スモウマスターvsエイリアンハンター   作:奈田

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第七話 害獣ジェノサイダー礼瑠

「スナイパー……!」

 

 射線から逃れるための低空跳躍の途上にて、敵の武芸的区分を戌雄が呟いた。意味のない呟きだ。

 

 目の前で発生したみゃーちゃんの死。これを目撃したせいで当然ではあるが戌雄は混乱した。そんな戌雄の無意味な“思考”を完全に無視した彼の“才能”が、意味だけを凄まじい速度で紡ぎ始める。

 

 見せつけられた得物の威力。自らが使用可能な身体能力。これらを全て考慮して彼我の戦力差を具体的な演算で弾き出した。

 

 自らに“チャカ”は効かないはずだ。不意打ちであろうと瞬発的な筋肉の硬化で弾ける。警戒を割くことができるなら中口径の“アサルトチャカ”も無視できると思われた。飛来する弾丸のキャッチすら容易く可能だろう。

 

 しかし大口径アンチマテリアルチャカを防ぐことは難しかった。肉で守ることが可能な部位なら即死は免れるかもしれない。おそらく戦闘も継続可能だ。

 

 だが喉や眼球などに当たれば即死する。直撃は絶対に避けるべきだった。

 

 才能のお告げに戌雄は従う。咄嗟の跳躍から着地を成功させた。滑るように着地した姿勢のままに可能な限り低く構えたゴールデンレトリバーは移動する。

 

 殺意に自動反応するアラートが首の裏でちりちりと蠢いた。スナイパーの狙いを回避するために武芸者は肉食獣のように駆ける。四足で。可能な限りの低姿勢かつ不規則に機動する。縦横無尽に動いて狙いを惑わせた。左右。ときに上下。三次元の歩法で敵を翻弄し続ける。

 

 巨大な才能を土壇場で発現させた人のものではない機動力と相対し――

 

「……猫の同類。きっしょ」

 

 ――みゃーちゃんに続いて戌雄に狙いを定めたスナイパーは、的確な狙撃で迫り来る獣を狩らんとする。

 

 ずばぁああああああああああああああああああんっ!!

 

 凄まじい衝撃が真冬の街に再び轟いた。

 

「ぐああッ」

 

 戌雄が苦悶の声を漏らす。右肩の肉が千切れ飛んだ。アンチマテリアルチャカの弾丸は直撃していない。掠めただけだ。掠めただけで肩の肉が抉れた。

 

 個人携帯火器とは思えぬ超大口径の弾丸。人の命を百や千の単位で容易に屠る威力により、衝撃で肩の肉に連なる動脈が切れてしまった。出血が酷い。戦闘継続用のエネルギーが流出し始める。

 

 されど支障はなかった。戌雄という武芸者の才能はこの程度では止まらない。出血の被害を最小限に留めるべく肉と骨を的確に手繰った。

 

 何となく力を込めると溢れ出る血が勝手に止まる。才能に物を言わせた筋肉操作だ。さらには掠めた一撃を無意識に解析し、戌雄の才能はスナイパーの“癖”をおおよそ把握する。死が宿った横殴りの雨を才能頼みの獣の歩法で躱した。

 

「ははッ」

 

 こちらに向かって狙いを定め続ける殺意の群れを知覚して思わず笑ってしまった。牙を剥いて。餓えた獣のように。

 

 今ここは死地だ。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。なのに愉しくて仕方ない。得体の知れない衝動に導かれる餓えた獣と化した戌雄は、気味の悪い勘の良さで狙撃地点をあっさりと把握した。

 

「二階だ。あの家の……っ」

 

 遥か遠方に目線を向ける。

 

 空き家と思しき瓦屋根の家の二階。そこからこちらを狙撃している。言語化が難しい演算により戌雄が発見したのは、超大口径アンチマテリアルチャカの間合いに相応しい二キロ以上遠くの家だった。

 

 二キロ。遠い。とはいえ戌雄のような本物の武芸者にとって二キロとは、一呼吸で到達する白兵戦の間合いだ。

 

 ずばぁあああああああああああああああんっ!!

