ここだけピナに憑依転生したのがリィナじゃなくて   作:淵深 真夜

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今はまだ届かぬ星

 

 あまりわかりやすい子だった。

 

「は、はじめまして!

 ぴ、ピナ・ブランシュです! 星の乙女になってしまいました!

 無課金未成年ユーザーだったから、ストーリーもうろ覚えの部分が多いし、キャラ育成は迷走してたし、何より戦闘がレベルを上げて物理で殴れ戦法しかとってなかった脳筋ですが精一杯頑張りますのでいや本当にお願いします助けてください!!」

(この主人公(ピナ)転生者だこれ!!)

 

 まさかの自己紹介する際、あからさまにガチガチに緊張しながら言い放ったセリフで、エミに一瞬で同類だと確信させるくらい、思考が口からダダ漏れの子だった。

 

((……大丈夫かな・かしら? この子が星の乙女で……))

 

 わたくしとエミの心が完全に一致するくらい、心配しか生み出さない子だったわ。

 

* * *

 

 正直言ってわたくしは当初、あの子のことは好きにはなれないどころか嫌っていたわ。

 だってあの子は、「色々と心配な子ではあるけど、悪い子では絶対になさそう。私も転生者であることを明かして安心させてあげなくちゃ」とエミが思って話しかけようとしたのに、いつも「ひょえっ!?」と珍妙な悲鳴を上げて逃げ出したり、謝り倒したりして話を聞かない子だったから。

 

「ごめんなさいごめんなさい! ウィル様には近づきません! いや浄化の旅の時はお世話になりたいんですが私の脳筋戦法的に!! でも大丈夫ですお世話になりすぎてウィル様はカッコいいけど恋愛対象と言うよりなんとかしてーって縋る対象なんですレミリア様!! むしろキャラとしては割とレミリア様を推してました私!!」

 

 ……まぁ、今になって思い返すと、割とわたくしのせいなのだけど。

 彼女も転生者かつ、エミと同じくゲームのわたくしを知っているからこそ、わたくしを恐れてすぐに逃げるし、謝って必死でウィルには興味ないアピールを全力でいつもしていたわ。

 

 こんな感じで、エミとエミの記憶や知識を知るわたくし以外には、入学早々に意味不明なことをいつも喚いている子だと、あの子は認識されてしまった。

 というか、わたくし達でも言っている意味こそはわかるけど、訳はわからないわ。

 

 ただ、公爵令嬢たるわたくしに対して無礼な態度であることは明らかで、そして意味はわからなくても「レミリア」を嫉妬深い、そしてウィルが「レミリア」を愛していないと思いこんでいることくらいは、よりにもよって周囲にもわかるようにあの子は口走っていたから、あの子は当然だけど周囲から嫌われ、引かれ、孤立してしまった。

 

 それを哀れだとは、わたくしは思わなかった。

 ただ愚か者が愚かな自滅をしたとしか思わなかった。

 けれど、エミは違った。

 エミだけは、どんなに逃げられても追って、彼女に真実を伝えようとした。

 

 あなたが恐れるものはなにもないと。

 あなたは、独りではないと。

 

 そんなエミの優しさが実を結び、あの子が「レミリア」は自分と同じであること、「エミ」という先達者であることを知ると、彼女は今までの無礼をこれまた騒がしく謝り、そして目を輝かせて言った。

 

「凄い! 凄いよエミさん!

 ゲームのレミリアの病んだ感じも私は好きだったけど、今のレミリアはマジ淑女の鑑!!

 しかもウィル達4人カウンセリング済みって有能すぎる! 私いらないじゃん!!

 もうここピナちゃんの為の世界じゃないよ! レミリアが幸せになるしかない世界だよ!!」

 

 ……エミの今までを、「エミのレミリア」の全てを肯定し、称賛するあの子に、わたくしは我ながら単純だと呆れるくらいあっさり掌を返したわ。

 

 好きになってしまったの。

 エミの次にあの子を。

 

「エミさんがこんなに頑張ったんだから、私も頑張って世界を救うね!

 レミリアが世界一幸せな女の子になる世界を!」

 

 エミがあの子を、あの子がエミを大好きになったように、わたくしもあの子が大好きで、守りたいと思ったの。

 ……思っていたのよ。

 

* * *

 

 あの子はどうも享年が高校生、つまりは今と同じくらいなのに加え、ピナの体にあの子が入り込んだのは学園入学直前という、つい最近のこと。

 エミとは違って本当にあの子は、この世界のことをゲーム内での知識でしか知らず、前世も若すぎて知識も社会経験もほぼないという状態だった。

 

 だからエミはつきっきりで、彼女にさまざまな事を教えてやった。

 彼女の為に。そして「星の乙女」という、彼女に課せられた使命の為に。

 

 それがどれほどのプレッシャーだったのか、エミには想像がついていた。

 精神的にかなり年下であるあの子に、そんな重荷を背負わせる事、更にはおそらくは自分自身の死による様々な心の傷がまだ生々しい彼女に、世界の救済を強いる罪悪感にエミは苛まれていた。

 

「エミさん。私は大丈夫だよ」

 

 あの子はエミよりも腹芸ができない分、察しのいい子だった。

 エミの苦悩を察して、「どうしたの?」といった前置きもなく、いつものように思った事をそのまま口に出していた。

 

「エミさんがいてくれて良かった。おんなじ境遇のエミさんがいるから、私はいくらでも頑張れるよ」

 

 あの子のその言葉にこそ、エミは救われていた。頑張れた。

 けれど、エミもあの子も頑張ったけれど、どうしても実を結ばないものもあった。

 

 それは、あの子にエミ以外親しい友人がほとんどできないということ。

 卒業後、共に救世の旅をするウィル達四人との仲を深めること。

 

 そのどちらも、当たり前だけど最初のあの子の悪癖によるやらかしが原因。

 別にあの子を悪人だとか、そういうふうには誰も思っていない。残念な子だとは思われているし、残念ながら事実だけど。

 

 けど、ゲーム内でのわたくしの人格とウィルとの関係を口走ったことで、思い込みが激しい非常識かつ失礼な平民だと思われて、ウィルたちはエミがどんなに彼女をフォローしても、「レミリアは優しいな」で終わらせて、あの子の情報を、印象を更新させない。

 

 むしろ周囲はあの子がエミの優しさに甘えて、一方的に纏わりついていると思い、エミを気遣うつもりでエミとあの子を引き離そうとする有様。

 そんな状態だったから、エミも公爵令嬢という立場から四六時中一緒にいられる訳もなく、あの子はわたくし達の手が届かないところで、傷つけられたのでしょう。

 だから、学園の外に逃げ場を、居場所を求めたのは当然の事。

 

「エミさんエミさん! ゲーム内の課金ショップが本当にあったよ! 外装内装ゲームのまま!

