族側の事情も知ってて、魔族は瘴気のせいて正気を失って創造神さまが天界のヤンデレのせいで浄化の女神が囚われててそのせいで堕ちてそのせいで魔族が被害に遭って、でも魔族はそれでも創造神を信じてて……えーと、その、なんだっけ、あー……とにかく店主さんは怖くないです! カッコよくてめちゃくちゃ綺麗な人で正直推せます!!」

 

 伝説の聖女を名乗るな身の程知らずという意味ではなく、いいから落ち着け、とりあえず深呼吸しろという意味で。

 いや、自称した星の乙女に信憑性を持たせるワードがかなり乱舞したが、本当にとりあえず落ち着け。

 

 そんな風に今なら思えるが、その時の俺に「落ち着け」なんて言う資格はない。

 

「……ふふっ。ははははははは!」

 

 あまりに必死に、怯えて媚びを売るのではなく、自分の失言をどうにか挽回しようと努力するが空回りっぱなしで、最終的に初対面時と同じく俺の容姿を何故か褒めるという奇行に爆笑してしまった俺だって、どうみても冷静じゃない。落ち着いていない。どうかしてる。

 

「あー……本当にあんたは変なお嬢さんだよ」

 

 変わったきっかけは、この時だ。

 けれど変わったのは、彼女ではない。あの子は相変わらず、変な子のまま。

 決して悪い子ではない、むしろとても良い子な変な子のままだ。

 

「ありがとうございます。

 それじゃ、この顔に免じてこれからもご贔屓をよろしくお願いしますよ、お嬢さん」

 

 変わったのは、俺の方だった。

 

* * *

 

 色んな意味で、あの子が星の乙女だとは信じられなかった。

 妄想や騙りだとは思わない。彼女は全くその肩書を自慢げになどしておらず、むしろプレッシャーに感じていそうなのは、その肩書きに真実味を与えていた。

 

 信じられなかったのは、聖女だなんて言えるほど高潔な神聖さは、残念ながら彼女には皆無だったから。

 

 あの子は間違いなく良い子だ。

 自分のことよりも親友をいつも自慢げに語り、自分のものより親友へのお土産を真剣に吟味する人間は、善人以外の何者でもないだろう。

 

 けれど、あの子はけっして汚い所、ズルい所がない、綺麗なだけの人間じゃなかった。

 

 あの子は、変な子ではあったけど……それでも普通の子だったんだ。

 

「最近、元気がないなお嬢さん。お友達と喧嘩でもしたのか?」

 

 隠し事がなくなったからか俺は、あの子に対してついつい距離を縮めてしまった。

 ただの行きつけの店の店主から、年上の友人に近い立ち位置になっていたと思う。

 だから彼女も、世間話として色々話してくれた。

 

 とても優しくて、努力家で、美しい親友のこと。

 彼女が通う学園のこと。そして、そこでの悩みも……。

 

「親友とは良好ですよ、店主さん。……逆に言うと親友以外とは相変わらずです」

 

 どうも彼女は、学園での人間関係が上手くいっていないようだった。

 それに関しては、正直言って納得しかない。

 

 彼女は思考と口が直結していて、思ったことがノータイムで口からボロボロ溢しまくる悪癖持ちだ。

 そしてそれを弁明しようと焦れば焦るほど、本人も「何言ってんだ私」としか思えないほど更に支離滅裂になる事は、もう初めからわかりきっている。

 

 まぁ悪癖と言っても、俺が知る限り溢れる本音は誰それがかっこいいだのといったポジティブな感想ばかりなので害はない。だが、目の当たりにしたら困惑する気持ちも痛いくらいにわかる。

 そんな悪癖を学園でも初っ端に披露してしまい、そのせいで彼女の親友以外からは引かれて距離を置かれているらしい。

 

 俺にとっては彼女のそんな所は、呆れて心配になるが同時に微笑ましくて面白いと好意的に見れるのだが、まだ子供とはいえ腹の探り合いが日常茶飯時な貴族にとって、彼女のその馬鹿正直さは愚か極まりないものであり、そして彼女と同じ平民にとっても、彼女の肩書が、「星の乙女」という偶像が、本来の彼女を否定する。

 

