死にたくはないけど、行けと言われたら行きます 作:エドモンド橋本
俺の父親は優れた剣士だった。10年前、都市から村へ帰る道中、自分と母、姉、妹、そして祖父母を積んだ馬車を山賊が取り囲んだ事があった。10人近くいた山賊を、父はあっという間に全員切り伏せた。祖父に強く抱きしめられながら、馬車の隙間から見えた父の姿はとても勇ましかった。
俺達の住むリヲノール村は、町から遠く離れており、昔はいた衛兵もいつからかいなくなり、多くはないが賊や大型の猛獣が襲ってくる事件も起きた。父が全て倒したものの、いつかは体が限界を迎えるだろうと、幼いながらに感じた俺は、父の剣を継承することを決めた。
父は温厚で心優しい人だった。無駄な殺生はせず、賊や猛獣相手でも、最後は丁重に弔った。俺が剣を握ることを反対したが、それでも最後は、家族を守りたいという俺の意思を尊重してくれた。優しい父からの厳しい指導を受け、俺もそれなりに剣を振れるようになったある日、父は死んだ。狩りをしていた子爵の流れ矢に貫かれた。父の最後の顔は、どこか寂しげだった。
『セネル、ごめんな』
父の死から3年。残された家族を養うために、俺は騎士になるべく、ガルグ=マク大修道院に併設されている士官学校に入学した。学費も決して安くはないが、畑の作物を売ったり、害獣駆除で溜めた貯金、それから母と祖父母が俺の為に稼いでくれたお金で、俺は大修道院に足を踏み入れる事が出来た。村では決して見ることの出来ない歴史的建造物を見上げながら、少しずつ不安が募る。父が居なくなってから、力仕事は俺と祖父でやって来た。しかし祖父も、元気に振る舞っては居たが、実際はかなり身体にガタが来ていた。母も食事や洗濯、農作物を売りに出たりと、休む暇なんてほとんどなかった。そんな母を支える為に、姉も妹も、遊ばずに今日まで手伝って来た。申し訳なく思いながら、そんな家族を楽させる為にも俺は騎士になって、十分なまでの仕送りをすると、改めて誓いを立てる。
「次の者、前へ」
「はい」
士官学校の説明を受けた俺達は、ガルグ=マク大修道院の案内後、セイロス聖教会の最高責任者たる大司教、レア様に挨拶をする事になった。まさかそんなイベントがあるなんて思ってもおらず、そこまで熱心なセイロス聖教徒でもない俺は、失礼のないようにと、必死に前の生徒達の振る舞いを注視する。やはりガチガチになっている生徒が多いが、銀髪の美しい女生徒や、金髪の長身の男子生徒、そして褐色肌の短髪の男子生徒辺りは驚くほど美しい所作でレア様と対話していた。少し距離がある為、何を言ってるのか、名前すら聞きとれなかったが、十中八九名家の人間だろうなと思われる彼らの姿は、他の生徒達すらもざわつかせるほどだった。士官学校の生徒は殆どが貴族であり、平民の方が珍しいと言える。あまり考えたくはないが、ここでヘマして首を刎ねられるとかあるのか?いや、そこまで酷くはないが、追い出されるとかはあるのかも。どんどん早くなる胸の鼓動を必死に抑えようと手を当てる。ゆっくり深呼吸しながら改めて前を向くと、オレンジ色の髪の活発そうな女子がレア様に頭を下げて降壇している所だった。
「次の者、前へ」
レア様の側に立つ深い緑色の髪をした厳格な男性、セテス様の目は俺に向けられていた。俺は力強く返事をすると、レア様の立つ壇上に上がる。レア様から少し離れた位置で膝を突き頭を垂れる。先程の明らかに高位の貴族3人はここまでせずに軽く礼をしていたが、彼らと俺は違う。ここまでしないとレア様に対して失礼になるだろう。
「頭をお上げなさい。これからこの地で学び、強くなっていく貴方の名前を聞かせてください」
母のような優しい声が耳に届く。スッと何にも考えずに条件反射で顔を上げた俺の目には、優しく微笑むレア様のご尊顔が映った。
「……あ、えっと、レスター諸侯同盟、フレゲトン領の外れにあるリヲノール村出身、セネル=スパーダです」
「貴方のこれからに期待しています。頑張ってくださいね。セネル」
「は、はい!ありがとうございます!」
