不良の格はどれだけ頭のネジが外れているかで決まる。
バイクで暴走する。気に食わない大人を殴り飛ばす。ヤクを静脈でキメる。
その程度ならまだ常識の範囲内だ。不良カーストの常識で考えれば大した自慢にならない。
武勇伝になるのはやはり、取り返しのつかない悪行だ。子供のやんちゃで済まされない本物の悪にこそカリスマは宿る。
強盗。デカい額の詐欺。故意の人殺し。そういうことをやって、不良は初めて一人前の不良になった。
より悪を。よりヤバいことを。もっとイカれた行いを。仲間内で認められるために少年たちの不良行為はどんどん過激になり、際限なくエスカレートしてゆく。
悪と狂気を追い求めた暴走の末に、いつしかとある“ゲーム”が流行りだした。
不良たちの間で流行しだしたゲームとはテレビゲームではない。ボードゲームでもなかった。
そのゲームの名は――“ファック&スレイ”。
名前だけでわかる最悪のゲームだ。名前を見聞きしただけで吐き気を催した読者もおられるかもしれない。
ファック&スレイとは、その名の通り、女を■■■し、そして■■■したら殺すという最悪すぎるゲームだった。
ここ近年の不良たちは、それだけ多くのファック&スレイを為したか。どれだけ残虐なロールプレイでそれを行ったかで、不良の“格”を決定する。
ファック&スレイを行った不良少年たちは、その最低な行いを動画で撮影し、ネットの深淵に潜む不良限定サイトに投稿した。不良の序列を査定するこの最低最悪のゲームは暗黒インターネットで人気を博し、今や天文学的な富が動く巨大な産業となっている。
ファック&スレイで成り上がれば不良としての地位と名誉と、インターネットクリエイターとしての富まで手に入った。
力。地位。金。女。その全てを欲する年頃の少年たちは、ならばこそ今日も今日とてファック&スレイに身を投じる。
世はまさに大ファック&スレイ時代だった。
そして近年成長著しく、どんどんハイレベルになる過酷なファック&スレイ界隈において、トップカーストに位置する少年たちがいた。
ファック&スレイチーム『ケルベロス』。地獄の番犬の名を冠するこのチームは、圧倒的な暴力性と残虐さで並み居るファック&スレイチームをごぼう抜きし、たった一年足らずで頂点の座に座ってのけた。
秋が終わり冬に差し掛かりつつある時節。某所の地下横断歩道にて。
「ひゃははは。いい汗かいたぜ」
顔にド派手な刺青を入れた少年が額の汗を拭う。最近めっきり寒くなってしまったが、激しい運動をした直後ということもあり、寒いどころか少年はむしろ暑さすら感じていた。先ほど攫ったOLを■■■して■し、気に入っている大振りのナイフでばらばらに解体したばかりなのだ。普段から鍛えていると言っても汗くらいはかく。
地下横断歩道の外の花壇に証拠を埋めてきた刺青の少年が戻ってくると、チームメイトの大柄な少年がファック&スレイに勤しんでいた。
「泣くなよ。こっちまで悲しくなるだろ。泣いたら殺すぞ。泣かなくても殺すが」
最悪な行為に勤しむのはよく体を鍛えた巨大な不良である。膝を突いた姿勢でもわかるほど背が高い。だが顔立ちは少年相応の幼さが残っており、それが逆に凶暴さを引き立てていた。
毒々しい紫煙が口元からこぼれる。
「帰ってきたか。そろそろ見張り変われ」
地下の入り口を塞ぐように立つ薬物中毒の少年がそう声をかけた。大柄な少年と刺青の少年、そしてこの咥えタバコの少年。この三人が新進気鋭のファック&スレイチーム『ケルベロス』のメンバーだった。
リーダーである大柄な少年の圧倒的な暴力性とカリスマ性に惹かれて集った最低最悪の腐れ不良少年たちは、日頃の練習の成果を遺憾なく発揮し、いつものように■■殺人の犠牲者を量産してゆく。
質より量。量によって質は磨かれる。ケルベロスメンバーの座右の銘だ。
大量の女を攫って■■■して■して動画を撮影して投稿する。最悪の青春を送る彼らは、不良同士の硬い絆と友情で結ばれていた。
事件の現場――地下トンネルの中腹あたり。そこに辿り着いた中年の犬は息も切らさず大声で叫んだ。
「何をやってるんだ!」
紛うことなき正論である。
いつものように晩飯代わりに烏龍茶と肴を飲み食いした居酒屋からの帰り道のこと。岐路に就くごく平凡な工場作業員は、最低最悪な行為に及ぶ恐ろしい加害者たちと偶然にも鉢合わせしてしまった。そしてとても正しい言葉を発した。
汗と血と精液と欲望と暴力。そうしたものがブレンドされた酷い臭気が辺りに充満し、見過ごしようのない事実を中年のゴールデンレトリバーに伝える。
疑う余地のないレイプだ!
