死にたくはないけど、行けと言われたら行きます 作:エドモンド橋本
「学級対抗の模擬戦?」
人の多いお昼時の食堂。桃色の綺麗な髪を二つ結びにした美少女、ヒルダさんから教えられた情報を俺はそのまま口に出した。
「そうそう、なんか現時点での生徒達の実力を図るために行われるんだって。セテス様が言ってたって、警備の兵士さんが言ってたよ。ね?マリアンヌちゃん」
「え、あ、は、はい」
テーブルを挟んで向かい側に座るヒルダさんと、必死に存在感を消そうとしているマリアンヌさん。編み上げた水色の髪と、儚げな雰囲気が印象的な彼女は、人とあまり関わりたがらないように見え、俺も積極的に声はかけなかった。そんな彼女をやたらと連れ回しているのが、ヒルダさんだ。金鹿の学級も、段々と派閥とまではいかないが、なんとなくグループが出来てきている。級長のクロードを筆頭に、俺、ヒルダさん、マリアンヌさん、リシテアさん、ラファエル君、イグナーツ君、レオニーさん。意外だったのが、初日からクロード君に嫌悪感むき出しだったローレンツ君も、このグループにいるということ。クロード君は何を考えているのか分からないが、ローレンツ君は、なんとかしてクロード君の化けの皮を剥いでやろうと必死な様子だった。
「ていうか、模擬戦って絶対選抜された生徒達がやる感じだよね〜?選ばれたく無いなあ〜」
やる気のない天才って、多分ヒルダさんのことを指すんだと思う。普段から可愛らしい所作で周囲の男子生徒の視線を奪っている彼女は、極端に戦闘訓練などを嫌っている。しかし、いざ訓練になるとその細い腕のどこにそんな力が?と思わせる様な勢いで斧を振るう。可哀想だから手を抜いてあげようと思った男子生徒は哀れにも吹っ飛ばされて気絶していた。あの光景は流石に俺も口を開けて固まってしまった。
「級長のクロード君はほぼ決定だし、仲は悪いけど槍術に長けているローレンツ君と、まあ、あの凄まじい斧の扱いからして、ヒルダさんは選ばれるんじゃない?」
「えぇ〜、やだぁ〜。汚れたくない〜、汗かきたくない〜」
机に両手で頬杖をつくヒルダさん。
「後方支援とかにならないかな」
「まあ、クロード君が弓使いだし、それにリシテアさんの様な凄腕の魔法使いがいるから、残りの後方支援は、やっぱ回復魔法とかに」
チラリと黙ったままのマリアンヌさんの方を向くと、目は合っていないのに視線を感じたのか彼女は少し体をずらして下を向いてしまった。戦闘が得意でないのは分かっているが、彼女は優れた回復魔法を扱える。前にクロード君の訓練用の矢に撃たれたヒルダさんが大袈裟に痛いよーと泣いていた時に、彼女は慌てふためきながらも、そのかすり傷をすぐに癒やしていた。この士官学校に入学してから、才能があっても自信のない人たちを何人も見てきた。俺には分からないから、下手に声をかける事もない。
「てかさ、セネル君はなんで自分が選ばれないつもりなの?」
「ん?選ばれないっていうか、他学級と比較した時に、金鹿は前衛でゴリ押しするより、ローレンツ君とヒルダさんの様な目立ちつつ敵を惹きつけるタイプの兵を置いて、魔法や弓で後方から敵を落としていく戦法が合ってると思うから、前衛は少ないほうがいいでしょ」
「いや、副将は誰が務めるの?」
俺なりの戦術を述べたが、そんなことはわかってると言わんばかりに、ヒルダさんは再び首を傾げた。しかし、俺にはヒルダさんが何を言いたいのかさっぱり分からない。金鹿の学級の戦い方を理解した上で副将は誰かとはこれ如何に。そんなの決まってる。
「ヒルダさんでしょ?」
「え?」
「え?」
「「……え?」」
俺とヒルダさんはお互い顔を見合ってポカンとしている。なんとも言えない空気が流れる仲、黙り込んでいたマリアンヌさんが呟く。
「ひ、金鹿の学級の副将は、セネルさんしか、いないのではないかと」
「え?」
「す、すみません!」
「あ、い、いや、そうじゃなくて!な、なんでかなって?」
俺の口から漏れた声に圧を感じてしまったのか、マリアンヌさんは更に縮こまってしまった。珍しくマリアンヌさんから聞けた意見なのに、俺はなんてバカなことを。
「マリアンヌちゃんの言う通りだよ。あのクロード君が無条件に隣に置く様な存在なんだからさ、模擬戦でも、副将は君が務めるべきじゃないの?」
副将?俺が?
