スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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第十八話 アン・エイリー

 悪名高き暗黒巨大企業セイオーマート。この組織は戦場上がりの傭兵オットセイたちの互助を目的に結成された組合を前身とする。主要構成メンバーはオットセイだ。人外であるオットセイらが闊歩するセイオーマート本社ビルは、人間が日常生活を行う上での利便性を構造的にほとんど考慮していない。

 

「…………ぅぅ」

 

 もじもじ。おどおど。急遽用意された小柄なオットセイ用の大きな椅子に小さな少女がちょこんと座っていた。彼女が座る椅子は人間用のものではない。かなりのビッグサイズだ。白いスニーカーを履いた足が地面に届かずにぷらぷらと揺れる。居心地悪そうに高い椅子へと座る彼女は、尿意でも堪えるかのようにもじもじしていた。

 

「おうおう。あれが武芸者か……?」

「おうおうおう。ただの迷子なんじゃねえのか」

「おう。外見で判断するべきじゃねえぜ。もしかしたら何かの達人かもしれん」

 

 武芸者ガチャ。それも四千億円ほど注ぎ込んだ挙句のウルトラレア演出と共に召喚されたと思しき少女に、オットセイたちは半信半疑の目を向ける。

 

 天井の穴ではなく扉から入ってきた小さな娘は見るからに弱そうだった。だが弱そうな雰囲気に擬態して敵の油断を誘う猛者というのも戦場にいないわけではない。百戦錬磨の武功で親分にまで成り上がったオヤブーンはそれをよく知っていた。戌雄・礼瑠・慈葉蔵という弱そうな武芸者たちにボコボコにされたばかりのオットセイ勢力の統率者は、近所の女子中学生にしか見えない少女に問う。

 

「てめぇは武芸者ガチャで呼ばれてここに来た。間違いねえか?」

「あ、あ、あ、えーと、あの。そのぉ……」

 

 巨大なオットセイの質問に少女は不明瞭な回答をもごもごと口のなかで呟いた。内気で社会経験のない小娘にありがちなとても要領の悪い受け答えである。いつ如何なるときも明瞭な答弁を要求される戦争とビジネスの場で生きてきたオヤブーンは、少女のそんな様子に素でイラっとする。

 

「おうおうおう! ハキハキ喋りやがれ!」

「ひっ。は、はい。そうです。ごめっ、ごめんなさい」

 

 オヤブーンから怒鳴られた少女はびくっと体を引き攣らせてすぐに謝った。謝ることに慣れているし、怒られ慣れている負け犬の反応だ。涙目になった少女は胸元を守るかのように両腕を縮こまらせる。びくびくと怯え、おどおどと震える少女の容貌にはまるで華がなかった。

 

 セミロングともボブカットともつかない中途半端な長さで揃えられた黒髪は、土産屋のこけしを思わせる丸っこいシルエットになっていて有り体に言えば垢抜けない。特徴が乏しく地味なかんばせは、よくよく見ても印象に残りづらかった。どこぞの中学校の図書館を覗けば容易に数匹ほど見つけられそうな少女である。強いて言うなればジャンパースカートタイプのスカートの下に運動着の長ズボンを履いているのが特徴といえば特徴だ。運動着のズボンは白のラインが入った青緑色で、端的に言えばとてもダサい。

 

 地味で垢抜けない少女が現れたことに困惑するオットセイらを余所にオヤブーンは葉巻の煙を天井に向けて吹いた。すぱー。彼は努めて冷静さを維持しようとする。

 

「まず自己紹介といこうか。俺はオヤブーン。てめぇの名前はなんだ」

「はっ、はい。オヤブっ、オヤブーンさん。えと。わ、私は、あっあっあっあっ」

「あーん?」

「あ、あ、あ、“アン・エイリー”です。よろしっよろしくお願いしまっ」

 

 アン・エイリー。

 

