ここだけピナに憑依転生したのがリィナじゃなくて   作:淵深 真夜

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金メッキの石ころ

「いやはや先程まで恐怖の対象であったろう男の急所を何の迷いもなく蹴り上げられるとは、もはや天晴れだ!!!!」

 

 スフィアさんの問いに、ある意味ではあの一撃よりもトドメになりそうな事を彼女が答えた直後、拍手と一緒に何故かやたらとハイテンションな、なんかいろんなものが濃い男の人に褒められた。

 そしてその人をきっかけに、次々拍手と「素晴らしい!」「聖なる一撃、お見事!!」「鼻フックじゃなかった理由も後で聞かせましょう!!」という喝采が湧き上がる。主に女性から。

 

 というか、拍手してる男性、最初のなんか濃い人だけ。

 他の男の人たちも、彼女に「よくやった!」「そいつは潰していいです!」と言ってくれるけど、みんな顔色は真っ青だし、前屈みや内股になってる人も少なくない。

 あんなにノリノリだったエルハーシャ様とシルベストさんも、顔色最悪だし。

 

 うん、まぁ、わたしは具体的にはわからないけど気持ちはたぶんわかってあげれるよ。

 むしろなんでこの濃い人は平気なの?

 

「どうもありがとうございます! ところであなたはどちら様!?」

「待て! お嬢さん、待て!! 一瞬で意気投合するな! 子爵とお嬢さんが組んだら多分レミリア様でも止められないから本当に待て!!」

 

 そして気楽に復讐を遂げた彼女はだいぶスッキリしたのか、本来の彼女らしいテンションで濃い人の称賛に応えて、ついでにそのまま誰なのか聞き出すので、店主さんが慌てて止める。

 あ、この人、店主さんやレミリアさんの知り合いだったの?

 

 なんか最初の方、魔王様と彼女はのやりとりあたりから、最前列でまるで見せ物を見るように楽しそうに騒いでいたから、嫌だなぁと思って見ないよう、意識しないようにしてたけど、彼女がロマノに脅されている所では、静かに黙って不愉快そうに憤っているような顔をしてたのを思い出す。

 

 それに加えて店主さんの知り合いだったなら、ちょっと印象が変わってくる。

 面白がって見てたのは確かだろうけど、それは彼女の不幸や悲劇を楽しんでいたのではなく、店主さんやレミリアさんがどう彼女を助け出すかを期待していたんだろう。

 そうじゃないと、多分この人この場にいない。主にレミリアさんの手によって。

 

「ははーっ! なるほどなるほど、ただの儚なげな薄幸の少女ではなく、こういうアグレッシブで強い子なのか!

 そうかそうか店主! 君はそういう奴だったんだな!!」

「まぁ、レミリア嬢に付き従う男が、ただ守られるだけの女なんて選ばないわよね。

 そもそも、レミリア嬢の親友という時点で、見た目と違って儚くないでしょうし」

「子爵!! 夫人!! いったい何に納得してるんですか!? もう俺のことは放っておいてください!!」

 

 濃い人の横で同じように見ていた綺麗な人も何故か一緒になって、ニヤニヤと店主さんをからかい出して、店主さんは真っ赤になって止めようとするけど、店主さんが何か言えば言うほど、余計に二人はニヤニヤするし、それは周りにも波及していく。

 

「そうなんです! 店主さんはギャップ萌えの宝庫なんです!!

 こんなにも石田彰とか遊佐浩二の声帯してそうなのに、真面目で優しくて誠実って最高でしょう!!」

「お嬢さんもちょっと黙れ! そしてその悪癖、いっそ全部意味不明であってくれ!!」

 

 更にテンションが数年ぶりにハイになっているせいか、多少は改善していた悪癖を盛大に再発させて、本当に一瞬で濃い人と意気投合しだした彼女を店主さんは、もう恥ずかしいからか怒っているからかわからない赤い顔で止める。

 

 ……あの、本当になんかすみません。

 あと店主さん。この二人が意気投合して組んだら止められないのは激しく同意するけど、レミリアさんは止められないじゃなくて、止める気がないだけだと思う。

 

「こら! 元気になって何よりだけど、ソーンさんに迷惑をかけない!」

 

 レミリアさんは止める気ないだろうけど「エミさんのレミリアさん」なら止めるので、彼女は置くぐらいの力加減で、軽く頭を叩く。

 砕けた口調に合わない、泣くのを堪える万感の想いを湛えた笑みで。

 

「……レミリア」

 

 振り返り、名を呼んだ彼女に何も言わずに、そのままレミリアさんは抱きしめる。

 本当はレミリアさんも、名前を呼びたかったはず。「ピナ」ではなく、エミさんと同じように、彼女自身の名前を。

 

「……ごめんなさい。わたくしは、あなたがロマノに脅されていること、その内容をほとんど初めからわかっていたのに……まさか……まさか……あんなにも……」

「……いいの、レミリア、いいの。

 レミリアは何も悪くない、……あなたの方がずっとずっと辛かったはずなんだから、私の分まで背負わないで」

 

 初めは彼女を守るように優しくだったのが、話している内に色んなものが溢れてきたのか、レミリアさんの方が縋るように強く抱きしめて、彼女はその華奢な背中をポンポンとあやす様に叩く。

 

「ごめんね、レミリア。ごめんね……」

「……謝らないで。あなたが……自分の分を背負うつもりなら……、わたくしだって……背負うわ……」

 

 レミリアさんをあやしながら、彼女は小さく謝ると、エミさんのレミリアさんになりきれず、素のレミリアさんとして泣きじゃくりながらも彼女は彼女らしく、誇り高く、気高く、その謝罪は拒絶する。

 

 その誇りに彼女は、困った様に、眩いものを見る様な苦笑をして返した。

 

「……ううん。これはね、【これから】のごめん」

「え?」

 

 その言葉に、レミリアさんの涙が止まり、彼女の肩に埋めていた顔が上がる。

 随分と大人になった綺麗な顔が、涙の跡と呆けた表情で幼く……エミさんのように見える。

 

 そしてそんなレミリアさんへ、困った様に眉根を下げて、柔らかく、穏やかな笑顔を向ける彼女は、昔とは逆に彼女の方が面倒見のいい姉のように見えた。

 だからこそレミリアさんは余計に訳がわからないのか、キョトンと更に幼く見える顔になる。

 

 そして、わたしも訳が分からず困惑する。

 

 ……何も、流れてこない。

 彼女の考えが、感情が、わたしに流れてこない。

 奇妙なぐらいに凪いでいる彼女の心が、とてつもなく怖い。

 

 あの時のように……この人に隠し事や秘密なんてないと思い込んで、わたしがどれほどのこの人に甘えて、守られていたかを思い知らされた時と同じように、わたしは酷い思い違いをしているんじゃないかという不安で息ができない。

 

「ピナ! レミィ!」

 

 私の不安は届かない声になる前に、呼びかけられた声による戸惑いや怒り、そしてほんのわずかに蘇った罪悪感が流れ込んだことで、消えはしないけど薄れた。

 

 呼ばれた声に反応して、彼女は振り返ったけど、レミリアさんは「見なくていい!」と言うようにまた抱き寄せて、声の主をキッと睨みつける。

 他の人たち、店主さんやロマノを他の近衛騎士に任せたスフィアさん、魔王様たちも前に立ち塞がって、レミリアさんたちの視界から、そして相手の視界から塞いで隠す。

 

