スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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ようやく主人公登場。


第十七話 武芸者ガチャ

 土と硝煙が薫る。

 

 慣れ親しんだ戦場の匂いが鼻を突いた。

 

「……おうおうおう」

 

 熱帯特有の巨大な蜘蛛の巣に塗れた深い密林のなかを、人間の膂力では絶対に持ち上げることが不可能な巨大ハルバードを担いだ男が進む。

 

 男といっても彼は人間ではなかった。オットセイだ。堂々たる体躯のオットセイが戦斧の質量を肩の肉に食い込ませてのしのしと歩いている。体高三メートル近く。体重は五トン超。屈強で知られるオットセイのなかでもひと際大柄な個体だ。

 

「おうおうおう」

「おうおうおう。虫が多くて嫌になるぜ」

「おうおう。蒸し暑いぜ」

 

 大柄なオットセイの前で複数のオットセイらが道を切り開く。どのオットセイも厳めしい重装備だ。オットセイたち――大柄なオットセイを後方に配置するオットセイ傭兵の分隊が密林地帯を征く。生い茂った低木を踏み潰し、顔にへばり付く蜘蛛の巣のゴミを振り払う傭兵たちは、体躯と荷物に見合わぬ静寂を保ったまま進軍した。

 

 大柄な個体も、彼の前方で道を切り開く者も、皆が戦闘と殺人の訓練を受けた屈強なプロフェッショナルであり、劣悪な環境にもかかわらず道行は殊の外スムーズだ。

 

 今から三十年以上前の話である。若き日のオヤブーンは隊長オットセイの命令で味方の救援に赴いていた。

 

 疲労極まる行軍の末。

 

「おうおうおう。このあたりが目的地周辺のはずだぜ」

 

 永劫に続くかと思われた未開のジャングルが唐突に拓ける。どうやら目標地点に到達したらしい。長い行軍を終えた若き日のオヤブーンは知らず呟いた。

 

「おうおうおう。なんだこりゃあ」

 

 到達地に立つオットセイらの目の前に広がるのは、森林高木層の隙間たる林冠ギャップ――ではない。爆撃か。砲撃か。何らかの超威力の範囲攻撃によって破壊された草木の破壊痕だった。ただし破壊されていたのは邪魔臭い木々だけに留まらない。

 

「おうおう。何てこった。壊されまくってやがる」

 

 設備が。車両が。装備が。ここにあったはずの友軍の隠蔽拠点の一つが悉く破壊し尽されていた。周囲に残るのは構造物の残骸と薄汚れた血の痕だけ。肉片や死体すらこの場には残っていない。

 

「おうおうおう! 爆撃かぁ?」

「おうおう。報告じゃあ敵軍機はなかったはずだが……」

 

 目標地点に辿り着いた分隊の面々は破壊の痕跡に戦慄した。初陣である若きオヤブーンも怖気を覚える。先達オットセイらの話を聞いた限りどうやら爆撃があったらしい。背筋に冷たいものを感じながら彼は得心した。なるほど。これが空爆か。場所が割れればひとたまりもない。

 

「……武芸者だ」

 

 だがオットセイらの意見を歴戦の分隊長は否定した。

 

「戦場を巡ればそういう連中がいる。そいつらの仕業だ」

 

 鋭利な顔付きのオットセイ――顔の一部が迫撃砲の破片で削げた中隊長が告げる。

 

「おうおうおう。隊長。そういう連中ってのはどういう連中ですかい?」

 

 お調子者の部下に片目しかない目を分隊長は遣った。彼はどこか遠くを見ていた。

 

「被害状況がおかしい。爆撃じゃあこういう壊され方はしない。地上戦力――それもごく少数の奇襲を受けた。そういうやられ方だ」

「おうおうおう。隊長殿。そりゃあありえねえですぜ? 俺たちオットセイが奇襲とはいえ少数でやられるなんてことがあるわけねえ」

「おうおう。相当上手いことやられたのかもしれねえな」

 