 平民にとってもそれは親しみやすさではなく、憧れを汚す欠点であり、妬みのはけ口としてちょうど良い攻撃材料なのだろう。

 

 幸いながら俺と同じ感性を持つご令嬢と早々に巡り会えたことで、表立ってイジメだとかそういうことは起こってないようだが、それでも周囲からチクチクと嫌味を言われ続けているようだった。

 

 貴族や平民からの嫌味に対する愚痴なら吐いていた。やはり、聖女とは言えない程度に不満を抱くし漏らす、人間味に溢れた子だった。

 

 けれど、弱音は溢さなかった。

 いつも最終的には「相手も悪いけど私にも悪い所はあるからお互い様」と結論つけて、笑って帰る子だった。

 

 だから、あれは自分のための相談なんかじゃない。

 大切な親友の為の相談だった。

 

「ねぇ、店主さん。私はどうしたら良いんでしょう?

 ……私は優しい親友が厳しい態度を取るほど、出来の悪い子だと言われてます。

 礼儀作法を優しく教えてもらったら、『甘えてる』と言われたから、私から頼んで彼女が厳しく接してくれているのに……。

 あーもう、あんたたちは私たちにどうして欲しいんだよー!」

 

 店内のテーブルに突っ伏し、ここ最近の理不尽な周囲の言い分を愚痴る。

 本当は周囲がどうして欲しがっているかなんて、わかっているのだろう。この子は思考がダダ漏れではあるが、決してバカではない。

 

 周りは、高位貴族である親友と彼女の仲を妬んでいるだけ。仲違いして欲しくて、見当違いなことをほざいているだけなことくらい、彼女はわかっている。

 それでも、テーブルから顔を上げた彼女は困ったように、恥ずかしがるように、それらを誤魔化すように、初めて出会ったときのような笑顔で言う。

 

「ま、言われてもしょーがないんですけどね。

 私、とんでもなく失礼で非常識な第一印象を与えてますから」

 

 諦めたように彼女は言う。

 諦めているのではなく、挽回するためにこそ自分の非を潔く受け入れて。

 

 ……けれど、俺にはどうしてもそれを「非」だとは思えなかった。

 だから俺は、取り出して、差し出す。

 

「これを使ってみたらどうだ?」

 

 俺が、差し出したんだ。

 提案してしてしまったんだ。

 

「魅了の香水。

 これを使えば、少しはマシになるんじゃないか?」

 

 小さな、マイナスをゼロに戻す為の、ただそれだけのつもりだった

 

 小さな「ズル」を、彼女に提案してしまった。

 

* * *

 

 うちの店の売れ筋商品である、魅力の香水。

 この香りを纏って一緒に過ごせば過ごすほど、相手に好意を抱かせる。

 恋の秘薬を並行して使用すれば、更に効果は高まるという謳い文句の品。

 魔族には効果はないが、人間なら確実であることは売り上げがわかりやすく示している。

 

 それを棚から取り出して見せてみると、彼女は「それは微課金アイテムの……」と呟いた。

 だいぶ慣れたつもりだが、この子は本当に意味不明なことばかり言い出すな。

 

「ビカキンがなんのことだかわからないが、ファーストコンタクトが悪くて今も響いてるのなら、これを使ってみたらいい。

 お嬢さんは変わり者だが……良い子なんだから、その悪い印象をこれで埋め合わせたらきっと……他の連中とも仲良くなれるさ」

 

 ここでその意味不明な発言を深掘りすると、またパニくって余計に支離滅裂になるのも慣れていたから、俺はスルーして話を続ける。

 少し変則的な使い方だが、まぁ大丈夫だろう。

 そんな風に俺は、気楽に考えていた。その程度の、浅はかな提案だった。

 

「ダメです!」

 

 そんな俺の気楽さに反して、彼女はテーブルに勢いよく両手をついて立ち上がり、拒否した。

 

「エ……じゃない! 親友は、婚約者が大好きなんです! 二人は相思相愛なんです!!」

 

 そして何故か、親友の恋愛関係を盛大に暴露して惚気る。

 いや何で?

