スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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第五話 ヨークシャーテリアオブザ商店街

 少なくとも現代日本ではないいつかのどこか。

 

 国という概念も言葉もなく、自前の暴力を用意した勢力たちが局地的な覇権を争い続ける世界があった。

 

 五人に一人くらいの割合で人間のなかに動物が混じっていたり、大気中や土壌にプロテインやステロイドに類似した成分が含まれていたり、世界的基盤通貨が円だったりする世界があった。

 

 国家というわかりやすく大きな枠組みが無い世界とはどんな世界か。

 

 おそらくは安定性に欠き、流動が盛んな世界となるだろう。

 

 この世界において国の代わりに地域を支配するのは企業やヤクザや宗教法人だ。小規模な区切りで支配領域を分け合う構造ゆえに、情勢の変動はかなり激しい。

 

 平和だった地域が一夜にして戦争地帯と化す。何もなかった田舎町に巨大資本が流入し、半年そこらで巨大なビル街に変貌する。人災の影響で勢力が物理的に消滅する。

 

 戌雄という武芸者が生まれ育った世界では、こうしたトピックは珍しくもなかった。

 

 明日のことすら不透明なこの世界にあって何よりも重視されるもの。

 

 それはやはり“暴力”だ。支配する勢力が変わる都度にころころ変わる法はあまり信用できない。暴力そのもの。そして暴力を効率的に扱う支配者の才覚こそが全てを決定した。

 

 自分で力を用意できぬ者に自由は許されない。弱者はより強い者の傘下に入り、金や労働、服従と引き換えに庇護を得る。それがこの世界における常識だ。力もないのにのんきに商売や農業に精を出していると、ありったけの暴力を用いた恫喝で、あっという間に近場の勢力の奴隷となってしまう。

 

 勢力――企業・ヤクザ・町内会・宗教法人・道場・ショッピングモールは、なればこそ近代兵器や武芸者を集めて武装し、他の勢力を威嚇し続ける。力で周囲を黙らせ続けなければ生存できないために……。

 

 しかし周囲の状況や思惑、あるいは利害の一致で、何の力もないのに長期間生き残ってしまう勢力がごくごく稀ではあるが確かに存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仏壇に老犬が線香を供える。

 

「マイワイフ……すまねぇ。この“商店街”を手放すことになりそうだ」

 

 老犬――人間サイズの小柄なヨークシャーテリアは、亡き妻の遺影に肉球を合わせた。

 

 遺影のなかでパピヨンの老女が微笑んでいる。微笑む亡き妻に向けて、ヨークシャーテリアの老人――八木はこの“商店街”を巡る情勢について説明し始めた。

 

「オットセイ……“セイオーマート”の連中がこの商店街を狙ってやがるんだ。マイワイフ、お前と一緒に荒野を開墾して作った商店街を、だ」

 

 ツルハシともっこを担ぎ、荒れ果てた原野を切り開いて“商店街”と現在呼ばれる勢力を築いた老人。商店街の支配者――町内会長の八木。今の彼の胸中にあるのは、勢力を脅かされた支配者が奮い立たせるべき殺意ではなく、深い諦観と昔を懐かしむ寂寥だけだった。

 

 昔の話をしよう。六十年以上前の話だ。

 

 いつかのどこかにとある夫婦がいた。巨大企業やらヤクザやらに搾取される日々に嫌気が差した二人は、自給自足の気ままな生活を求めて手付かずの地に移住する。

 

 無謀な挑戦だ。常識的に考えれば、何のノウハウもない素人二人が荒野で生きていけるはずもない。しかしこの夫婦は、偶然井戸を掘り当てたり、痩せ細った土壌に適応する作物を運よく拾えたりしたおかげで、奇跡的に生活基盤を成立させてしまった。

 

 開墾と定住から数年後。風の噂で二人のことを聞いた者が移住してきた。企業に搾取される日々に倦んだ元給料男だった。

 