 迫撃砲の破片で削げた――そういうことにしている傷跡を分隊長が擦る。

 

「……いるんだよ。化け物が。俺たちより強い連中は間違いなくいやがるんだ」

 

 戦争の終わり際に死んだこのオットセイの横顔をオヤブーンは未だ覚えていた。過酷な戦場だった。疲労か。負傷か。記憶が曖昧になる状況が多すぎたせいで後の推移はよく覚えていない。ただ分隊長の呟きだけは場面として奇妙に印象に残った。

 

「おうおう。ならそういう連中はどうにかして味方に引き入れねえとな」

 

 ビジネスマンとしての才覚が既にあったのだろう。若き日のオヤブーンは何気なしにそう思った。強い奴を殺すのではなく味方にする。若き日に描いたこの青写真が形になるのは三十年以上が過ぎた時代になってからのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発展著しい湾岸都市の某所。超高層の建造物が目立つ一帯に、ひと際突出した超絶巨大ビルディングがあった。暗黒巨大企業セイオーマートの本社だ。侵入者を物理的に寄せ付けぬ超装甲要塞型超高層ビルたるセイオーマート本社。その内部上層の一室に――

 

「おうおうおう……」

「おうおうおう」

「おうおうおうおうおうおうおう!」

 

 ――凶暴極まる巨大生物たちが集う。

 

 その場にいるのは“暴力"だ。暴力の化身たちが一堂に会している。

 

 若頭級オットセイたちだった。最上級の凶暴さと戦闘力を備えた若頭級たち十数人がこの場にいる。彼らは並みのオットセイではない。この場のオットセイたちこそは悪名高き暗黒巨大企業セイオーマートの経営を担う幹部たちだ。

 

 彼らが集まったこの一室はあらゆる悪徳を談合し合うセイオーマートの会議室と見て相違ない。暴力の化身と称されるオットセイだが、この場に集まった暴力たちは意外にも大人しかった。彼らはボスを待っている。無秩序な暴力ではなく、組織として暴力を振るうのがオットセイの特徴だ。

 

 やがて一室の扉が開いた。きいきいきぃ。巨重に潰されて専用の車椅子が鳴く。

 

「おう。待たせたな」

 

 首に固定具を付けたオヤブーンが車椅子に乗って入ってきた。

 

「おうおうおうおう! ご苦労さまでごぜーやす!」

「おうおうおうおうおう! ご苦労様です」

「おうおうおうおうおう! ご苦労さまです親分!」

 

 目上の相手に対する言葉としては不敬とされがちな「ご苦労様」という挨拶を若頭級オットセイらは口々に叫ぶ。「お疲れ様です」という文句をオットセイは口にしなかった。「疲れ」とは無能な弱者が陥る不覚でしかない。

 

 自分たちのために「苦労」をしてくれた兄貴分への敬意を表すためにオットセイは「ご苦労様です」と吠えるのだ。負け戦から苦労して帰ってきた親分を軽んじる者はこの場にいない。一度親分と仰いだのなら覚悟を決めて従うのみ。人間風情では真似できない強固な組織力こそがオットセイたちの最大の武器だ。ゆえに若頭たちは親分の言葉を緊張感と共に待つ。

 

 首が動かせないオヤブーンが口を開いた。

 

「今回の戦は俺たちの負けだ」

 

 戌雄。礼瑠。慈葉蔵。商店街勢力を地上げしに行ったところこの三人の武芸者からボコボコにされたオットセイたちの親分は明言する。何というクレバーさか。極めてビジネス的判断でオヤブーンは自分たちの敗北を認めた。認めてしまった。

 

 親分の言葉にオットセイたちは何を思うか。無論のこと。想起するのは敵に対する圧倒的な怒りと暴力性だ。

 

「おうおうおう! 負けちゃいませんぜ!」

「おうおうおう! 親分も無事だったんだ! 次は皆殺しにできるぜ!」

「次はありったけのチャカとポン刀を用意すりゃ勝てやす!」

 