 ほらこれ、ゲーム内の背景イラストであった本! あと店主さんがイケメン! あれは立ち絵あったら絶対攻略キャラに格上げされてた!!」

 

 そうやってあの子は、ゲーム内に存在した課金ショップにあたる店を見つけ、そこに通うようになった。完全にエミたちの世界で言う、コラボカフェやキャラクターショップに通うような感覚で。

 

 それに関してはエミも少し羨ましがっていたけれど、エミもわたくしもあの子の悪癖が何かまたやらかさないかの心配をしていたわ。

 そして案の定やらかしていたけれど、幸いながら店主は平民かつ、あの子が「星の乙女」だなんて知らなかったから、先入観なしで「変な子」程度に受け入れられ、そしてあの子自身の人柄を見てくれたようで、日に日に親しくなっていくのを、エミとわたくしはあの子の話から感じ取れた。

 

 あの子が他の誰かに心を許せるように、親しくなれた事をほんの少し寂しく、けれどそれ以上にエミは喜んでいたけど、それはいっときの逃げ場でしかないことはエミも、あの子自身もわかっていたのでしょう。

 

 学園の他の生徒たちから孤立はまだしも、せめてウィルたち4人とは卒業前に和解して、それなりに親しくならないと浄化の旅に支障をきたすとわかっていたからこそ、二人は、そしてわたくしも焦っていた。

 

「……エミさん、これ見て」

「! これって、好感度アップのアイテムだよね。薬よりは効果が薄い、微課金レベルの」

 

 だから、わたくしたち皆が間違えた。

 

「これ、店主さんに勧められたの。

 この香水、謳い文句ほど効果はなくて、おまじない程度なんだって。好意も恋愛感情だけじゃなくて、本当に普通に『この人いい人だなぁ』程度のもあげてくれるみたい。

 だから……えっと……その……」

「……使おう。これを使えば、ウィル様たちとあなたがちゃんと仲直りできるはずだよ」

 

 躊躇うあの子に、エミは笑って背中を押した。

 小さな「ズル」に、正当性を与えた。

 

「あのねエミさん! ないと思うけど、図々しい思い上がりだと思うけど、でももしも……もしもウィルが私を……」

「その時は私、ウィル様の頬を引っ叩くよ。『ウィル様の浮気者ーっ!!』って。

 大丈夫。そんなこと起こらないし、起こったとしても信じてる。あなたが私を裏切ったんじゃないことくらい、絶対にわかるよ」

 

 あの子の恐れを否定して、あの子を信じると告げて、エミはあの子に香水を握らせた。

 

「私だって同じ立場なら絶対に使うよ。だから……ね?」

 

 えぇ、そうね。わたくしもそう思うわ。そう思ったわ、エミ。

 わたくしの方が二人より罪悪感もなく、躊躇いもなく、より悪辣なタイミングや手段を持って使っていたでしょう。

 それくらいささやかで、可愛い「ズル」だった。そう思っていた。そのはずだった。

 

* * *

 

 効果は絶大だった。絶大すぎた。

 おまじない程度の効果なんかではなく、それはもはや呪いだった。

 

「最近のピナは真面目で、礼儀作法もしっかりしてきたね。流石はレミィが教えてるだけある」

 

 あんなにエミがフォローして、今のあの子をちゃんと見てやってと言っていたのに見向きもせず、あの子が謝ろうと側に寄れば煩わしそうに遠ざけたウィル達が、ただ挨拶をしただけでいきなり評価を上げた時は、流石にエミも面食らっていた。

 

 この時点でわたくし達は気づくべきだった。

 けれどエミもあの子も、わたくし自身も香水の効果という答えを知っていたからこそ、気づけなかった。

 もともと好意なんて本来は数値化できない、何をきっかけに上がり下がりするかなんて誰にもわからないものなのと、何よりエミやわたくしはゲーム的に言ってみれば好感度が既にカンストしていて、香水の効果などなかった。

 

 だから不自然に、過剰に、異常に好感度が上がっているとは気付けなかった。

 急激に好感度が上がったことで、あの子の悪印象、間違った人柄である「思い込みの激しい子」という部分が修正されないまま、好かれてしまったことにも。

 そしてそんな子だと思われているから周囲が、「だから俺が・私が真実を教えて守ってやらなくちゃ」という、見当違いな驕った考えに至ったことにも。

 

 その驕りに便乗し、煽動する悪意の存在に気付けなかった。

 

「エミさん、やっぱり皆おかしいよ!」

 

 いえ、あの子は気づいていた。

 本当にあの子は腹芸が出来ないけれど、エミよりはるかに善意を装った悪意には敏かった。

 だからこそエミにそれが向けられた時、自ら空気の読めない道化を演じて彼女を守ったこともあった。

 ……そんな子だから、わたくしは本当に本当にあの子が大好きだった。

 エミと同じくらい、エミと同じようにあの子を守りたいと思っていたの。

 

 エミほどお人好しではない。人間の汚いところを知っている。

 その上で人を信じようとする子だからこそ、エミは救われたの。

 完膚なきまでにあなたはエミを救ってくれた。

 

 だからこそエミは、何もかもに絶望して深い眠りにつくしかなかった。

 

* * *

 

「違う! 違う!! レミリア様は何もしてない! 嫌がらせなんてされてない!

 階段だって私が自分で転がり落ちただけで、レミリア様は私を助けようと手を伸ばしたんだ!! 突き落としてなんかない!!」

 

 痣や擦り傷で包帯まみれの痛々しい姿で、あの子は泣きながら周囲に、ウィルに訴えかける。

 エミは無実だと。エミを信じてと。

 被害者とみなされているあの子自身が、必死に声を張り上げて主張する。

 

 なのにあいつらは……あの恩知らずどもは!!