「ああん? んだてめぇ」
顔立ちの若さに似合わぬドスの利いた声がトンネル内に反響。見張り役だったのだろう。暴行に参加していない少年が、唐突に現れたゴールデンレトリバーを睨み付けた。
紫煙が舞う。非合法の成分が含まれるタバコを彼は咥えていた。
「きみたちは……きみたちは一体何を」
工場作業の現場において立ち会うことはまずありえない非常事態と相対する中年は、この場に相応しい語彙を消失させて立ち尽くす。
自分の意志でここに来たというのに具体的な行動に移れない。何をすればいいのかわからず頭が真っ白になった。
身動きができないゴールデンレトリバーの眼前には、被害者の少女と加害者の少年たちの計四人がいる。
見張り役と思しきタバコを咥えた少年。少女を襲う大柄な少年。派手な刺青が顔に入った少年。加害者はこの三人だ。なお被害者の少女は既に事切れている。
動かない工場作業員を文字通りの尻目に、“行為”を為すべくベルトを弛めていた大柄な少年が背後の第三者に顔を向けた。
「神聖な“ファック&スレイ”をタダで見物しようとは――」
少年が立ち上がる。立ち上がったことで明確にわかった。彼はかなり大柄だった。身長は目測で二メートルを優に超えよう。ベルトの金具の音。
「――いい度胸してるなおっさん」
被害者の少女の骸を犯していた大柄な少年は、ズボンのベルトを手早く締めた。
大柄な少年の台詞を追いかけるように、派手な刺青を顔に入れた隣の少年がけたたましく嗤う。
「ギャハハハ! 俺たちは新進気鋭のファック&スレイチーム『ケルベロス』! なあおいおっさん! 最近巷で流行中のエクストリームスポーツ知ってるかあ! 女はファックして殺す! 男もファックして殺す! それがファック&スレイさギャハハハハ!」
「ふぁ、ふぁっく&すれい……?」
刺青の少年は激しく興奮していた。興奮と反比例した冷静な所作で懐からナイフを取り出す。
重苦しくも鋭い金属が擦れる音が伴って響いた。
「こんなとこに来るなんて危機管理能力のねえおっさんだな。仕事できねえだろ?」
がちゃこん。最初にゴールデンレトリバーと対峙した見張り役――咥えタバコの少年も、刺青の少年の凶暴さを見習うように得物を構えた。
懐から取り出したのは“チャカ"だ。
チャカとナイフ。見張り役の少年と刺青の少年がそれぞれ得意の得物を携えたのと時同じくして、着衣を正し終えた大柄な少年もまた暴力装置を構える。
大柄な少年は手に得物を持たなかった。構えたのは素手によるベアナックルだ。
「俺たちに近寄ってきたってことはおっさんもファック&スレイの新規希望者だな。安心しろ。俺は犬もおっさんも守備範囲内だ」
素手での徒手格闘の構えを取った大柄な少年は、不用意にもこの場へと現れた中年犬に向け、凄まじい宣言をぶつける。
「ギャハハ! 俺らはファック&スレイのために“武芸”習ってっからよぉ!」
「まあ俺はチャカ捌き生かせそうなスポーツってことでファック&スレイやってるだけだけどな」
「犬もおっさんも行ける俺は当然として死体も行ける。ファックされてスレイされるかスレイされてからファックされるか好きな方を選べ」
タバコを咥えた少年はチャカ。刺青の少年はナイフ。大柄な少年は素手。
気が抜けて然るべき行為に今しがたまで身を浸らせていたにもかかわらず、ファック&スレイチーム『ケルベロス』は素晴らしい切り替えの早さで戌雄を包囲してみせた。
もう逃げ場はない。
とち狂った言動に反して、研鑽が見て取れる熟練の雰囲気があった。