「い、いやいやいやいや!クロード君が無条件に隣に置くって?単になんも考えてないから扱いやすいだけでしょ?そもそも俺なんて剣を振るしか能のない存在だよ?戦闘訓練もクロード君の指示がなかったら、ローレンツ君にもヒルダさんにも負けてる、ラファエル君になんて軽く捻られてるよ。1人じゃなんも出来ない俺が副将なんておこがましい。そもそも俺は平」
「身分の話禁止」
瞼を少し下げて俺を睨みつけてくるヒルダさん。金鹿の学級は平民の生徒が他の学級に比べて多いが、ローレンツ君やその取り巻き生徒以外は、身分の話をあまりしないし気にしていない。逆にヒルダさんはあまりそう言う話を好まない。今もこうして失礼な発言をしてしまった俺に怒りを覚えるくらいだ。
「別にクロード君の謀略や戦術はもちろんすごいけど、彼の無茶苦茶な作戦を一回聞いてその通りに動ける君も、もちろん凄いんだよ」
「そう言ってもらえるのは有難いけど、やっぱりこう、1人で敵軍を圧倒する様な猛将になりたいんだよね、俺は。俺ももっと鍛えてラファエル君位デカくなれたら良いなあ」
「ラファエル君みたいなセネル君かあ〜、あははっ、似合わないなあ〜」
デカくなった俺を想像して笑うヒルダさん。黙り込んでいたマリアンヌさんも、思い浮かべたのかクスッと笑った。
「まあ、何にせよ、取り敢えず明日からの課外活動を何とか乗り越えてからだね」
「うわぁ〜、せっかく忘れてたのに〜」
笑顔から一転、暗い顔になるヒルダさん。俺達は明日から全学級合同での課外活動を行う。主に野営や、夜間の戦闘の訓練を実施する様だが、噂ではかなり過酷とのこと。それ故に既にヒルダさんはゲンナリしている。
「まあ、何とかなると思うよ」
あのセイロス騎士団も護衛につくんだ。心配は要らないだろう。
「敵襲!!敵襲!!盗賊だ!!生徒達を守れ!!」
課外活動の夜。野営の為に天幕を張っていると、突然盗賊が襲いかかって来た。混乱する生徒達がいる中、真っ先に動いたのはクロード君達各学級の級長だった。すぐに武器を構えて臨戦態勢をとった。
「ヒューベルト、周囲の様子を確認してちょうだい。って、ああもう!起きなさいリンハルト!ベルナデッタは取り敢えず落ち着きなさい!カスパル!無闇に突っ込まないで!」
黒鷲の学級の級長エーデルガルトさん。まさかフォドラ最大の国家アドラステア帝国を治めるフレスベルグ家の子女であり、次期皇帝だったとは、初めて目にした時は思いもしなかった。校内で見かける時は大体従者のヒューベルトさんを連れて歩いており、凛々しい佇まいと美しい所作が目を惹く人だったが、なんか、黒鷲の学級では苦労しているのかな。
「ドゥドゥー、アネットとメルセデスを守れ!アッシュ、周囲を警戒しながら援護を。フェリクス、イングリット、シルヴァン、構えろ、迎撃するぞ!」
迷わず陣形を取ったのは青獅子の学級。その先頭に立ち槍を構えているのが級長のディミトリ君。帝国の次期皇帝に、同盟の次期盟主と来ればまあ勿論彼もファーガス神聖王国の第一王子であり次期国王になるのだろう。そんなディミトリ君が級長を務める青獅子の学級には、彼の幼馴染が多く所属している様で、見るからに連携が取れているのが窺える。既に青獅子の学級によって盗賊が倒されていくのが見える。
「ヒューベルト、リンハルト、牽制を!フェルディナント、カスパル、合図したら突撃を!」
最初はドタバタしていた黒鷲の学級も、既に盗賊達を倒している。みんなすごいな。俺はまだ人を斬った事がなく、恐怖から少し手が震えてしまう。取り敢えず金鹿の学級のみんなと合流して陣形をとろう。
「大丈夫だからね、マリアンヌちゃん」
「は、はい、ヒルダさん、すみません」
「2人とも!大丈夫!?」
マリアンヌさんを庇う様に斧を構えて立つヒルダさんを見つけた俺は、直ぐに2人に駆け寄る。山の中でも木々がなく広がった場所で野営した結果、四方から襲われ、乱戦状態になっている。騎士達も生徒たちを囲んで守ることは出来ず、手当たり次第生徒を救護している様子。こっちまで手を回す余裕はなさそうだ。
「良かった、セネル君無事なんだね」
「2人も何とか、って、ヒルダさん血が!」
マリアンヌさんを庇って立つヒルダさんの肩には血がついており、服も少し破れていた。
「かすり傷だよ。マリアンヌちゃんに手を出そうとした不届きものを成敗した時に、相手の斧がかすっちゃって」
「すみませんヒルダさん。私なんかのせいで、本当にごめんなさい」
「もうマリアンヌちゃん謝んないで!直ぐにマリアンヌちゃんが治してくれたから傷も残らないしね」
「……そ、それでも、痛い思いを」
どんどん暗い顔になるマリアンヌさん。気持ちは分かるが、今は早くみんなと合流をしなければならない。動けるなら、俺とヒルダさんでマリアンヌさんを守りながら移動しようと2人に提案する為に口を開こうとした時、盗賊が2、3人宙に舞って俺たちの近くに落ちた。