 ヨークシャーテリアとパピヨンの夫婦こと八木夫妻は、ヤクザやらビジネスマンやらに搾取される毎日に嫌気が差しただけで、別に人嫌いの偏屈な人間ではなかった。人手が増えればやれることも増えるだろう。そう思って二人は移住者を歓迎した。

 

 以来、周囲の勢力でこんな噂が流れた。荒野を切り開いた連中がいる。何でもそこなら暗黒巨大企業から給料を中抜きされずに済むらしい。

 

 噂が噂を呼び、移住者はどんどん増えた。

 

 移住者が増えればその分だけ開墾が進み、設備投資も進んだ。

 

 十年。二十年。三十年。夫婦が手作業で作った丸太小屋と小さな井戸から始まった寄合は、いつしか“商店街”と呼ばれる小規模な商業勢力として台頭していった。

 

 暴力が支配するこの世界にあって奇跡的な話だ。だが無くはない話でもある。善意に基づく相互努力によって新興勢力が台頭することは珍しいが、そうした例が過去になかったわけではない。

 

 過去の例に漏れず、八木夫妻は隣人住民たちに恵まれ、小規模ながらも人情に溢れた商店街でしばらくのあいだ幸せに暮らした。話はそれで終わりだった。

 

 そう。終わりなのだ。

 

 この世界は暴力が全てを決定する。助け合いの精神に意味などなかった。

 

 八木夫妻の努力を見た支配者たちは当然のようにこう考える。

 

 荒野を開墾した新興勢力。大いに結構。では我々の支配下に入れて管理し、効率的に利益を搾取しよう。もちろん支配者の首は挿げ替えた上で。

 

 無限に力を欲する勢力たちは、ごくごく常識的な思考でそう判断した。これがこの世界の構造だ。企業やヤクザから逃げた先には、大勢力による併合という逃れ得ぬ末路が待っている。

 

 八木夫妻の“商店街”もその運命から逃れることはできなかった。

 

 そして本物の奇跡が起こる。

 

 商店街が十分に発展した後のこと。商店街を狙う各地の勢力たちは、度々地上げを行ったり、強制合併などの話を持ち掛けたりした。

 

 巨大企業の金と暴力は圧倒的だ。新興勢力ではとても太刀打ちできない。もはやこれまでか。観念しかけた商店街の人々だったが、物語は妙な方向に展開する。

 

 この商店街を狙う企業やヤクザの裏工作が勝手に消えていったのだ。

 

 地上げも。立ち退き交渉も。合併案も。そうした話が何故か勝手に消滅してゆく。

 

 どういうことなのかは八木自身よく理解していない。理解していないが、わかる範疇で情報を集めた限りでは、この商店街をどの勢力に組み込むかで企業やヤクザ同士が争っているらしかった。

 

 場所が良かった。この商店街を取り込むと交通面や経済面で大きな影響が発生するのだとか。最新のAI解析はそのような結論を示している……と聞いた。機械に疎い八木にはよくわからなかったが、そういう話を聞いた。

 

 状況が変わってカオス化するよりも現状維持を望む勢力の方が多かった。そのため結果として、商店街がどこぞの傘下に組み込まれることは先送りにされた。先送りにされ続けた。

 

 いつしか相互不干渉が暗黙の了解となり、そのまま放置された。

 

 四十年。五十年。六十年と放置期間は間延びし続ける。

 

 ツルハシともっこを担いでひーこら井戸を掘っていた頃から、長い時が流れた。

 

 近隣勢力の相互不干渉によって守られた商店街は発展し、平和な日々を過ごすことができた。

 

 ……オットセイがやってくるまでは。

 

 相互不干渉を保っていた周辺勢力を全て皆殺しにした悪名高き暗黒巨大企業“セイオーマート”がこの地にやって来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い日々を寄り添い共に生きた妻に、人間サイズのヨークシャーテリアの八木は、商店街をオットセイに引き渡す旨を報告する。

 

「この商店街をオットセイの連中が狙ってるんだ。人間じゃあオットセイには勝てねえ」

 