 若頭級オットセイたちは少数の例外を除いて皆が猛り狂う。怒り狂ったオットセイ。恐ろしい光景だ。心の弱い文学少女がこの場にいればおそらくは恐怖のあまり心停止している。

 

「おうおうおうおうおうおうおうおうお!!」

 

 常人が失神しかねないほどの暴力の塊どもをオヤブーンは一喝して黙らせた。

 

「聞け。俺たちを退けた連中は――“武芸者”だ」

 

 骨が砕けているせいで首を動かせないオヤブーンは、静まり返った配下たちを眼だけで見据える。

 

「おうおうおう……?」

「武芸者、ですかい?」

「おうおうおう。戦場でたまに見るぜ。大したことねえ連中だけどな」

 

 オヤブーンの言葉を聞いたオットセイたちは、いまいち内容を把握できていない間抜けな面を晒した。

 

 武芸者。そう呼ばれる者たちがいる。戦闘において利用可能な技術体系を修めて習熟した上で研鑽する者たちだ。人生を捧げた過酷な日々の末――常人の十倍、百人力、果ては一騎当千、万夫不当。それだけの戦闘力を獲得した者たち。そうした者たちは畏怖を込めて武芸者と呼称された。

 

 しかしオットセイたちは武芸者など恐れない。この世界において比類なき戦闘種族であるオットセイたちは、分厚い脂肪と体重差とタフネスと強固な組織力を生かして、並みの武芸者であれば圧倒することができるのだ。

 

 世界最強の戦闘種族であるという誇りを持つ彼らは、自分たちで戦うことを重視する。これまでも直接前線に躍り出て武芸者を含めたあらゆる反抗勢力を鏖殺してきた。下っ端ならばともかく、幹部や幹部候補といった一流のオットセイの戦闘力は凄まじい。鍛え上げられたオットセイの屈強なボディを上回る武芸者などそういるものではなかった。武芸者という存在を彼らは軽視している。事実として並みの武芸者ならば容易く無視できた。だが今回対峙したような“一流”の武芸者ならば話は別だ。

 

 オヤブーンは以前から温めてきた草案をここに来て開示する。

 

「おうおうおう。セイオーマートの事業拡大にあたって、運よく致命的な被害をここまで回避して来た。……が、今回の件で思い知らされた。本当に強い武芸者の戦闘力は俺たちの数段上を行く」

 

 オヤブーンが告げるのは完膚なきまでの敗北宣言。オットセイという種族そのものの敗北を認めるかのようなオヤブーンの言葉にオットセイたちは流石に動揺を見せた。

 

「おうおうおう!? 何言ってるんですかい親分! 弱気になっちゃいけねえですぜ!」

「おうおうおうおう!? そ、そんなわけありやせんッ!」

「おうおうおうおう! 装備を整えれば今度こそッ!」

 

 我らこそは世界最強の戦闘種族。戦闘種族の誇りが邪魔をして、自分たちよりも敵の方が強いという事実を彼らは認められなかった。プライドを傷つけられたオットセイたちは騒ぎ出す。まるで怯えたラッコの群れのように……。

 

「おうおうおうおうおうおうおうおうおうおう!!」

 

 流石の貫目か。先ほどと同じくオヤブーンが一喝してオットセイらを黙らせた。

 

 彼らは凶暴極まりない戦闘種族だ。しかし同時に巨大企業セイオーマートを統括するビジネスマンでもある。くだらないプライドよりも組織を優先する冷徹さを兼ね備えていた。

 

「ならどうするんですか? 親分」

 

 眼鏡をかけた若頭オットセイ――オウルが問う。武闘派揃いのオットセイのなかで彼は貴重なインテリだ。

 

「簡単だ。こっちも武芸者を雇えばいい。我が社はこれからの時代に備えて戦闘部門のアウトソーシング化を進めていく」

 

 じゅッ。ぼう。

 

「それにあたってやんなきゃならねえ事があるな」

 

 傍らの秘書オットセイがオヤブーンの葉巻に火をつける。首を粉砕骨折した直後の病み上がりだというのに、致命的な負傷はともかく気力はすでに回復し切っていた。

 