緊張しまくった拙い自己紹介を終えると、レア様は小さく笑い、優しい声でありがたい言葉にをかけてくれた。もう一度深く頭を下げ、俺は降壇する。貴族の生徒達から蔑みや嘲笑の目を向けられているのを肌で感じるが、正直挨拶を無事に終えられた安堵からそんなものはどうでも良かった。
所謂入学式のような式典を終えた俺達は各学級へと振り分けられた。レスター諸侯同盟出身の俺は、金鹿の学級へと配属された。金鹿の学級の生徒達が全員揃うと、教室の中心に1人の男子生徒が立った。
「あ〜、入学式を終えたばっかで、まだみんな右も左もわかんないとは思うけど、取り敢えずこの金鹿の学級の級長に任命されたクロード=フォン=リーガンだ。よろしくな」
そう言ってにこやかな笑顔で軽く手を上げる褐色肌の少年。先程印象的だった3人のうちの1人だ。さっきは距離がありよく見えなかったが、緑色の瞳と、焦茶色の髪を一部三つ編みにしているのが特徴的。しかし、クロードって確か。
「クロード、そうか、君がリーガン家の跡継」
「ん?ああ、グロスタール家のローレンツだっけか?これからよろしくな」
ローレンツと呼ばれた見るからに貴族の細身で長身の男子生徒は、クロードが差し出した手を無視して、彼を睨みつけた。
「ふんっ、一切表に出てこなかった様な君が次期盟主だと?笑わせるなよ。その立ち振る舞いを見ればわかる。貴族としての資質は無に等しい」
「ん?まあ、それを磨きにここへ来た様なもんだしな。そうカリカリすんなよ。仲良くやろうぜ。さてそんなわけでみんな改めて自己紹介してこーぜ。はい、彼はローレンツくんでしたー」
「君が勝手に済ますな!……コホン、僕はローレンツ=ヘルマン=グロスタール。諸君、よろしく頼むよ」
周りからコソコソと聞こえてくるのは、どうやら彼がグロスタール家の嫡男であるという事。俺はあまり政治に詳しくないし、貴族の名前もよく知らない。とはいえ流石にクロードの名前は知ってた。町に出た時に、彼の話は嫌ってほど聞いた。まさか、同盟の盟主と同じ学級になるとは。これは実家に送る手紙の内容が一つ決まったな。
「ハイハーイ!ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリルです!みんなよろしくね!」
「……マリアンヌ=フォン=エドマンド、です」
「オデはラファエル=キルステンだ!肉と筋肉をいじめる事が大好きだ!よろしくな!」
「イグナーツ=ヴィクターです。皆さんよろしくお願いします」
「リシテア=フォン=コーデリアです。お見知り置きを」
「レオニー=ピネッリだ!よろしくな!」
次々と自己紹介をしていく中、俺に順番が回ってきた。
「あー、セネル=スパーダです。よろしくお願いします」
当たり障りのない普通の挨拶。周囲からの目はさまざまだった。貴族の生徒の大半は特に興味なさげ、平民らしきの生徒達はどこか好意的。ただ、1番気になったのはクロードが向ける視線。なんとも言えないその視線が気になり、俺も彼の目を見ると、彼はニコリと微笑んだ。その後も自己紹介は続き、先生から軽く今後の予定を聞かされ、その日は終了となった。
「えっと、俺の部屋は」
先生から渡された簡易的な地図をもとに、今後俺が寝泊まりに使う部屋へ向かう。しかし、1人で寝れるかな?今までずっと姉と妹と寝てたから、それに慣れてしまってる。そんな不安を抱えて歩いていると、大きな声が俺の名前を呼ぶ。
「おーい!セネル君!」
「ん?あ、ラファエル、君?それと、イグナーツ君で、良かったっけ?」
「おう!合ってるぞ!オデはラファエル!」
「覚えてくれていて嬉しいです。改めましてイグナーツです」
今にもはち切れんばかりのシャツを着ている大きな体のラファエル君に、淡い緑色の髪にメガネをかけた優しそうな男子のイグナーツ君。2人は地図を手に俺のもとに駆け寄ってきた。
「セネル君の部屋、僕達の部屋の直ぐ隣だったので、この後ご飯一緒にどうかなって思いまして」
「おう!明日からの為にもたくさん食わねえとな!」
