ここだけピナに憑依転生したのがリィナじゃなくて   作:淵深 真夜

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ここからあにまんに投稿できてなかった話です。


星が帰る空

 誰も近づけなかった。

 意味がわからなくて、訳がわからなくて、状況が理解できなくて固まる人がほとんどで

 

 スフィアさんやミザリーさんのように、多少なりとも彼女の言うことを理解しても、信じることができなくて、信じたくなくて

 

 それでも、彼女がどんな形であれ消えて、いなくなってしまうことだけは、きっと皆、理解できていた。

 

 それを止めたい人はたくさんいたけど、レミリアさんのように手を伸ばせる人は、ほとんどいない。

 バルコニーに向かう彼女を止めるどころか、道を開けてしまう。

 

 それは、得体の知れないものに対する恐怖ゆえだったのかも知れない。

 もしくは、触れてしまったらそれこそ煙のように、何にも残さず消えてしまいそうだと思ったからかもしれない。

 

 誰も、何も出来ないまま、ただ最後に空を見たいと思った彼女がバルコニーへ、自分が消えると決めた場所まで歩いていくのを見ることしかできない中

 

 一人だけ、駆け出した。

 

 バルコニーに一歩、足を踏み出して外に出てしまう前に、その手に触れた。

 

 恐るように、壊れ物に触れるように、けれど、「離したくない」という切なる想いが伝わる、そんな力加減。

 

 傷が癒えた、彼女が初めて会った時から「指が長くて爪も綺麗な手だな」と思っていたし口にも出していた手が、指が、縋るように掴んで離さない。

 

「消えないでくれ」

 

 今にも泣きそうな顔で、真っ直ぐ射抜くようにその人は彼女を見て言った。

 

「……店主さん……」

 

 その人の眼に映る彼女の笑みが、揺らぐ。

 穏やかな、もう決めてしまったから何も変わらない笑顔が保てない。

 

 ……そうだろうね。

 

 あなたは最後の仕上げとして、レミリアさんが憎しみのあまり、加害者でもあるけど間違いなく被害者でもあるウィリアルド王子達に過剰な復讐をしかねなかったから、それは絶対にエミさんが望まないことだから、少しでもレミリアさんをスッキリさせて、あの日の恨みで曇ってしまった目を晴らし、あの日の彼らと同じことをしないようにした。

 その時から、あなたはあんなにも会いたかった、会えて嬉しかったこの人を見なかった。

 わざと意識しないように、視界に入れないようにしていた。

 

「消えないでくれ。

 少しでもこの世界が好きなら、レミリア様や他の君を思う人と一緒にいたいのなら、……幸せになりたいのなら、ここにいてくれ」

 

 だって、この人には用意出来てない。

 

「……本当に、この世界が嫌いなら、もうレミリア様たちといる事にすら疲れたのなら……、本当に、本心から消えてしまいたいと思っているのは…………」

 

 用意なんて出来なかった。

 

 

 

「俺も一緒に消える」

 

 

 

 お別れの言葉なんて、用意出来なかった。

 

* * *

 

「な……んで……店主……さん……が?」

 

 消えないでほしいと望まれる事は、まだ予測も覚悟もしていた。

 でも、「一緒に消える」なんて言葉は、想像してなかったから、保てなくなった笑顔が、戸惑いというより悲しみと拒絶で歪みながら尋ねる。

 

 見たくない、目を逸らしたいという彼女の弱音が、わたしに隠す余裕すらなくしてダイレクトに伝わるくらい、この人は彼女の「決めていた終わり」に対する致命傷。

 

 そのことをきっと、彼女と同じくらい察しの良いこの人は気づいた上で、そこにつけ込んだ。

 

「君がいないと、生きてゆけないからだ」

 

 真っ直ぐに、彼女だけを見て、親しくなっても全然素直ではなかった人が、単純な言葉で答える。

 

「俺は、君が本来いるべき場所に、いたい世界にいられるよう、その為にここまできた。

 君が心から笑えるように、自然に、自由に、幸せだから笑う君を、もう一度だけでも見たかったから……ただその一心で、ここにいる。

 

 ここで終わりにする為じゃない。

 ここから失ったものを取り戻して、また始めてほしいから俺は……君に、会いにきた。

 

 レミリア様に協力したのも、ルグラーツェの発展も、全部がついでのなりゆきだ。

 

 俺は……、君がこの世界にいてくれるのならそれだけでいい。他は何もいらない」

 

 この人の傷を癒した時とは逆に、店主さんが彼女の手を包み込むのように両手で握って、伝える。

 あなたが最も大切だと。

 あなたが世界であり、唯一であると。

 

「……店主さんって、私が思うよりずっと私のことが好きなんだね。

 でも…………」

 

 その言葉に、怖がるように彼女は震えながらも、無理やり虚勢を張って、戯けて、絞り出す。

 彼にだけは使いたくなかった、切り札を。

 

「それは私が、なんの罪も非もない女の子を、犠牲になんかしないからでしょう?」

 

 自分で出した切り札に、彼女の心が取り繕えない悲鳴を上げる。

 わたしに隠していた、わたしに知られたくなかったはずの、彼女の女の子としての本音が泣き叫ぶ。

 

(お願い、やめて、選ばないで)

 

(他の人ならいいの。完全な別人なら、個人として見て、選んだのなら、悔しくても納得して諦められるの)

 

(お願いだから、ピナちゃんと私を比べないで)

 

(偽物と本物として見ないで。比べないで。選ばないで)

 

(ピナちゃんを選ばないで!!)