 

「うんうん、大丈夫だよピナ。全部僕はわかってるさ」

「もういいんだ。僕たちがいるから。レミリアだけに縋らなくてもいいんだよ」

「レミリア! 未だお前を信じるピナの健気さを見てもまだ恍けるつもりなのか!?」

 

 優越感に浸りきった、歪んだ笑顔で奴らはあの子の訴えを聞き流した。

 過剰な好意でやけにあの子と二人きりになりたがったり、いきなり肩を抱くといった紳士にあるまじき行いをするようになったから咎めたエミを、嫉妬によるものだと都合のいいように解釈して。

 自分たちの見たいものだけを見て、信じたいものだけをこいつらは信じた。

 

 嫉妬するほど自分を愛しているエミと、自分がいなければ何も出来ない弱くて無能な、見下す存在としてのあの子こそが、奴らの真実であって、当人たちの訴えは妄言として一蹴された。

 

「お労しい……。あんな傷を負ってもまだ、レミリア嬢の気まぐれを信じているなんて……」

「おかしいと思ったのよ。公爵令嬢が平民にも平等に接するなんて」

「自分をよく見せる為に、ピナさんや私たちを利用してただけなのね」

 

 度し難い愚か者はあいつらだけではなかった。

 貴族も平民も、どいつもこいつも、エミの優しさに寄生しておきながら、彼女に劣等感を抱き、自分を高める努力よりも相手を引きずり下ろすことを選び、やはり二人の言葉を無視して、見たいものだけを見て語る。

 

 あいつらは、エミからあの子を守る体で、あの子を盾にエミを攻撃していた。

 

 あの連中は皆、エミという光を貶めたいだけではなく、エミと共に努力してあの子も、「星の乙女」という肩書きだけの無能として扱い、優越感を得たかっただけ。

 弱くて何も出来ない可哀想な子であること以外、許さなかった。

 

 思い込みが激しい子? 自己紹介にしても笑えない。

 あの子は察しのいい子だったから、むしろ柔軟に交友ができる子だった。

 そんなことも知らない、知ろうとしなかったお前達が、思い込みだけで全てを語るな!!

 

 エミの中で、エミが「信じて!!」と叫ぶのを見ながらわたくしはそう口汚く罵ることしかできなかった。

 わたくしはエミに何もしてやれなかった。

 

「お願いだからもうやめて! なんでレミリア様を信じてあげないの!?

 ウィル! レミリア様を愛してるんでしょ!? 他のみんなも、レミリア様が泣いてるのが見えないの!?」

 

 声が枯れるほど叫んであの子は訴えた。

 エミを信じてと。

 エミを信じてると。

 

「いやだ……いやだ……誰か、助けて……誰か……神様……レミリア様を助けて……」

 

 自分ではなく、エミを助けてと神に希った。

 自分のことなど顧みないで、エミだけを、あの子は自分の親友を助けようと、守ろうと、救おうと足掻き続けた。

 

 それこそがエミの救い。

 たった一人でも自分を信じてくれる人がいるのなら、エミは救われた。それだけで充分だった。

 完膚なきまでにエミは救われて、絶望の底へと沈んでいった。

 

* * *

 

(あの子はまだ、ピナと同じ高校生。

 私は享年が大学生で、しかも転生が子供の頃からだから私の方がずっとずっと年上なのに、何もできなかった)

 

 エミにとってあの子は、まだ子供だった。

 

(私の方がゲームに詳しかった。11年もこの世界で過ごしたのだから、ゲームとは関係ないこの世界の常識も知っていたし、ウィル様たちのことも私の方が知っていたのに、何もしてあげれなかった)

 

 守る対象だった。守りたい存在だった。

 

(私は何もできなかった!!

 あの子の味方を作ってあげられなかった!! ウィル様達を説得して、あの子と和解させることができなかった!!

 何もできなかったくせに、あの子が使うのを躊躇っていた香水を使うよう、後押ししてしまった!!)

 

 あの子がエミを信じてくれたから

 救ってくれたから

 エミは、責任感の強い正しい人間だったから

 

(私がいなきゃ良かったんだ!

 私がいなくても、この子ならレミリアたんを救えた!!

 私がいたから、私がレミリアたんの性格も周りの評価もウィル様との関係も全てを変えたから、この子の最初の言動があんなにも誤解された!! レミリアたんのままなら、この子は変わり者くらいの評価で済んで、むしろウィル様たちと仲良くなるきっかけになってたかもしれないのに!!

 

 レミリアたんだってこの子ならきっと救えた!

 最初は嫌われても、この子が嘘つけないのはすぐにわかるし、同じように良い子だってわかってくれるはずだ!!

 この優しくて、察しが良くて、人に寄り添ってくれるこの子なら、いつかはレミリアたんを怖がるのをやめて、レミリアたんが望んだ愛を与えてくれた!!)

 

 エミは、自分を責めた。

 責めて責めて責めて責め抜いた。

 あの子が肯定してくれた、賞賛してくれた全てを、エミが築き上げた「エミのレミリア」を、エミ自身が肯定出来なくなるくらい。

 

(私のせいだ! 私がいたから、結局レミリアたんはウィル様にも、皆にも嫌われても断罪された!

 それどころか、本来ならこの断罪でイジメから救われたはずのピナも……あの子も、私が不幸にした)

 

 もうあの子は何も叫んでいない。

 諦めたのではなく、声が掠れ、枯れてしまったから、出したくてももう声は出せなかったから。

 

『……エ……ミ……さん……』

 

 そんな呼吸さえも辛い状態で、あの子は喉を抑えながら、声と同じく涙も枯らして、憔悴しきった顔で、それでも、それでもあの子は声にならない声で伝えた。

 

『…………ごめん……な……さい……』

 

 エミは、あの子が信じ続けてくれただけで充分救われた。それで充分と思えるほど、彼女は無欲で、人を憎んだり嫌ったりすることが出来ない優しい人だったからこそ––

 

(何でこの子をこんなにも不幸にしておいて、私は救われているの!?)

 

 救われる自分を許せず、絶望するしかなかった。

 絶望して、その闇の中に堕ちていくしかなかった。

 

(ごめんなさい……レミリアたん。頑張ったけど私、ダメだった。

 ごめん……ごめんね……ごめんなさい…………)

 

 それでも、エミは優しい人だから。

 あの子と同じ、だから

 

 

 

(ごめんなさい。何も出来なくて。

 だからどうか……誰か……私の代わりに私の親友を救ってください––)

 

 

 

 それが、眠りにつく直前のエミが最後に望んだもの。

 そして、わたくしが望み、目指すもの。

 

「レミィ、何か申し開きはあるか?」

 

 おおよそ11年ぶりの体の重み……。

 無様な姿を見せるわけにはいかない。

 

「わたくしはわたくしの名において、犯していない罪を認めるなど、偽りを述べるわけにはまいりません」

 

【エミ】が築き上げ、そしてあの子が称賛した淑女と名高き公爵令嬢。

【レミリア・ローゼ・グラウプナー】は、そんな失態は犯さない。

 

