スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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第六話 ネコネコ大好きJKみゃーちゃん

 猫という種族がいる。

 

 安心して欲しい。体高が二メートルあったり、体重が数トンあったりはしない。

 

 オットセイとは異なり、この世界の猫にそこまでの戦闘力はなかった。読者諸君がイメージする一般的なイエネコを想像して貰えば、おおよそこの世界の猫種族と相違ない姿形になると思われる。

 

 人語を流暢に喋ったり、気が向いたときに二足歩行で陽気なダンスを踊ったりするが、それ以外はサイズも外見も現代日本の猫と大差ない種族。それが猫だ。

 

 今しがた述べた通り、この世界の猫は人と同等の知能を有する。

 

 大抵の勢力圏において彼ら彼女らは人権を認められていた。意思疎通に支障のない会話ができるし、その気になれば二足歩行になれる都合上、読み書きにも問題はない。文化的な類似性もあり、古来より猫はこの世界の人類と共生関係にあった。

 

 しかし人類と融和してきた猫たち――その社会ならびに秩序を揺るがす事件が、ここ半年の間連続して発生している。

 

 その名も「連続狙撃殺“猫”事件」。

 

 火器を用いた狙撃で当該地域の猫が殺害される痛ましい事件が、猫社会を騒がせていた。

 

「わが社が傘下に入れた地域での事案だ。野良の猫も、国亜商事関連業務に就く猫も、お構いなしに殺され続けている。大口径の火器(チャカ)を用いた狙撃によってな。お前が入社する前、警備保障担当者を使って調査も行ったが、派遣した者は例外なく行方不明になった。推測で物を言うべきではないが、おそらくは殺害された可能性が高い」

火器(チャカ)、ですか」

「戌雄。お前にはこの事件の犯人を警備保障部門にスカウトしてもらう」

「はい。社長。……あー」

「なんだ?」

「その……スカウト、とのことですが」

「疑問は明確な言葉にして報告しろ」

「はい。えー、警備保障部門にスカウトするにはだいぶ問題がありそうな人選ですが、大丈夫でしょうか? 連続殺人……殺猫鬼ですよね?」

「問題ない。私の判断と指示だ。お前は武芸者として事件の犯人を押さえろ」

「はい。では武芸者として全力を尽くします」

「見込みがなければ……もしくは手加減が不可能であれば殺せ」

「……努力します」

「安易な安請け合いをしないのはお前の美徳だ。今後も継続しろ」

「あ、はい」

「事案が発生した地域に詳しい現地協力者(カウンターパート)を用意した。仔細はその者から聞くといい」

「承りました。社長」

 

 斯くして戌雄は、連続狙撃殺猫事件の犯人を国亜商事の警備保障部門にスカウトすべく、とある住宅街へと赴くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火器(チャカ)。それは武芸者にとっての永遠の宿敵だ。

 

 最強の文句を謳い掲げる武芸体系は、最終的にチャカを持った軍人の戦闘力を凌駕する必要がある。チャカに対処できない武芸は健康体操と同義だ。そんな武芸を修めるくらいなら傭兵にでもなった方が手っ取り早く強くなれる。

 

 戌雄が半ば独学で修めた殺人武芸――佐崎式剛撃術の体系にも、チャカへの対応は当然含まれていた。しかし対応手段があると言ってもチャカに対して無敵なわけではない。仮にアサルトチャカ等の中間弾薬弾を耐えることができたところで、より大口径のチャカ弾頭で急所を狙い打たれれば武芸者とて容易く死ぬのだ。

 

 連続狙撃殺猫事件の犯人をスカウトするよう命令を受けた後日。

 

「……チャカか」

 

 時間に十分なゆとりを持って待ち合わせ場所に到着した戌雄は、目印として指定された駅前のオブジェをぺたぺたと遠慮なく触っている。

 

 この男は何をやっているのか。まるで不審者の動きだ。

 

 ちなみに今現在の時刻は平日の昼間である。

 

 チャカにどう対応するか。協力者と落ち合うまでの待ち時間を使って、武芸者として敵のシミュレーションを行う戌雄の姿は、仕事をクビになって途方に暮れる負け犬給料男のそれにしか見えない。

 

 まったくの余談ではあるが、幼稚園に通っていた頃に野良猫と遊んでいた時期のある彼は、猫という種族に対してそこそこの好印象を抱いていた。

 

「何とかして犯人を捕まえないと……」

 