まさか声をかけてくれる人がいるなんて。2人の優しさに感動した俺は二つ返事で承諾した。直ぐに部屋を確認して、荷物を置いた俺は、2人と共に食堂で夕食を楽しんだ。どうやら2人は商家の出で、幼馴染のようだ。初日にしては随分親しそうだなとは思っていたが、なるほどそんなこともあるのか。周囲を見ても貴族同士は顔見知りのものも多い様で既に派閥が出来てる様に見える。家を継ぐことになるものは、権力のある家に擦り寄ってるようだ。ああいうの見ると、貴族社会は大変なんだなと実感する。
「リヲノール村と言えば、綺麗な川が流れてますよね」
「え、よく知ってるね。そうなんだよ。あの川は釣りをするにも泳ぐにも良くて。心を落ち着かせられる良い場所なんだ」
「やっぱりそうですか。あの川の絵をいつか描きたいなと思ってたんですよ」
イグナーツ君はどうやら絵を描くのが好きな様だ。このガルグ=マク大修道院に来てからも、美術品や建造物を見ては、かなり興奮していた様だ。
「セネル君、細そうに見えるけど、結構鍛えてるんだな」
「ん?ああ、父親が凄腕の剣士だったからね。俺も剣を教えてもらってから、毎朝の素振りは欠かさずやってたから。それなりに筋肉はついてるんだよね」
「おお!ちゃんと筋肉いじめてんだな!偉いなあ!オデも負けてらんねえなあ!」
「え?いやいや、ラファエル君は充分筋肉あるような」
皿に盛り付けられた料理を一気にかき込んだラファエル君は嬉しそうにおかわりしてくる!と食堂の入り口の列に並び出した。
「すみません、ラファエル君はいつもあんな感じで」
「いやいや、明るくて楽しい人だね」
「あはは、そうですね。本当に、眩しいくらい明るいんです」
少し俯いてそう言うイグナーツ君の顔には少し影がある様に見えた。これは、あまり詮索しない方がいい感じだよな。
「そう言えば、セネル君のお父さんはどんな方だったんですか?」
「それ、俺も気になるな〜」
ふと頭上から降ってきたもう1人の声。顔を上げて声の主を見ると、愉快そうな笑みを浮かべたクロードがいた。
「クロード、様」
「おいおいやめてくれよ。級友だぜ俺達。クロードで良いぜ」
そう言って俺の肩に軽く手を乗せるクロード君。なんだろう。ローレンツ君が言っていた貴族の資質とやらはよく分からないが、品位はある様に見える。しかし、なんか胡散臭い。
「隣失礼するぜ。んで、どんな親父さんだったんだ?」
「……俺は凄腕の剣士を他には知らないけど、父はそれに当てはまる人だったとは思う。それくらいすごい剣士だった」
優しい父の振るう迷いのない剣は、俺の憧れだ。
「温厚な人なんだけどさ、剣を握ると凄まじい圧を放つんだ。1人で賊や獣を斬ってしまう位に」
「リヲノール村は今はもう衛兵がいないと聞いていましたが、まさか、セネル君のお父さんが衛兵の代わりを務めていたんですか?」
「よく知ってるねイグナーツ君。そうだよ。村の男衆の大半が町に出稼ぎに出てるから、父が警備してたんだ。俺もその後を継ぐ為に剣を教わる様になってね」
しかしそんな俺まで居なくなってリヲノール村の安全は脅かされるのではないかと不安があったが、長い付き合いのある商会が、村への訪問を増やしてくれることになった為、多少は安心だ。
「村の衛兵が居なくなった?」
「ん?クロード君、どうかした?」
口元に手を当てて、目を細めているクロード君に声をかけると、彼はさっきまでと同じ笑顔を俺に向けた。
「いや〜、しっかし立派な親父さんだな。それほどの腕っぷしなら傭兵にも騎士にもなりたい放題だろうな」
クロード君の言葉に俺も頷く。確かに。何で父はあれほどの剣の才があって普通の村人として生活してきたんだろう。他の道はなかったのか、まあ、今となってはそれも聞くことは叶わない。
「是非いつかお会いしたいものだな。あ、なあセネル、夏の休暇期間とかでお前の村に行ってみても良いか?親父さんにご挨拶しときたくてな」
慣れた様子でウインクしながら言うクロード君。何を考えているのかは分からないが、申し訳ないが彼の目的は達成されない。俺はなるべく空気を悪くしない様に、父の死を告げる。