 オットセイ。読者諸君はこの種族の名を覚えておられるだろうか。

 

 体高二メートル超。平均体重二トン弱。完全な肉食性。そして極めて好戦的。チャカ(・・・)の弾丸を容易く弾く外皮。粗食に耐える分厚い脂肪。戦車にすら一切怯まぬ凶暴性。

 

 世界最強の戦闘種族。それがオットセイだ。

 

 周辺勢力の相互不干渉という幸運で生き残っただけの、何の実力も持たない新興勢力風情が抗える相手ではない。圧倒的な暴力性で近隣勢力を併呑した極悪集団に立ち向かうだけの力があるなら、勢力同士の均衡などという奇跡に頼る必要もなかった。

 

 オットセイへの抵抗を完全に諦めた八木は、商店街を共に導いてきた妻に言い訳を続ける。

 

「オットセイは狂暴な連中だ。だが狂暴なだけじゃない。あいつらはビジネスマンを気取ってる。商売のつもりなんだろうな。幸い相場よりは安いが立退料も貰えるんだ」

 

 暴力の塊がビジネスマンを自称するという欺瞞を八木は信じた。自分から騙されに行った。

 

「ここに来てから六十年か。何の力も後ろ盾もない自分たちが今まで生き残れただけで上出来な上がりだ。そうだろう? ……だから許してくれ。マイワイフ」

 

 仏壇でほほ笑む老いたパピヨンと目を合わせる八木は、新年の挨拶の代わりに、ひたすら言い訳することしかできない。

 

 オットセイに狙われる商店街の支配者は、一月一日の朝のひとときを亡き妻への述懐で浪費していた。

 

 その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おお、何たることか。

 

 仏壇が置かれた八木宅の茶の間にデカい車が突っ込んでくる!

 

 年越しから八時間弱の時を経て、八木宅の茶の間に新年のご挨拶を物理的に繰り出してきたのは、改造により随分とゴツくなった装甲フェローリだ! フェローリとは流線形のシルエットで知られる高級車だ!

 

 とんでもない衝撃に八木はひっくり返る。

 

 どごーん。

 

「な、なんだぁああッ!?」

 

 老ヨークシャーテリアは巨大隕石でも落下してきたのかと思った。当たらずとも遠からずな状況認識だ。

 

 隕石――装甲フェローリを運転していた人物は、被害者である老犬と同じくらいの動揺を伴ってフェローリから降りてくる。

 

「しゃ、社長」

「なんだ戌雄よ」

「い、言われた通りに突っ込みましたけど、これ……事故なのでは?」

「ああ。事故だ。補填と謝罪が必要だ」

「え、えぇ……?」

 

 茶の間に乗り上げた車から降りてきたのは作業服姿の中肉中背のゴールデンレトリバー。そして二メートル近い長身の紳士だった。

 

「なんだ……あんたら?」

 

 ガラス戸とこたつの残骸が散乱する茶の間に、土足ではなくちゃんと靴を脱いで現れた二人を仰いだヨークシャーテリアの八木は、状況を正しく認識できずに混乱しっぱなしだった。新年早々デカい改造フェローリが茶の間に突っ込んでくるなんてイベントなど知らなかった。

 

 混乱する八木に、長身の紳士――国亜商事の社長が瀟洒な一礼を行う。

 

「新年明けましておめでとう。ご老人。そして大変失礼した。偶発的な事故であなたの家の茶の間に車が突っ込んでしまった。申し訳ない。とりあえずの慰謝料としてこれを受け取ってくれ」

 

 社長は懐から小切手を差し出した。

 

「じ、事故だぁ? 何言ってんだ。そんなことあるわけ……十億円!?」

 

 小切手を受け取った八木は驚愕する。一流給料男五人分の命に等しい金額が小切手には書かれていた。

 

「新年のひと時をお騒がせしたのだ。もちろんこの程度では許されないだろう。しかし生憎手持ちはこれだけでな。本格的な補填は後日行わせてもらう」

「あ、あぁ。お、おう」

「困ったことがあればいつでも連絡して欲しい」

「そ、そうか。わかった……?」

 