 オヤブーンから誰何された少女はびくびくと痙攣しながらかろうじて答える。ひどい吃音だ。脳か舌に何らかの障害があるのかもしれない。アン・エイリーと名乗った少女を見極めるべくオヤブーンは彼女に凶暴な眼光を向けた。

 

「単刀直入に聞く。アン・エイリー。てめぇはどれくらい強い?」

「わたっ私ですか……? えーと、あの。その……」

 

 通う中学校の制服と思われるジャンパースカートの膝のあたりを少女――アン・エイリーがぎゅっと掴む。意味のない所作だ。

 

 背筋と腹筋の足りないふにゃふにゃとした小娘のように背中を丸め、オヤブーンの問いにアンは一生懸命答えようとする。

 

「ぱぱっ、パパは……」

「パパ? てめえの親父さんか?」

「パパは……パパは、もっ、も、ものすっ物凄く強かった……です」

 

 問われた自分のことではなく父親のことを何故かアンは喋りだした。父親のことならば比較的定かに喋ることができるのか。ひどい吃音症の少女は目線をきょろきょろとさせながら聞き取りにくい言葉を続ける。

 

「パパは、ぷろっ、プロの“エイリアンハンター”で、たぶふっ、たぶん世界最強っ最強でした。パパよりつっつよっ強い人は、いません」

 

 病的におどおどとした語り口には相応しくない断言でアンは父親の強さを語った。

 

「おうおう。“エイリアンハンター”って何だ?」

「おう。わかんねえ。何かの隠語かもしれねえ」

「ボクシングやってる奴をボクサーって言ったり、柔道やってる奴を柔道家って言ったりするような感じか?」

 

 周囲のオットセイたちがひそひそと私的な会話をした。唐突に出てきた“エイリアンハンター”なる単語に彼らは困惑する。そんな言葉は知らなかった。

 

 当たり前だ。少なくとも現代日本ではないこの世界。犬が給料男として活躍し、コアラの事務作業員が横領を繰り返し、オットセイが暴力を振るうこの世界にあって、“エイリアン”という概念――異星起源種族の存在は未だ確認されていないのだから。なので少女の言う“エイリアン”ないし“エイリアンハンター”を何らかのスラングだと彼らは勘違いした。

 

 アンの言葉を聞いたオヤブーンの目の奥に凶暴な光が宿る。

 

 世界最強。今のセイオーマートが求める人材だ。“エイリアンハンター”なる謎の単語はひとまずスルーし、喉から手が出るほど欲しい“世界最強”のパパとやらについての情報をオヤブーンは引き出そうとする。

 

「その“パパ”とやらはどこにいる?」

「えっえっえっ、えーと。半年っ半年くらい前に病気で……その……」

 

 相変わらず背筋を丸めてスカートをぎゅっと握っているアンは、丸っこいシルエットの頭を俯かせて思いもよらぬ答えを返した。

 

「……しっし、し、死んじゃっ、死んじゃいましたぁ」

「死んだだと?」

「でもっでもっでもっ、でも」

 

 人の目を怖がるように俯いていたアンが顔を上げる。勇気を出してオヤブーンの目を見た少女はここに来てから一番大きな声を発した。

 

「パ、パパはっ、パパは生きてます」

「何が言いてえんだてめえは」

「パパは、わたっ、わたしっ、私のなかで生きてる(・・・・)んですぅ……っ!」

 

 震えのなかに絶対の確信が込められた声でアンは叫ぶ。叫んだにしては小さい声だった。

 

「おう。そうか」

 

 すぱー。上等な煙が舞う。オヤブーンは少女の魂の叫びを冷めた目で見ていた。“私のなかで生きてる”。何とありきたりな言葉か。そんな戯言は自分へ向けた身勝手な慰めだ。死人が思い出の中で生きているなんてのはありふれた感傷でしかない。気に留める意味がまるでなかった。

 

 アン・エイリーなる少女が要領悪く語った世界最強の“パパ”とやらは死んだとオヤブーンは判断する。ならば気になるのは別の事柄――

 

「で、てめえ――アン・エイリ―つったか」

「あっあっあ。あ、はい」

「お前さん自身はどれくらい強い?」

 