 ウィリアルド王子から、候補とはいえ婚約者であるはずの相手から、レミリアさん達は敵意を隠さず彼女を庇い、隠し、相対する。

 

 主賓である魔王様でも、無礼だと普通なら非難されるようなことだけど、周りは誰もそれを咎める声なんて上げない。

 むしろ非難の視線は、ウィリアルド王子に集中している。

 

 家族である国王陛下達からも、何の声も上がらない。

 陛下はバツが悪そうな顔をして、目を逸らすだけ。

 エルハーシャ様はさっきまでのノリノリでウキウキだったのが嘘のように、何の感情も見出せない作った無表情で、壇上から異母弟を見下ろしている。

 王妃様は扇子で口元を隠しているけど、真っ直ぐに王子を、息子を見ている。

 ゾッとするほど、もう何の期待もしていないのがわかる冷たい目で。

 

 かろうじて好意的と言えるのはエルハーシャ様ぐらいの視線にさらされたウィリアルド王子は、怯むように言葉を詰まらせ、卑屈そうに俯いた。

 そんな彼の様子を、魔王様たち人の壁の隙間から見ていたレミリア様は、余計に忌々しそうに睨みつける。

 

 けれど、ウィリアルド王子は俯いたまま、それでも何かを決意したように拳を強く握って言った。

 

「––父上! 母上!」

 

 背後の、自分の両親に背を向けたまま彼は、途中で言葉がとまらないように、怖気つかないようにも見える勢いで宣言する。

 

「僕は! 王族としてあまりに大きな過ちを犯し、この国に多大なる損害を与えてしまった!

 ……僕は、この国の王に相応しい器などなかったことを思い知りました!

 だから……だから……国のため、国民のため、そして……これから……手を取り合うべき魔国との未来のためにも……僕は、……王太子を辞し、エルハーシャ……兄上に王位継承権をお渡しします!!」

 

 俯いたまま、きっと本心では納得しきれていない、どうして、こんなはずじゃなかった、みたいな悔しさと後悔と悪あがきの思考が見て取れたけど……、それでも彼は自分のプライドそのものであった「王太子」という立場を捨てると宣言した。

 

 その言葉にエルハーシャ様と王妃は軽く目を見開き、陛下は玉座から腰を浮かして「な、何を言っておる!?」と叱責の言葉を投げつける。

 けれどウィリアルド王子は、父親の言葉を無視して、深呼吸を少ししてからまた勢い付けて、言葉を吐き出した。

 

「……こんなことを言わなくても、僕の廃嫡なんてもう決まっていたでしょうが、僕から言わせてください。そうしないときっと、魔国から我が国の信頼は取り戻せない。

 …………そして、最後に一つだけ……まだ、『王太子』としての仕事を、させてください」

 

 ゆっくりと、顔が上がる。

 彼の言葉に王妃様と同じように気勢が削がれて、少々呆気に取られている魔王様を……、その背後のレミリアさんさえもすり抜けて、彼女に抱き寄せられて庇われている彼女を指差し、ウィリアルド王子は今にも泣き出しそうな顔で、震える声で、それでもハッキリと告げる。

 

 

 

「ピナ・ブランシェ。

 君との婚約を、今ここで破棄する」

 

 

 

 王太子として、最後の仕事。

 それは彼なりに考えた、精一杯の誠意と謝意を込めた、彼女のためにできること。

 

* * *

 

 他の人たちと同じように、ポカンとしているように見せて、レミリアさんの目の奥にある感情は「今更」という侮蔑と怒りだった。

 彼女は王子様の本命が自分(エミさん)であることに気づいているからこそ、この今更すぎる解放宣言なんて、喜ぶどころか火に油でしかない。

 

 それでも、ウィリアルド王子は言葉を続ける。

 向き合わなかったものに向き合って、出した答えを伝える。

 自分が傷つけて引き離した、二人の少女に。

 

「ピナ、君が他者の感情を操る香水を使った件に関しては、元々は君の謝罪もレミィの取りなしも無視して避けていた僕が悪い。話を聞いてもらう余地もないのなら、そしておまじない程度の効果と聞いたのなら、それを使う事は罪なんかじゃない。

 星の乙女としての力のせいで、異常な効果を発揮したのだって、君が洗礼さえも受けれなかった環境で、自分の力を自覚したのもつい最近なら、想像できる訳もない。あれは完全な事故であって、……君に罪があったとしても、それはとっくに……僕たちの愚行の被害を考えれば、帳消しどころかマイナスだ。

 

 だからこそ……、星の乙女たる君と、君を不幸にして、そして廃嫡する僕は……君に相応しくない……」

 

 ウィリアルド王子の全面的に自分の非を認める言葉に、魔王様は複雑そうな顔をする。

 きっと彼の眼でも嘘なんか見つけられない、本心からの言葉だからこそ、王子様が決して腐り切っていたわけではないことを、他人事なのに喜んでくれているけど、同時にレミリアさんを想うからこそ、レミリアさんが見直すかもしれない誠実さなんて今更発揮しないで欲しかったという、身勝手な思惑もあるのだろう。

 

 エミさんならともかく、レミリアさん本人はまっっったく見直してない、むしろここからどうやって落とそうかを考えているであろう複雑そうな眼をしていることに、どうかこのまま一生気付かないでほしいと、わたしと彼女は同時に思った。

 

 ……そんな風に思うわたし達は、被害者という立場に甘えていたんだと思う。

 

「…………そして、」

 

 わたし達も、いつしか向き合わなくなって、見なくなって、聞こえているのに聞いていない。

 そうなっていたことに、ウィリアルド王子の「最後の仕事」で思い知らされた。

 

「君も、王族に嫁ぐには相応しくない。

 ロマノ・ドール・マルケノフに私刑を行なった君は、……たとえ被害者でも、公人がすべきことではなかった」

 

 ウィリアルド王子の言葉に、言葉を失っていた周囲がざわめき出す。

 全面的に非を認めていたのに、誰もが衝撃は受けても責めずに賞賛されていた行いを、彼女の瑕疵だと指摘するのは、そこまでして星の乙女を貶めたいのかと、あまりにも見苦しい道連れにも見えただろう。

 

 けれど、魔王様にとって、エルハーシャ様や王妃様にとって、そして……レミリアさんにとってそれは……

 

「だから……君は、誰がなんと言おうが王族に入るべきではない」

 

 ……レミリアさんが今更、ウィリアルド王子と彼女の婚約が破棄されたことに、喜ぶどころか怒ったのは、「ウィリアルド王子との婚約」は破棄できても、「王族との婚姻」からは逃れられない状況だったから。

 

 王子様が言い出さなくても、あの映像で彼の信頼が失墜し、逆に彼女の信頼や名誉が回復したことで、婚約なら間違いなく解消された。

 けど、彼女に瑕疵がないからこそ、王家は「婚約破棄して自由に」させる訳にはいかなくなった。

 

 だってそれは、「王家に嫁いでも幸せにはなれない」と、王家が認めること。

 国の代表が、象徴が、一人の女の子を幸せに出来ないなんて、認める訳にはいかない。

 そんな事をしたら、そんな言質を取られたら、もう他国との婚姻なんて不可能だ。

 真っ当な親心としても、ただの外交としても、「メリットなんかない」と公言してしまった国に嫁がせたくないし、そんな王族は向こうだっていらない。

 