 

 立ち絵すらないモブ、攻略キャラではないからと、名前を聞くことすら諦めて押し殺した想い。

 でもそれは同時に、ゲームの中ではきっと店主さんもわたしも、お互いになんとも思ってなかった証明であり、……彼女がひとりじめにしてもいいものだった。

 彼女だけのものだった。

 

 酷い矛盾を突きつけて、彼女が大切だからこそわたしを選ばせる事に、彼女本人が一番傷つきながらも、それでもこの人は突きつけた。

 

 もう、選んだ終わりしかないから。

 後戻りなんか出来ないから。

 

 覚悟なんかではない、ただのヤケクソに過ぎないものであることを、きっとこの人は、店主さんは理解していた。

 

 彼はあの日、彼女に香水を握らせた、握らせてしまった時と同じように、安心させるように淡く、柔らかく微笑みながら、答えた。

 

「言っただろう? 『何もいらない』って」

 

 包み込むように握っていた手の力が、少しだけ強くなる。

 

「俺は多分、お嬢さんが思ってるよりズルくて、身勝手な人でなしで……そして、お嬢さんが思うよりずっとずっと君が大切だ」

 

 離れないように、離さないように、離れていかないでと縋るように。

 

「確かに俺は、君がなんの罪もない誰かを犠牲にするような事はない、優しい子だから好きなのは確かだ。

 そんな君だからこそ、俺はここに来れた」

 

 彼女の言葉を肯定して

 

「だから、全部俺のせいにしてくれ」

「え?」

 

 この人は、選び取った。

 

 

 

「お嬢さん以外、何もいらない。

 星の乙女も、レミリア様や魔王様からの信頼も、世界の平和だっていらない。

 君が言う本物の『星の乙女』を犠牲にしてでも、君がいい。俺にとってこの世界にいてほしいのは、君だ」

 

 

 

 見知らぬ他人である私はもちろん、ここに至るまで共に歩んだであろうレミリアさんも、敬愛しているであろう魔王様も、そして世界そのものよりも

 

 この人を、選んでくれた。

 

「……何を……言っているの?」

 

 悲鳴のような望みが叶ったのに、彼女はそれを喜ばない、喜べない。

 だからこの結末を選んだのに、そんな彼女だからこそ惹かれたはずなのに、店主さんも選んで決めた。

 

「やめて……そんなこと……冗談でも……説得のためのその場限りでも言わないで!!」

 

 その選んだものを信じたくなくて、店主さんを加害者にしたくなくて、店主さんのせいにできる訳がないから叫んで撤回を、否定を求めるのに、店主さんは引いてくれない。

 

「冗談でも、その場限りでもない。

 ……本当はあの日、香水ではなく今のように言ってやるべきだったと、ずっとずっと思っていた。君が本当に逃げたい時、逃げ出せるように、『世界なんて救わなくていい』と言うべきだった……、いや、これは欺瞞だな」

 

 穏やかな笑みがグシャリと崩れる。

 あまりに悔しげで、苦しげで、それでも意地のように笑ってこの人は伝える。

 

「君のためなんかじゃない。全部、俺自身のためで、君の自由を奪った奴らと俺に、大差なんてない。

 君が傷つくぐらいなら、君が危険な目に遭うぐらいなら、世界なんかどうでもいいから、世界なんて見捨てて一緒に逃げてしまいたかった。

 香水だって、君に友達ができること、増えることを望んだんじゃない。

 君を傷つける奴がいなくなって欲しかったから、君を傷つけるものから守る壁や盾が欲しかったから、綺麗な言葉でお嬢さんを丸め込んで、使わせて……その結果が……このザマだ」

 

 かろうじて笑みは浮かべているけれど、店主さんの両目からボロボロと涙が溢れる。

 後悔に塗れながら、懺悔するようにこの人のためじゃなかったと、あまりに身勝手な望みだったと告白する。

 

 彼女の為ではなかったけれど、それは彼女の本音に、弱さに、一番寄り添ってくれていた望み。

 

「お嬢さんの意思や覚悟を尊重したんじゃない。

 結局俺は、君と比べたら世界なんてどうでもいいと思いながら、本当に世界を敵に回す覚悟なんかなくて、……君が世界より俺を選んでくれる自信がなくて、手を伸ばす勇気もなくて、逃げただけ。

 俺の知らないところでも、同じ空の下で君が幸せに笑っていられるのならそれでいいと言い聞かせて、妥協して、勝手に満足していた。

 

 ……君が、どれほど傷ついているかも、どんな地獄にいるのかも知らないで、あまりに愚かで浅い妄想に浸っていたんだ」

 

 店主さんが彼女の手を握る力が、また少し強くなる。

 けれどこの手は怖くない。

 怯えるような、恐れるような、震える指先がむしろ心配で仕方ない気持ちが流れ込む。

 

「……もう、嫌なんだ」

 

 笑顔が、決壊する。

 

「俺の浅はかな考えで、君を傷つけるのも、不幸にするのも、俺の手が届かない、見えない所で、君が泣いているという事実だけを知るのも……もう、嫌なんだ。

 

 世界を敵に回すよりも……、耐え難い苦しみを知った。

 ……苦難に耐え続けた同胞よりも、……俺たち以上の苦しみを背負って守ってくれた恩人よりも、……君が苦しむのが、嫌だ」

 

 泣きながら、彼女を助けたいのに、助けようとしているのに、彼の方が助けを求めるように訴える。

 

 この人の不幸が、

 彼女が泣くのが、

 あなたが苦しむのは嫌だと、店主さんは泣いて、苦しんで、訴える。

 

「……なんで……?」

 

 その涙に、苦しみに、訴えに、心が揺さぶられるからこそ、彼女は尋ねる。

 

「……何で……私なんかを……そんなに想うの?」

 

 怯えて、答えなんか聞きたくないのに、聞きたくないからこそ終わらせてしまいたかったという弱音がやっと、わたしにも届いた。

 

「……魔族が……迫害されず……堂々と生きて行ける世界にするって……言ったから?