 

 俺からしたら訳がわからない話の飛躍だったが、次の発言でようやく繋がる。

 

「だから……だから……私の思い上がりのいらない心配でしょうけど、それでも! 万が一でも! 億が一でも! 私なんかをウィルが好きになって二人の仲が壊れたらダメだから! それは絶対に使えません!!」

 

 彼女が拒否した理由。

 否定した理由を、理解した。

 

 彼女が初対面で悪い印象を与えてしまい、そして仲良くしたいと思っているのは、親友の婚約者だった。

 もちろん彼だけではないだろうが、特に仲良くなりたい相手なのだろう。

 おそらくは、自分と板挟みになっている親友の為にも。

 

 だからこそ、この思いっきり恋愛向けのアイテムに拒絶反応がでたのだと理解できた俺は、少し勢いに押されながら「悪い悪い」と訂正を入れる。

 

「これは売り上げに関わるから他言無用にして欲しいが、実はこの香水、謳い文句ほどの効果はない。おまじない程度の効果だ」

「へ?」

 

 いかに親友が大事で傷つけたくなくて、婚約者と仲睦まじいかの話にはなんとかねじ込んだ情報に、彼女はフリーズする。

 その隙に俺は説明を続けた。

 

「これはあくまで、相手への印象がこころもち良くなる程度の効果しかない。その好意は恋愛とは限らないし、対象も異性だけじゃない。

 そして使い続けてないのなら、効果は一ヶ月程度で切れる。その程度の、本当におまじないレベルのもんだ。

 そもそも、その程度だからこそ裏通りとはいえ堂々と売れるんだ。もっと強力ならうちはとうに摘発されるか、やばい貴族に飼い殺されてるさ。

 まぁ、お嬢さんくらいの年齢なら、異性への好意は全部恋愛感情と解釈してしまうのは仕方ないが……そんだけ相思相愛なら、心配ないだろう」

 

 俺の説明を理解して、いつものことだがまた自分の暴走を恥じて俯き、彼女は小声で「はい」と相槌を打つ。

 俺の説明に納得して、肯定しているが、それでも彼女の手は香水には伸びない。

 

 その手を、俺が取る。

 俺が、握らせた。

 

「どうしても不安なら、使う前に親友に相談したらいい。あらかじめ知らされていたら、誤解もされないだろうし、間違いが起こる前にお互いで対処もできるはずだ。

 何より、そもそも婚約者持ちの男と未婚のお嬢さんが二人きりで長時間、一緒にいることなんてないだろう?」

 

 握らせた小瓶を、彼女は見つめる。

 香水を見ながら、どこか別の遥か遠いところを見つめて言った。

 

「……私、学園を卒業したら、旅に出るんです。

 浄化の旅に。親友と一緒に、出ると二人で決めたんです。

 ……そして、その旅には彼女の婚約者や幼馴染、義弟という大切な人が仲間としているはずだから……だから、卒業までに仲良くなりたかったんです。

 今みたいな、微妙でぎこちない関係のまま、旅を始めるのは嫌だった」

 

 未来の話だった。

 彼女らしくない、この子には似合わない、信じられない、「聖女」としての役割の話。

 

「……いいんでしょうか? こんな『ズル』をしても」

 

 俺は答えた。

 

「こんな『可愛いズル』ぐらい良いでしょう。人間なんだから」

 

 あんたは、聖女なんかじゃない。

 汚いところ、醜いところ、ズルいところぐらいある。あっていい。

 あって当然の、普通の女の子だと。

 

 あの子は、そんな俺の答えに、あの子とは違って本音なんてほとんど言葉になっていない言葉に、あの子は顔を上げて笑った。

 

「ふふっ……。そうですね。

 重課金霊薬はヤバいけど、これくらいの可愛いズルなら、いいですよね!

 ……店主さん、ありがとうございます。

 これ、ください!!」

「……まいどあり」

 

 あの子は香水を買い、俺は売った。

 プレゼントなんてしない。

 俺とあの子は、店主と客。親しくはなったが、友人のようなものであって、友人ですらないから。

 

 手を伸ばせば届く距離だが、超えてはならないことなどわかっていた。

 

* * *

 

 あの子はいつも通り週一くらいのペースでやってきて、香水の効果を嬉しげに報告してくれた。

 親友の婚約者だけではなく、貴族平民問わず今までの溝が埋まって、交友がスムーズに行くようになったと語っていた。

 