 だから、ウィリアルド王子との婚約は解消されても、国の威信をかけて、責任を持って、この国で一番幸せな女の子にする為という名目できっと、エルハーシャ様が新しい婚約者として挿げ替えられたはず。

 ……星の乙女という存在を、手放したくないという下心があるのなら、なおさらに彼女は王家に囲い込まれるはずだった。

 

 だからこそ、今ここで婚約破棄宣言はむしろ、ただの面倒な責任から一抜けする行為にしか映らなかった。

 だから、レミリアさんは許さなかった。

 

 でも……今は……

 

 ロマノにしたことを、「公人として相応しくない行為」という、彼女に「瑕疵」を作ることで

 彼女を迎い入れることは、王家にとってデメリットだという、「建前」を作って

 

「……そう、思いますよね? ……兄上」

 

 振り返り、ほとんど関わりがなかった相手、先に生まれただけの、きっとずっと見下して、なんの興味もなかったはずの……、だからこそ悔しくて悔しくて仕方がないはずの相手に、同意を求める。

 

 それは、信頼か。

 それとも、この人を敵に回すことも「最後の仕事」の一環だったのか。

 

 わたし達にはウィリアルド王子の考えが、覚悟がわからない。

 わからないけれど、彼は答えてくれた。

 

「…………そうだね」

 

 エルハーシャ様は目を伏せ、応えた。

 その眼の奥の感情を隠してしまう。

 

 王妃様は最初から同じ。ずっと黙って息子を見ている。

 最初とは違って、ほんの少しだけ口角を上げ、瞳はわずかだけど確かに潤んでいる。

 王妃として王太子だった彼に失望しても、……母親としてはきっと息子に何かをまだ期待していた。信じていた。

 その信じていたものが確かにあった証明が嬉しくて……だからこそ、この結末を悔やむ眼だった。

 

きっと王妃様と同じ眼をしているエルハーシャ様は、その眼を笑顔で隠して、狼狽えて息子二人を黙らせようと足掻く国王陛下を無視して答えた。

 

「私も、ちょっとこの子が妃は困るなぁ。

 とっても楽しくて頼もしい子だけど、流石に万が一ヤキモチでアレされて、世継ぎが作れなくなったら一大事だしね」

 

 いつものように戯けて、茶化して、……王家として手元に置いておきたい存在を、手放すと宣言する。

 その答えに、真面目なウィリアルド王子は反応に困って引き攣った苦笑を浮かべてから、再び向き合った。

 

「……ピナ。君は、王家には相応しくない」

 

 魔王様に、その背のレミリアさんに、そして彼女に向かって改めて、婚約破棄の理由を突きつける。

 

「だから君は……君らしくあれる世界で、……君を見てくれる人と……幸せになって欲しい」

 

 ウィリアルド王子は、王家の名誉や威信を守ったまま、この人が本当に幸せになれる世界へと送り出した。

 レミリアさんの目的であり難関だったものを、王子として最後であり、最高の仕事を完璧にやり遂げた。

 

「……ウィル」

 

 呆けた様子で、王子様の懐かしい愛称を思わず溢したレミリアさんの目に、まだ怒りは消えていない。

 けれどだいぶ鎮火しているのは確かで、何よりも侮蔑はなくなっていた。

 

(レミリア)

 

 そのことに、わたしよりも敏い彼女はちゃんと気づいていた。

 だから小声でこっそり、レミリアさんに伝える。

 

(良かったね。これならきっと、言われないよ。

【レミリア・ローゼ・グラウプナー】に見る目が昔はなかった、なんて)

 

 わざわざフルネーム、それも家系図から抹消された過去の名前を出された意図を瞬時にレミリアさんも察し、ちょっと不服そうだけど最終的には彼女も小声で(そうね)と同意した。

 

(そうね……。【レミリア・ローゼ・グラウプナー】が愛した人だもの。

 ……未熟さゆえの愚かさはあっても……、根から腐っている、救いようがない人間ではないはずよね)

 

 エミさんを失う一番の要因だったからこそ、どうしても「愚か」という分厚いフィルター越しで見ていた事を認め、レミリアさんから偏見というフィルターは外される。

 レミリアさんも間違いなく、ちゃんとウィリアルド王子と向き合った。

 

(……まぁ、追試くらいは受けさせてあげましょう)

 

 それでもまだ厳しすぎる評価に、彼女は少し笑った。

 笑いながら、彼女は言い出す。

 

(じゃあその追試、今からやっちゃおうか)

(え?)

 

 レミリアさんも振り回すのか、この人の突拍子のなさは。

 わたしがそんな風に、もはや感心しだした現実逃避をしながら眺める。

 

 レミリアさんを困惑させてから、彼女の弛んだ抱擁から離れ、魔王様とクリムトさんの間から抜け出し、彼女はウィリアルド王子と向き合った。

 

 ちゃんと対面すると、王子様は怯えたように肩を震わせ、また俯いてしまう。

 

「……ウィリアルド王子。あなたの謝意と誠意はお受けいたします。

 でも、私にはあなたと、あなたの幼馴染みである三人に、言いたいことがあります」

 

 彼女の謝罪を受け入れるが、それでも訴えたいことがあるという言葉に、怖いお化けを想像した子供のように、小さく震えながらも「……そう、だよね。あって当然だ……」と王子様は無礼講での発言を許可した。

 

 目配せで後ろの三人にも確認を取ると、三人とも羞恥と罪悪感で俯いたままで、確認なんで取れなかった。

 けれど、わずかに見える表情は明らかに、今すぐ逃げ出したいという本音が見て取れる。

 だからこそ、逃げずにここに留まるのは、怒りや憎悪の言葉をぶつけられることを受け入れている、精一杯の誠意である事をわかっていたから、彼女はまずは息を大きく吸って、その吸った分の息を言葉と一緒に、ついでに被っていたベールを剥ぎ取って、床に思いっきり叩きつけながら吐き出した。

 

 

 

「正気に戻った途端にこのクソダサドレスに引いてんじゃねぇぇぇぇぇっっ!!!!」

『そこ!!??』

 

 

 

 彼女のソウルシャウトな怒りと不満に、王子様たちだけではなく、会場内全員の困惑しきった声が唱和した。

 

* * *

 

「そこなの!? そこでいいのかピナ!!」

 

 思わず罪悪感も完全に吹っ飛んで、ウィリアルド王子は「言いたいこと」は、そこでいいのかと確認する。

 うん、今は罪悪感なくていいよ、吹き飛ぶよこれは。わたしもなんかもう、いろんなものが全部吹っ飛んだもん。

 

「これでいいよ! っていうか他のことは、誰が庇ってくれようが私が香水使ったって罪悪感は消せないし、でも話を聞いてくれなかったのがムカつくのも事実だし、けどそれはあの変態クソヤローのせいだとも思うしで、いろんな考えがグチャグチャで整理なんか全然できてないから、とりあえず全部棚にぶん投げて保留!!

 そして保留した結果残ったキレ所は、お前らが正気に戻った途端に私というかこのドレス見て、『うっわ……』って心の声丸聞こえのドン引きの視線だよ!

