スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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第十三話 パチスロ屋駐車場の死闘

 耳を劈く電子音のなか。男が急にキレた。

 

「クソがッ!」

 

 致し方あるまい。大当たり確定演出から裏切られたのだ。パチスロの筐体に座る男は、感情に身を任せて渾身の台パンを繰り出してしまう。

 

 ゴッ。破砕音。とんでもない膂力で繰り出された打撃により筐体は破壊された。台パンからしばしの後。

 

「店長! あいつです! 出禁の!」

「こらあクソ野郎! 台パンは禁止つってんだろうが!」

 

 クソ客対応マニュアルに基づいて店員たちが素早く駆けつける。

 

「チッ。今いいとこだったってのに」

 

 三二口径九粒ショットチャカで武装した店員たちに追い回され、解れた灰色のパーカーを羽織った男はパチンコ屋をすごすごと後にした。意外な素直さで店の外へと叩き出された男は寒風に身を震わせる。

 

「ちっくしょー。もうちょっとで借金分くらいは稼げたところだったってのによぉ」

 

 寒さに耐えかねてパーカーのフードを被った。時は一月末。店の外は寒い。気温に比例して懐だって寒かった。新年を迎えてしばらく経ったパチンコ屋の前で男は財布を開く。財布のなかは案の定空だ。

 

「また一文無しか。クソクソクソ」

 

 数多のパチンコ屋や脱法ギャンブル店を終身出禁となっている男――慈葉蔵(じばくら)は溜め息を漏らす。滞納した家賃やら借金やらを返済するためにパチスロをやっていた。なのにまた負けてしまったのだ。そりゃあ溜め息くらいは出る。

 

 生活費を稼ぐために貴重な午前中を潰してパチスロという労働に励んだというのに今日も負けた。負けたのだから当然収入もない。自身が陥ったどうしようもない状況を改めて突き付けられ、慈葉蔵の機嫌は急激に悪化していった。

 

 慈葉蔵が不機嫌になったそんな折。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「うお。ビビった。誰だよてめェ」

 

 背後から謎の怒声が聞こえた。そして慈葉蔵が後ろに向き直った矢先に恐ろしく唐突な展開が生じる。

 

「俺は筐体を粗末に扱うクソ客どもに常々義憤を抱き続けてきたパチスロ愛好家!」

「は? 知らねーよ」

「貴様の悪行は横から見ていたぞ!」

「何見てんだ殺すぞ」

「昨日と今日で合計四万円ほど溶かした俺のストレスを発散するためにぶっ殺してやる!」

 

 防弾甲冑を着込んだ男がアサルトチャカを構えて威勢よく突撃してきたのだ。何という治安の悪い暴力的な出来事であろうか。この世界は現代日本ではなかった。

 

 この場はパチンコ屋の目の前だ。破れかぶれになった社会的な敗者が無差別テロを敢行する可能性がないとは言えない。ギャンブルとは容易く人を狂わせた。

 

「借金取りか」

 

 防弾装甲を装備した凶漢と対峙することになった慈葉蔵は尻ポケットから得物を引き抜く。

 

「うおおおおお! 死にさら――」

 

 取り出した“ラップの芯”を彼は正眼に構えた。

 

「――せ?」

 

 ばしゅん。

 

「遅せーよタコ。素人が」

 

 寒風厳しいパチンコ屋の駐車場で、眼にも止まらぬ早業を見せた慈葉蔵は、敵を上半身と下半身に容易く斬り分ける。

 

 ラップの芯で。

 

 異様な得物。異様な技の冴えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界最強の剣士を目指す男がいた。

 

 名を慈葉蔵(じばくら)。彼は生まれながらにして卓越した剣技の才を持っていた。

 

 十数年もの幾星霜。表と裏を問わず幾つもの流派を彼は渡り歩いた。宿した天賦の才能を磨き上げるために。やがて技を研鑽する道行きの果てに、剣という得物が縛られる一つの宿痾に慈葉蔵は悩まされることとなる。すなわち得物の切れ味に関する問題だ。

 