 ……それなら……私は言っただけ! 口先だけで私は、何も出来なかった!! あなた達の為に何かしたのは私じゃなくて全部レミリアで……私じゃないの。

 

 ……ううん。……たとえ、私が……あの日……語ったように……『親友』と救世の旅に出たとしても……、世界を救うのは……私じゃないの。

 私は……本物から借りただけの……偽物。……星なんかじゃない、金メッキでしかない、……石ころなんだ」

 

 何もいらないと言われても、一緒に消えると言われても、信じきれない、疑ってしまう予防線。

 きっとこの不安が真実なら、「ほら、やっぱり」と思える予防線を張っておかないと、本当に予想外だったとしたらもう、耐えられないから。

 

 天国に行くことも、生まれ変わることもできないぐらい、この魂が粉々になるぐらい、あなたは恐れているからこそ、信じない。

 

 あなたは自分を「金メッキの石ころ」だと思っているからこそ、「特別扱い」が怖くて仕方がない。

 メッキが剥がれた時、「特別」でなくなった時、失うのが怖い。

 けれどそのメッキを保ち続ける自信なんてない。

 

 だから、怖くて、信じられなくて、予防線を張って自分で傷ついて、傷を浅くしようとする。

 傷つく前に、逃げようとした。

 

 でもね……それはしなくて良かったこと。

 あなたの世界で言う、杞憂というもの。

 

 その証拠に、ほら。

 

「…………石ころ……か」

 

 彼女の悲痛な拒絶と否定に、店主さんは傷つくどころかあんなにも辛そうに、苦しそうに泣いていたのが、キョトンとした顔になってから呟く。

 

 涙の跡が鮮明に残っている顔に、再び笑みを浮かべて。

 

「……初めはな、本当におかしなお嬢さんだと思った。

 悪い子ではない、むしろ良い子だと確信できたが、とにかく面白いが色んな意味で大丈夫か? と初対面から心配な子だったな」

 

 彼女に安心させるようにではなく、おかしげに、懐かしむように、店主さん自身の感情を素直に表している笑顔で、あのどうしようもない初対面の印象を語る。

 

「知れば知るほど、良い子だと思って疑う余地はなくなったが、訳がわからない子なのも変わらなかったな。

 星の乙女だと言われても全く信じられなかったが、もうそんなのどうでも良いからとりあえず落ち着けって意味で信じられないぐらい、お嬢さんは恥ずかしがって混乱して、支離滅裂だったよな」

 

 もはや自傷行為どころか自殺同然の否定がサラッと流され、そのまま普通に恥ずかしい思い出話をされて、店主さんに手を掴まれてからずっと青かった顔色が徐々に羞恥で赤くなる。

 

「俺が魔族だと分かっても、知ってても、恐れなかった理由を一生懸命話してくれてたのは分かったが、最終的に雑に俺の容姿を褒めて終わらせたのは流石に笑った」

「ざ、雑じゃないです! 私なりに真剣で本音です!!」

 

 そしてここでも相変わらずの、思考がノータイムで口から飛び出て、店主さんを爆笑させる。

 あの日と同じように、店主さんは笑って、笑って、……涙を浮かべて笑って言った。

 

「それが、嬉しかった」

「え?」

 

 彼女の問いに対する答え。

 

「側から聞けば、支離滅裂で訳がわからなくて、雑に終わったくだらない雑談の一部でしかない言葉。

 けれど、君が君なりに、一生懸命に考えて、伝えてくれた言葉。

 

 ……俺が怖くないと伝えてくれた。俺を『魔族』でも、『悪魔』でもない、『特別』ではない、ただの隣人や路傍の石に等しいと言ってくれた。

 ––その上で、『俺』を特別だと言ってくれた。君なりの、真剣な本音で。

 

 ……他人やお嬢さん本人にとっては石ころのような言葉でも、俺にとって確かにそれは『星』だったんだ」

 

 特別ではない、ただの女の子からの、一生懸命な言葉こそが『特別』だったと。

 メッキが剥がれた石ころこそを、「星」だと答えてくれた。

 

 予防線が無駄になり、全く予想していなかった部分を突かれ、ポカンとする彼女に店主さんは更に伝える。

 

「……『特別』扱いは、怖いよな。

 悪い意味での特別はもちろん……良い意味でもそれは『自分』を見てくれていない、『特別』じゃなくなればもう見向きもされない不安が付きまとう。

 同じように、『特別』な人に助けられ、手を差し伸べられるのも……怖いな。

 その人から与えられたものと同じものを返せる自信もなくて……、何より……身勝手な考えだが……みじめだ。

 特別な人に助けてもらわないといけないほど、『特別』不幸で無力な自分を思い知るから……。

 

 だから……結局、これは身勝手な想いだ。綺麗なんかじゃない。

 それでも……確かに嬉しかった。

 特別ではない、その他大勢と認識した上で、その中から俺を見つけてくれたこと。拙くて、支離滅裂で、一生懸命に君の言葉で、星の乙女ではなく君自身の言葉で伝えて、笑いかけてくれたことが……俺にとって何よりも眩い、どんなに遠くあっても守りたい『星』だった」

 

 店主さんも本来なら、ここにいる謂れなんてない、ゲームで言う立ち絵もない名無しモブであり……、彼女が自認している、わたしの体に憑依しなければ同じ「その他大勢」だからこそ、理解してくれた。

「特別扱い」がどれほど重荷だったか。

「特別」な人達から差し伸べられる手が、嬉しくあっても、辛くて、悔しくて、みじめで、消えてしまいたいという気持ちを加速させていたかを。

 

 だからこそ、彼女とのあのやりとりが、日常の延長どころか日常そのものこそが、彼女にとっての宝物だったものが、この人にとっても何よりも尊い光そのものだったと語る。

 