「父親はもう亡くなってるんだ。3年前にね」
「あ、そうか、悪かったな」
「そう、だったんですね。ズケズケと聞いてしまってすみません」
「いやいや、こっちこそ先に言っておくべきだった。ごめんね」
気にしてないよって感じで言うが、やはりどこか暗い空気が漂う。この時代人の死は珍しくない。若くして死ぬ者もいるし、昨日生まれた赤子が今日死ぬことだってある。いちいち気にしては居られない。
「病気か?」
「え?ああ、いや、違う違う。健康的な人だったから、風邪引いてるのすら見たことないよ」
なら何で?と言いたげな様子のクロード君。しかし、これ以上踏み込むべきでは無い感じたのか、彼はもう一度悪いなと呟いた。
「んー、父はその、運悪く、流れ矢に当たってしまって……」
え?と驚いた様子で固まるイグナーツ君と、眉間に皺を寄せるクロード君。そのまま顎に手を当てて少し俯いたクロード君は、上目遣いで俺を見る。
「流れ矢って事は、賊じゃなくて狩りをしていた人間のものって事だよな」
「……うん」
「……アケロンか」
「ッ!あ、ああ」
驚いた。まあ、村がどこで誰の領地か分かってたら自ずと答えは出るにしても、まさかこんな瞬時に。
「その流れ矢に撃たれた時、親父さんは森にいたのか?」
「……いいや、村の広場で、俺に剣を教えてくれていた」
『姿勢が崩れてきてるぞ』そう言って俺の両肩に手を置いた父の胸から突き出てきた矢。間をおかず血を吐きだした父。あの瞬間を、生涯忘れる事はないだろう。
「……アケロンから、正式な謝罪、賠償はあったか?」
「……村の人間が1人、流れ矢で死んだだけだよ。あるわけないじゃんか」
俺の発言に更に顔を顰めたクロード君と、ハラハラした様子で今にも泣き出しそうなイグナーツ君、どうして良いか分からない俺。楽しい夕食の時間が最悪な雰囲気になってしまった。やばい、かなり気まずいな。どうしたものかと頭を悩ませていると、大盛りの肉が乗った皿を持ったラファエル君が帰ってきた。
「んん?クロード君も来たのか?ちょうど良かったな!いっぱい肉貰ってきたぞ!」
「おう、ありがとなラファエル。でも悪いけどちょうど、腹一杯になっちまったとこだ」
そう言って立ち上がったクロード君は、ご馳走様と俺を見て言うとどこか重苦しい足取りで去っていった。
入学から数日後、騎士になるべく本格的な訓練が始まった。2人1組に分かれての実践形式のチーム戦。剣を振るうしか脳のない俺には、戦術を立てられる後衛が欲しい。そうなるとイグナーツ君、は既にラファエル君と組んでる。後は、あまり話したことがないが、リシテアさんか、ここで変に躊躇したところで特に意味はない。俺は勇気を振り絞って彼女に近寄る。あの、と声をかけようとした瞬間、俺の肩にすっと腕が回された。
「謀略を張り巡らせる素晴らしい知恵と、一寸の狂いもない弓の名手、お探しの相手はこちらですよ。お兄さん」
「うおえっ!?クロード君!?な、何?どしたの?」
「そんなに驚かなくても良いじゃねえか、傷つくなあ」
肩に回した腕を離して俺と向き合ったクロード君は、額に手を当てて下を向く。そんなつもりはなかったと必死に弁解すると、楽しそうに笑いながら、顔を上げた。結局当初の目的を忘れた俺はクロード君と組むことになり、彼の優れた頭脳によって、あれよあれよと、その日金鹿で1番の成績を収めた。この日から俺は、学級内の訓練では必ずと言って良い程クロード君と組むことになった。いつも彼のおかげで好成績を収めている事に申し訳なくなり、別の人と組もうとするも、気付けば彼の指揮下にいる。何をするにしても彼の隣に立つことが多くなった俺は、次期盟主の隣に立つ平民という大変目立つ構図に収まってしまった。そんな事はどこ吹く風と言った様子で次はこんなことして見ないかと謀略を練るクロード君は、やはり大物なのだろう。
母から手紙が届いた。
何故か分からないが、今後村に十分過ぎるほどの兵が警備を行う様になったのだとか。