 チャカへの対応、そして連続殺猫という悪行への義憤。そうした思考を脳裏にぐるぐると巡らせながら、作業服姿の中年犬はぼそりと呟いた。

 

「ままー。あのいぬのおじさんなにやってるのー? おしごとはー?」

「しッ。見ちゃいけません!」

 

 社長が連絡を付けたという現地協力者(カウンターパート)を待つ戌雄は、通りすがりの親子連れ等から白い目で見られながら、チャカと対峙した折のイメージトレーニングを深める。

 

 で。数秒後。

 

「その通りにゃ! 同胞殺しのクソ野郎は駆除しなきゃダメなんだにゃああっ!」

 

 待ち合わせ場所として指定された駅前のオブジェ。それを見下ろせる建物の屋根から元気よく飛び降りてくる謎の人影――否、獣影があった。どうやら段取りよく協力者と合流できたらしい。

 

 ぴょんぴょんぴょん。

 

(良い身のこなしだ)

 

 戌雄の独白に返答するタイミングで高所から飛び降りてきた獣は、凄まじい身体能力を発揮して戌雄を感嘆させた。電柱やら郵便ポストやらを足場に何の意味もなく跳ね回る。さらにそこから追加で複数回跳ね回る。元気な動きだった。

 

 そして“ずざざーっ”と元気よくヘッドスライディングしてきた。

 

 待ち合わせ場所付近の地面に。

 

「うわ」

 

 あまりに躊躇いのない顔面スライディングに戌雄は少々驚く。

 

 がばっ。舗装された地面へと顔面を盛大に擦り付けた生き物は、人外の瞬発力で即座に跳ね起きた。一体何者なのか。

 

 登場した生物の外見を述べると、その者――彼女はスクールブレザーを纏っていた。顔立ちの印象は服装とそこまで乖離していない。どうやら年若い少女のようだ。

 

「あの。大丈夫ですか? 鼻とか」

 

 顔面を地面に打ち付けながらスライディングするという大胆な奇行を演じた少女の状態を中年犬は心配する。結構な高所から転がり落ちて顔を地面に擦り付けたのだ。常人であれば顔面を複雑骨折して緊急搬送待った無しの状態となろう。

 

「心配には及ばないにゃ。慣れてるのにゃ」

 

 ゴールデンレトリバーのおっさんから心配された少女は、無傷のまま謎のドヤ顔で応じた。

 

 頭から生じた“猫”の耳をピンと反らせて……。

 

「そうですか。その。気をつけてくださいね。危ないですから。ケガとか」

 

 ぺしぺしぺし。戌雄のしつこい心配を無視して、頭に猫耳を生やした少女は制服についた土埃を丁寧に払う。

 

「みゃーはネコネコ大好き女子高生のみゃーちゃんにゃ!」

 

 猫耳を生やした女子高生――みゃーちゃんは、身支度を軽く整えてから意気盛んに名乗りを上げた。

 

「はあ。どうも。俺は戌雄です」

 

 そんな彼女に対して戌雄の反応は薄い。鈍い男だ。

 

 ではここで反応が鈍い戌雄に代わり、地の文が直接リアクションを行おう。

 

 ネコネコ大好き女子高生のみゃーちゃん! 何たる冒涜的生物か!

 

 みゃーちゃんと名乗った少女の骨格はホモ・サピエンスのものだった。されど人の骨格から生じた頭上の耳だけが猫のものとなっている。頭に猫耳が生えた異形のシルエットだ。

 

 耳が四つあるという異形な形状から察せられるように、みゃーちゃんというこの少女は、人間と猫の交配の結果生じた悍ましい生き物と見て相違ない。何らかの奇形によるものだろう。高校生である彼女の声と顔立ちは年齢に比して幼かった。

 

「よろしくにゃ戌雄!」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 エキセントリックな登場シーンはともかく。事実だけを見れば初対面の相手と挨拶を交わした場面だ。なので戌雄は丁寧な挨拶を返したし、みゃーちゃんも戌雄の対応を認めた。穏やかな時が二人の間で流れる。

 

「あの、みゃーちゃんさん。猫の方たちが連続で殺害される事件があったという話をお聞きしたんですが……」

「みゃー。そうにゃ。お前が捜査協力者かにゃ?」

「はい。そうです。国亜商事の……あー、社長の命令で来ました。捜査協力者で合ってると思います」

「戌雄。お前が捜査協力者で良かったにゃ。さっき派手に登場したから、もし人違いだったらショックのあまり毛玉吐いてたにゃ」

「毛玉ですか。怖いですね」

「冗談にゃ」

「あ、はい」

 