 当たり前の摂理をまず述べよう。実戦において刀剣は容易く切れ味を落とした。合戦なり戦争なりで十人そこらの命を切断すれば、骨と脂によって刃は相当に鈍る。いつぞやの戦場で不覚を取りかけて以来、切れ味の克服を彼は模索するようになった。

 

 試しに修練目的で刃毀れした刀剣をあえて用いてみた。切れ味が落ちた得物に予め慣れておけば実戦の綾にも対応できるはずだ。錆びた刀を好んで腰に佩き死合に臨むようになった。幾つかの実戦を経て錆びた刀は木刀に換わる。木刀で敵の腕を切り飛ばした瞬間に、新たな領域へと武芸が昇華するのを感じた。

 

 世界最強の剣士を目指す男は鍛錬のためより使いにくい得物を求めた。

 

 より鈍く。より短く。より脆く。

 

 狂気に等しい修練を重ね、剣に狂った男は最終的に意味不明な武器を手に取った。

 

 ラップの芯を。

 

 いつからだろう。最初は鍛錬道具でしかなかったラップの芯が、気づけばかつて握っていた真剣よりもよほど手に馴染むようになったのは……。

 

 がさごそ。

 

「……けッ。しけてやがんな」

 

 今しがた殺した相手の懐を手慣れた動きで漁る。戦場での習いだ。敵の骸を漁ることに躊躇いなどない。防弾甲冑を装備した骸の懐から手際よく財布が引き抜かれた。

 

 金だ。慈葉蔵は金が欲しかった。

 

 仕事などという無駄なことをしてしまうと剣に捧げる稽古の時間が減ってしまう。だから短時間で稼げるパチスロを生業とした。

 

 だというのに今日もまた負けて金が無くなった。金欠のせいで剣技研鑽に充てる時間がまた削られる。慈葉蔵の虫の居所はここに至り最悪となった。

 

「クソが。どいつもこいつも俺の稽古の邪魔をしやがって」

 

 げしッ。感情に任せて死体を蹴りつける。

 

 彼は社会的な敗者だ。負け続けるパチスロプレイヤーなどただのギャンブル中毒患者でしかない。ただし技量だけは本物だった。人間として底辺でありながら武芸者としては間違いなく一流。ここまで質の悪い輩もそういないだろう。

 

 一目見ただけで低所得者とわかる着古したパーカーを着た男は眉間をぴくぴくさせながら冬の町中を進む。そして一流の武芸者らしくもない失態を犯した。

 

「あん?」

 

 感情的になっていたせいだろうか。周囲への警戒が束の間薄れていた慈葉蔵は通行人に肩をぶつけてしまったのだ。

 

 肩をぶつけた通行人――ホームレスと思しき薄汚い老人へ自然な流れでメンチを切る。

 

「…………」

「ちゃんと前見て歩けよ殺すぞ」

 

 慈葉蔵の機嫌は頗る悪かった。さっき絡んできた防弾甲冑姿の男と同じくこいつも殺してやるか。何気なしにそう思った瞬間――

 

「うお!?」

 

 ――背筋が凍りつく。

 

 浮浪者としか見えない汚らしい老人と目が合った刹那。背中に極大の悪寒が走った。気温の低さによらぬ寒気が訪れる。同時に衝撃。爆発か。否。爆発ではない。蹴りだ。慈葉蔵の心臓を的確に穿つ軌道で凄まじい威力の蹴りが飛来してきた。

 

 ぼきぃいいッ。

 

 咄嗟にラップの芯を盾として用いる。防御に使ったラップの芯は一撃でへし折れた。

 

 速度。威力。正確さ。全てが完璧な恐るべき前蹴りだった。

 

 蹴りを放ったのは今しがた慈葉蔵と肩がぶつかったしょぼくれた風体の老人である。よくよく見れば老人の姿は異様だった。

 

 左眼は潰れ、片腕は欠損し、右袖が結ばれている。

 

 べろり。老人の蹴りの威力に耐えられなかったのかもしれない。宙に浮く右足にひっかかるボロボロの靴の底が剥げた。

 

「な、何もんだてめェ」

 