 思ったより効果が強い気がしたが、彼女の朗らかさを目の当たりにしたら、香水より彼女の人柄効果だろうと納得していた。

 そうして香水を購入してから約一ヶ月後、初めに纏った香りの効果が切れたであろう時期に彼女は、二本目の香水を購入する。

 

「この青いビロードに金糸の刺繍のリボンを使ってください! 親友の瞳と髪の色なんです!」

 

 自分用ではなく、親友へのプレゼント用として。

 

「凄く良い匂いだって彼女も言ってたから、だから……この香水が必要なくなったら、これがなくても皆と仲良くなって、これが『魅了の香水』じゃなくて『お気に入りの香水』として一緒に使おうって二人で約束したんです!!」

 

 この時ばかりは、「星の乙女」と言う肩書きが相応しいと思った。

 星のように輝く、眩い笑顔で彼女は親友との約束を語り、大事そうに香水を胸に抱いて帰って行った。

 

 帰る間際に、振り返ってあの子は言う。

 

「ありがとう、店主さん。

 あのね、私、絶対に店主さんが、魔族がみんな隠れず、堂々と幸せに生きていける世界を作るよ!」

「はいはい。……期待してますよ、お嬢さん」

 

 それが、最後の会話。

 

 あれから彼女は店に来なくなった。

 けれど心配はなかった。

 学園内で王子の婚約者である公爵令嬢が、星の乙女に嫉妬して事件を起こしたというのは、他のお得意様からの伝で聞いて知っていたから。

 

 おそらく香水の効果で彼女の味方が増えて、水面下で行われていた嫌がらせが発覚し、解決したのだろう。

 ようやく学園が、あの子の居場所になったのだと安堵した。

 こんな裏通りの怪しい店ではなく、安全な学園が。

 俺のような何の力もない半端者ではなく、彼女の親友のような人たちに囲まれて、幸せに生きるのだと信じていた。

 

 今までが間違いで、ようやく正された。

 そう、信じていたのに……。

 

 

 

「あの子に『これ』を売ったのはあなた?」

 

 

 

 レミリア・ローゼ・グラウプナーが、店に現れるまで。

 俺はあまりに愚かな思い違いをしていた。

 

* * *

 

 テーブルの上に置かれた小瓶。

 リボンでラッピングされた香水瓶を前にして俺は、相手が貴族、それも今あらゆる意味で評判の令嬢であることも忘れて怒鳴りつけた。

 

「!?

 お前!! どこでこれを!?」

「あの子からわたくしへのプレゼントですわ」

 

 しかし俺の怒声に一切動じず、目の前の令嬢は即答した。

 嘘つけ! と叫びかけて、気づく。目の前の女の髪と、瞳の色。

 濃い金髪と……青い瞳。

 

『この青いビロードに金糸の刺繍のリボンを使ってください! 親友の瞳と髪の色なんです!』

 

 それは、テーブルの上にある品を飾るリボン、それをあの子が選んだ理由と同じ色。

 

「……彼女がこの店で最初に買ったのは、恋占い辞典。

 あの子、初対面なのにあなたのことを『想像よりかっこいい』みたいなことを言ったでしょう?」

「!?」

 

 信じられず戸惑う俺に、女は、レミリアは苦笑しながらあの子がここで買ったものや、俺とのやりとりを語り出す。

 あの子と親しくなければ知らないであろうことを、あの子を真に慈しんでいると確信させる、優しい眼で。

 

「……どういう……ことだ?

 彼女の『親友』があんたなら……嫉妬で嫌がらせして……挙句に殺人未遂なんて……」

「…………本当に、心当たりはありませんの?」

 

 あの子がテンパった時の支離滅裂さよりも意味がわからなくて頭を抱える俺に、彼女は冷ややかな声音で尋ね返す。

 いや、冷ややかなのは表面にだけ。

 あの子を語っていた時とは打って変わっての、灼熱の憤怒がその眼にはあった。

 

「なんのことだ?」

 

 だが本心から俺には心当たりなんてなかったから聞き返すと、彼女は香水を指さして答える。

 あの子の使った香水は、おまじない程度なんかではない、呪いと言って良いほど強力な効果を発揮した結果に起こったこと。

 

 二人の少女が、互いを思い遣っていたのに傷つき続けて引き離された物語。

 

 俺の愚かで浅はかな言動の末路を知らされた。

 

「嘘だ! この香水にそれほどの効果なんかない! 秘薬を併用したってそこまでいくか!!