「ごめん……」

 

 柔らかい、嬉しくて幸せで仕方がないと言わんばかりの笑顔が、また後悔で曇って俯く。

 

「分かっていたのに……、分かってやれたのに……、世界なんて救わなくて良い、星の乙女なんかじゃなくていいと言えたのに……、結局俺は臆病風に吹かれて、言えなかった。

 卑怯な提案をして、物分かりのいい大人のフリして、諦めようとしていた……。

『星の乙女』じゃない君自身が、大切で仕方がないくせに、『星の乙女』だからと君に手を伸ばすのを諦めた」

 

 この人にとって嬉しかった「特別」ではなく、この人も厭った「特別扱い」で彼女を遠ざけた、手放したことをまた泣きながら謝る。

 

「だからもう……諦めない。諦められないんだ」

 

 俯いた顔を上がる。

 泣きながら、真っ直ぐに彼女を、あなたを見てこの人は伝える。

 訴える。

 

「君がいない世界なんかいらない。

 

 君が消えてしまいたいと言うなら、俺もこの世界から消える。

 けど……少しでもこの世界が好きなら……、俺じゃなくていい、レミリア様や他の誰かと一緒にいたいのなら……、ここで、幸せになりたいと望むのなら……、全部俺のせいにしてここにいてくれ。

 

 俺が、何を犠牲にしても、今度こそ世界を敵に回しても君を守るから。

 ……だから、……君の側にいさせてくれ。

 

 ……いつ消えたって誰も気にも留めない、ちっぽけでみそっかすの星屑でいいから……俺は、君の側にいたいんだ」

 

 その言葉は、確かに彼女に届いた。

 自分に自信がなくて、たくさんの予防線を張って信じないようにしていたものが、信じるしかなくなって

 

 その想いが、気持ちが、嬉しくて嬉しくて仕方がないからこそーーーー

 

 

 

「––––いやっ!!」

 

 

 

 泣きながら、拒絶した。

 

* * *

 

 泣きながら、店主さんの手を振り払う。

 心臓を刺されたかのように傷ついたその顔に、彼女の心が、魂が粉々になりそうなほど軋む。

 

 それでもこの人は、店主さんの気持ちを受け入れられない。

 

「何で……どうしてそんなことを言うの!?

 せっかく決めたのに! どうして! やめて! お願いだからもうやめて!!

 

 本当に、ピナちゃんや世界を犠牲にできる人じゃないのに、そんなこと言わないで!!」

 

 手を振り払われ、拒絶されたことに傷つきながらも、それでも諦めずに伸ばした手がその言葉で止まってしまう。

 彼女の言う通り、この人が消えて欲しくないのは、他の誰かを犠牲にするような人ではないからと同じように、彼女自身だって店主さんが好きなのは、誰かを犠牲にできる人ではないから。

 

 だから、分かってしまう。

 店主さんの言葉に何一つ嘘がないから、わたしや世界を犠牲にしても、あなたを選んだのは本当だと分かってしまったからこそ、泣き叫んでこの人は拒絶する。

 受け入れられない。

 

 その選択に、心が痛まない訳がないことを彼女は知っている。

 どれほどの罪悪感を背負って生きてゆくか、その覚悟を理解できてしまうからこそ

 

 店主さんが大好きだからこそ、受け入れられない。

 

「ソーンさん! その子を離さないで!!」

 

 彼女と根本がきっと似たもの同士だから、店主さんだって分かっていたからこそ、手を伸ばせなくなった時、その躊躇いを断ち切らせる声が響く。

 

 レミリアさんがまだ、座り込んだまま、泣きながら叫んだ。

 

「お願い! その子を離さないで!!

 もう……救われているのに絶望なんかさせないで!!」

 

 あぁ……やっぱり、そうだったんだ……。

 エミさんは、この人が信じ続けたから、信じてと訴え続けたからこそ救われて……、だからこそ絶望したんだ。

 今の彼女と同じように。

 

 店主さんとの会話で、沈めたはずの心はだいぶ浮かび上がっていたのに、今度は悲鳴を上げながら、泣き叫びながら、今にも砕けそうなぐらいに震えて、軋んで、傷ついてまた沈んでいく。

 

 店主さんの気持ちが、あまりに嬉しいから。

 ここで終わりにしたくない、生きていたいと思ったから。

 

 わたしを犠牲にして、ここにいたいと思ったことを、他の誰が許しても、この人自身が許さない。

 

 だから、レミリアさんの言葉で躊躇うのをやめて、「お嬢さん!!」と呼びかけ、彼は手を伸ばすけど、彼女はその手をとても怖いもののように、泣きながら振り払って拒絶する。

 

 そうやって、自分を救おうとしてくれる人を傷つけ、拒絶することがまた罪悪感となり、彼女は絶望に沈み、代わりにわたしが浮上してしまう。

 

「いや……いやよ……いや……消えないで……ここにいて……」

 

 わたしはもう、泣いて縋るレミリアさんに謝ることしかできない。

 

 ごめんなさい、レミリアさん。

 あなたの大切な人を二人とも、助けることができなくて。

 

「いや……助けて……助けてよ……」

 

 わたしの謝罪は、やっぱり最初から同じく誰にも届かず、レミリアさんはあの日の彼女と同じく、泣いて助けを乞う。

 

「助けて……」

 

 同じだと思った。

 けど、違った。

 神頼みなんかじゃなかった。

 

 

 

「助けてよ………………ピナ……」

 

 

 

 ––––あぁ。

 

 わたしはバカだ。

 何を甘えてるんだ。

 いつまで、守られているだけのつもりなの?

 

 何もできない?

 何もしてないの間違いでしょ!

 

 祈るのが怖い?