 引いてんじゃねぇーっ!! 着せたのはお前らだーっ!!

 これは香水とか関係なく普通に私がキレていい所だろ!!」

 

 王子様の確認というかツッコミに、この人は怒涛の勢いで言い返す。

 彼女の発言に戻ってこなさそうと思った罪悪感が、なんか当初と違った形ではありそうだけど戻ってきたのか、ウィリアルド王子だけではなく他の三人も同時に『それは本当にごめんなさい!!』と謝罪を叫ぶ。

 そしておそらく、『そこ!!??』と叫んだときのように、彼女の発言に対してこの場の人間の思考は一致している。

 

「それはごもっとも」と、間違いなく思っている同情の視線で場は満ちていた。

 

「っていうか、ウィル!! 自分の一押しモチーフでギスるぐらいなら婚約者かつ王太子権限使って、ウィル推しの星モチーフに統一させるくらいしろー! なんでこんな時だけ仲良く、全員の意見全部盛りにした!?

 ラーメンと寿司とカレーが好きだから全部ぶち込めば3倍美味しくなるみたいなバカ理論でダサさの大渋滞玉突き事故が起こってんじゃねーか!! 引き算の美学とかないんかあんた達は!?」

 

 そんなロマノに脅されてた映像のとき以上の同情を掻っ攫いながら、まだまだ怒涛の勢いで彼女は、前世で取っ組み合いの喧嘩も珍しくなかったお兄さんがいたからか培われた、素の口の悪さを全開に不満をぶち撒ける。

 

 流石にこれは不敬罪になるんじゃないかなーってぐらいのことを言ってるけど、王座の方を見たら陛下は頭抱えてるけど、王妃様の方は大きくうんうんと彼女の言葉に頷いてる。

 そしてエルハーシャ様にいたっては、端っこでお腹押さえてしゃがみ込んで、なんかプルプル震えてた。

 笑ってる!? 笑ってるよ! めちゃくちゃ笑ってるよエルハーシャ様!!

 

「ごめん! 本当にそれに関してはごめん!!」

「とにかく可愛いものを詰め込めばいいと思ってたし、自分が勧めたものしか見てなかった! 本当にすまない!!」

「で、でもピナは香水の効果抜きで今も可愛いと思ってるから、ドレス単品よりピナが着てる分には悪くないよ! いやもちろん、他に似合うデザインは山ほどあるけど!!」

「むしろピナだからこそ、今この程度で済んでる! 着ていたのが他の人間ならリリン酒飲む前に正気にかえってたかもしれないぐらい、ドレスのインパクトをピナの容姿が中和してくれている!!」

「フォローはいらん! 謝罪だけよこせ!!

 つーかフォローでさえダサいという事実を認めてんじゃねーか!!」

 

 とりあえず不敬罪の心配はいらなさそうだけど、場の空気はすっかりカオス。

 ウィリアルド王子たちがそれぞれ平謝りして、言い訳じゃなくて本気で気を遣ってフォローするけど、このドレスが引くほどダサいことは否定できないので、残念ながらその気遣いは余計にエルハーシャ様の腹筋に大打撃を与えるだけで、彼女の怒りは収まらない。

 

「もうこのドレスにかかった費用とその出所だけでも罪悪感がハンパないのに、その罪悪感がダサさのインパクトで遥か彼方にぶっ飛んで戻ってこないんだよ!!

 マジで謝れ! 全力で! 全身全霊で謝れ!!

 私と、これを作らされたデザイナーさんやお針子さん達と、このドレスの材料になった蚕や真珠貝や宝石達に謝れーっ!!」

「それは本当にそう」

『ん"っ!!』

 

 もう最終的に自分だけではなく、このドレスを作った人たちと、あと材料そのものに謝れと言い出したら、その要求になんか濃い人が同意し出して、ギャラリーどころか怒られている王子様たち、そして実はわたしも盛大に吹き出した。

 

 いやだって、ロマノの脅迫シーン以外ずっと騒がしくて、楽しくて仕方がないって言動しかせず、ずーっとニコニコしてた人なのに、このセリフだけスンっとした真顔で、言い方も淡々としてたんだもん! 不意打ちすぎるよあれは!

 

 あぁ! レミリア様や王妃様も扇で顔隠してるけど、すごく肩がプルプルしてる!

 エルハーシャ様は撃沈して、シルベストさんに介抱されてる!

 

 もはや完全に謝罪の場の空気じゃなくなってる中、流石に息苦しくなったのか、彼女から言葉が止まり、俯いて肩で息をする。

 ゼイゼイと苦しそうな息がしだいに整い、深い深呼吸へと変わって、また大きく息を吸い込んでこの人は……

 

「……あはっ! はははははははっ!!

 なんだこの状況!!」

 

 顔を上げ、天を仰いで大笑いする。

 その、もうどこにも怒りが見当たらない、朗らかすぎる笑いに周囲は、本日もう何度目かわからないポカン顔。

 

 ウィリアルド王子も同じように、唖然としていた。

 

「……っふ!」

 

 けど、湧き上がって吹き出すものは止められなかった。

 だから彼も、我慢せずに全部そのまま表に出す。

 

「ふふっ、はははっ! 君がそれを言うか!?

 ははははははははっ!!」

 

 お腹を抱えて笑うウィリアルド王子。

 奇人を見る目は彼女から王子様の方に移るけど、あんなに人の目を、評価を気にしていた人なのに、今は全く気にせず笑って笑って、笑いすぎて出た涙を拭って、彼はまだ笑ったまま言った。

 

「……けど、うん、そうだね。

 僕は君だけではなく、たくさんの人たちに謝らなくちゃいけないな」

 

 笑いながら言われたら、真摯さは感じられない。

 けれど、不誠実だとも思わなかった。

 

 軽んじているのではなく、謝罪を屈辱に思う傲慢さもなく、だからといって命乞いのような卑屈さもなく、ただ自然に、悪いことをしたと思っているから、謝りたいと思ったから

 

「……本当に、ごめん」

 

 この人はもう、彼女と向き合いながら本来あったであろう輝かしい未来や、今もなお愛している人を見るのではなく、ちゃんと彼女本人を見ている。

 

 彼女を、惜しいと思っている。

 香水によって過剰となっていたけど、確かに好きだった、きっと今でも好きな、でも恋なんかじゃない、性別の垣根を越えて側にいれたであろう友人を、永遠に失うことを惜しんだ目で謝った。

 

「……私はもういーよ。スッキリしたから。

 だから……勇気を出してちゃんと言いなよ」

 

 その目に、彼女も同じ目をして答えた。

 許し、そして上半身のみ捻って振り返り、手招きする。

 

 彼女は出てきてくれた。

 

「レミリア……」

「レミィ……」

 

 魔王様の背後から、魔王様の隣に立ち、レミリアさんはウィリアルド王子に、エミさんというイレギュラーがなければ、世界を滅ぼすほどに愛していたはずの人と向き合った。

 

 心配そうな魔王様に、レミリアさんはエミさんらしく控えめで優しい、少し困ったような笑顔で「心配しないで」と告げる。

 そして彼を安心させる為か、これ以上ウィリアルド王子には近寄らず、魔王様の隣をキープ。

 