 毛玉を吐くという渾身のジョークも交えつつ、猫耳女子高生ならではの馴れ馴れしさでみゃーちゃんは見事なネゴシエーションを行った。一方の戌雄はみゃーちゃんの圧倒的コミュニケーション能力に怯え始めている。

 

 みゃーちゃんはすぐに本題に入った。

 

「今この瞬間にも同胞たちが殺されてるかもしれないにゃ。手短に喋るにゃ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 本題に入ったみゃーちゃんは猫の眼を細める。縦に割れた彼女の瞳孔に宿るのは昏い殺意の灯だ。

 

 猫と人間のハーフみゃーちゃん。同胞を殺された復讐の怒りに彼女は燃えている。復讐のためならば手段を選ばない。敵を殺す覚悟を彼女は既に決めていた。

 

 戌雄のような冴えない中年のおっさんでも使えるならば使う。馴れ馴れしい猫耳女子高生の裏でビジネスライクな側面を兼ね備える今時の少女は、事件に関しての詳細を語った。

 

「半年くらい前の話にゃ。同胞を殺しまくる極悪人がこの街に現れたにゃ」

「あの、その……同胞とは?」

「あん? 同胞は猫のことにゃ。それくらい察せにゃ」

「あ、はい。すみませんでした」

「現れた極悪人に対抗するべく、みゃーちゃんたちはありったけの対策を講じたにゃ。軒下に隠れたり、昼間は出歩かないようにしたにゃ」

「なるほど。では、みゃーちゃんさんも軒下に……? 不法侵入では?」

「でも無駄だったにゃ」

「無駄……というと? あの、軒下は?」

「極悪人は“アンチマテリアルチャカ”でみゃーちゃんたちを狙撃してきたのにゃ」

「アンチマテリアルチャカ……ッ!」

 

 案の定と言うべきか。具体的な名前として出てきた超大口径兵器の存在に戌雄は戦慄する。

 

 連続狙撃殺猫事件の犯人の得物は対物(アンチマテリアル)チャカだった。

 

「物凄い威力のデッカいチャカで狙撃されるせいで隠れても無駄だったにゃ。三丁目のゴンザブロウ二世にゃんかは、隠れた軒下のコンクリブロックごと破壊されて殺されたにゃ」

「そんな……ひどい」

 

 凄惨な殺戮について語ったみゃーちゃんは、憤りのあまり尻尾を爆発させる。悲劇的な語り口を受けて戌雄も胸の奥を引き攣らせた。

 

 恐るべきはみゃーちゃんという猫耳女子高生の馴れ馴れしさだ。一応は年上の相手である戌雄に対し、敬語を使おうという気配が欠片もない。戌雄。この男は外見と雰囲気のせいでいつだって舐められた。

 

「腹芸は無しにゃ。単刀直入に言うにゃ」

「はい。俺も難しい話は苦手で」

「同胞たちを殺しまくってる“アンチマテリアルチャカ使いの武芸者”をお前の手でぶち殺して欲しいにゃ」

「ぶち殺す、ですか」

「今日はそのために町内会長さん経由でお前を呼んだにゃ」

「……大口径のアンチマテリアルチャカが相手となると手加減は確かに難しいかもしれませんね」

 

 猫耳女子高生から話を聞いたゴールデンレトリバーは唸った。連続殺猫事件に関する情報提供を受け、凄惨な事件への憤りとは別の感情が湧き上がる。

 

 すなわち猛りと焦燥。

 

 チャカ。特に大口径チャカへの対応はあらゆる武芸者が抱える共通の課題だ。

 

 アンチマテリアルチャカ。対人の域を超えた得物を用いる相手とどう戦えばいいのか。

 

「みゃーちゃんも本気にゃ。お前が極悪人をぶっ殺しやすように、命を懸けて極悪人が潜伏してる場所を割り出して見せるにゃ」

「居場所を割り出す……と申しますと?」

「極悪人は普段隠れてるにゃ。逆を言えば居場所が分かれば楽に倒せるかもしれないにゃ」

「なるほど。何か策はあるんですか?」

 

 高威力の飛び道具への具体的な戦略を持てない戌雄は話を促す。本気で犯人を仕留めたいみゃーちゃんは出し惜しみすることなく作戦を告げた。

 