 

「――――ッ!」

 

 超大口径チャカ弾頭の飛来。先ほど負傷した肩とは別の箇所からも流血する。耳が裂けた。

 

 先ほど癖を見切ったはずなのに躱し切れない。戌雄が見抜いた癖を即座に修正したスナイパーの狙撃が、ゴールデンレトリバーの命を刈り取ろうとする。

 

「問題ッ、ない」

 

 的確な修正力に肝が冷えた。だが放たれた狙撃はいずれも直撃を避けている。致命傷には遠い。負傷を許容の範囲内に収めた上で、狙撃手の潜伏場所を見つけたのだ。状況はこちらが有利と言えよう。

 

 四足で駆ける戌雄はガードレールを遮蔽物として用いて高速で前進した。

 

 ブロック塀や民家も利用する。

 

 遥か彼方に思われた二キロという距離を、一流の武芸者は瞬く間に詰めた。

 

「あと、少し……ッ」

 

 あと数歩。屋根の上を翔ける。ベキッ。強靭な踏み込みで住宅街の屋根がへし折れた。みゃーちゃんが殺されてからものの数十秒しか経過していない。獣の脚力で二キロの距離を戌雄はノーブレスで踏破した。

 

 入り組んだ隘路のブロック塀を三段跳びに駆け上がる。跳躍の勢いのままに飛び込み、空き家の二階の窓を破砕した。

 

 スナイパーの狙撃地点と思われる空き家の二階。

 

 キリングゾーンを生身で乗り越えた天才武芸者は、スナイパーの潜伏地点の窓を蹴破り生きたまま侵入する。侵入した際の衝撃は古い壁を蹴破り破壊することで殺した。

 

 バラバラと窓ガラスを飛び散らせて室内に踏み込んだ戌雄は――

 

「――――――ぁ」

 

 ――敵がいたと思しき座標を視認する。

 

 刹那。武芸者は悟った。

 

 自らが犯した油断と失策を……。

 

 湯たんぽ。

 

 湯たんぽがそこにあった。人肌の温度に調整された湯たんぽが、瓦屋根の空き家の二階の窓側に置かれている。

 

 敵はここにいたのだろう。おそらく。数十分ほど前に。

 

 スナイパーたる“彼女”が愛用するリップクリームとシャンプーとリンスの匂いがほんのわずかに付着した湯たんぽが、戌雄が侵入した空き家の二階にあった。

 

 死ぬ。確実に死ぬ。絶対に死ぬ。

 

 湯たんぽを見た戌雄はすぐさまそう思った。

 

 不用意にもキリングゾーンに迷い込んでしまった戌雄の――天才的な武芸センスが臨死の絶叫を叫ぶ。肉体が宿す才能が自らの死を悟っている。戌雄は理解させられた。

 

 自分を明確に凌駕する敵が用意した必殺の仕掛けが目の前にあった。

 

 シャッコーとの闘いを制し自分が強くなったと誤解したのか。我こそが最強だと過信し、並び立つ者などいないと増長したのか。死線で踊りながら愉しさを覚えた自分の傲慢さに酔ったのか。

 

 油断し、失策を重ねた戌雄は、逃れ得ぬ死のアギトに捉えられた。

 

 間抜けな中年犬の前で閃光が迸る。

 

「――――――――わぶッ!?」

 

 爆弾が起動した。偽装用の湯たんぽが設置された部屋に仕掛けられた爆弾が、千載一遇の好機を逃さず的確に爆発した。言うまでもないことではあるが、この爆弾を仕掛けた武芸者に、周囲の被害を考慮するような繊細な趣向はない。

 

 最新世代主力戦車を切断するほどの破壊力が、コラテラルダメージを一切躊躇うことなく戌雄の眼前で撒き散らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある武芸者がいた。若い女の武芸者だ。

 

 名は束華(たばか)礼瑠(れいる)という。彼女は猫が死ぬほど大嫌いだった。

 

 本当に大嫌いだった。嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで仕方なかった。

 

 ぐんにゃりした体。気持ち悪い瞳孔。呼吸器官に悪そうな細かい毛。猫という生き物の全てが大大大大大大大大嫌いだった。

 