 寄り添うような二人を目の当たりにし、ウィリアルド王子の両目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 色んな後悔や罪悪感がある程度払拭されて、スッキリしてしまったからこそ、この人はきっと我慢できなくなってしまった。

 諦めきれないものが、溢れ出す。

 

「……ごめん、レミィ」

 

 泣きながら、謝る。

 

「君を信じなくて、君の親友を信じなくて……、そのくせ、君から守るって名目で引き離しておきながら……全然、ピナを守れなくて、ごめん。

 ピナをあの下衆から守れなくて……、あんなに傷ついていることに気づきもしないで、自分の偏った理想ばかり押し付けて、ごめん……。

 君が……僕を愛しているからこそ、信頼して、嫉妬なんかしないってわかっていたのに……くだらない自尊心を満たすために……、君の信頼を軽んじて……、僕の為に頑張ってるって泣いて言ってくれたあの日のことも忘れて……、僕が努力して上になるんじゃなくて……、君を落そうとして……対等じゃない、上下関係を作ろうとして……本当にごめん……」

 

 泣きながら、ひたすらに自分の何が悪かったかを謝り続ける。

 その謝罪の言葉は決して的外れではなく、エミさんやレミリアさんが本当に謝って欲しかったこと、信じて欲しかったことをちゃんと上げている。

 

「ごめん……わかってる。僕にこんなこと、言う資格なんてない。許される訳がないことはわかってるし、信じてもらえないことだって……。

 でも…………それでも…………」

 

 あの時の話が通じない茶番と違って、わたし達にも、自分のコンプレックスにも向き合っているのがわかるからこそ、王子様自身もわかっているはず。

 

「…………それでも……僕は君を……愛してる」

 

 レミリアさんはもちろん、エミさんだってもう自分の側に来てくれないこと。

 彼女が選んだのは、いるべき場所は魔王様の隣りであることを。

 

「……『レミィ』は、あなたを心から愛していました」

 

 悲しげに眼を伏せて、レミリアさんは語る。

 自分ではなく、昔の自分、エミさんのこと、彼が今もなお諦めきれずに愛している人のことを。

 

「あなたに相応しい、あなたの隣に並び立つに相応しい女性になろうと、日夜努力をしておりました。

 あなたを愛しているからこそ、自分と結ばれるべきではないと思い悩むこと、もっと相応しい誰かが現れて、心変わりされる不安を抱くこともありました。

 ……あなたの幸せを願いながら、『レミリア』の幸せにあなたは必要不可欠だと思っていたから、たとえワガママでも婚約者という立場を手放したくないという独占欲だってありました」

 

 巧みにレミリアさん≠エミさんであることを、嘘をつかず魔王様の目をかわしながら語る。

 ウィリアルド王子が望んでいたものは、初めから形は違えど確かにあったのだと。

 

「だからこそ……『レミィ』は絶望しました。

 あなたが信じてくれないこと、嫉妬のあまり人が死にかねない凶行を及ぶような女であると思われたこと、……何より、心変わりならまだ諦められた。あの子が素敵ないい子であることはわたくしもわかっていたから、あの子なら『レミィ』はどんなに悲しくて悔しくても、あなた達の幸せを願って身を引いたのに!!

 ……あなたは、声も涙も枯れるほど泣いて訴えているあの子に見向きもせず、笑って『レミィ』を糾弾した……。

 あの瞬間、あなたを愛していたから、あなたを嫌いになることなんて出来なかったからからこそ……『レミィ』は、あなたの『レミリア・ローゼ・グラウプナー』は死にました」

 

 エミさんのレミリアさんを保ったまま、はっきり彼がしてしまった事、その結果を口にする。

 流石にきっと気付けない、レミリアさんも気づかせる気はない、けれど知らないままでいることは耐えられないから。

 

 ウィリアルド王子の「レミィ」を、エミさんを殺したのはあなただと告げる。

 

「今、ここにいる『レミリア』は、あなたの知る『レミィ』ではありません。

 彼女から学び、引き継がれたものはありますが……あなたを本当に愛していたからこそ、あなたへの想いは『レミィ』だけのものであり、ただの『レミリア』には関係ないもの。

 わたくしが……『レミリア』が愛しているのは、誰かのために自分が傷ついても頑張ってしまう、誰かの幸せを自分のことのように喜んで求める、……わたくしに起こった悲劇を、自分のことのように悲しむ……そんな可愛らしい、優しい人を、わたくしは誰よりも、何よりも、愛しています」

 

 傍の魔王様の手にそっと触れ、愛おしげに魔王様から送られたであろう金の魔晶石を指先で撫でて、レミリアさんは言った。

 そのいじらしく、けれど堂々とした逆プロポーズに会場が沸き、魔王様、顔真っ赤。

 

「……アンヘル、違う。それ全部、エミさんのことや……」

 

 あ、うん。知ってる。わたしもそう思う。でも口にしないで。

 

 幸いというか、この口から思考ノータイムは小声かつ、彼女も真実を知らなければロマンティックなワンシーンに感動しているように、両手で口を押さえているから、声に出してるけど誰にも聞こえなかった。

 いや、悪癖の克服の仕方が物理。

 

「レミリア……」

「……ごめんなさい、こんな場で。はしたないかしら?」

「いや、むしろ俺がもっと前に言うべきことで……」

 

 そしてそのままレミリアさんと真っ赤な魔王様はお互い惚気合うけど、レミリアさんの惚気対象、魔王様じゃない。巧みに魔王様のことを語ってると見せかけて、全部エミさんのことしか言ってない。

 

 そんなレミリアさんの茶目っ気に、「よし、アンヘル、そのまま一生気づくな」やら「レミリア、もはや遊んでるだろ」と彼女はいちいち反応してしまうので、手で押さえてるけど言葉で頬袋パンパン。

 というか、魔王様。事前にプロポーズしてなかったの? してないのに、あんな独占欲丸出しのドレスと魔晶石を送ってたの?

 

 裏事情を知るわたしと彼女が周囲との温度差で酷いことになってる中、自分にとって一番見たくない光景を見せつけられながらも、彼は言った。

 

「……そっか」

 

 泣きながら、王太子だとか、もう学園を卒業して社会に出た大人だとか、王族だとか、そういった彼を守る鎧でもあり、閉じ込めていた檻でもあるものを今は全部脱ぎ捨てて、彼は、ウィリアルド王子は言った。

 

「ありがとう、『レミリア嬢』。

 ……どうか、お幸せに」

 

 泣きながら、悔しさや後悔を隠しきれていない、嫌だと泣き叫んで縋り付いたいという本音は、魔王様でなくともわかる。

 ……それでも、この人は笑って、謝罪ではなく礼を選んで告げて、レミリアさんの幸福を望んだ。

 

 それは、レミリアさんのフィルターを取っ払っても厳しすぎる目から見ても、追及点どころか合格点だったみたい。

 

「……ありがとうございます、ウィリアルド殿下。

 そして……さようなら。わたくしの『旧き良き友人』」

 

 困ったように、けれどホッとしたように優しく微笑んで、優雅に頭を下げる「エミさんのレミリアさん」の目は、少し悔しげだった。文句のつけどころがなかったからだろう。

 

 あの冷たく灼熱していた怒りは、もうその目にはなかった。

 

「レミリア、少しはスッキリした?」

「……スッキリと言いますか、毒気が抜かれましたわ。主にあなたの相も変わらずな突拍子のなさで」

 

 彼女が重いドレスを引き摺るように、レミリアさんの側に寄って朗らかに尋ねと、レミリアさんは呆れたような目と口調で答える。

 その「エミさんのレミリアさん」らしくない、ざっくばらんな様子に少しだけ、魔王様は意外そうに目を丸くした。

 

 そうだね、これは素のレミリアさんだ。

 これぐらいなら、「気兼ねない親友に見せる一面」程度に取られて、「エミさんのレミリアさん」像が壊れないとわかっているからやってるのだろうけど、それでもレミリアさん自身も我慢できなくなったんだと思う。

 

 エミさんのレミリアさんとしてではなく、レミリアとして彼女と話がしたいという願望が。

 

 そんなレミリアさんを可愛いなと思っていたタイミングで、流れ込んできた。

 

(ごめんねピナちゃん、遅くなって)

(!!??)