 先ほどまでの泣いて「信じて」と懇願していたのとは打って変わって堂々と、凛とウィルに対して言い返したわたくしに奴らは面食らっていた。

 あの子も喉をまだ押さえたまま目を見開いて、声にならぬ声で呟いた。

 

『……レミリア?』

 

 ……あぁ。

 二人きりの時は、「エミさん」。人前では「レミリア様」とこの子はエミを呼んでいた。

「レミリア」と敬称なしに呼ぶのは、エミとゲームの話をしていた時。

「わたくし」をあなたは、「レミリア」と呼んでいたわね。

 

 あなたはやはり、一目で気づくのね。

 わたくしがエミではないことに。

 少し悔しいけれど、それ以上に嬉しいわ。

 それほどあなたは、真っ直ぐにエミを見ていてくれていたという事がとても嬉しくて……、けれどエミがいないという現実を知らしめて、とてつもなく寂しい。

 

 でもそれはあなたも一緒……いいえ、あなたの方が辛いはず。

 あなたからしたら、エミは眠ったのではなく死んだように思えるでしょう。

 心配しないで。あの子はまだちゃんとここに、わたくしの中にいる。

 

 そのことを伝える為、ウィルの命で別室に連れて行かれる際、振り返ってわたくしは告げる。

 

「待っていて」

 

 ただ一言。

 名を呼ばなかったから、側から聞いたら誰に向けてのものなのかもわからない、意味不明な発言でしょう。

 

 馬鹿な裏切り者どもは相変わらず、自分が信じたいように解釈して、自分に向けたものだと思い込んだのは不愉快だけど、その解釈のまま何もせず待ちぼうけても好都合だから放っておきましょう。

 

 伝えたい人にはちゃんと、伝わっているのがわかったから。

 

 わたくしを真っ直ぐ見つめていた目に、絶望で消えかけていた光が再び灯る。

 エミが生きている、わたくしがいつか必ず取り戻すという答えを正しく受け取ってくれたあの子は、少しだけ回復した喉で、ガラガラの掠れきった声で、それでも叫んで伝えてくれた。

 

「あ"、あ"りがどゔ、レミリア!!

 だいずぎぃっ!!」

 

 ……それは、こちらのセリフよ。

 

 ありがとう。わたくしも、大好き。あなたが、エミが大好き。

 

 だから、絶対に叶えるの。エミの願いを。

 あの子をエミと同じように、エミ以上に完膚なきまでに救う。

 

 その為の手札が今はまだない。

 だからここは大人しく引き下がる。

 

 引き下がり、準備を整えてまずは味方を作り、敵を見極める。

 その為に、あそこに向かいましょう。

 

 あの子にあの香水を売った、あの子にあの香水を、小さな可愛い「ズル」を最初に勧めた課金アイテムショップの店主。

 

 彼がわたくしやエミと同じ願いゆえに間違いを犯した味方か、それともあの子を騙してこの結末に導いた敵なのか。

 それを確かめなくてはならないわ。

 

 

 

* * *

 

 

 

「こんにちは、ソーンさん。

 村長がずいぶん板についてきたわね」

「! レミリア様!」

 

 あの日、わたくしが確かめた魔族の店主はやはりわたくし達と同類。

 あの子を守りたかったからこそ、判断を間違えてしまった者。

 

 そういう事情抜きでも欲しい人材だったのに加え、裏切ることはないと確信できる相手だったから早速仲間に引き込んで、香水のほとぼりが収まるまでの隠れ蓑にと、わたくしの領地の村の管理をお願いしたら、思った以上に彼は真面目に、献身的に村に尽くしてくれている。

 

 ……あの子は本当に、見る目があるわ。

 

「王都や街での商売は、顔が割れてるんで当分休んでいますが、この村の商人まで辞めた覚えはないですよ」

 

 そう言って嘯く彼は、あの子やエミが言っていたツンデレというやつかしら。

 確かにあの子の言うとおり、親切の皮を向こうだけ被れてるつもりのバレバレな悪意を知っていれば、この人の良さをバレバレの意地で隠す様は可愛らしいかもしれない。

 けれど、そんなものはわたくしにとってはどうでもいい。

 

「……もちろん。俺が、あなたの手を取った理由もな」

 

 ふと、不貞腐れているような照れているような目から温度が抜け落ち、冷たい冷気がその目に満ちる。

 ……えぇ、そうでしょうね。忘れてしまっては困るわ。

 

「香水の顧客を伝で今現在まで調べたが、やはりあれはおまじない程度の効果しかないし、好感度を上げる以外の効果、性格が変わるだの、他者の好感度を下げるといった効果なんかない」

「そう……。ではやっぱり彼女の、『星の乙女』としての効果。精霊の加護が香水の効果を異常に高めてしまったのかしら?」

「……あの子が責任を感じそうだが、そうとしか今は言えない。

 だけど、そうだとしてもレミリア様どころか被害者本人の話も信じないで、追放するような愚か者になる作用に説明がつかない」

 

 ソーンは村長業とは違って、具体的にしてくれと頼みもしてなければ命じてもいない、わたくしとあの子の冤罪事件と、その元凶である香水についてを自主的に調べており、そこから出た結果とさらに増した疑問を口にする。

 

「そうね。実際、学園でもスフィアさんはまさしく好感度は上がったけれど、彼女自身は何も変わってなかったわ」

 

 わたくしは学園の先輩でありデイビッドの婚約者である令嬢を上げて、ソーンの疑問に同意する。

 スフィアはあの子と交流した回数は数えるほど、香水を使っていた期間なら1度だけ。

 

 それでも今に思えば、彼女も挨拶しただけで「本当に可愛い、妹にしたい」と言い出していたので、しっかり香水は効いていたはず。

 けれどスフィアはエミに対しては、いつも通り友好的で頼れる先輩のままだったし、あの子の「剣の稽古をつけてください」と言う頼みに、過保護に心配して断るでなく、あの子の希望とおり厳しく稽古つけようとして、デイビッドと喧嘩していたくらい、彼女は彼女のままだった。

 

 それにあの子には一応、エミ以外にも親しい人は少ないけれどいた。

 そんな友人、星の乙女を迎えに派遣された者の娘とかはやはり、エミに敵意を向けることなく、むしろ周りがあの子を狂信する様を見て心配し、エミへ相談しにきていたくらいまともだったわ。

 