「おうおうおう! 外部委託ですかい!」

「おうおうおう。“やるべきこと”が何か教えてくだせえ」

「それはなんスか親分!」

 

 上等な煙で肺を満たし、体力を癒すオヤブーンが牙を剥く。完全な肉食性の戦闘種族らしい獰猛さを滲ませて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武芸者ガチャだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少なくとも現代日本では絶対にないこの世界。追い詰められたオットセイたちはこの世界においてすら胡乱な代物にヒレを伸ばした。何らかの流派や戦闘テクニック。そうした事象に関する巨大な才能を膨大な努力で花開かせた超人たち。彼ら彼女らは畏怖と敬意を込めて武芸者と呼ばれているという旨に関しては作中で何度も記した。

 

 一流の武芸者ともなれば文字通りの一騎当千の力を有する。ときによって武芸者とは、近代兵器で武装した軍隊にも引けを取らない強さを発揮した。そんな武芸者たちに昨今流行中なシステムがある。

 

「おうおうおう。移動中だぜ」

「おうおう。私語は慎むぜ」

「おうおうおう。社内エレベーターで移動するぜ」

 

 オヤブーンの号令のもとオットセイらは移動した。湾岸都市に聳えるセイオーマート本社ビルに掘られた地下トンネルを抜けた先へと。移動先は商品開発室と銘打たれた室内兵器演習場だ。

 

 ごうんごうん。

 

 タラップの脇にある搬入用リフトを使って車椅子のオヤブーンが広いエリアに降りる。

 

「おうおうおう! ご苦労様でございます!」

「ご苦労さまです! 幹部は全員おりやす!」

「おうおうおう! 次回以降はバリアフリーな移動手段も用意させやす!」

 

 先んじて集結していた若頭級オットセイたちが親分を出迎えた。

 

「俺たちは戦闘種族だ。ビジネスシーンに付随する鉄火場は自分たちのヒレで対応してきた」

 

 商品開発室に降り立ったオヤブーンが煙を吐く。脇に控えるオットセイが構えた灰皿に葉巻をとんとんとぶつけた。オヤブーンの言葉を遮るセイオーマート従業員はいない。上等な紫煙を伴ってセイオーマートの支配者は秘密情報を開示した。

 

「これはオフレコだがな。最新兵器と頭数を揃えようが真っ向勝負するには厳しい相手はいる。化け物の噂は戦場で生きてりゃあよく聞くだろう。そういう連中に対抗するためサイバー部門の連中に俺は長年情報を収集させてきた」

 

 サイバー技術も使いこなす頼りになる親分にオットセイたちは感嘆の声を上げる。

 

「おうおうおう! 流石っスね親分!」

「おうおうおう! IT社会にも精通してるぜ!」

「おうおうおう。俺らぁサイバーだのインターネットだのはさっぱりでさぁ」

 

 暴力一辺倒な若頭級オットセイどもに若干の頼りなさを親分が覚える。今後のビジネスではステート・オブ・ザ・アートを積極的に取り入れる必要があるというのに。

 

 オヤブーンの嘆きはさておき。

 

「それで見つけたのが“武芸者ガチャ”だ」

 

 果たして親分級オットセイの口から得体の知れぬ単語が発せられた。

 

 武芸者ガチャ。この奇異な単語を知っている読者らはおられるだろうか。強い武芸者たちはいつだって名を挙げる好機を求めた。されど全盛期に必ずしも相応しい敵と相見えることができるとは限らない。いくら技量を極めようとも武芸者とて人である限り老いるし衰えた。そうした問題の解決を手助けするのが武芸者ガチャだ。全盛期を迎えた武芸者を短期的に冷凍保存し、人材を求めるクライアントにランダムで新鮮な武芸者を送り届ける。まず待遇の良い職場を求める冷凍保存済武芸者を衛星軌道上に浮かべた宇宙ステーションから投下する。そして大気圏突入時の摩擦熱で自然解凍した。仕組みとしてはこんな感じだ。