当然であろう。彼らこそは過酷なエクストリームスポーツ“ファック&スレイ”のトップランカー。
華々しい成績を裏打ちするように明らかに喧嘩慣れ、否、人殺しに慣れていた。
再三述べるがファック&スレイとは強姦殺人を競技化した非人道的なスポーツだ。この世界における非行少年たちの嗜みとして知られる。強姦と殺人という最悪の犯罪行為を日常的に繰り返す不良少年たちは、伴う暴力に関しても当然精通していた。
ゆえにこれは喧嘩でも戦闘でもない。
ファック&スレイの目撃者を始末するためのただの蹂躙が始まった。
「しィッ!」
リーダー格の少年――チャカとナイフを構えた二人を差し置いて、素晴らしいフットワークで大柄な少年が標的との距離を詰める。一切の躊躇なく目の前の中年犬を彼は殴り殺そうとした。殺人に忌避感が欠片もない。生粋の殺人者だ。
才気煥発。あまりにもスムーズな大柄の少年の足運びと重心移動と殺意を前にして、戌雄は固まったまま動けない。
恐怖によってではない。
「ははッ」
歓喜で。
武芸を修め、極めんとする者――武芸者。そう呼ばれる者たちがいる。
暴力と狂気と人間サイズの動物たちに塗れ、人が死ぬ水準の危険行為が横行する、少なくとも現代日本では絶対にないこの世界。
この奇妙で珍奇な世界において、“武芸者”と呼ばれる者たちは間違いなく存在した。
戦闘に利用可能な技術体系を修めて習熟した上で研鑽する。人生と正気を捧げた過酷な日々の末に、才能と努力を際限なく積み上げて文字通りの百人力の戦闘力を獲得した者たち。
彼ら彼女ら。あるいは“それ”ら。
ありったけの畏怖と敬意を込め、そうした者たちは余人から武芸者と呼ばれた。
今現在、工場作業員として糧を得る四十五歳の中年犬――
佐崎式剛撃術。
鍛え上げた筋力と重心移動の相乗によって威力と速度を兼ね備えた攻撃を繰り出す戦闘技術体系だ。
戌雄を指導したザ・ストロンガー佐崎は類まれな人格者であり、正真正銘の殺人武芸である佐崎式剛撃術の血塗られた側面は伝えなかった。あくまで心身を鍛え上げる術として弟子に武芸を伝えた。
弟子を思う師の願いは現実的な事象によって踏み躙られ、戌雄は近所の工場に勤める工場作業員となる。
師の薫陶から放り出され、ただの一般人となった天才少年は、才能の卵を自分で無理やり羽化させた。
独学で鍛え続け、残業明けの寝不足に苛まれながら体を苛め抜く。
ナイフ。
俺は武芸者だ。そう何度も唱えながら、いつか実戦の場で武芸者と戦うことを夢見て、一日たりとも休まずがむしゃらに鍛えまくった。
幼き日に師から指導を受けた戌雄は、自らを武芸者だと信じた。残業を終えてようやく家路に就く今だって信じている。
ひどく現実的な問題という壁を精神力と体力にものを言わせて乗り越え続けた。
忙しい日々のなかで武芸に捧げる貴重な時間は湯水のように溶けていった。時間が足りなければ一秒ごとの密度を上げる。何の役にも立たない単純作業からも学ぶことを無理やり学ぶ。
俺が本当に武芸者ならば――きっと全てがうまくいくはずだ。終わりのない日々のなかでそんな漠然とした確信に縋り続けた。
そして気づけば……天賦の武才を宿す神童は、四十五歳の武芸者になっていた。
薄暗いトンネルにて、大柄な少年が戌雄に迫る。
「しィッ!」
巨躯に見合わぬハンドスピードで工場作業員の顎を狙った。未成年とは思えぬサイズとパワーで中年犬を殴り殺そうとする。
身じろぎすらしない戌雄は迫り来た拳を顔面で受けた。