 彼の傷を癒したのを忘れたの!?

 

 わたしは誰?

 

 わたしは、ピナ・ブランシュ。

 救世の聖女、星の乙女でしょ!!

 

 エミさんや彼女が憧れてくれた、大切な人の為ならどんな苦難も諦めないのか『わたし』でしょうが!!

 

 祈れ! 祈れ!!

 声が届かないのなら! 唯一届くと分かっている祈りに全力を注げ!!

 

 例え世界を滅ぼす呪いに転じたとしても、この祈りは誰にも邪魔させない!!

 

 わたしをずっとずっと守り続けた、その為に女の子の一番清くて大切で尊いものを、何度も諦めて、傷つけられて穢されて、それでも手放さなかったこの人を救えなくて、何が聖女だ!!

 

 誰にも邪魔させない。

 それはあなただって例外じゃない。

 

「いや……嫌だ……もうやめて……もう……諦めてよ……。

 …………諦めさせてよ」

 

 諦めて、幸せになってよ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ぱんっ! と何かが弾けるような音と、眩い閃光のような光が辺りに満ちる。

 

「!? お嬢さん!!」

 

 その音と光に眩みながらも、倒れかけた彼女を店主さんが抱き抱えて、支えてくれた。

 

 倒れかけたけど気を失ったわけではない、ちゃんと起きているけれど、店主さんの腕の中で抵抗せず、ぼんやりとしている彼女に、店主さんは怯えるように、縋るように、今にも泣き出しそうな声音で呼びかける。

 

「……お嬢さん?」

 

 その呼びかけに答えず、彼女はそっと自分の胸に手を当てて、彼女も呼びかける。

 

「………………ピナちゃん?」

 

(––大丈夫。

 わたしはちゃんと、ここにいるよ)

 

 わたしは、彼女の背後で彼女の呼びかけに答えながら、その背中をあやすように、宥めるように、ポンポンと軽く、一定のリズムで叩き続ける。

 まぁ、正確に言うと触れられないから叩いているフリだけど……、伝わっているでしょう?

 

 わたしは、彼女の中で彼女の視点でも、彼女の中から周りを見るでもなく、外に出て彼女を見ている。

 

 完全にわたしの魂が体から離れた訳じゃない。

 彼女とわたしが繋がっている、彼女の戸惑いが今までと同じようにわたしの中に流れ込むけれど、今までと違ってわたしはきっとどこにだって行けるのがわかる。

 

 ……この繋がりを断ち切ることだって、きっと出来る。

 

『やっと会えたね、星の乙女』

 

 弾けた閃光がフワフワと柔らかい優しい光の珠となってパーティー会場を、お城の至る所に漂いながら、わたしに話しかけてきた。

 

(……あなたは、精霊?)

『そう。僕らは星の乙女の守護精霊だよ』

 

 彼女が学んでわたしも知った、星の乙女の力の源と言える存在を口にしたら、その光はリンリンと鈴が鳴るような声とも音とも判別つかない言葉が、わたしの中に直接響く。

 

 そっか……、わたしたちをずっと見守ってくれていたんだね。

 

『やっと解放された』

『星の乙女の魂が封じられて、閉じ込められてからずっと心配してたの』

『そばにいて守ってたよ』

 

 いや、前言撤回!

 そう言えば教えられた時から彼女と一緒に、「見守ってんなら何とかしろ精霊!」って思ってた!

 そんな風に思ってたの!? 守ってたってどこが!? 何を!? わたしの祈り、ちゃんと聞いて!!

 

 彼女によって鍛えられたわたしの怒涛のツッコミに、精霊たちからキョトンと戸惑っている様子だけが伝わってきて、わたしは早々に彼らとの正確な意思疎通は諦めた。

 

 たぶんこれ、存在の有り様が違いすぎてお互いに理解できないやつだ。

 というか、多分わたしのこと『ピナ』って個人で認識してない。精霊にとってわたしは『星の乙女』って存在でしかないわ、これ。

 

 ただわたしに対して絶対的な味方なのは確かで、彼女の中にいた時は「辛い」「嫌だ」「助けて」くらいしか伝わらなかったのが、具体的にどうしたいかも伝えられるようになったし、具体的に伝えたら、精霊たちはそれらを理解はしてないだろうけど、とりあえず手伝ってくれるので、わたしは精霊たちの力を借りてこのままわたしのしたいこと、しなくちゃいけないことを続行する。

 

「お嬢さん! おい、大丈夫か!? お嬢さん!!」

 

 店主さんの呼びかけに応じることなく、彼の腕の中で抜け殻のようにじっとしている彼女の背に、もう一度触れる。

 

(ねぇ、わかるでしょう? 伝わるでしょう? 『わたし』の気持ちが。

 あなたが自分の都合のいいように生み出した妄想なんかじゃない、わたしの……『ピナ』の心が流れ込んでいるでしょう?)

 

 わたしはあなたの中からあなたを見ていたから、流れ込む感情があなたのものだと分かったけれど、気がついたらわたしの体を使っていたあなたにとってわたしは、ずっと中にいて当たり前の存在だったから、中から生じるものだったから、気づけなかったんだね。

 

 きっと全く、わたしの声が届かなかった訳じゃない。

 でもあなたが優しくていい人だからこそ、わたしの声は「自分の身勝手な願望」だと思って、自己嫌悪しながら切り捨ててしまってた。

 

 ごめんね。あなたは何も悪くないのに、あなた自身を嫌いになる要因になってしまって。

 

 でも、今ならもうわかるでしょう?

 

 胸の中にぽっかりできた大きな隙間。

 わたしがいた空白。

 けれど、確かにまだ繋がっているから。

 だから、今度はお互いに外にいるからこそ、中から生じるんじゃなくて流れ込んで来るから、わかるでしょう?