 猫を殺し尽くしたい。絶滅させてやりたい。猫なんて気持ち悪い不快害獣を飼っている気の触れた狂人ごと皆殺しにしてやりたい。束華礼瑠はそう思った。

 

 だから殺し始めた。公衆衛生のために猫を殺し始めた。中学校と高校で礼瑠は弓道を学んでいた。経験を生かして最初の頃は弓で射殺していた。いつしか駆除の効率を求めて得物をチャカに替えた。猫という気色悪い生き物からできるだけ距離を取りたいので、スナイパーチャカに変更した。さらに改善と戦略の進化を重ね、彼女の得物は最終的にアンチマテリアルチャカとなった。

 

 アンチマテリアル――すなわち対“物”。

 

 礼瑠の得物はその名の通り、人ではなく軍用車両等の装甲を貫くことを意図して設計された巨大な狙撃用チャカである。

 

「……仕留めて、無いわね」

 

 スナイパーが呟いた。被ったニット帽のズレをもそもそと直す。先ほど戌雄が突撃した建物からだいぶ離れた家屋に礼瑠は陣取っていた。

 

 彼女は猫が死ぬほど大嫌いだ。さらには猫好きの人間も同じくらい大嫌いだった。

 

 猫と人間のハーフと思しき気色悪い奇形生物と一緒にいた。礼瑠の脳内においてそれはもはや許されざる罪として認識される。猫の存在を許容することは猫好きと同義。だから礼瑠は戌雄も殺すことにした。

 

 戌雄に潜伏地点を誤認させて罠に嵌めたトリック。これは小手先の技ではない。天賦の才能と狂気が成立させた正真正銘の武芸だ。狙撃の方角によって礼瑠の居場所を特定することは絶対にできない。何故なら弾丸の描く軌道の直線状に彼女はいないのだから……。

 

 礼瑠が修めた武芸の正体は――“跳弾”。

 

 あえて障害物に当て、弾丸の軌道を歪め、捻じ曲がった角度から敵を仕留める。礼瑠は猫が嫌いだった。死ぬほど嫌いだ。大大大大大嫌いだ。猫を肉眼で目視することすら不快だ。だから直接目視しないで殺す技術を自然と会得してしまう。猫が嫌いで嫌いで嫌いすぎるせいで会得した猫駆除の業。これを以て狙撃地点を悟られぬまま一方的に敵を駆除するのだ。

 

「駆除しなおさないと」

 

 ニット帽を直してからアンチマテリアルチャカの照準を修正した。今しがた戌雄を仕留めたかに見えた礼瑠に油断はない。あろうはずがなかった。彼女の目的は猫をこの世界から絶滅させることだ。猫という種が消滅するまで気を緩めていい瞬間は一秒たりともない。

 

 あちこちに設置した鏡や監視用ドローンを駆使して間接的に戌雄の様子を探った。

 

 先ほど見せた人外の機動力。敵の戦闘能力は自らに匹敵する可能性がある。

 

 ならば油断などできるわけもない。耐久力に特化した武芸者であれば、あの爆発から生還する可能性は決してゼロではないのだから。

 

 案の定というべきか。警戒を保った監視から数秒を経て、間接的に見えたのは何者かの跳躍の残像。

 

「やっぱり生きてた」

 

 礼瑠のこめかみが殺意と怨嗟と狂気に歪む。確実に仕留めたと思われた男は爆発の煙を割いて再び現れた。歳の頃は四十五歳前後。老いが見え始めたゴールデンレトリバー。強そうには見えない。弱そうなのに生きているということは、実力を隠蔽する擬態の可能性があった。

 

 礼瑠は警戒を強める。与えたダメージを活用して手早く仕留める。そう思った刹那。

 

「―――!?」

 

 目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咄嗟に体を丸める。

 

 爆発の熱と鉄片から正面を守った。

 

 脳や呼吸器官といった急所さえ守れれば、常人なら守ったところで間違いなく死ぬが、戌雄ほどの天賦の肉体を持つ武芸者ならば、運にもかなり左右されるものの、この規模の爆発であっても即死はかろうじて免れる。

 

 戌雄は天才だ。武芸センスのみならず、肉体においても天才だった。

 