 ――アンと名乗った少女自体の強さだ。

 

 ここが運命の別れ際。そう知ってか知らずか先ほどまでと同様のおどおどとしたひどく聞き取りにくい言葉で少女は自己を評価する。

 

「わたっ私は……、パパからエっエイリアンハントのて、手解きをちょっちょっぴりだけ受けてますけど……。でもその、プっプロじゃなくてアマチュアなので……」

「つまりどういうこった?」

「あの。その。弱いっ弱いです。す、すごく」

 

 少女……アン・エイリ―は言った。

 

 言ってしまった。オヤブーンの前で。

 

 自らの価値を自分の口で少女はおどおどと告げる。セイオーマートという最悪の暴力集団の前でアンはとんでもなく不用意な旨を口に出してしまった。

 

「…………」

 

 アンの言葉を聞いたオヤブーンは無言だった。しかし静寂は訪れない。

 

「おうおうおうおうおう!」

「おうおうおうおうおう!」

「おうおうおうおうおう!」

 

 周囲のオットセイたちが一斉に怒鳴り出したからだ。

 

「ひっ!?」

 

 急に怒鳴りだしたオットセイにアンは怯える。何の意味もない怯えだ。少女の怯えなど知るかとばかりにセイオーマートの幹部たちは本気でぶち切れてしまう。徹夜だ。徹夜で一晩中武芸者ガチャを回し続けた。一回一億円の武芸者ガチャを回しまくった。これまでに行った課金の総額は四千億円を優に超える。世界最強の戦闘種族にして世界有数のビジネスマンたる彼らは四千億円もの大赤字に完全に脳の血管が破裂していた。

 

「おうおうおうおう! 四千億円払ってただの小娘だと!?」

「おうおうおう! とんでもねえ悪徳商法じゃねえか!」

「おうおうおうおう! もう我慢ならねえ! 運営会社に直接乗り込んでやらぁ!」

 

 ここに至りオットセイたちは本格的に荒れ狂う。心の弱い女子中学生なら見ただけで心停止してもおかしくない光景だ。

 

「あ、あわわわわ」

 

 現にアンも怯えている。怯えるアンの前で一人の若頭級オットセイが仕立ての良いヤクザスーツから“チャカ”を取り出し――がちゃ――トリガーセーフティを外した。

 

「親分。“これ”どうしやす?」

「人肉加工工場にでも送っとけ」

「うす」

 

 親分の許可を得た若頭級オットセイのキタオは、まるで行きつけの酒場で刺身でも摘まむかのような気軽さでチャカを構える。若頭のキタオ。彼の引き金は軽かった。戦闘種族たるオットセイのなかでもひと際凶暴で知られる男である。

 

 この世界は現代日本ではない。人喰いツバメ。人喰いカマキリ。人喰いホッキョクグマ。人を常食する種族は割といた。資金洗浄済の人肉はセイオーマートが手掛ける人気商品の一つだ。今しがた名前が出てきた「人肉加工工場」とはセイオーマートがビジネスを展開する上で生じた人間の死体を隠蔽しつつ有効活用する設備に他ならない。

 

 即死を狙ってアンの左眼球へとキタオはチャカを向けた。武闘派で知られる若頭級オットセイのキタオに殺人への躊躇いはまったくない。インテリで高学歴のオウルと並ぶ有望な若頭だ。持ち前の暴力性を遺憾なく発揮した彼は、用済みの女子中学生を容赦なく殺そうとする。仮に少女が死ねば躯は人肉加工工場に送られて肉も臓器も骨も全てが金に換えられるはずだ。すべてはビジネス。

 

 商売に徹するオットセイをアンが見ていた。

 

「……………………ぁ」

 

 アン・エイリーは見ていた。すべて。顕微鏡の上に固定された人間を外宇宙から飛来したエイリアンが見るような眼で、少女は“エイリアン”をじっと見ていた。

 

 ぱんっ。

 