 思わず誰何する。信じられなかった。蹴りの威力ではない。こんな化け物の存在を見抜くことができなかった自らの油断を慈葉蔵は認めたくなかった。

 

 慈葉蔵に名を問われた老人は黄ばんだ牙を剥いて口を開く。

 

「俺は――」

 

 少なくとも現代日本では絶対にないいつかのどこか。

 

 すなわちこの世界。この世界において“武芸者ネーム”なる代物があった。

 

 自らのフィーリングによってか。あるいは何らかの宿業を経た上での他称によってか。修めた武芸を極めた武芸者は、天啓に似た形で“武芸者ネーム”を自然と得る。

 

 武芸者ネームは得ようと思って得ることができる代物ではない。得体の知れない法則に基づき、武芸の習熟の結果として勝手に(・・・)得てしまうもの。それが武芸者ネームだ。

 

「――“サマーソルト如月”だ」

 

 超一流の武芸者『サマーソルト如月』は自分の二つ名を告げる。

 

 老武芸者の名乗りを聞いた慈葉蔵は戦慄した。武芸者にとって非常に重い意味を持つために、絶対の真名たる武芸者ネームは軽々しく用いて良いものではない。これを名乗る意味とは、命を賭した死合の申し出と同義なのだ。

 

「……ッ。武芸者ネーム持ちかよ!」

「このサマーソルト如月に喧嘩を売りやがったな」

 

 刀剣の扱いにかけては紛れもなく一流の武芸者――慈葉蔵。対するは“超一流”の狂った武芸者サマーソルト如月。

 

 一月末の寒空の下。左目と右腕が欠損した老人とギャンブル中毒の男の殺し合いが何の意味もなく始まる。傲慢たる殺意を互いに込めて。分厚い雲は未だ晴れない。

 

「――づぁッ!」

 

 開幕の刹那。

 

「殺すぞクソガキが」

 

 死合の始まりを悟った慈葉蔵が神の如き器用さでパーカーのポケットから二本目のラップの芯を取り出し、それはまたしてもへし折られた。

 

「づぁッ! なんつー重さ……ッ」

 

 左腕の骨が軋む。貫手か。肘打ちか。不可視の蹴りか。

 

 今しがた繰り出された攻防の綾を慈葉蔵は説明し切れない。速すぎてまともに見えなかった。戦場を長年渡り歩いた慈葉蔵の恐ろしい動体視力でさえ捉えきれない絶技!

 

 近接戦で不利という許容しがたい事実を突き付けられたラップの芯使いは、肉食獣に甚振られる小動物が断末魔に身を捩るかの如く必死に距離を取る。この場において劣勢なのは言い訳の余地なく慈葉蔵だった。

 

 強くなればなるほど武芸者のプライドは増す。借金の取り立て役。こんなチンケな仕事はチンピラ崩れの二流武芸者の役目だと慈葉蔵は思っていた。超一流の武芸者はもっとより誇り高い戦場を求める。ところがどうだ。こんな超一流の武芸者が木っ端武芸者がやるような仕事に精を出している。

 

「なんでッ、こんな化け物が借金取りなんてやってんだよ!?」

 

 バカなので老人を借金取りだと勘違いしてしまった慈葉蔵は、唐突に湧いた理不尽に逆切れした。バックステップ。感情的に喚きながらも新しいラップの芯をパーカーのどこぞから恐ろしく流麗な所作でぬるりと引き抜く。従軍経験者の常として、得物の予備は当然持っていた。

 

 そしてこれが最後の一本である。左手首の骨には亀裂。直接的なヒットを躱したはずのアバラは粉砕骨折。さらに左上腕が骨折していた。開幕の攻防を経ただけのほんの一瞬でこのダメージを受けた。

 

 とてつもない強さ。とんでもない技の冴え。

 

 この短時間でわからせられた。実力差は隔絶している。正直に言ってしまうと何故初手で殺されなかったのかすらわからない。それほどまでの化け物だ。

 

 だが化け物と死合えるのは武芸者の誉。

 

「まあ職業選択は人の自由か。俺もパチプロだしな。クソがッ。いい人生だったぜ!」

 