 ましてや、なんで好意を抱いてる相手の言い分を全く信じないなんてことが起こるんだ!? 意味がわからない!!」

「後半に関しては、周囲を煽動した第三者がいたのと……彼らがあまりに愚かだったからとしか言いようがありません」

 

 俺の悲鳴のような否定の言葉は、駄々を捏ねる子供をあやすように受け流される。

 やめろ、受け流すな、否定しろ、嘘だと言ってくれ、事実なのだから受け入れろなんて眼で見るな。

 

 それが事実なら、俺がしたことは

 俺があの子にしたことは

 あの、変な子だけど良い子で、意味不明だけどわかりやすい、聖女なんかじゃないあの普通の子は……

 

「もう一度、聞くわ。

 あなた、香水がこんなに強力な効果だとわかって「そんなわけあるか!!」

 

 最後まで言わせず、答える。

 

「あの子はあんたと婚約者の仲を壊すことを真っ先に恐れて、受け取らなかったんだ!!

 そんなこと起こらないと言い聞かせてやっと、この程度の『ズル』を受け入れたんだ!!

 それなのに……そんなあの子に! こんな……こんな結末にさせる為に俺は売ったんじゃない!!

 俺は……あの子が……、あの子が……星の乙女なんかじゃない……世界なんて救わなくてもいい……ただ、人並みの幸せがあれば……、あの子自身みたいな周囲に恵まれて……守られていたら……それで…………」

 

 あの子は、俺にとって星だった。

 けれど旅人を導く北極星のような、一つだけポツンと目立つ一等星なんかではなく、同じような星に囲まれて紛れてわからなくなるような、そんな星であって欲しかった。

 祭り上げられる聖女ではなく、そんな星になれるようにと願っての「ズル」だった。

 

 なのに……よりにもよって俺が、祭り上げてしまった挙句に、突き落としたのか。

 あの子を、親友を傷つけて失うという絶望の暗闇に。

 

 その場に膝をつき、項垂れて悔やみ続ける俺に、彼女の親友は、レミリアは厳かに、彼女の方がよほど聖女らしい威厳をもって声をかける。

 

「……近々、この店に騎士団が摘発に来るわ。

 表向きは違法薬物取扱いの疑いで、真の目的は香水と元凶によって嫉妬で狂った彼らが、あの子と親しかったあなたを捕える為に」

 

 その言葉に俺が危機感を覚えることはなかった。

 むしろここで死んだら、少しは贖罪になるのではと血迷ったことを思ってしまった。すぐにあの子を今も苦しめる奴らの手にかかるのは、自己満足にすらならないと気づいたが。

 

 気づいても動けない、何かする気力どころか生きる気力すらも失いかけている俺に、手を差し伸べる。

 

「わたくしと一緒に来なさい」

 

 レミリアは、あの子の親友は俺に言う。

 

「レミリアは……あの子の親友は、あの子のおかげで救われました。

 誰も信じてくれない中、あの子だけは泣きながら、どれほど傷ついて絶望してもレミリアを助けようと最後まで足掻き続けてくれたその行為だけで充分、あの子の親友は救われた。

 だからこそわたくしは、あの子を救わなければなりません!!

 だから、わたくしと共に来なさい!

 あの子に悪いと思っているのなら! わたくしと共にあの子の願いを! 魔族が隠れず堂々と幸せに生きる世界を作るのです!!」

 

 彼女よりもずっと聖女らしく、けれど彼女とよく似た強い意志を込めた眼で俺を見据え、この手を取れと俺に命じる。

 

 その命に、俺は

 

「……かえして、くれるのか?」

 

 あの子を

 あの尊い光を

 

「あの子を……星を空に……還してくれるのか?」

 

 あの子を絶望の暗闇から、本来いるべき光に囲まれた空へ還してやれるのかを尋ねる俺に、彼女は挑発するように鼻で笑って答えた。

 

「あら? わたくし任せでいいのかしら?」

 

 その答えに、俺は白くて小さなその手を掴んで答える。

 

「いいわけあるか!!」

 

 

 

 

 還そう。

 君を、星を、空へ。

 

 例え、そこに俺がいなくとも。

 

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