「今から“猫の集会”の会場に向かうにゃ」

「猫の集会?」

「同胞がいっぱい集まってくる場所にゃ。壊れた水飲み場とかにゃ」

「……一か所に集まるのは危険なのでは?」

「安心するにゃ。そこは偽物の会場にゃ。生き残った同胞たちに協力してもらってそれっぽい仕草で偽情報を流したにゃ。同胞を殺してたくて仕方にゃいクソ極悪人は、十中八九そこを襲撃してくる筈にゃ」

「ふむ。良い作戦だと思います」

 

 珍妙な喋り方のせいで迂遠に聞こえるが、みゃーちゃんが告げた作戦とは、要するに囮を使って敵の居場所を特定するカウンタースナイプに近い単純なものだった。

 

 飛び道具に相対した際の最悪のシナリオとは、敵の居場所がわからないまま一方的に不意打ちを受けることだ。先手と後手が覆れば飛び道具の利点は容易に消える。戌雄はみゃーちゃんの作戦に乗ることを決めた。

 

「偽の猫の集会の会場でみゃーちゃんはクソ極悪人を挑発してやるにゃ。みゃーちゃんを見つけた極悪人はきっとのこのこと現れる筈にゃ。そこを的確にぶち殺すにゃ」

「流石に危険すぎます。そうだ。俺が猫の真似をして――」

「気色悪いこと言うにゃ! 囮役はみゃーちゃんがやるにゃ!」

「あ。はい。ごめんなさい」

「次猫の真似をするとか抜かしたらお前から先にぶち殺すにゃ」

 

 中年のおっさんが猫の真似をするという気色悪い提案をみゃーちゃんは一蹴した。ガチなトーンでキレられた戌雄は耳を折りたたんでシュンとなる。

 

「……俺は武芸者だ」

 

 だが即座に気を取り直して闘志を練り上げた。俺は武芸者だ。大口径のチャカを手繰るスナイパー。相手として不足はない。猫耳JKから怒鳴られたことに落ち込んでいる暇などなかった。

 

「じゃあ今すぐ向かうにゃ! 付いてくるにゃ!」

 

 作戦の内容を伝えたみゃーちゃんは迅速に移動を開始する。

 

 女子高生らしいとんでもないフットワークの軽さだ。ぴょんぴょんぴょん。獣の身体能力で跳躍しての移動だった。彼女が移動に用いるのは、人間の機動力など欠片も考慮しない人外用のルートである。

 

「おおっと。待ってください」

 

 戌雄はみゃーちゃんを急いで追いかけた。先ほどガチなトーンでキレられたことからもわかるように戌雄は猫ではない。猫ではなく人間サイズのゴールデンレトリバーだ。

 

 そして長年のトレーニングで体を苛め抜いてきた武芸者である。たかだか猫の血が入った女子高生の後を追う程度、造作もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中年のゴールデンレトリバーと猫耳女子高生。

 

 この二人が辿り着いたのは入り組んだ路地のさなかに聳えるブロック塀の上だった。

 

「……………」

 

 ちゃんと付いてきたかにゃ?

 

 ネコネコ大好き猫耳女子高生ことみゃーちゃんが無言で振り返る。先ほどまでの馴れ馴れしさとは打って変わり少女は黙っていた。

 

「……」

 

 はい。

 

 到着した旨を伝えるべく戌雄も無言のまま頷き返す。

 

 ここはみゃーちゃんの策略によって作られた猫の集会の会場――の偽物だ。耳を澄ますと冬の大気に凍える水の音がどこからか聞こえる。中央に据えられた噴水からちょろちょろと水が垂れているのだ。噴水の周囲には意外と広さがある。入り組んだ家屋とブロック塀の迷路に囲まれたこの場所は、野球ができる程度の面積があった。

 

 真冬ゆえに寒々しい光景ではある。しかし夏場であれば、噴水の水場を求める野良猫たちの憩いの場になっていただろう。まさしく猫の集会にうってつけの場所だ。

 

 とはいえここはみゃーちゃんの策略による偽物の会場であり、生きている猫は一匹もいない。

 

「……?」

 

 到着から数瞬後。冬の冷たい風に煽られた戌雄の鼻が臭いを捉えた。噴水の影。到着したブロック塀からは死角になって見えない領域から、臭気が漂ってくる。

 

 そして風が吹いた。冷たい冬の風が。

 

 死の気配を濃厚に纏う血・臓物・糞便の臭気を孕んだ風が吹いた。

 

 そう。この場に生きている猫は一匹もいなかった。

 

 生きている猫は……。

 