 だからセンスに肉体が付いてくる。武芸の神が宿っているとしか思えない肉体は、爆発の瞬間に同じ体積の炭化タングステンが如く硬化した。防御に徹した天才の血肉は爆発の威力の大半を減衰させる。即死しなかった。死んでいないなら大丈夫だ。まだ戦えた。

 

「はッ、はッ、はッ、ハッ」

 

 爆炎から退避して地面へと無様に倒れ伏した戌雄が、死にかけの犬のように喘ぐ。服はボロボロだった。黄金の体毛は焼け焦げ、皮膚は各所が爛れている。言い訳の余地がどこにもない大ダメージだ。適切な治療を受けなければ遠からず死ぬ。

 

 死。

 

 死だ。

 

 絶対の死だ。

 

「は、はッ。……はおッ!」

 

 死にかけの武芸者は喘ぐ。天才的な肉体があったとしても運が悪ければ間違いなく死んでいた。幾重もの幸運に恵まれて結果として死ぬことはなかった。だが戌雄は死を意識させられた。生まれて初めて“死”というものを知覚した。死の感覚に生存本能が掻き立てられる。

 

「……痛っ」

 

 全身の裂傷と火傷を割いてとある部位に鋭い痛みが生じた。陰部だ。性器だ。戌雄は勃起していた。死の脅威に瀕した天才は本能的に自らの才能を後世に残そうとする。

 

 戌雄。四十五歳。元工場作業員。ゴールデンレトリバー。この男は童貞だ。当然のように女を知らなかった。闘争とは縁遠い世界で生きてきた戌雄の性欲は、本物の死と闘争の狭間で容易く暴走する。

 

 アスリートや格闘家には人格的に問題のある者が一定数存在した。平穏な世界で生きる一般人の論理で彼らを評価してはいけない。人生を賭した努力。努力が実りを迎えた勝利の瞬間。そうした栄光の瞬間に生じる本能的な快楽は真っ当な人間としてのタガを容易く引き千切ってしまう。だからこそスポーツマンシップや教育によって常人よりも強い本能を強引に縛るのだ。

 

 縛られることで実力と人格を両立させた完璧な人間はかろうじて作られる。

 

 死からある程度離れた真っ当な世界で生きる“スポーツ選手”でさえそんな有様なのだから、況やルール無用の武芸者たちの本能となればアスリートの比ではない。本物の武芸者たる戌雄は、ここに至りまさしく獣と化した。

 

 火薬と炎の臭いに混ざった女の匂い。偽装のための湯たんぽに纏わりついた礼瑠の匂い。

 

 若い女の――十八歳の処女の匂い。獣の性器はいとも簡単に本能的欲求を嗅ぎ取る。

 

「……女。女の人がいる」

 

 無意識に呟いた。口の端から涎が垂れる。わかる。わかるぞ。跳弾を交えた狙撃で完璧に隠蔽されていた礼瑠の位置を戌雄は鼻で暴いた。中年犬の陰茎が恐ろしく硬化する。これまでの人生で使用する機会のなかった機能が鎌首をもたげた。

 

「はッ、はッ、ハッハッ、ふはぁッ」

 

 先ほど殺されたみゃーちゃんのことすら戌雄は忘れる。本能が戦闘以外の思考のリソースを根こそぎ刈り取っていった。根が臆病で小市民的で善良であったはずの戌雄の心から不要なものが効率的に消滅していく。

 

 今の戌雄を支配するものは、生き物にとって最も重要な要素――性欲だ。爆発で相当なダメージを負った武芸者は負傷を物ともせず走り出す。女の匂いに紐づいた性欲に突き動かされて戌雄は住宅街を駆けた。二足歩行ではもどかしい。四足で。彼の様はまるで盛りのついた犬だ。

 

 正確な最短ルートで戌雄がこちらに向かってくる。スコープ内に礼瑠は敵の姿を捉えた。

 

「き、気持ち悪い……っ!」

 

 性器を膨張させた四足獣――悍ましい戌雄の姿を目視してしまった礼瑠は思わず素直な感想を口にする。彼女は猫が死ぬほど大嫌いだ。しかし社会に対する恨みを抱えているとか人間が漠然と嫌いであるとかそういう類の感情は持っていない。

 