 

 コストパフォーマンスとタイムパフォーマンスを兼ね備えた現代的なビジネスは裏社会で近年人気を博している。画期的な新世代型人材派遣サービス――それが武芸者ガチャなのだ。

 

 べしべしべし。分厚いヒレを手繰ってオヤブーンがオットセイ用スマホを操作した。

 

「今から一回一億円の武芸者ガチャを回す!」

 

 オヤブーンのヒレによって今まさに武芸者ガチャが回される。武芸者ガチャは一回一億円かかった。大金である。とはいえ巨大企業にとって一億円など端金だ。

 

 ふぉふぉふぉふぉふぉ~ん。

 

 オヤブーンがスマホでガチャを回せば、彼が握るスマホからホログラムによる綺麗な魔方陣が生じる。ガチャ演出だ。

 

「おうおうおうおう! なかなか凝ってるな!」

「おうおうおう! そういや武芸者ガチャってなんだ?」

「おうおうおう。これを見ろ。何でも武芸者を召喚できる商売らしい」

 

 射幸心を煽る武芸者ガチャの悪質な演出にオットセイたちのボルテージも上がる。商品開発室と銘打たれた兵器演習場の床がホログラムで生じた魔法陣で満ちた。

 

「おうおうおう! 何だかすげー奴が出てきそうだぞ!」

 

 一人の若頭級オットセイが吠える。おそらくこの魔方陣から屈強な武芸者が召喚されるのだろう。年甲斐もなくオットセイたちはワクワクしていた。

 

 どごーん!

 

「おうおうおう! なんだなんだ!?」

 

 そして轟音と衝撃で商品開発室が急に揺れる。

 

「おうおうおう! 屋根がぶっ壊れたぞ!」

「おうおうおう。なんだぁ? ミサイルでも撃ち込まれたかぁ?」

 

 何かが高速で飛来し商品開発室の天井をぶち抜いていた。突然の出来事だ。気づけば周囲に肉片と思しき物体が飛び散っているではないか。飛来物による被害を受けたオットセイの肉片ではない。

 

 商品開発室の天井をぶち抜いて落下してきた“何か”。それ自体の肉片だ。

 

 何が起きたかわからないオットセイたちは混乱する。騒然となる商品開発室の渦中。

 

「親分。お話があります。よろしいですか?」

「おう。なんだ?」

 

 眼鏡をかけた若頭級オットセイことオウルがオヤブーンに耳打ちした。

 

「武芸者ガチャについてです」

「続けろ」

「演出として現れたホログラムの中心部目掛けて冷凍保存した武芸者を射出するのが武芸者ガチャの仕組みです。射出するだけです。オカルトじみた技術は使っていません。武芸者投下時の衝撃を殺すためには専用の設備が必要だとパンフレットに記載されていました。設備用の建設費用は五十億円。期間は半年。如何なさいますか?」

 

 インテリで知られるオウルにオヤブーンは凶暴な目を向ける。

 

「無駄金だ。衛星軌道からの着地の衝撃で死ぬ程度の雑魚はいらねえ」

「承りました」

 

 オウルは恭しく頷いた。賢しげなところのあるナンバーツーに、もう少し貫目を付けて欲しいとオヤブーンは常々思っている。オウルが下がるに伴って軽薄そうなオットセイが口を開いた。

 

「今のはコモン演出っス。ようするにハズレの雑魚武芸者っス」

 

 若頭級オットセイのスルメーだ。要領の良い男である彼は、持ち前のハッキング技術を利用して武芸者ガチャの仕組みを自分でおおよそ把握する。

 

「おうおうおう。期待させやがって」

「おうおうおう。俺より弱そうな野郎だったな」

 

 あからさまなハズレにオットセイたちのボルテージは急下降した。

 

「おうおうおうおう! 親分! 資金洗浄がてらに五億程ぶち込んでみたらどうですか!?」

「おうおうおう! 寄付の名目で浮いた金をぶち込みましょう!」

「黙ってろ」

 