「ど、同胞ぉおおおー⁉」

 

 みゃーちゃんも戌雄に遅れて気づいた。ネコネコ大好き猫耳女子高生は絶叫する。瞬発的に発せられた幼さが残る彼女の声に含まれるのは、憤りや殺意よりも恐怖や混乱の方が大きい。

 

 偽装された猫の集会である空き地中央部の噴水の影。そこに何かが立っていた。遠目から見る“それ”のシルエットはヒトガタに近い。しかし“それ”本来の輪郭はヒトガタであるべきではなかった。

 

 猫だ。

 

 まだ体温が残る猫の残骸が磔にされている。肉と骨を貫いて通された針金によって猫が聖者の末路のような形状と化していた。死因は体の内側を針金でずたずたにされたことによるショック死と思われる。死してから磔にされたのではない。生きたまま体の内側に針金の束を通され、それから磔の状態で死んだ。苦悶の表情が物語っている。“それ”は生きた猫と針金で製作された罪業の十字架だ。

 

 凄惨すぎる同胞の骸を見たみゃーちゃんは錯乱状態に陥る。

 

「今助けるにゃぁああああっ!」

 

 正常な思考を紡げなくなったみゃーちゃんは、極限の苦痛の末に死んだ猫――“アームストロンガー三世”のもとに駆け寄った。刹那。みゃーちゃんが発する錯乱の悲鳴を上回る極大の警戒アラートが戌雄の脳内でけたたましく鳴り響いた。

 

 ここは死地だ。

 

 鉄火場だ。

 

 戦場だ。

 

 生きるか死ぬかの処刑場だ。

 

 戌雄の巨大な武才は、自らの主の命を守るため、この場が武芸者と武芸者の殺し合いの場である旨を全霊で伝える。

 

 見ている。

 

 誰かが俺たちを見ている!

 

「――――ッ」

 

 咄嗟に戌雄はみゃーちゃんを呼び止めようとした。しかし無駄である。軒下に隠れてやり過ごそうとするよりなお無駄だ。巨大な才能で殺意を事前に見抜いた戌雄の声がみゃーちゃんの猫耳に届くことは絶対にない。無理だ。物理的に不可能だ。だって“それ”は音の伝達の数倍の速さで飛来する。

 

 ずばぁああああああああああああああああんっ!!

 

 単体生物に向けて放たれた兵器が発してはいけない音が轟いた。威力を遥かに上回る殺意を伴って。殺意と轟音の波状攻撃の後に生じるのは圧倒的破壊力だ。

 

「にゃっ――」

 

 同胞を材料とする死の十字架に駆け寄るネコネコ大好き少女みゃーちゃんの、胸から上が弾け飛んだ。猫耳ごと消滅した。即死だった。

 

 眼前で引き起こった惨劇に戌雄は何を思うか。ネコネコ大好き猫耳女子高生みゃーちゃんの死をどう感じたか。無論何も感じない。何も思わない。死を悼む暇などなかった。ここは武芸者と武芸者の殺し合いの場。全身全霊を以て殺し合う以外の思考を紡ぐのは武芸への礼節に欠く。みゃーちゃんの死の瞬間と全く等しく――

 

「わふッ!」

 

 ――戌雄の肉体が軽やかに跳躍した。低空の跳躍だ。地を舐めるかのように中年犬の身体が回避に舞う。べちゃ。錐揉み回転したみゃーちゃんの下半身がブロック塀に激突して、凍て空の白に朱を添えた。

 

 射線を翻弄する戌雄の姿をスコープ越しに“彼女”は見ていた。

 

 仕掛けられた罠を逆に罠としたキリングフィールドを視認可能な某所。一流の武芸者は座位での狙撃姿勢を構える。

 

 恐るべきは超大口径“アンチマテリアルチャカ”の凄絶な反動を不安定な体勢で容易く受け流す、しなやかなバランス感覚。みゃーちゃんを猫耳ごと葬った武芸者はニット帽を被った若い女だった。

 

 高校生という風体ではない。高校生ではないだろうが、おそらくは酒もタバコも呑めない年頃の若い女だ。凄まじい殺意に反比例するかのような凍てついた瞳で女は戌雄を静かに見据える。

 

「猫殺す殺す殺す。猫殺す。絶滅させる。猫絶滅殲滅根絶抹消猫殺す殺す殺す殺殺殺殺」

 

 保湿用リップクリームで湿った唇から、実に武芸者らしい殺意と怨嗟の呪詛が零れ落ちた。

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