「何よりわたくしが一番あの子と長く、近くいたのに何ともない。

 好感度はお互いに最大だったからで済むけれど、性格が変わるとかならわたくしだって影響を受けているはずなのに、それがないと言うことは、あくまで本来の効果が上がっていただけで、それ以外は本人たちの問題ということね」

 

 あの子とエミとの関係や友情を根拠にわたくしが結論づけると、ソーンも頷いて同意する。

 

「急に、過剰に上がったせいで心の整理がつかず、妙な方向に走った所はあるだろうが、だからと言ってレミリア様を攻撃し、あの子の意見を封殺するのは迷走し過ぎて意味不明だ。

 ……流石にそんな迷走をするほどのバカばかりだとも、それぐらい本人達の性根が腐っていたと結論づけるのも違う」

 

 ソーンはわたくしの意見に続いて、一応程度に香水の影響を受けた者達を、擁護するような事を言う。

 けれど別に彼は、あの愚か者共に同情などしてしていない。ただそれよりも許せない相手がいるから、あいつらの人間性が屑だったという結論は、むしろ元凶に逃げ場を与えてしまうから、最低限の情状酌量の余地を認めているだけ。

 

「そうね。

 元々、自分の利益の為にわたくし達を引き離したがっている人達はいた。彼らが香水でわたくしからあの子に鞍替えし、行動が過激になってはいたけど、所詮は学園の生徒。子供の浅知恵と短慮さに過ぎなかったもの。

 ……それに便乗し、煽って小さな火種をあそこまでの業火にした者がいる」

 

 ソーンに同意し、わたくしは一枚の紙を取り出して彼に渡す。

 それは一人の男の経歴などを記したもの。

 

「わたくしよりも平民であるあの子の方が、御し易いと思ったのでしょうね。

 ……侍女2人に護衛が3人。この5人は明らかに悪意を持ってわたくしに冤罪をかけ、あの子を望んでいない寵愛へと祭り上げた。

 その中でも、主犯は彼よ」

 

 ロマノ・ドール・マルケノフ。

 エミの護衛でありながら、エミの愛人になろうという不遜にもほどある欲をかき、それが叶わないと知れば逆恨みとやはり浅はかな考えであの子を祭り上げ、エミを貶めた。

 

 わたくしが絶対に許さない、エミやあの子が望まなくともわたくしがこの手で地獄に落とすと決めた獲物の情報を渡す。

 

「……わたくしの関係者が、あの子をあんな目に遭わせたのね」

「……レミリア様のせいではありませんよ。雇ったのはあなたの父親で、むしろあなたはあの子と同じ被害者だ」

 

 悲しげにわたくしが言うと、ソーンはそっけなく、けれどはっきりとわたくしを庇った。

 えぇ、そうね。わたくしもそう思ってるわ。

 今のは「エミのレミリア」なら言うと思ったから言っただけ。

 本題はこちらの方よ。

 

「ありがとう、ソーンさん。

 ……ソーンさん、あなたにこんな事を頼むのは心苦しいけれど、お願い」

 

 香水の調査と同じく、頼まなくても彼なら自主的にやったであろう事を、わたくしは改めて頼み込む。

 勝手に動かれて、自滅されると困るからね。

 

「彼は『勇気ある告発』で王家の信用を得て、今は星の乙女の護衛の一人となっているわ。

 わたくしと面識があり、明確な裏切り者だからこそわたくしは彼と接触できない」

「……顔が割れてない、知られたとしても香水をあの子に売った俺なら、奴と同類だと思われて、警戒されず近づけると言う事ですね」

 

 流石、貴族にもお得意様がいる商人かつ、察しの良かったあの子が好んだ人。

 あなたも大変察しが良くて助かるわ。

 

 使い魔の蜘蛛で情報は集まるけど、これらは証拠としては使えないし、そもそもエミのレミリアならこんな手を使わない。

 だから集めた情報を、わたくしは推測として話して彼にその裏どりを頼む。

 

 奴は人の善性など信じない、奴自身にもそんなのは存在しない屑の中の屑。

 だからこそ奴は、ソーンがあの店の店主だと知っても、あの子と親しかったと知っても、あの子の為に動くわたくし側のスパイだとは夢にも思わない。人の為に動くなんて発想、あの男にはないから。

 

 そんな男の同類を演じなければならないソーンには、流石に少し悪いと同情し、その謝罪をするけど彼は渡された紙から目を離さず、静かに言う。

 

「構いませんよ。……それよりも俺は心配です。

 …………こいつと顔を合わせた瞬間、こいつの顔面をぶん殴らない理性があるかで」

 

 ……あぁ。それは確かに心配ね。

 けどね、ソーン。

 

 

 

 わたくしが耐えているのだから我慢なさい。

 

 

 

 もちろん「エミのレミリア」がそんなこと言うわけもないから、わたくしは穏便に「どうか耐えてください」と彼に言い聞かせた。

 

* * *

 

「ソーンさん、そんな乱暴な真似はしないで。あの子が知ったらかな…………」

「そこまで言ったら言い切ってやってくださいよ、レミリア様」

 

 エミのレミリアらしくソーンを宥めようとしたけど、途中で「いや、悲しまないわあの子」と気づいてわたくしの言葉が途中で止まり、ソーンにも突っ込まれてしまったわ。

 あの子、間違いなく善人で優しい、エミの親友に相応しい子なんだけど、悪意に直面したらフリーズしてしまうエミと違って、即座に迎撃体勢が取れる子なのよね。

 似た者同士だからではなく、お互いの弱点を補い合うという意味でお似合いなの。

 

「……けどまぁ、あのお嬢さんは優しいから俺が殴るのは望まないな。

『私がやる』と言って鼻フックは決めるろうが」

 

 若干わたくしは素で遠い目になっていると、ソーンはほんの少し笑って同意し、そしてわたくしと同じく若干遠い目になってあの子を語る。

 

 えぇ、うん。言うわ。そしてたぶんするわ、あの子。

 エミともゲームの攻略キャラに関して話している時、「イケメンの嫌な奴って、鼻フック決めて台無しにしてやりたくない?」と言い出し、エミを盛大に困らせていたもの。

 

 そんな微笑ましいと言うには微妙だけど、懐かしくて愛しい日々を思い出し、わたくしはつい笑ってしまう。

 吹き出してしまったわたくしを見て、ソーンは少しだけ目を細めた。

 

 きっと彼の目には、自分のせいで親友を不幸にしたという自責、そしてソーンに不愉快で危険な役目を負わせる罪悪感で苦しんでいるように見えたのね。

「エミのレミリア」なら、そうでしょう。

 

 そんな悲しむ少女を放って置けない、笑わせてやりたいと思って言い出したのでしょう?