 騒ぎ出すオットセイたちを意に介さぬオヤブーンは無表情のままガチャ回しを再開する。

 

 ぴかー。商品開発室の床がまたしても光った。さっきと全く同じ演出だ。

 

「あ、あの親分。これさっきと同じ演出じゃ……」

 

 さっきと似たようなホログラムに一人のオットセイが不安げな顔をした。

 

 ぴゅー。すがばどしーん。ぐちゃぁああ。

 

 案の定というべきか。不安げな彼の不安は的中し、先ほど開いた天井の穴と全く同じ位置に落下してきた新しい武芸者は、ぐちゃぐちゃの肉片となって死ぬ。落下時の衝撃に耐えられなかったのだ。

 

「おうおうおう! 清掃班!」

「おうおう。清掃したしやす」

 

 気を利かせた若頭級オットセイが指示を飛ばした。落下の衝撃で新鮮な人肉ハンバーグとなった武芸者を清掃担当オットセイが回収する。この肉片は人肉加工工場に送られ、然るべき処理が施された後に、喰人種族の食卓に届けられるのだ。手慣れた清掃作業に目を向けぬオヤブーンは次の武芸者ガチャを回そうとする。

 

「次だ」

「親分。やはり時と金を惜しまずに衝撃吸収用マットを設営すべきです」

 

 若頭級オットセイのオウルはオヤブーンに諫言した。とりあえずはマニュアルに従うべきだという常識的な物言いだ。粉々に砕けた首を苦労して動かし、オウルへとオヤブーンは目を向ける。

 

「おう。若頭。覚えとけ」

「お聞かせください」

「戦争は妥協してもいいが戦争の支度は妥協するな」

「はい。胸に刻んでおきます」

「無傷で着地できる武芸者が出るまで俺はガチャを回し続けるぞ」

「そうですか。失礼しました」

 

 暴力の化身たるオットセイに似付かわしくない恭しい一礼と共にオウルは諫言を終えた。ガチャの天井を目指して天井が破壊され続ける長い闘いがそして始まる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた。

 

「おうおうおう。流石に眠くなってきたな」

「おうおうおう。親分はちょっとギャンブル中毒のケがあるんじゃねえか?」

「すぴー。すぴー。……!? おうおうおう! おりゃあ寝てねえぜ!」

 

 一晩中ガチャ回しを見物していたオットセイたちは疲労困憊した様相を見せる。何という狂気か。とっくに覚悟を決めていたオヤブーンは武芸者ガチャをあれから徹夜で回し続けた。

 

「おうおうおう。すぐさま清掃するぜ」

 

 何度も何度もガチャを繰り返したおかげで随分と手際が良くなってしまった清掃担当オットセイが肉片を綺麗に回収する。先ほど召喚した武芸者も落下時の衝撃に耐えきれずに即死した。これまでに召喚した武芸者はどいつもこいつも自由落下に耐え切れずに全員死んでいる。

 

 スマホを弄るオヤブーンをオウルが強く諫めた。

 

「親分。これ以上は経営に響きます。ロスカットしましょう」

「黙れ。今が勝負所だ」

 

 まるで重篤なギャンブル中毒患者の物言いでオヤブーンはオウルの言葉を無視する。賭けの快感に呑まれたわけではなかった。オヤブーンは自らの種族が置かれた状況をこの場でただ一人把握していた。

 

 世界最強の戦闘種族たるオットセイ。この種族は暴力によってビジネスを拡大してきた。オットセイのバックボーンは暴力である。異種族が人間社会に影響力を持ち続けるには、暴力に頼るしかない。商売に関する長年の蓄積を持たぬオットセイが真っ当でクリーンなビジネスを展開すれば他企業から一瞬で喰い殺された。暴力という唯一無二の命綱が千切れた後は緩やかに滅ぶしかない。武芸者ガチャで新たな暴力を獲得せねばそれで終わりだ。

 