 それっぽいことをカッコつけて口にして、闘志と殺意を奮い立たせる。剣士はこの場で死ぬ覚悟をようやく決めた。

 

 覚悟を決めたラップの芯使いと対峙する薄汚い老武芸者は、潰れた眼を閉ざしたまま残る隻眼をぎょろぎょろと動かした。視界がゆらぐ。老人の目線が向くのはあらぬ方向だ。

 

 敵の得物を折った絶好の好機にもかかわらず、追撃を何故か行わなかった。好機を逃した老武芸者サマーソルト如月は、一つだけ残った眼球を揺らしながらゆらゆらとふら付く。

 

 ふら付きながら――

 

「ああああああああああああああああああああああ!?」

 

 ――唐突に叫んだ。

 

「うお!? 急に大声出すなよ。こ、こえぇ」

 

 ゆらゆら揺れながら急に叫んだサマーソルト如月に慈葉蔵は割と本気でビビる。

 

 どんどんどんどん。ガッガッガッ。

 

 奇声を発したサマーソルト如月は、まるで偏った脳みそを戻そうとするかのように自分の頭部を叩き始めた。

 

「くひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

「――づぁあッ! 好機! 死ねおらぁあああッ」

 

 サマーソルト如月の奇行を見て慈葉蔵が斬りかかった。ラップの芯で。

 

 ぎょろり。あからさまな隙を見せていたサマーソルト如月は、飛来する斬撃と全くの同時に、片目だけを用いて斬撃の軌道を完璧かつ完全に読み切っている。

 

 スウェーで躱してから理不尽な速度差で再び接近し鎌と化した爪の一撃で慈葉蔵の喉を抉った。

 

「ぐげえッ」

 

 先手が無理やり後手に変換される理不尽な攻防。隙を突き切れなかった慈葉蔵はまたしても劣勢となる。絶望的なまでの差だ。このまま追撃で殺されても文句は言えない。それでも慈葉蔵が未だ生きている理由はただ一つ。

 

「う、うぐぐぐぐぐ」

 

 ゆらり。老武芸者が再びよろめいた。またしても慈葉蔵は命を拾う。おそらくは過去の死合で受けた古傷の影響だと思われた。超一流の武芸者サマーソルト如月は万全ではない。脳に麻痺か何かが残っているのか。

 

「はッ、はッ、はぐッ。ばけ、もんがッ」

 

 鍛えた右手の指先で喉を圧迫した。出血を強引に止める。

 

 サマーソルト如月が親切に差し出してくれる隙に甘えた慈葉蔵は戦闘を継続させた。

 

 時折見せる謎の隙がなければ間違いなく秒殺されている。慈葉蔵とサマーソルト如月。この二人の間に隔たる実力差は大きい。

 

 超一流の化け物は格下を嬲るかのように傾ぐ。慈葉蔵は動いた。ここが唯一の好機。剣士はそう見た。しかし案の定というべきか。恐るべき速度でラップの芯を握る手首を掴まれてしまう。

 

「痛ってええッ。どうしろってんだこんなもん!」

 

 掴まれた手首の骨は万力の握力で即座に砕かれた。サマーソルトが嗤う。この老人は狂っていたし壊れていたしボケていた。吐く息はヘドロのようだ。ひどく臭い。あまりの臭さに慈葉蔵はブチ切れた。

 

「つーかてめェ! ちゃんと歯磨きしろや! 健康な歯は武芸者の命だろうがぁ!」

 

 戦って死ぬのは構わない。俺だって武芸者だ。その覚悟はできている。されど弄ばれた挙句に嬲り殺しにされるのはごめんだ。殺すならさっさと仕留めて殺せ。捨て鉢にそう思った。

 

 だが貧乏臭いパーカー姿の男は死なない。何故ならば――

 

「弱いな。弱すぎるなクソガキ。随分痩せたじゃないか」

 

 ――狂った思考が噛み合った末の攻撃で決着がつくかと思われた刹那。

 

「るぁああああああああああああああッ!」

「うお!? なんだこのゴールデンレトリバーのおっさん!?」

 

 素晴らしい重心移動から来る重い鉄槌打ちが老人の背骨に叩き込まれたからだ。

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