 そんなお人好しだから、目をつけられるのよ。

 

「ソーンさんは本当にあの子が好きなのね」

「!? 何度も言うように、俺は俺の浅はかさが申し訳なくてやってるだけで、そんなんじゃない!!」

 

 わたくしが微笑ましげに笑って言うと、顔を赤くしていつものように言い訳を口にする。

 わたくしが手を握って微笑みかけても、表情筋がピクリともしないくせに、あの子の話となったらこれでは、説得力はなくてよ。

 

「本当に、そうではないの?

 わたくしは……あの子の側にはあなたが……あの子と未来を共に歩む人は、あなたであって欲しいといつも思っているのよ?」

 

 これは本当。けれどこれはあの子の幸せと、わたくしの復讐を兼ねてのものであって、正直ソーンの意思はどうでもいい。

 

 今の所ウィルの本命は未だわたくし(エミ)だから、あの子は婚約者候補で済んでいるし、貞操の危機もないでしょう。真面目と言うか、あれにそんな度胸はないから。

 けれどわたくしの冤罪を晴らして、改めて奴を拒絶して復縁はないと分かれば、今度は星の乙女であるあの子を手放さない。

 保身や国益のためだけではなく、自分のプライドと醜い執着心で。

 

 ウィリアルド。あなたはエミのあり得ない嫉妬を煽って優越感に浸る道具として、あの子を利用しているけれど、真っ当にあの子に惹かれている部分もあるからこそ、両方欲しいと思ったのでしょう?

 だからこそ、エミの心を折って従順に、あの子に恩を売って心酔させる為の茶番だったはず。

 

 そんな男にあの子は渡さない。

 ただ失うだけにだってさせない。

 

「……俺は、魔族です。年も離れ過ぎているし、身分は同じ平民とはいえ、隠れ暮らしてグレーゾーンの商売をしてきた男と、星の乙女だと言うのを抜いても真っ当に生きてきた、生きていくであろうお嬢さんと、同じ道を歩けるわけないでしょう。

 あと、そもそも一番大事なのは本人の意思だろ」

 

 わたくしの問いにソーンは、言い訳を重ねて逃げる。

 わたくしからと言うより、自分自身に言い訳を重ねて、言い聞かせているのは明白。

 己の幸せより、他者の、あの子の幸福を考えての自己犠牲による選択。

 

 あぁ、本当にあの子は見る目がちゃんとあった。自分の欲求を満たす為に、エミとあの子を傷つけたあいつらとは大違い。

 

「ソーンさん……」

 

 わたくしは彼に渡した紙、ロマノの情報に触れて悲しげに、切なげに見える伏し目と声音で教えてやる。

 

「これはまだ、噂程度の情報しか掴めてませんが……、わたくしが学園から去ってからあの子は、わたくしの無罪を訴えるような言動をしなくなったそうです」

「!」

 

 ソーンは顔を上げてわたくしを凝視する。

 その目は「あり得ない」と語っていた。

 えぇ、そうよ。ありえない。あの子が、わたくしが去ったぐらいで口を噤むなんて。その程度の子ならば、学園でとうの昔にエミを裏切っていた。

 

 声も涙も枯らすほど泣いて訴え、血を吐くような声なき声で謝ったあの子なら、エミがいなくとも、わたくしがいなくとも、また立ち上がって訴え続けるはず。

 

「虐められていたという話を肯定こそはしないけど、否定もしないようになって……今はほとんど誰とも交流せず、交流を拒んで、城に引き篭っているそうなの。

 ……そしてわたくしは、どうしてそうなったかの心当たりがあるわ」

 

 ソーンはわたくしに「心当たり」を尋ねることはなかった。

 わたくしが何故、これに触れながら話しているのかをすぐに察してくれたよう。

 

「……この心当たりが、わたくしが今掴んでいる情報による憶測が当たっているのなら、あの子はとても酷い嘘を吹き込まれ、あの学園での出来事よりも傷ついて、それでも……あの子はわたくしを、あの子の親友を少しでも守ろうとしている」

 

 わたくしはそのまま、具体的な「心当たり」を語らず、話を進める。

「心当たり」に関しては、少し調べたらわかることだから教えない。わたくしの口で聞くより、自分で調べて知った方がより、ロマノに対して怒りを抱いてくれるはずだから、あえて言わない。

 

「だから、お願いソーンさん。

 あなたがあの子を星の乙女ではなく、普通の女の子として見てくれたのなら、あの子の立場なんて関係なく、あの子を守りたいと思っているのなら……あなた自身、努力でどうしょうもないことを言い訳にして逃げないで。

 あの子を……今もなお、汚らわしい欲望と保身による嘘で傷つき続けているあの子の側にどうか……」

 

 わたくしの懇願に近い言葉に、ソーンは目を逸らして何も返さない。

 けれど今度は、逃げているのではないことは、視線の先にあるものでわかる。

 

 それはわたくしが、ソーンに預けたもの。

 わたくし達の罪の象徴にして、穏やかで愛しい日々の残滓。

 あの子がエミにプレゼントしてくれた、未開封の魅了の香水を見つめて、彼は絞り出すように答えた。

 

「……この男の調査に関しては、任せてください。

 ………………それと、本人の意思を尊重してくれ」

 

 前半と比べて蚊が鳴くような声量だったけど、もちろんわたくしは聞き逃さない。

 先ほどまでの苦しげな顔から、わたくしは無邪気に喜ぶ笑顔を作ってエミのように、あの子のように答えたわ。

 

「あら? わたくしがあの子の希望を無視すると思っているの?」

 

 わたくしが提案している時点で、あの子の気持ちなんてわかってるでしょうに。

 わたくしの答えにソーンは何も言えなくなって、顔を真っ赤にさせて部屋から出ていってしまった。

 あらあら、流石にからかい過ぎたかしら。

 

 けれどまぁ、言い訳は封じたし、ロマノがあの子を黙らせた脅しの内容、そしてあの子の現状を調査と言う形で知ってゆけば、あの子を守らねばという思いがより強まって、再会する頃には手放せなくなるでしょう。

 

 王子からも、奪い攫うことができるくらいに。

 

 ……知っているのよ、ウィリアルド。あなたの情けないコンプレックス。

 自分の下だと思った立場の人間が、自分より優秀なのが何よりストレスなのでしょ。

 

 あなたにとって下も下であろう、魔族で平民で自分から何かを作り出すわけでもない商人であるソーンに、星の乙女を奪われる。

 

 上だと認識しているわたくしが、他のもっと優秀な男に奪われる以上に、それはそれは屈辱的でしょう。

 だから、ソーン。諦めなさい。

 

 あの子を諦めるのを諦めなさい。

 あなたとあの子の結婚式は、このわたくしがエミの世界の知識を全て駆使してプロデュースするのはもう決定事項なのよ!!