 この場でただ一人。オヤブーンだけが種の存亡を賭けた決戦の鉄火場だとこの場を認識している。

 

「しかし……」

「言っておく。俺は当たりが出るまでガチャを回すぞ。てめえも腹括れ」

 

 オヤブーンは最初から破産する覚悟を決めていたのだ。一晩中かけて溶かし続けた金の総額は四千億円を超える。されどオヤブーンに精神的肉体的疲労はまるでなかった。親分は苦労をするが疲れることなどない。金と暴力の海で死ぬまでオットセイは止まらないのだ。

 

 オヤブーンの狂気がスマホを操作する。その刹那。

 

 ぴかーん!

 

 眩い虹色の光が生じた。

 

「こ、これは……!」

「どうした若頭!?」

 

 叫んだのは若頭級オットセイのスルメー。飄々としたスルメーらしくない響きにさしものオヤブーンも大声を発する。

 

 最新鋭のサイバー技術に通じるスルメーは――

 

「これはウルトラレア確定の演出っス!」

 

 ――興奮を滲ませて親分の問いに即答した。

 

「おうおうおう!?」

「おうおうおう! ウルトラレアだと!?」

「おうおうおう! なんか凄そうな輝きだぜ!」

 

 光り輝く虹色の魔法陣にオットセイたちは熱狂する。彼らの眼下に広がるのは、先ほどまでとは細部のディティールが明らかに異なる豪華絢爛なウルトラレア魔方陣の輝きだ。これはもう見るからに最強の武芸者が出てくる流れに決まっている。

 

 どんな猛者が現れるのか。セイオーマートの幹部たちはワクワクしながらホログラム映像を見守った。焦らす演出だろうか。絢爛な魔方陣はしばらくのあいだ光り続ける。光り続けた上でいつまで経っても武芸者は落下してこない。

 

「おう?」

「おうおうおう?」

「おうおう? 何か不具合でも起きたか?」

 

 いつまで経っても武芸者が現れないのでオットセイは困惑した。やがてホログラムが解れてゆく。

 

 ふわわ~。演出が消えた。

 

「「「………………」」」

 

 セイオーマート商品開発室を沈黙が包んだ。

 

 ホログラムの魔法陣が消えてから十数秒後。静けさに包まれた商品開発室の扉がノックされた。遠慮がちに。

 

「お、おうおう!? 誰だ!?」

「おうおうおう。来客か?」

「おうおうおう……。もしかしたら経理部の連中がキレてカチコミしかけてきたんじゃ……」

 

 静寂を経て訪れたノックの音にオットセイらはわずかな動揺を見せる。

 

 一晩中ガチャを回し続けたのだ。無駄な散財に怒り狂った経理担当オットセイたちがポン刀を片ヒレに構えて飛び込んでくるのではないか。可能性は割とあった。

 

 簡単に予想できそうな凄惨な未来絵図にセイオーマートの幹部たちは素で怯える。時として金はオットセイの巨重と命よりも嵩と体積を増すのだ……。

 

「おう。お前。扉開けてこい」

「おうおうおう! うっす!」

 

 オヤブーンは適当なオットセイに部屋の外の様子を見に行かせた。命令されたオットセイは恐る恐る商品開発室の扉を開ける。

 

 がちゃ。

 

「……おうおう。何の要件だ」

 

 開けた扉の外からは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、あの……す、すみません」

 

 ――この場に似付かわしくない女の子の声がした。

 

「おう……?」

 

 予想だにしない来客に扉を開けたオットセイはきょとんとする。

 

「あ、あの、その……、ぶ、武芸者ガチャで、よっ、呼ばれた気がする、するんですけど……」

 

 背中を丸めた何者かが不安そうな顔で部屋の外にいた。その者の顔立ちは特徴が乏しく垢抜けない。

 

「ばっ場所はここで、あ、合ってますかぁ?」

 

 扉を開けたオットセイをおどおどとした上目遣いで見上げる“それ”は、ジャンパースカートタイプの制服を着た中学生と思しき女の子だった。

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