 

(あのね、わたしはあなたが大好きなの)

 

 これは、あなたが責任転嫁で想像のわたしに言わせているんじゃないよ。

 

(あなたが笑っていると、わたしも楽しいの。

 あなたが傷つくと、わたしも痛くて苦しくて悲しいの。

 あなたが幸せじゃないと、わたしだって幸せになんてなれない)

 

 全部、わたしの本当の気持ち。

 あなたに伝えたかったこと。

 

(犠牲なんかじゃない。

 わたしはもうずっと前から、この体はわたしのだとは思えない。あなたのものだと思ってる)

 

 わたしの願い。

 わたしの望み。

 わたしの祈りが何であるかを伝える。

 

(ありがとう、わたしをずっと守ってくれて。

 わたしが幸せに生きる世界をくれるため、いっぱい頑張ってくれて。

 大好き。大好きだよ。

 でも……もういいの)

 

 いいの。

 もう、いいの。

 

(わたしはあなたと出会えたことが一番の幸せだから……、あなたの幸せがわたしの幸せだから……)

 

 もう、我慢なんてしなくていいの。

 

(わたしの体なんてあげる。わたしの人生を、あなたにあげる。

 だから…………)

 

 わたしは大好きな人の背に、縋るように抱きついて、伝える。

 

 

 

(あなたの幸せな生涯を、どうかわたしに見守らせて)

 

 

 

 消えないから。

 消えたくないから。

 ずっと側にいたいから。

 

 だからわたしはもうどこにでも行けるけど、この繋がりは手放さない。

 

 このくらいのわがままは……許されるよね?

 

 そんなわたしに応えるように、抜け殻のようだった彼女が自分を支える店主さんの腕を掴んで、彼にもたれかかっていた体に力を入れて、彼から離れようとする。

 

「お嬢さ……」

「………………名前」

 

 もたれかかって密着していた体勢ではなくなったけれど、先ほどまでと違って振り払って離れることなく、店主さんの腕に触れたまま、俯いたまま、彼女はポツリと呟く。

 

「え?」

「…………私は……あなたの名前を知りません」

 

 様子の一変と唐突な呟きに戸惑う店主さんに、彼女はポツポツと言葉を続ける。

 

 ……わたしにまっさらなまま全部を渡すため、諦めたささいな質問を

 

 戸惑い、怯え、罪悪感に苛まれながらも

 

 

 

「––––あなたの名前を、教えてください」

 

 

 

 涙を堪えながら、訊いた。

 

* * *

 

 名前ならもう知ってる。

 レミリアさんが呼んでいたから。

 

 けれど、そう言う問題じゃない。

 この人から聞かなくちゃ。

 知りたいと伝えて、教えてもらわなくちゃ意味がない。

 

 それをわかっているから、……同じようにきっとずっと前から知っているはずなのに、彼女を決して「ピナ」と呼ばない人は、同じように泣くのを堪えてたクシャクシャの顔で答えてくれた。

 

「…………ソーン。

 俺は、ソーンですよ、お嬢さん」

 

 教えてもらった、ようやく知った名前。

 けれど彼女はその名前を呼ばず、顔を上げて、店主さんを真っ直ぐに見て語った。

 

「……私、ずっとレミリアのところに行きたかった」

 

 あまりに唐突な話に、周囲のただ見るしかできなくなっていた人たち、そしてレミリアさん本人もキョトンとする。

 店主さんだけが、「だろうな」という苦笑をした。

 

「……レミリアに、全部を任せたくなかった。レミリアに全部を押し付けたくなかった。

 私がいなくたって何とかなったから今があるけど、きっと星の乙女の力があれば楽だった場面だってあったはず。

 そんな時に力になれず、ただ助けてもらうのを待つのは嫌だった」

 

 引き離されて、お城に軟禁に近い状態にさせられて、ずっと思っていたことを告白する。

 

「王妃様からレミリアの話を聞いて、廃村だった領地がどんどん発展していってるって聞いて、ますますそこに行きたくなった。

 領民に慕われるレミリアを見たかったし、やっぱり荒れた田畑なら、星の乙女の祈りでもっと楽に豊かに出来たのにって思った。

 

 スフィアさんをレミリアのところに行ってって、送り出したのは私だけど、本当は私も一緒に行きたかった。私も連れ出して欲しかった。

 スフィアさんが、レミリアの隣で、レミリアの役に立てるスフィアさんが羨ましくて仕方なかった」

 

 何をしたかったか、誰と一緒にいたかったかを訴える。

 

「私は……消えてしまいたかったけど、最後は消えようと思っていたけど、その消える時までずっとずっと、レミリアの隣りにいたかった。

 頑張る『レミリア様』を、支えたかった」

「……あぁ。知ってる」

 

 この世界が嫌いなわけじゃない。

 弱音も不満も抱え込んだけれど、それを隠しておきたいくらい、見せて傷つけたくないくらいに大切な人がいたから頑張ったのだと伝える。

 

「私が行きたいと思ったのは、向かいたかったのは、いつだってレミリアの所だった。

 レミリアの為に私だって頑張りたかった。借り物の、偽物であっても力になりたかった。

 ずっとずっとレミリアに会いたくて仕方なかった!