 

 唐突に、彼女の思考が、心の声が流れ込む。

 明確に、『わたしに語りかける』その思考で、わたしの忘れていた不安が一気に蘇る。

 

(これでやっと……)

 

 その語りかける内容と、同時に流れ込む記憶でわたしは気づく。気づいてしまう。

 今まで、なんでわたしどころかレミリアさんも気づかなかったことが不思議なことに、彼女が気づいていたという事実に。

 

(やっと……)

「あはっ! 礼には及ばないよ!」

「調子に乗るんじゃありません! まったくもぅ……」

 

 わたしは彼女の中で叫ぶ。あの日の茶番で彼女が王子様たちにしていたように、喉が裂けるほどに気づいて! とレミリアさんに訴えかける。

 でも私の声は、ずっとずっと誰にも届かない。

 

「でも……確かにスッキリはしましたわ。……こんな風に終われるなんて、思ってもいなかったから」

「そっか。なら、安心した」

(これでやっと……)

 

 それでも、諦めきれずにわたしは叫ぶ。

 やめて、レミリアさん、終わらせないで!

 本当に、本当に全てが終わってしまうから気づいて!!

 

「じゃあ、ごめんねレミリア。バイバイ」

「え?」

 

 軽やかに、明るく、当たり前のように彼女は天真爛漫な笑顔で言った。

 

 

 

 

 

(これでやっと、ピナちゃんに体を返せるよ)

「私、消えるから。

 本物の星の乙女と仲良くしてあげてね」

 

 

 

 

 

 私の声は、祈りは、届かない

 

* * *

 

「……………………何を、言っているの?」

 

 本気で、彼女の言っていることの意味が理解できず、戸惑って、困惑して、当惑して、レミリアさんは絞り出すように尋ねる。

 

「うーん、やっぱり気づいてなかったかー。レミリアなら気づけると思ったけど、前提条件が違うから、そういう発想もやっぱなかったかー」

 

 そんなレミリアさんの疑問に、彼女は腕を組んで笑ったまま、一人だけ納得している。

 誰にも理解できない発言に、他の皆は完全に、あの騒がしい濃い人でさえも固まっている。

 理解できるだけの情報を持っているはずのレミリアさんも、理解したくないから目を逸らし、ただひたすらに発言の撤回を、冗談であることを願っている。

 

「そのまんまだよ。

 偽物の私が消えて、本物の星の乙女……ピナ・ブランシェに体を返す。それだけ。

 やっと全部解決したんだから、ここで返さなくちゃダメでしょ?」

 

 その願いを、困ったように眉根を下げながらも、穏やかで優しい笑顔で否定する。叶わないことを告げる。

 

「偽物」発言に周囲はどよめき、縋るような視線が魔王様に集まる。

 彼女の発言が、嘘かどうかを魔王様の反応で確かめようとする。

 

「……なぁ、レミリア……。

 この子は何を言ってるんだ?」

 

 誰よりも、何よりも、困惑して、恐怖すら抱いて魔王様はレミリアさんに訊いた。

 嘘なんてどこにもないから。真実しか語ってないからこそ、何も理解できない。

 きっと彼の目には、「苛烈で真っ直ぐで美しい嘘」と同じぐらい、苛烈で真っ直ぐで美しい真実が見えているからこそ、何も理解できない。

 

 彼女が本心から、消えようとしている証明をしてしまった。

 

「ふ、ふざけないで! そんなの……そんなことは絶対に! あなたでも許さない!!

 わたくしが助けに来たのは『星の乙女』ではなく、『わたくしの親友』よ!!」

 

 魔王様の反応で、「偽物」という発言が真実だと露呈して余計に辺りがざわめき、パニックが起こりそうになったけど、レミリアさんがヒステリックなぐらい叫んだ事で、周囲はまた静まり返る。

 

 エミさんのレミリアさんになりきれていない、完全にレミリアさんとしての言動だけど、それに気付ける余裕も今のレミリアさんにはない。

 それほどまでに、彼女は恐れている。

 

 エミさんを失ったあの日のように、彼女も失われることを恐れている。

 

 その恐れを理解しているからこそ、彼女の笑顔が曇る。

 けれど、彼女は揺るがない。

 

「うん、そうだね。わかってるよ。嬉しいよ、レミリア。親友だって言ってくれて。

 ……でも、だからこそあなただってわかるでしょ?」

 

 レミリアさんを悲しませて、置いていくことに罪悪感はもちろんある。

 けれど、その罪悪感はとっくの昔に飲み込んだものだと証明する、レミリアさんが目を逸らし続けるものを突きつける。

 

 彼女は自分の胸に手を当てて、答えた。

 

 

 

「私の中に彼女がいる。

 それを知った上で、ピナちゃんの人生を奪い続けるなんて私、したくないよ」

 

 

 

 ペタリと、レミリアさんはその場に座り込んだ。

 立っていることすらできなくなるほど、気づくべき事に気づけなかったことが、ショックだったみたい。

 

 そう。気づくべきだった。わたし達は。

 あの茶番で、レミリアさんが目覚めた時点で。

 

 同じ境遇なんだから、気づく。

 エミさんが絶望で深い眠りについたことで、レミリアさんが目覚めたのなら、『自分も同じ』だと。

 わたしは、『ピナ』という魂は転生で別人に生まれ変わりも、ましてや消滅もしていない。ずっとずっと同じ体の中にいた事に気づいて……そして同時に、彼女は見つけてしまう。

 

(私も絶望したら、ピナちゃんに体を返せるんだ)

 

 わたしもレミリアさんも、そしてエミさんも誤解し続けていた。

 この人の言葉には基本的に嘘はない。上手い嘘をつける人ではないし、腹芸はエミさん以上に向かないのも本当。

 

 けどこの人は、言ったら相手が傷つくとわかってることは、思ってしまっても言わないぐらいの自制心はちゃんと持ってる。

 腹芸が向かないのも、悪意に敏いからこそ揚げ足取りのようなやり方を好まないからだ。

 

 隠し事ができない人なんかじゃない。

 むしろこの我慢強い人は、あまりにも隠し事が巧すぎる。

 

 この人は、わたしが「ここ」にいると気づいたから、だから辛い気持ち以上に厳重に隠した。

 ロマノによって、心がズタズタに引き裂かれていた時ですら、それを隠し通したんだ。

 