 

 

 

* * *

 

 

 

「仕込みは完了しましたよ、レミリア様」

「お疲れ様。こちらも流石にそろそろ『当たり』を見つけたいわ」

 

 わたくしの魔術実験室という建前の、エミとあの子の冤罪を晴らす情報収集・保管室にやってきたソーンが短く報告し、わたくしは一旦水盆から顔を上げて応じる。

 

 長かった。

 エミを失い、あの子を奪われてからの年月は、何十年もかかったようにも思えるけれど、わたくしが再び目覚めたあの瞬間は、昨日のことのように思い出せる。

 エミを失った絶望と怒りは、今もなお冷めることなく灼熱のまま。

 

 けれどそれももうすぐ、もうすぐ終わる。

 エミの名誉とあの子の自由を取り戻すだけの力と後ろ盾を手に入れ、舞台も9割方整った。

 あとは、最後の詰め。

 あの男を……ロマノを確実に罰する為の決定的な証拠を手にする為、わたくしは再び水盆に向かおうとするのを、ソーンは止める。

 

「レミリア様も少しは休んでください。

 ……俺の方の仕込みは完成しているから、最悪、証拠を水鏡で手に入れられなくとも、あいつは『殺人未遂』の罪人となる」

 

 わたくしを本心から心配しているのでしょうが、少しだけ本音も見える。

「証拠」が用意出来たら、ソーンがロマノに仕込んだ「罠」は必要なくなり、結果として彼の罪が軽くなるかもしれないのが嫌なのでしょう。

 安心なさい。あの罠が、「証拠を見つけられなかった時の保険」なんて「エミのレミリア」である為の建前よ。

 

「出来ることを怠って、ありもしない事実で貶めるのは、わたくしがされたこと。

 ……いくらあの男が相手でも、それはできないわ」

「ありもしない事実じゃない。香水の影響もなく、間違いなくあいつの意思で選んだことだ。

 ……魔王様を利用して、星の乙女を殺して口を封じるという計画に乗ったのは冤罪じゃない!!」

 

 一応、エミのレミリアとしての建前を続行してわたくしが告げると、ソーンは頭巾を剥ぎ取って声を荒げる。

 流石に、辛い役目をさせ過ぎたようね。ストレスが限界みたい。

 

 そうでしょうね。ただでさえエミとあの子の悲劇の主犯であるあいつに、同類の屑だと思われるよう演じて近づき、情報収集をするというだけでも耐え難い苦痛だったのでしょう。

 

 それに加えて、あなたはロマノがほざいた出鱈目、「星の乙女はいい男に目がない男狂い」というデマを信じたふりをして、……あの子の殺害計画を自ら提案し、ロマノにそれを実行させた。

 

 実際はまだしていないけれど、あの香水……リリスの花蜜を模した、強い甘い香りの香水を受け取った時点で、殺人未遂は成立している。

 

 魔族を魅了する香水と偽って、あの子に渡して使わせる。

 実際のそれは魔族にも人にも無害だけど、本物は魔族に害を与える禁製品扱いであり、これはその禁製品を求める犯罪者へ渡す囮の品。

だから魔王ならその匂いを嗅げば、自分に害なす刺客と判断し、弁明の余地も与えず即座に首を落とすだろう。

 

「星の乙女のせいで商売ができなくなって恨んでいる店主」を演じるソーンの計画に、あの男は乗った。

 香水一つで、自分の手を汚さずにあの子の口封じができるのなら、あの強欲でありながら怠惰で小心者な奴なら、必ず乗ると信じていたわ。

 

 信じていた通り、反省も学習もしていなくてありがとう。

 学園での偽証の証拠はもう十分集まっているし、香水の効果も製作者によってやはり、好感度を上げるだけで、性格が変わるなどと言った副作用や相乗効果はないと証明されたけど、あの異常な効果は星の乙女としての特性であることも証明されてしまった。

 

 そのせいで、「香水さえ使わなければ良かった」と責められたら、言い返せないのがネックだったけれど、この男はあまりに下劣で邪悪だからこそ、香水よりも煽動したこいつに非難の目が向けば、香水の件に関しては本来通り「可愛いズル」の範疇という認識に収めることが出来る。

 

 だから罠に嵌り、罪を重ねなさい、ロマノ。

 それしかもう、わたくし達に貢献できる善行は存在しないのだから。

 

「……そうね。できればそれは流石にと思って、思いとどまる事を期待したのだけれど……残念だわ。

 でも、だからと言ってわたくしが手を抜いていい理由にはなりません」

 

 もちろんそんなわたくしの本音は、エミのレミリアによる悲しげで儚げな物憂げ顔で包み隠し、わたくしは過去の水鏡で証拠探しを続行する。

 

 ソーンも流石にこれ以上しつこく、ロマノを許すな、温情を与えるなとは言わず、彼も水盆を覗き込んで少しうんざりした様子でつぶやいた。

 

「こういう証拠集めに便利だとですが……、座標指定っていうのが唯一の欠点ですよね」

 

 その意見には同意しかなかったので、わたくしは苦笑で返す。

 アンヘルから教えてもらった、ゲームではおそらく「アルバム機能」と呼ばれた魔法、「過去の水鏡」はその名の通り、過去の記録を水鏡に映し出すことが可能だけど、見たい相手の物質情報だけではなく、正確な位置座標が必要。

 

 その為、学園での偽証は学園内で済んだから楽だったけど、わたくし達が欲している証拠……ロマノがあの子を脅した瞬間の時と場所は、年月がたちすぎてロマノ本人も正確には覚えていなかったせいで、未だ見つけられていない。

 

 ロマノがあの子を脅して、金品を強請っているという証拠なら掴めている。

 映像だけではなく、あの子がウィルたちから貢がれた装飾品をそのまま奴に渡して、それを売った記録もしっかりソーンが掴んできた。

 

 そして脅した内容も、とうに想像がついている。

 黙っていることを条件にあの子から金品を強請っているのに、あの屑は酒場や売春宿でベラベラ暴露していたから。

 それでも小賢しいことに、具体的な人名など口にせず、こんなところで話す内容に信憑性がないことは理解した上での話だったせいで、こちらは証拠にはならない。

 