 股間を完全に勃起させてこちらに向かってくる中年男は普通に気持ち悪いと思った。猫と関係ないところでは割とまともな感性を有している。

 

 まともな感性で目の前の事態を冷静に情報処理した礼瑠は、時間稼ぎを兼ねた牽制としてアンチマテリアルチャカの引き金を引いた。超大口径火器の轟音と反動が轟く。

 

 位置特定を攪乱するため、これまでの狙撃は全て跳弾で行っていた。おそらくは嗅覚か聴覚か。何らかの手法で潜伏場所を見つけ出された。ならば迂遠な攻撃手段を取る意味はない。放たれるのは直接の狙撃。跳弾で減衰した先ほどまでの銃弾とは比べ物にならない威力のエネルギーが戌雄の額にぶち当たった。

 

「がぁあああああッ!」

 

 恐ろしい現象が生じる。

 

「は?」

 

 それでも戌雄は止まらなかったのだ。超大口径の銃弾は戌雄の頭蓋骨に弾かれた。極限まで肉体を鍛え上げた武芸者であっても意識を百数十回失って余りある衝撃を、戌雄は完全に無視した。

 

 何たる不条理か。性欲が暴走した男の脳内で発生した異常な成分が、彼から痛覚を根こそぎ奪い取ったのだ。あるいは痛みどころかダメージすら一時的に剥ぎ取る。手負いの獣。今の戌雄の正体だ。臨死を経た武芸者はときに不条理な奇跡を引き起こす場合がある。殺し合いにおいてダメ押しが推奨される所以だ。

 

 多大なダメージを与えた上で殺し切ることができなかった。明確な悪手と言えよう。意外な素直さで自らの失策を礼瑠は認めた。

 

「にげ、るっ」

 

 このままでは辿り着かれる。戦況を判断したスナイパーは狙撃ポイントを捨てて素早く移動を開始した。

 

 脱出の手順は予め用意してある。文字通りの刹那の時間もかからない。

 

 礼瑠は猫を絶滅殲滅根絶したいだけだ。強者との戦闘を愉しみたいわけではない。拘りのなさは戦略の柔軟性に繋がった。

 

 彼女が逃走を選択した瞬間。全くのタイムラグなしに彼女が潜伏していた拠点が爆発。ジャミングを兼ねた爆発だ。殺傷力を伴う衝撃は抑えられ、代わりに大量の煙が発生した。

 

 発煙を目眩ましにとにかく距離を取る。若い女は老獪に逃げ――

 

「――なっ!」

 

 戦慄。物体が構造物に反射する聞きなれた音と衝撃。何かがこっちに飛んでくる。

 

 逃走を選択した刹那、礼瑠は極限の冷静さで奇襲に対応した。

 

 どこからか飛来してきた“石”を、太腿のホルスターに隠し持ったハンドチャカで撃ち落とす。

 

 武芸を盗まれた!

 

 十八歳という若さでこれほどの技量を得た武芸者は、極度の混乱と恐怖と絶望を無視して状況だけを正確に把握した。

 

 石。石だ。

 

 まったく意識しない角度から飛んできた石ころが後頭部を狙ってきた。強力なカタパルトで射出したかのような威力だった。

 

 この時点でもまだ礼瑠の冷静さは残っている。あのゴールデンレトリバーの武芸者がこの石を投げてきたのだと沈着に把握した。

 

 中学高校と礼瑠は弓道を学んでいた。

 

 中学生の頃には神童と謳われ、高三のインターハイで弓聖と呼ばれた。道を違え武芸的狂気に堕ちてなお、強固なメンタルを欠片も損なわなかった武芸者は、完璧な不意打ちに対応してのけた。

 

 だから悟ってしまう。自らの敗北を。

 

「ね、猫っ、こ、殺す……っ!」

「わおぉおおおおんッ!」

 

 跳弾しながら急所を狙う石ころ。これを目眩ましに超高速で忍び寄っていた戌雄は、無音のまま女の背中に肘打ちを直撃させた。猛り狂う衝動を才能で制御した完璧な一撃。完璧な重心移動。佐崎式剛撃術の真骨頂によって礼瑠はたった一撃で戦闘不能になった。

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