 全てが終わり、わたしが平和に生きる世界が整うこの日まで、この人はエミさんが眠る絶望に自分も沈むのを耐え続けていたことを、今更わたし達は気づく。

 

「レミリアは何も悪くないよ」

 

 座り込んでしまったレミリアさんに、困った苦笑を浮かべて……でも、立たせるために手を差し伸べも、魔王様達のように心配してしゃがみ込みもしないで、彼女を見下ろして語る。

 

「ただ前提条件が違っていて、そのせいで酷い温度差があった。それだけの話。

 レミリアは……『レミリア様』は、何も悪くない」

 

 彼女としてはレミリアさんの罪悪感を薄めたいが故のフォロー発言だろうけど、それはなんの救いにもならず、レミリアさんの眼から涙がこぼれ落ちる。

 

 そう。

 この人とエミさんは同じようで、全然違った。

 

 憑依した時期、「レミリア」や「ピナ」として生きた期間だけじゃない。

 エミさんは、好きで「レミリア」として生きていた節が強いし、その人生をゲームシナリオから逸脱させることに罪悪感は、多分ほぼなかったはず。

 

 元々最推しだったのもあるし、彼女が行動しなければレミリアさんはもちろん、他の人の不幸もわかっていたから、それを見過ごせないからこそクロードさんの父親を助けるといった、悲劇を事前に防ごうと行動したし、ウィリアルド王子との恋愛に「自分は本物のレミリアじゃないのに」って葛藤こそあれど、二人の関係自体はシナリオ通りだから、婚約者になることに躊躇はなかった。

 

 レミリアさんの幸せ=エミさんの幸せだったから、たとえある日急にレ体の主導権がレミリアさんへ戻った時のことも、あまり心配せずに行動ができていた。

 

 けれど、この人は……

 

『ピナちゃんに異世界転生ってマジか……。ゲームでは大変楽しませてもらったけど、実際には転生したくないハードモードな世界観かつキャラクターやぞ……』

 

 この人はわたしのことが好きで、友達になりたいと思ってくれていた。憧れてくれていた。

 でも、わたしになりたいなんて思ったこともなくて、レミリアさんと違ってわたし自身の努力はもちろん必要だけど、彼女がいなくたって幸せになることが出来る環境だった。

 

 更に彼女は「転生」と「憑依」の違いを、理解していた。

 転生なら、前世の記憶を取り戻したことで、今世の人格が前世のものに塗り潰されたとしても、その魂は同一だから体を奪った事にはならない。

 けれど転生なら、「ピナ」としての記憶も引き継いでないとおかしいのに、それが出来てない事で彼女は憑依だと判断したし、それは正しかった。

 

 この人は、とても優しい人。

 大切な人の為なら、どれほど傷ついても我慢できてしまう人。

 だからこそ、耐えられなかった。

 

 私の体と人生を奪っている事実が、耐えられなかったからこそ、わたしの為だけじゃなくて自分のためにも、わたしに体を返そうとしていたんだ。

 

 ……ただでさえこれだけ温度差があったというのに加え、エミさんは11年という年月の積み重ねで得た、人間関係やこの世界への愛着があるからこそ、世界を救いたいと自発的に思えた。

 けど、彼女にとってこの世界は決して嫌いではない、むしろ好きだけど、愛着はまだ生まれていなかった。

 救世なんて、他の誰かに任せて逃げ出したいぐらい、怖くてプレッシャーだった。

 

 だけど、この人は優しくて、我慢強いから……

 

『一緒に頑張って、世界を救おうね!』

 

 同じ境遇だから、わかってもらえると思っていた。

 逃げ出したい、頑張りたくないという弱音を吐き出したかった。

 けど本当に逃げる気はなくて、ただ愚痴を吐いてスッキリしたかっただけ。

 でも、察しのいい彼女はわかっていたから。

 

 エミさんにその弱音を溢したら、彼女は責任を感じて本当に自分を逃して、エミさん一人で頑張ってしまう。

 

 本当にこの人は、エミさんのことが好きだったから。

 だから……だから…………

 

『エミさん。私は大丈夫だよ』

 

 吐き出さず、溜め込んで、隠し通すことを選んでしまった。

 

『エミさんがいてくれて良かった。おんなじ境遇のエミさんがいるから、私はいくらでも頑張れるよ』

 

 嘘なんかじゃない。いくらでも頑張れるのは本当。

 ただ、平気じゃなかっただけ。

 プレッシャーで潰れかけながらも、それを隠して頑張ってしまったんだ。

 

 エミさんは悪くない。隠して、「大丈夫」と言って、頑張ることを選んだのはこの人自身。

 けれど二人の温度差は致命的で、エミさんは知らず知らずのうちに、彼女に寄り添うどころか逃げ道を塞いで、この人がこの結末に至る道に誘導してしまった。

 

 その事に、聡明なレミリアさんは気づいてしまった。

 だから、立つこともできずに座り込んで、ただ涙を流し続ける。

 

 レミリアさんにとっての神様が犯してしまった、善意によるあまりに残酷な悲劇が、彼女を支えていた全てをへし折ってゆく。

 

「ぴ、ピナ……? いや、ピナでは……ないのか?」

 

 泣くと言うより、この人を見つめて涙をただ溢すことしかできなくなったレミリアさんの傍で、彼女に寄り添っていたスフィアさんが戸惑いながら顔をこちらに向け、語りかける。

 

「私には……君の言ってることがほとんど理解できてないと思う……。けれど、君が君の言う通り……本物の星の乙女ではなく……、ピナ・ブランシェでなくても……君は、悪意で本物のピナの体を乗っ取ったようには思えない……。きっと……君自身にとっても不本意な、事故だとしか思えない」

 

 魔王様だって真実だと確信できたからこそ全く理解できなかった彼女の話を、彼女の境遇を、スフィアさんはかなり正確に理解して語る。説得しようとする。

 

「なぁ……君は、どうしても消えなくてはいけないのか?

 わたしは……嫌だ。私だって、助けたかったのは知りもしない『星の乙女』じゃなくて……、妹にしたいくらい、可愛いと思った……君だ。

 消えてほしくない……ここに、いてほしい……」

 

 震える声で、騎士としての誇りでかろうじて泣かずに、飾り気のない本音を訴える。

 その訴えに、この人は答える。

 

「……ありがとう、スフィアさん。

 私もあなたが大好き。……でもね、」

 

 揺るがない笑顔のまま

 

「ここでピナちゃんを犠牲にしないことを選ぶ私だからこそ、スフィアさんは好きになってくれたんでしょう?」

 

 好きだからこそ、知りもしない誰かを犠牲にしてでも生きてほしい。

 けれどそれほどその人が好きなのは、そんなことを絶対にしない、優しい人だから。

 

 あまりに残酷な矛盾を突きつけて、スフィアさんの懇願を跳ね除け、スフィアさんから騎士としての誇りが涙と一緒に崩れて溢れていく。

 

「な、なぁ、君の話からして、君の中に本物……と言うより本来の星の乙女の魂が存在しているが、肉体の主導権は君が不本意ながら奪ってしまっていると解釈しているが、合っているだろうか?」

 

 スフィアさんも轟沈したことで、更に周りがどうしたらいいか分からず混乱する中、メガネをかけた彼女の世界でいうチャイナドレスに近い格好の魔族の女性が、戸惑いながら確認を取る。

 

 確か魔王様の妹のミザリーさんは、その答えを聞く前に何とか知識を、可能性を絞り出して、訴えかける。

 彼女もわたしも犠牲にせずに済む方法を。

 

「なら、同居している状態の体から、別の体に魂を分離できれば、君は消える必要なんかないだろう?」

「別の体って、誰の体?」

 

 けれどミザリーさんの提案だって、とっくの昔に考えて縋って、けれどダメだと諦めたもの。

 その諦めた理由を笑顔のまま端的に尋ねることで、ミザリーさんを黙らせる。

 

「ホムンクルス的な人工生命体を作るって手段もあるけど、その人工生命体が出来上がるまでやっぱり、ピナちゃんの人生を使い潰すの?