 やがて破裂音が響く。チャカを弾いたときに発生する音とよく似た音がセイオーマートの商品開発室に響いた。鮮血が舞う。脂肪と血が周囲にぼたぼたと散った。

 

「…………おう?」

 

 最初に反応したのはどのオットセイだったのか。

 

 オットセイらの目の前で新鮮な死体が新たに現れた。珍しいことではない。セイオーマートは傭兵ビジネスも手掛ける。この場にいるオットセイたちは全員が実戦経験者だ。死体など別に珍しくもない。

 

 ばしゃっ。バケツをひっくり返したような量の血が床を染める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう?」

 

 武闘派で知られる若頭級オットセイのキタオの分厚い首から上が消滅していた。倒れ伏した首無しオットセイの死因と思われる切断面は恐ろしいほどに滑らかだ。

 

「…………!?」

「……ッ」

「……お、おう!?」

 

 おうおうおうおうおうと喚き散らしていたオットセイは全員が黙る。先ほどと同様の静寂が訪れた。

 

「あ、あ、あ。あの。ごめっごめんなさい」

 

 静寂を裂くのはおどおどとした声。静寂に包まれた商品開発室で一人だけ口を開く者がいた。

 

「えーと。“エイリアン”がいたので、くっ駆除しました」

 

 吃音症の少女は、まるでハンティングトロフィーのようにオットセイの生首をスカートの上に抱えて大きな椅子に座り、血で汚れた真っ白なスニーカーをぷらぷらとさせている。アンの有様をのろまに仰いだオットセイたちは戦慄した。

 

 誰も。

 

 この場にいる誰も反応できなかった。反応どころか視認すらできなかった。

 

 アン・エイリーがキタオの首を捩じ切り、その後に大きな椅子へと悠々と座り直す姿を誰一人として知覚することができなかった。

 

 世界最強の戦闘種族オットセイ。幾重もの鉄火場を潜り抜けた生粋の戦闘種族たちの凶暴な眼が一斉にアンへと吸い寄せられる。彼らは理解した。何故一目で気づけなかったのか。

 

 地味で垢抜けない女子中学生の形をして椅子にちょこんと座っている“これ”は、四千億円程度の端金で贖うことなど到底叶わぬ本物の――化け物だと。

 

「あっあの、あのその」

 

 急に静かになったセイオーマート商品開発室でアンは慌てた。

 

「パ、パパは、パパはプロのエ、エイリアンハンターでしたけど」

 

 彼女は勘違いしていた。すべてを。

 

「わ、わたっ私は、ア、アマチュっ、アマチュアなので……駆除っ駆除のおだっおだ、お代は結構でっ。お、お金っ。お金いらないです!」

 

 このままでは勝手に駆除して勝手にお金を不正請求する悪徳エイリアンハンターだと誤解されてしまう。世界最強のエイリアンハンターのパパの名前を汚すわけにはいかないアンは、どうにかオットセイたちの誤解を解こうとする。

 

 アン・エイリーという名の武芸者は誤解していたし勘違いしていた。

 

 少なくとも現代日本ではないこの世界において――“エイリアン”と呼称すべき存在は未だ観測されていないというのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しやした。武芸者の先生」

 

 オヤブーンが穏やかな声でアンに話しかける。嗅ぎ慣れた死の臭気が満ちる一室でオヤブーンは慇懃に一礼した。示すのは圧倒的で絶対的な暴力への心からの敬意だ。

 

「あ、はい」

 

 ぺこり。躾が良い小娘のようにアンもオヤブーンにお辞儀する。ジャンパースカートの制服からぽたぽたと血が滴った。

 

 そして商談が始まる。

 

「早速ですがビジネスのお話をさせてもらいやす。うちのセイオーマートの警備保障を外部に任せようって話が最近出ておりやしてね」

「は、はぁ。そ、そうなんですかぁ……?」

「武芸者の先生には是非とも弊社の警備をご依頼してえんでさあ。この契約書にサインして頂くことはできやすかい?」

「こちらです。どうかご精査を」

 