「いいパンチだね」
殴られた側は倒されることなく少年の拳を褒める。
ばきんッ。
「ぐがッ」
殴られた戌雄からではなく、殴った大柄な少年の体から音が鳴った。恐ろしい音を発して肘から骨が飛び出る。交通事故じみた反動が戌雄の顔面から跳ね返り、殴った側の少年の左腕を破壊したのだ。被害はそれだけに留まらない。
ぐにゃり。大柄な少年の膝が異様に曲がって倒れた。左肘の負傷に加え、相手の顔面を殴った反動で両膝が脱臼してしまっていた。よく鍛えられていた足は自重を支えることができず、トンネルの冷えた床へと崩れ落ちる。
「ちいッ。何やってんだリーダー」
チャカを構えた少年が咥えタバコを吐き捨てた。
リーダー格の少年が冴えない犬に秒殺される。信じがたいこの光景を思考として上手く処理し切れなかったのかもしれない。
理解できぬがゆえ思考が一周回った少年は冷静沈着な対応を行った。チャカでの射撃――頭を狙わず背骨に沿うような狙いでハンドチャカ弾頭を浴びせたのだ。とんでもない不覚を取ったリーダー格の少年をサポートする極めて適切な振る舞いと言えよう。
「ふぅぅうう。チャカの弾は筋肉で防ぐッ」
この場において理想的な対応を行った少年を優先的な処理対象と判断した戌雄は、彼に向けて悠然と歩を進める。
がきんがきんがきん。
「は? 弾が、なんで?」
タバコを咥えていた少年が放ったチャカ弾頭は毛皮と分厚い筋肉の鎧で弾かれた。弾切れになったチャカの引き金をカチカチと弾く。混乱する少年に無事接近できた戌雄はおもむろに肘打ちを放った。全体重を押し付けるような肘打ちだ。
「むぅんッ」
「……ぱッ」
恐ろしい破裂音がトンネル内に反響する。少年の上半身は血霧となって消滅した。
「ひゃははは。や、やるじゃねえかよぉ」
仲間の体の上半分が消える様を直視した刺青の少年は、引き攣った顔でわざとらしい声をあげて笑う。
意味不明な光景に心の底で恐怖の類が湧き上がってきた。だが怯えることは絶対にできない。かっこ悪いからだ。今まで仲間内で培ってきた凶暴なキャラクターと差し迫る死の恐怖の間で板挟みになった刺青の少年は、攻めることも逃げることもできず不用意にも硬直してしまった。
「逃がさない、ぞ」
生じた隙を逃さず、刺青の少年を戌雄は仕留めにかかる。巧みな重心移動で体を沈めると素早い双手刈りを繰り出した。
「ギャ、ギャアアアア」
刺青の少年はさほど苦しまなかった。押し倒した瞬間だ。額に全体重を押し付けて、両肺ならびに心臓を破裂させてやった。一瞬で気を失い即死したはずである。
左肘と両膝を破壊された大柄な少年は、仲間たちが全滅する様を見ていた。痛みにもがきながら……。
「ひ、ひぃ」
女をファック&スレイする手慣れた作業よりなお手早く仲間たちを屠ってのけた冴えない工場作業犬と目が合う。
「お、お前、こんなことしてタダで済むと思っているのか。俺を誰だと――」
戌雄の姿に恐怖を覚えた大柄な少年は、中途半端に鍛えていたせいで気絶することもできずに、命乞いとも脅しとも取れぬ中途半端な文句を口にした。
「……うん」
「ぎゃぴっ」
ぷち。大柄の少年の言葉を全て無視して頭部を踏み抜いて殺した。果物を圧搾するような心地よい感触がした。否。心地よいのは殺人の感触ではない。
「……俺は武芸者だ」
家の都合で道場を辞めて以来三十五年。
喧嘩などする機会もない平凡な工場作業員となってから三十年。
久方ぶりに味わった実戦の心地よい高揚に、四十五歳の工場作業員の胸が勝手に高鳴った。