 そもそも、あの子を脅している、あの子が絶対に秘密を守り抜きたい話自体が真っ赤な嘘。

 そのせいで毎回話の内容が大筋以外二転三転するから、誰も信用していないのは不幸中の幸いと言うべきか……。

 

「……レミリア様、今更すぎる疑問なんですが……何故、あなたは彼女に『全部嘘だ』と伝えなかったのですか?」

 

 また座標が違ったのか外れの映像、それでも奴の下衆さを目の当たりにする光景を前にして、ソーンは静かにわたくしに問う。

 怒りはその目にはあるけど、わたくしに向けられたものではない。それはロマノに対してであり、わたくしに対しては言葉通り純粋な疑問。

 

 わたくしがあの子を救い出す為、香水の件で罪に問われぬよう尽力し続けているのを、彼は最初から一番近くで見てきたから、そこらを誤解していない。だからこそ疑問だったのでしょう。

 そうね、最初の一年くらいはともかく、あの子にその程度の情報を伝える術ならあったのに、全くそれをしていないのは、矛盾に思えるでしょう。

 

 けれどソーン、それはあなたが女性の尊厳を踏み躙る行為を許せないと、心から憤れる正しい人間だからこその想像力のなさよ。

 

「確かに、天界の主を討ち倒し、レンゲ様を解放してからなら余裕が少し生まれて、直接は無理でも間接的に伝える手段ならありました……。

 けれどソーンさん。あの子は決して愚かではありません。9割方、ロマノの話は出鱈目だと気づいているはずです。

 あの子が脅迫に屈しているのは、捨てきれない真実かもしれないという可能性と、……彼が自棄を起こして、あの出鱈目を真実のように衆目に暴露することを恐れているから。

 

 貴族女性にあの内容は、死んだ方がはるかにマシなくらい最大の醜聞です。

 しかも出鱈目だと証明することがはるかに難しく、仮に証明できても裏で面白おかしくいつまでも語られるでしょう」

 

 自棄になって暴露するなんて嫌がらせ、善良だからこそ思いつきもしなかったであろうソーンは目を見開き、水鏡に映るニヤケ面のロマノを今にも殺さんばかりに睨みつける。

 

「わたくしも悩みました。全部嘘だと彼女に伝えれば、彼女を苦しみから大部分は解放できたでしょう。

 けれど彼女は、なんとかしようとは努力していましたが、隠し事に全く向かない子です。

 脅迫内容が出鱈目であることを、あの子が確信していると彼が察したのなら、それこそあの子がどんな目に遭うかわからない。……あの出鱈目を暴露された方がマシ、あの子を道連れに死という逃亡を謀る可能性すらありました」

 

 死に逃げは結果的に起こることで、自らというある意味潔い選択を、奴は絶対に選ばないと確信をしているけれど、あの子を害なしておきながら、最終的にそうなるのは耐えられない。

 奴は反省などせず、後悔に塗れて「殺してくれ」と懇願する生き地獄こそ相応しい。

 

「それに……、ぜんぶ嘘だと知らせること、はわたくしの自己満足のように思えたの。

 あの子の……傷ついて傷ついて傷つき続ける荊の道を選んだ覚悟を、耐え続けた今までを否定して汚すように思えたから……。

 わたくしの名誉が回復するにつれて、自分の名誉が貶められても、それでもわたくしが無事であること、壮健であることを喜ぶ彼女だからこそ……わたくしはその覚悟を尊重した上で、ロマノの虚言を証明しなければなりません」

 

 真実を知らせた方が、隠し事ができないあの子を危険に晒すだけではなく、蜘蛛を通して見てきたあの子の覚悟をわたくしは尊重する。

 エルハーシャによって知らされたあの子の近況、自身の名誉よりわたくしの安否を気にして、わたくしの活躍を喜んでいたという話を知るソーンはそれ以上何も言えなくなると同時に、水鏡が二人の人物を映し出す。

 

『!? なんでお前がここに!?』

「「!!」」

 

 ようやく座標も時期も特定し、当たりを引いた。

 奴が、ロマノがあの子を脅迫する瞬間。

 具体的にどのような内容をあの子に吹き込んだかの証拠をやっと探し当て、わたくしとソーンは食い入るように水鏡の光景を見続けた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 思い知らされた。

 

『うそ……嘘だ……』

 

 わたくしはいかに温室育ちの箱入りだったかを。

 

『嘘……嘘嘘嘘嘘だっっ!!』

 

 本物の下劣な、悍ましい悪意など全く知らなかったことを。

 

『いや……いやあああああぁぁぁっっ!!』

 

 わたくしは知らなかった。

 

『やめて……もうやめて……』

 

 指一本触れず、体には傷一つつけずに人は、こんなにも心をズタズタに傷つけることができるということを。

 

『お願い……もうやめて……何でもするから……もう……もう……』

 

 言葉だけでこんなにも、心に蹂躙と陵辱の限りを尽くせるなんて知らなかった。

 

「……レミリア様。例の夜会は俺に首輪でも付けて手綱を握ってくれませんか?」

 

 あの子の心を陵辱される様を見届けたソーンが、ぽつりと言った。

 手のひらに自らの爪が食い込み血が滴り落ちるほど、強く握りしめて。歯を食いしばりすぎて、口の端からも血が流れている。

 両目だって血の涙が出ていないのが不思議なほど、業火の憎悪に満たして彼は叫ぶ。

 

「そうでないと俺は夜会で奴を殺してしまう!!」

 

 最も憎い男に、その男と同類かつ気に入られるような下衆を演じ、真実なんて一つもないあの子の中傷や卑猥な話を聞き続け、時には同意しなければならない地獄の日々だったでしょう。

 

 それでもあの子はもっと辛い目に遭っていることがわかっていたから、あの子を救い出す為だと思っていたから耐えられたはず。

 

 けれど現実は、わたくし達の想像を絶する地獄だった。

 地獄さえも生ぬるい、悍ましい悪意と劣情に晒されていたことをわたくし達は思い知らされた。

 

 だからわたくしも余裕をなくして、一生の不覚をとってしまう。

 

「わたくしにそんな趣味はなくてよ、ソーン。

 それに……」

 

 エミのレミリアではない、わたくしの言葉が溢れ出た。

 

 

 

 

「わたくしが耐えるのだから、あなたも我慢なさい」

 

 

 

 

 

 ロマノ・ドール・マルケノフ。

 お前だけは、絶対に許さない。

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