 オヤブーンの意をすぐさま汲み若頭級オットセイのオウルが警備保障に纏わる契約書をアンに提示した。外見年齢らしい素直さで契約書をアンは受け取る。

 

「ちょちょちょ、ちょっと、お時間っ。えとっ、お時間ください」

「へい。お待ちさせて頂きやす」

 

 こういう種類はきちんと読まなきゃダメだと父親から躾られているアンは、ヒレ渡しされた契約書をたっぷりと時間をかけて読み込んだ。差し出した当オットセイのオウルはもちろんオヤブーンも彼女を急かすことはない。時は金なり。必要とあらば金を惜しむな。ならば時だって惜しんではいけないのがビジネスだ。

 

 勉強が苦手な女子中学生のような要領の悪さでもたもたと契約書を読み込んだアンはやがてオヤブーンの方を見る。

 

「えーと、えーと、あの、その……」

「どうしやしたか? 武芸者の先生」

「えーと、つまりその、このっこのっ、この書類って……よっようするに――」

「へい。契約書でごぜえやす」

「――セっセイオーマート? さんっていうところで、バ、バイトをっ、バイトして、バイトしてみるってことですかぁ……?」

「人間流に平たく言い換えりゃあそうなりやすな」

「は、は、は、はっはい」

 

 国語の難しい問題を前にうんうんと唸る女子中学生のようにアンは悩んだ。将来立派なエイリアンハンターになるなら、こういうバイトで金銭感覚を養ったり、社会経験を積んだりするのは必要なことのように思える。少女の形をした“これ”は狂っていた。少なくとも現代日本ではないこの世界にエイリアンなどいない。エイリアンハンターなどという珍奇な職業もない。

 

 パパみたいな凄腕のエイリアンハンターになりたいアンは決断する。

 

「あ、あ、あの。オヤブっ、オヤブーンさん……で、でしたっけ?」

「へい。武芸者の先生。あっしはオヤブーンと申しやす」

「あ、あ、アンで。アンっ。アンでいいです。な、なっ名前。私の名前っ。え、えへ。ふへ」

「へい。アン先生」

 

 オットセイが示す慣れない敬意にアンは照れた。年相応に。素直な反応を見せる与しやすい相手――としてアンを侮るような真似をオヤブーンはしない。侮りは不信感を生んだ。生じた不信感は敵意へと派生し、いずれ裏切りを呼ぶ。あくまでも暴力への敬意を。

 

 戦場で轡を並べるビジネスパートナーを“信用”する必要はなかった。されど“信頼”関係は築く必要がある。社会経験が乏しいのでそうした駆け引きの妙を知らない十三歳の小娘はもにょもにょと口を動かして頓狂なことを尋ねた。

 

「セっセイオーマートって、パパっ、パパと一緒に、一緒に行ったことあるんです」

「ほう。お得意様でございやしたか」

「そ、それで、それで、それでセ、セイオーマートって食べ物っ食べ物、あっあっ、たっ食べ物とか売ってることあります、よね……?」

「大抵のものは揃えておりやす」

「あの、その、そ、それでっ、それでなんですけど、きゅっ、きゅ、休憩時間っ、休憩時間とかに、バイトっ、バイトのっバイトの賄いっ、バイトの賄いで……お、お菓子とかっ、お菓子、お菓子とか貰えたりします? えーとフ、フルーツ、フルーツサンドとか……」

 

 まったく以て悍ましいことに、アン・エイリーという名の少女の形をした“これ”は、同年代の女子中学生らしい感性でフルーツサンドが好きだった。

 

 メロンフルーツサンド。シャインマスカット。イチゴ。グラシアスマンゴー。グリーンキウイ。プレミアムバナナ。甘くて美味しいフルーツと甘さ控えめな練乳のハーモニーを想像しただけでアンは幸せになる。屋内兵器演習場という暴力的なロケーションに沿わないアンの場違いな言葉をオヤブーンは決して笑わなかった。戦場だ。他人から見れば取るに足らぬモチベーションが実戦の場において兵士を強烈に突き動かすことはままある。