 未だ混乱から抜け出せずにいる商店街の支配者を背に、新年のご挨拶と慰謝料の支払いを終えた完璧な紳士は装甲フェローリに戻ってゆく。

 

「では帰るぞ。戌雄よ」

「は、はい。え、えぇ……? すみません社長。これは一体どういう状況なんでしょうか……?」

「お前の不注意で事故が発生したのだ。以後気を付けるように」

「あ、はい。……え、え、え?」

 

 八木に負けないくらい混乱しっぱなしの戌雄は、上司に命じられた通りに装甲フェローリをバックさせた。ばりばりばきばき。八木宅の茶の間の残骸を踏み潰しながらフェローリは去る。

 

 唐突に現れた二人は、登場と同じくらいの脈絡のなさで八木宅の敷地から撤去されていった。

 

「……」

 

 物凄いスピード感で来ては去った二人組を、八木はぽかんとした表情で見送る。

 

 新年の初夢を思わせる現実感のなさだ。頬を抓る代わりに、小切手と一緒に渡されていたらしい名刺を八木は老眼で確認する。

 

「国亜商事……」

 

 商店街の支配者――老ヨークシャーテリアの八木は理解しているだろうか。新年早々車が突っ込んできた状況への理解ではない。十億円をポンと手渡しできる権力者との繋がりを手に入れてしまった事実を。

 

 オットセイから立ち退きを要求されるという絶望的な状況で、肉球に触れる十億円と、茶の間が破壊されたせいで入ってくる冷たい風だけが八木の傍らにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高級車の後部座席に座る玖忍は、支配者としての貴重な時間を戌雄との会話に割いた。

 

「あの老人が治めている土地。あれは立地が特殊なのだ」

「特殊……と言いますと、石油か何かが湧くのですか? レアメタルが埋まっていたり」

「そうではない。特殊なのは立地座標の位置そのものだ。荒野を開拓しただけの弱小勢力に一見見えるが、最新のAIで解析した結果、商業的に極めて重要なルートを塞いでいることがわかった」

 

 完璧に整えられたアスファルトの上を滑る装甲フェローリは見事な静粛性で社長の声を部下に届ける。

 

 もちろん戌雄はその内容を把握し切れなかった。

 

「えー、ビジネス的な要地ということですか?」

「正しくは違う。だがお前の立場ではその理解の仕方で構わない」

「はい。えーと。“知る必要性の原則”というやつでしたっけ?」

「違う。お前の頭では理解できないというだけだ。面倒だから話を進める」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 戌雄は武芸以外の事柄に関しては凡人である上に最終学歴が中卒なので、率直に述べてしまえば頭があまりよろしくない。この男に知的労働をまったく期待していない社長は、飲み込みと頭の回転が悪い四十五歳の中年犬に対してイライラすることもなく話を続けた。

 

「とにかくあの商店街を獲ることは、それがそのままこのあたり一帯の覇権を取ることに繋がる」

「そんな土地をオットセイが狙っている……と」

「そうだ。オットセイはただでさえ強大な戦闘種族だ。今以上に成長されると手が付けられなくなるだろう」

「つまり……えー、俺の出番ということですね」

「得意分野に関する飲み込みだけは速いなお前は」

 

 運転しながら牙を剥いて笑う戌雄に、長身の紳士は完璧に感情を律したふるまいで応じる。戦いの予感に高揚していいのは手駒たる武芸者の特権だ。支配者は冷静沈着に事を進めるのみ。

 

「オットセイたちがあの商店街を手に入れる前に、セイオーマートを壊滅させたい」

「はい」

「そのためには戦力の補強として新しい武芸者をリクルートする必要がある」

「承りました」

「次の仕事だ。少々忙しくなるぞ」

「はい。社長」

 

 冷徹な主の命令の下に、武芸者は新たな戦いへと赴こうとしていた。

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