 …………でも………………でも……

 

 

 

 

 

 ……『帰りたかった』のは、いつもあなただった」

 

 堪えていた涙が、溢れる。

 

「ずっと帰りたかった。もう無理だとわかっていても、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが待つ私の家に帰りたかった。

 家に……帰りたかったのに……いつしか、私が『帰りたい』って思うようになったのは、思い浮かべるようになったのは、あなただった。

 あなたの店で、あなたと他愛無い話をするあの時間に帰りたいって思うようになった」

 

 堪えていたものは壊れ、ボロボロと流れる涙と一緒に、彼女自身も触れないで閉じ込めた想いが溢れ出す。

 

「世界を救うなんて、私が星の乙女になってしまったからには背負わなければならない義務に過ぎなかった。逃げなかったんじゃなくて、逃げる度胸も勇気も私にはなかっただけ。

 でも……世界を救えば……瘴気を解決できたら……あなたが……隠れて暮らす必要がなくなって……堂々と生きて行けるのなら……頑張ろうと思えた。

 

 目の前のことで手一杯で、世界のことなんて考えられなかったのに、……あなたの祖国を……救いたいと思ったの。

 ……例え、あなたが祖国に帰っても……同じ大陸にもういなくて、遠く深い海に隔たれても……同じ空の下で幸せに生きてくれるのなら……、私が消えたって、私が出した結果が巡り巡ってあなたの幸福になるのなら……私は報われるって思ったの」

 

 消えてしまいたかったあなたが、残したかった爪痕。

 

「レミリアたちを悲しませるくらいなら、忘れて欲しいし、嫌いになって欲しい。

 だからずっと……別れの言葉を考えていたのに……あなたには……無理なの。

 嫌いになってほしくない……、忘れないで欲しい……、あなたがずっとずっと笑っていられる幸せな世界が欲しいのに、私があなたの消えない傷になってしまえば良いって思ってた。

 

 ……大好きなのに……レミリアが……皆が……大好きなのに……、大好きだからこそ、大好きなピナちゃんに返さなくっちゃって思ってたのに、思ってるのに…………

 

 ……あなただけは、嫌だ。

 シルエットだけの立ち絵じゃない、名無しのモブなんかじゃない、ちゃんとした『人間』で……『私』を見てくれたあなただけは……誰にも渡したくない」

 

 自分を異物で偽物だと思っているから、どんなに大好きでも一線を引いて、初めからずっと諦めていた。

 そんな中で、モブというその他大勢の中からこの人を見つけてしまった。

 出会って、モブでもその他大勢でもなく、店主さんという個人を知って、そしてあなた自身も知ってもらったから、どんなに線を引いても、諦めても、手放せなかった、ひとりじめにしたかったもの。

 

「私が『星の乙女』だと言っても信じてなかったけど、あなたは『こんな残念で凡庸な女が聖女なわけがない』って失望はしなかった。

 嘘じゃないんだろうなって思っても、私が何でも出来る才女だとか、何をされても許す優しさなんか期待しないで、私の愚痴や不満に笑って付き合って、そうだって共感してくれた。

 

 ……石ころの私の為に、香水を勧めてくれた。不安がる私に、おまじないだって言ってくれて……こんなズルくらい、可愛いものだって言ってくれた」

 

 彼女の様々な告白に困惑していた店主さんは、香水の話で悔しげに、悲しげに表情を歪ませた。

 何かを叫ぶように……きっと彼女が嬉しく思っていることを否定する、後悔と懺悔の言葉を叫びたかった唇が戦慄いたけど、言葉にはならなかった。

 

 否定される前に、あなたが泣きながら伝えたから。

 

「あなたのせいじゃない。香水を使うと決めたのは私自身で、他の人達よりも『星の乙女』がどういった存在なのかも、香水の効果もメタ視点でわかっていたのに、あなたやレミリア様の言葉に甘えて使ったのは私。

 ……だからあなたは、自分のせいじゃないと言って良かったのに、本当にあなたのせいじゃないのに……、責任を感じたってレミリアの手伝いで村の発展に協力するぐらいで充分だったはずなのに……、それなのにあなたは……ここに、来てくれた」

 

 ぎゅっと、店主さんの胸元を指先が掴む。

 怯えているのか、その手は小刻みに震え続けているけれど、それでも確かに、自分の意思でこの人は縋るように掴んだ。

 

 その小さな、精一杯の勇気を守るように、手が重ねられる。

 困ったように眉をハの字にした……もう悔しげでも悲しげでもない、困り果てているけど、彼女と同じくらいの涙をボロボロこぼし続けているけど、それでも店主さんは笑って待つ。

 

 彼女の言葉を、隠し通してきた全てを受け止める為に。

 

「あんなクズと同類のフリをして……あんなにも怒っていたのに、私が……私が怯えていたら、あいつに懇願するくらい、わたしを守ってくれた。

 私を……星の乙女じゃない、『ピナ』じゃない私を、ただの客で石ころの私を……ずっとずっと『お嬢さん』って呼んで…………、この手を、掴んでくれた」

 

 店主さんからもらったものを、くれたものを、それがどれほど自分にとって尊いものだったかを語り、だからこそ彼女は懇願する。

 

「みそっかすの星屑なんて言わないで。

 ……あなたは、私の『空』なの。大陸が違っていても、どんなに深い海に隔てられていても、それでもこの空が繋がっているのなら、それだけで救われた。それぐらい、消えることなんかないかけがえのない存在。

 私が、誰かの『星』になれるなら、その『星』が帰りたかったのはあなたなの!!

 攻略対象じゃない、名前も立ち絵もなかったからこそ見つけた、見つけてくれた、見てくれたあなたが…………」

 

 わたしの体で目覚めてから、ずっとずっと迷い続けた、帰る場所を探して求め続けた迷子が叫ぶ。

 自分の帰りたくてたまらなかった、自分が自分であれる場所に、「ただいま」の代わりに隠し通した「ピナ」ではない、彼女が一番大事にしてきた宝物を曝け出す。

 

 

 

 

 

「––––好きです。

 ソーンさん、『私』はあなたが大好きなの」

 

 

 

 

 

 消えてしまいたかった彼女が、「ここにいたい」という未練をようやく吐き出した。

 その吐き出した、曝け出したものが逃げ出さないように、彼は、店主さんは、片手は彼女の手と重ねたまま、空いているもう片手で強く強く抱きしめる。

 

 私の声や想いが届いても、私の体と人生を奪っているという罪悪感が絶対に消えない、苛み続けるこの人の苦しみも罪深ささえも、全てを彼女が例えた空のように包み込んで、店主さんは泣きながら、彼女と同じぐらい泣きじゃくりながら応えた。

 

 

 

 

「俺だって、好きだ! ずっとずっと好きだ! その気持ちだけで、ここまできた!