 

「腹が減っちゃあ戦はできねえ。アン先生がガス欠で動けねえなんてことならねえように契約内容に書き足しやしょう。フルーツサンドでも人肉サンドでもいくらでも用意させていただきやす」

 

 敵兵の骸と黄金を等分に配合した山を目にしたときのような穏やかで優しげな声色でオヤブーンは要求を呑んだ。凶暴極まる戦闘種族の統率個体は、柔軟な雇用条件をアンに提示する。

 

「な、なっ、なら、バイトしてみます。セイオーマート……セイオーマートで」

 

 世間擦れしていない少女のような純真無垢な間抜け面でアンは承諾した。ぺこり。おどおどした態度で武芸者は一礼する。

 

「よ、よよよっよろしくお願いしますぅ」

 

 立ち上がることもなく一礼する少女の太ももの上に据えられるのは、相変わらずトロフィーとして抱えられたままの生首だ。ぽたぽた。血が滴る。鼻を刺す臭気と共に商談は成立した。アンを中心に展開される凶暴な光景にオットセイたちが牙を剥く。威嚇ではなかった。高揚の笑いでオットセイたちの口角が勝手に上がる。世界最強の戦闘種族たちは、眼前に聳える小柄な戦闘者の凶悪な強さにすっかり惚れ込んでいた。

 

「では早速ですが……お仕事の話をさせていただきやしょう」

「はい。あ、はい。お仕事っおっお仕事ですね」

「弊社がハイウェイを建設する予定の土地に邪魔者どもが棲みついておりやす」

「邪魔っ邪魔者っていうと……“エイリアン”ですかぁ?」

「アン先生にはそいつらを退治して貰いたいんでさあ」

 

 オヤブーンは相変わらず“エイリアン”なる語には一切踏み込まない。そのあたりは暴力種族の勘だ。藪をつついて蛇を出す必要もない。

 

 ともあれ商談を経たアンはオヤブーンから早速仕事の話を聞いた。聞いた瞬間――得体の知れない義憤に駆られる。

 

「そっそっそんな……っ。人様っ。ひ、人様の工事っ。ひ、人様の工事を妨害するなんて、ゆ、ゆゆゆっゆっゆゆ許せないっ。め、迷惑でひどいっひどいエイリアンどもですぅっ」

 

 めりめりめり。

 

 ぐちゃあ。

 

 瞬発的な怒りに動かされた純粋な握力のみによってキタオの頭部が強靭な頭蓋骨ごと生クリーム細工のように崩れた。ハンティングトロフィーを握り潰した少女の口から意味不明な言葉が這い出る。彼女の告げる内容は狂っていた。

 

「わっ、わたしっ、私は半人前の未熟者ですけど、迷惑っ、迷惑なぁっクソエイリアンっエイリアンどもを頑張ってっ頑張って頑張ってた、退治っ退治しまっしまぁっ!」

 

 這い出てきた絶叫には悲壮な覚悟が滲む。すべてが狂っていた。星の平和を守るためにエイリアンと戦う覚悟を決めた狂える少女の頼もしげな言葉――ではなく歴戦の戦闘種族をして背筋が凍るほどの殺意の奔流にオットセイたちは沸いた。

 

「おうおうおう! 頼りにしてますぜ用心棒の先生!」

「おうおうおう! 勝てる勝てるぞ!」

「おうおうおう! 商店街の連中を血祭りにしてやらあ!」

 

 心の弱い女子中学生なら恐怖のあまり脳死しかねないほどの圧倒的な暴力が狂騒となってセイオーマート商品開発室に渦巻く。

 

「おう。四千億か。いい買い物だったぜ」

 

 充満する暴力の統率者たるオヤブーンは今回の商談をこう評した。すぱー。

 

 斯くしてエイリアンハンターの娘――アン・エイリーは、フルーツサンド食べ放題に釣られて暗黒巨大企業『セイオーマート』の傘下に入った。

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