 そして、魂を体から分離する方法なんて、誰が知ってるの? どんな実験をするつもり?

 ……結局、誰かしらが大きな犠牲を払うのなら、その犠牲は私であるべきでしょう?」

 

 更にそのまま、上げられる可能性とそれに伴う犠牲を答え、結局結論は最初に戻る。

 

 怒っているのでもなく、呆れているのでもなく、どこまでも穏やかに、優しく、幼い子供に字でも教えるように、彼女は伝える。

 

「ごめんね、レミリアと優しい皆。

 でもね私、決めてたんだ」

 

 ずっとずっと前から用意していた、お別れの言葉を。

 

「私、最初からずーっと、消えてしまいたかったのを、『ピナちゃんに安心して体を返すまで』って目標で頑張ってきたから……もう、疲れちゃった」

 

 この人は、強くなんかない。

 変な子の部類ではあるけど、普通の女の子でしかない。

 世界を救う覚悟も、悪魔となって地獄に落ちる覚悟も、本来なら決められる訳なんかない、普通の女の子だった。

 

「私はもう……本当に帰りたい世界には戻れないから……、何にもないから……だからせめてこれだけは……、ピナちゃんの代わりに世界を救わなくっちゃと思ったけど、……それぐらいしたら天国に行けたかもって期待したけど……、結局私は余計なことをして、レミリアに全部を押し付けた。

 思い知ったね。所詮、石ころは石ころだって」

 

 この人の世界、この人の国のかなり特殊な色んな宗教がごちゃ混ぜの、この人が想像する死後の世界。

 親より早死にした自分は地獄に落ちる。

 彼女本人が意図したものでなくても、他人の体を奪って、わたしの人生を奪っているのなら、尚のこと天国に行けるわけがない。

 

 だからせめて、わたしが負うはずだった苦労や苦難を受け持って、世界を救えば、それらの罪は帳消しになって、天国に行けるかもしれない。

 

 ……そんな風に思うぐらい、彼女は帰りたかった。もう一度、会いたかった。会って、謝って、お礼を言って、お別れをしたかった。

 それができないのならせめて、いつかみんなが来ると信じてる天国に行って、待っていたかった。

 

 世界を救って、憧れの女の子はちゃんと幸せになったよと報告して、褒めてもらいたかった。

 

 ただそれだけの……、家族や友達に会いたかっただけの……早死にしてしまった女の子だったんだ。

 

「金メッキの石ころが、星である事に疲れちゃった」

 

 この人は、強いから頑張れたんじゃない。

 何にもないから、ただいつか消えるその日の消え方を選んだだけ。

 選択肢なんて、それだけしかなかった。

 

「でも本当にレミリアには感謝してるんだよ。

 最悪、私が諸悪の根源である悪魔って事にして消えようと思ってたけど、それすると明らか人格が別人ってわかっても、やっぱりピナちゃんの安全は保証できないからさ。

 ありがとう、レミリア。『星の乙女』の名誉を、回復してくれて」

 

 ……あの、私の名誉を地に落とす覚悟も決めた、悪魔になってレミリアさんの名誉を守ることすら、この人は自分一人で背負って地獄に落ちるつもりだった。

 

 この人が地獄に落ちるなんて嫌だったけど、わたしを巻き込んでも彼女自身がしたいことをしてくれることは嬉しかったのに……、結局この人はどこまでも一人きりで消えようとする。

 

「……わたくしが……助けたかったのは……『星の乙女』なんかじゃないわ……」

 

 ただ涙を溢す美しい人形のようになっていたレミリアさんが、唇を戦慄かせて言った。

 人形のような無表情から、人間らしい、くしゃくしゃの泣き顔になって、か細い声で、それでも怒りを露わに訴える。

 

「わたくしが……助けたのも……一緒にいたいのも……あなたよ……。あなたなのよ!!」

「ごめんね」

 

「星の乙女」を否定して、彼女を、わたしなんかじゃなくてあなたを求めているのに、この人は困ったように笑って、レミリアさんから背を向けてしまう。

 

「待って! 待ちなさい!! 待ってよ!!」

 

 立ち上がれないまま、手を伸ばす。

 けれどレミリアさんの手は、あんなに膨らんだスカートを掴むことができず、宙を掻く。

 

「許さないわよ! 絶対に、あなたでも許さない!!」

 

 レミリアさんの言葉に、振り向かず、答えもしないまま、この人はバルコニーの方は足を向ける。

 その歩みを誰も止めることができず、むしろ恐るように道を開ける。

 

 この人にとって天国は空の上だから……、そこに行けないことはわかっていても、最後に一目見たかったから。

 

 そんな思考が流れ込むと同時に、私の周りにいつもあった彼女の知識や思い出が沈んでいく。

 

 耐えることをやめたから、この人が、この人の心が、魂が、絶望に沈んでいく……。

 

「待って……待ってよ……行かないで……きら、嫌いになるわよ!!」

 

 この人の心が崩壊して、沈んでいくのをわたしは泣きながら、嫌だ、やめて、お願いと懇願する中、レミリアさんも「エミさんのレミリアさん」も、貴族としてのプライドも、全てを取り繕えず、投げ打って縋って、あまりに幼くて拙い脅し文句を投げつける。

 

 その言葉には、止まってくれた。

 止まって、振り返ってくれた。

 

 心は絶望に沈みながら、どこまでも清々しい笑顔で告げる。

 

 

 

「それがいいよ。

 私なんか嫌いになってさっさと忘れて……ピナちゃんと仲良くなるのが一番いい」

 

 

 

 どうしようもない隔絶を、突きつける。

 

 本心からレミリアさんの幸せを彼女は願っているからこそ、嫌いになるは脅しにならず、望んでいると答えられてしまって、もうレミリアさんに彼女を止める手段は何もなくなってしまった。

 

「いや……いや……やだ……もう嫌だ……もう……大好きな人がいなくなるのは……もう……」

 

 もう泣き落とししかなくて、その涙とあまりに幼いレミリアさんの悲しみは、確かにこの人の心に届いている。痛くて、苦しくて、彼女の心も泣いている。

 けれど、彼女は止まらない。

 ここで止まってしまったら、わたしを犠牲にしたのはレミリアさんになるから。

 

 彼女を愛しているからこそ止めようとする人たちを、彼女も愛しているからこそ、わたしを犠牲にする加害者にしたくないから

 

 だから、その罪悪感をさらに自分を沈め、わたしを浮上させる材料にして、彼女はーーーー

 

 

 

 

 

「消えないでくれ」

 

 

 

 

 

 沈むはずの心が、掴まれた。

 

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