 お嬢さんが誰であっても、どんな姿でも、誰を、何を犠牲にしたって離したくなんてない!

 

 ––––愛してる」

 

 

 

 

 

 わたしがどんなに言葉を尽くしても、この人から罪悪感は消えない。

 けれど、それでもその言葉がようやくこの人の「消えてしまいたい」という叫びを、「ここにいたい」という想いが上回った。

 だからわたしは彼女の背中に泣きつくようにしがみついて、わたしの気持ちを全部伝える。

 

 良かった。

 嬉しい。

 ありがとう。

 幸せになって。

 わたしは幸せだよ。

 

 わたしの想いが、気持ちが、決して消えることはないけれど彼女の罪悪感を薄めて行くのを感じて、私も泣きながら安堵した。

 

 ねぇ、レミリアさん。

 わたし、少しは星の乙女らしくできた?

 

 わたし、あなたを助けることが出来たものすごく嬉しいよ。

 

 

 

 

 

* * *

 

「そうかそうかそうか!! 店主! 君はそういう実は一途で情熱的な奴なんだな!!

 いいぞ! 素晴らしい!! 次の演劇の主役は君で決まりだ!!

 誰か!? ここに劇作家はいないのか!? いないのなら紙とペンをここに!! 記憶が鮮明なうちに二人のやりとりを書き留めたいのだが!!」

 

 ……わたしがそんな安堵や達成感に浸る余暇は一瞬でした。

 爆発するような盛大すぎる拍手を一人で叩き出しながら、あのなんか顔の濃い人が何故かやたらと興奮しながら叫んで、思わずわたしどころか泣きじゃくりながら抱きしめあっていた二人もポカンとそちらを見る。

 

 そして濃い人の言動が呼び水になってしまったのか、他の人たちも最初は躊躇いがちにパチパチと拍手をし出して、でもその数が増えるにつれて拍手の音が数だけのせいじゃない大きさになって、他の人たちも濃い人と同じように騒ぎ始めた。

 

「ありがとう! ありがとう店主さん!!」

「よかった〜星の乙女様が消えなくて〜! あれ? 星の乙女じゃないんだっけ?」

「もうどっちでもいいですわ!

 おめでとうございますお二人とも!!」

「ロレーヌ子爵! 一刻でも早く演劇の公開をお願いします!!」

「100回は観に行きます!!」

「お二人ともぜひ本人役で出てください!!」

 

 濃い人の拍手や発言は訳がわからなすぎてポカンだったけど、他の人たちの拍手と発言でようやく二人は先ほどまでどこで何をやっていたのか、完全に二人の世界になって何を言い合っていたのかを理解してしまい、二人とも涙が完全に引っ込んで真っ赤になってしまい、思わず弾けるように離れてしまう。

 

「っっこの! 大馬鹿!!」

 

 ……このタイミングなのは偶然なのか、それとも見計らっていたのか、とりあえず我慢をやめたらしいレミリアさんが、二人が離れた瞬間に飛び込んで、店主さんをわりと雑にポイっと横に押しのけて彼女にしがみついた。

 

「この! ばかばかばかばかばかばかばかばかあああぁぁぁっっ!!」

 

 しがみついて、泣きじゃくって、エミさんのレミリアさんを全然取り繕えてない、けど絶対にエミさんだって同じことをすると思えるぐらい、ただ「ばか」を連呼する。

 

「ばか! もう、あなたなんて嫌いよ! 大嫌いよ!!」

「……うん、ごめん。ごめんね、レミリア」

「謝ったって許さない! 一生、許してやらないんだから!!」

 

 そんなレミリアさんに目をまん丸くしてからこの人は苦笑して、背中をポンポンとあやすように叩きながら謝るけど、レミリアさんは完全に駄々っ子になってる。

 嫌いだと言いながら、絶対に離すものかという意思を感じる、縋るような抱擁を解かず、レミリアさんは泣きながら言った。

 

「絶対に一生許さないから、一生離してやらない!!」

 

 この人が有言実行することは、わたしも彼女も店主さんも魔王様も、みんな知ってる。

 だからこそここまで来たことを、エミさんのことを知らない人たちでもわかっているからこそ、その言葉に思わずみんな笑ってしまう。

 

『この人すごく怒ってる』

『星の乙女、大丈夫?』

 

 ただ文字通り人の心がわからない精霊たちは、レミリアさんの発言をそのまま受け取って、わたしの心配をしだしたから、わたしは苦笑して答えておいた。

 

(大丈夫だよ。

 ……わたしたちはね、やっと帰って来れたの)

 

 わたしの言っている意味がわからず、精霊達は困った様子を一瞬見せたけど、わたしが本気で困ってない、喜んでいることは分かったからか、『なら良かった』と納得して、彼らも嬉しそうに光の珠としてその辺を飛び回る。

 

 どこまでも人とは分かり合えないその有り様に、正直言ってちょっとうんざりもしたけど、まぁ納得してくれたのなら良かった。

 

 わたしたちは、帰ってきたの。

 どうしても真面目な話が長続きしなくて締まらない、でも、だからこそみんなが笑って終わることができるこの世界に。

 

 オトキシなんてゲームじゃない、「あなた」がいるこの世界に帰って来れたことを、わたしたちみんな笑って喜んだの。

 

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