「うっ!?」
「ぼはあ!?」
「ぐへえ!?」
綺麗に三段重ねになった盗賊達は死んではいないが、意識を失っている様だ。誰にやられたかを判断する必要もなく、はち切れそうになったシャツを着た優しげな男子が現れた。
「お!セネル君にヒルダさん、マリアンヌさん!良かった会えたぞ!」
「皆さんご無事ですか!?」
「ラファエル君!イグナーツ君!」
大きな身体のラファエル君の影からひょこっとイグナーツ君が顔を出した。良かった、2人とも大丈夫なようだ。あとこの場にいない生徒は確か。
「降ろせよローレンツ!私はまだやれるぞ!」
「バカなことはやめたまえレオニーさん!盗賊の集団に1人で突っ込むなど無謀だよ!」
野営地の中心から、いつもより余裕のなさそうなローレンツ君が彼の腕を振り払おうとするレオニーさんを抱えて走って来た。そのまま森の中へ隠れようとするローレンツ君に手を振る。
「ローレンツ君!!レオニーさん!!」
「む、セネル君、おお!皆そこにいたのか!」
「あれ?何だよあんた達無事だったのか。てっきり捕まったと思って助けに行こうとしてたのに」
「憶測で行動するものじゃないぞ、レオニーさん」
呆れながらも安堵した表情でレオニーさんを降ろしたローレンツ君の元に、俺は駆け寄り声をかける。
「怪我はない?ローレンツ君」
「ふっ、無論だよ。ところで、君も怪我はないか」
「俺は大丈夫。というか戦闘にすらなってない。ヒルダさんやラファエル君達は盗賊と戦ったみたいだけど、何とか無事。あとはリシテアさんと」
「私ならここですよ」
「へ?」
「む?」
俺とローレンツ君は揃って下を向く。俺達の側に立って不服そうな目を向けてくるリシテアさんがいた。
「おわ!リシテアさん!良かった、無事なんだね」
「小さいから気付かなかったですか?」
「い、いやいやいや!そんな事ないよ!良かった良かった!」
リシテアさんも無事な様だ。騎士団が優勢になりつつあり、他の金鹿生徒達も何とか助かっている様だ。しかし、不思議なことに。彼だけいまだに見つからない。他の学級がまとまりを見せて盗賊を倒している今、俺達の指揮を取る彼も直ぐに姿を。ん?あの背中は。
「あ!!クロード君!!」
みんなで一塊になり、他の学級に合流しようとしていると、見覚えのある姿が見えた。完全にクロード君だ。彼も俺達に気付いた様子だが、もう一度前を向き直したクロード君は、全力で山の中へと走っていった。
「ん?は!?ちょ、クロード君!!!???」
「何!?クロード、まさか囮を?」
「はぁ、仕方ないわね。ヒューベルトあとは任せたわ」
俺の驚いた声を聞いてか、ディミトリ君とエーデルガルトさんは、クロード君の後を追いかけた。三級長が戦線を離脱した事により、残された生徒達は動揺を隠さずにいた。彼らの後を追いかける盗賊達もおり、助けに行こうとするが、未だに野営地を襲う盗賊の対処に追われた俺達は助けに行くことは出来なかった。束になって俺達の陣形を崩し、逃げようとする盗賊達を必死に食い止めていると、もはや盗賊達はヤケになっていた。
「ガキどもがあ!!死ねええ!!」
目が血走り、興奮状態の盗賊が剣を振り上げて襲いかかって来た。腰に下げている握り慣れた剣を抜き取り、思い切り振り上げる。
「ぐっ!」
「っ!」
力強く盗賊の剣を弾き、体勢を崩した事を確認すると、躊躇せず力を込めて振り下ろす。盗賊の悲鳴、手に来る不快な感触、舞う生温かい血飛沫。ああ、これが、人を斬るって事か。
それから何人斬っただろうか。忘れてしまうほどには斬っただろう。盗賊を完全制圧した騎士団と合流するまで、マリアンヌさんの様な戦闘に不慣れな生徒を庇いながら、ローレンツ君とラファエル君と共に前線で敵を蹴散らした。騎士団に保護され、なんとか気を休めることが出来た俺達は倒れ込む様に眠りについた。後から聞いたが、クロード君達は近くにいた傭兵の助けを借りて何とか盗賊達を追い返した様だ。
「まさかあんな近くに凄腕の傭兵がいたのを知っていたなんて、流石だねクロード君」
「ん?ああ〜、まあな〜、たまたまだけどな」
結局課外活動は中止となり学校に帰った俺達は、盗賊に襲われて逃げ出した教師の後を誰が務めるかを上が決めるまではほぼ自習だった。
「助けてくれた傭兵の人ってどんな人だったの?何かジェラルドっていうすごい人の話は聞いたけど、その娘さんも凄かったんでしょ?」
「ああ、とんでもない美人だったぜ」
「うわぁ〜、そういう下世話な話しちゃう?」
「セネルも結構好きだろ?」
「あはは、まあ気にはなるかな」
そんな話をしていると、クロードはレア様に呼ばれ、俺はヒルダさんから荷物を運ぶのを手伝って欲しいと言われた為、一度別れた。その後、ヒルダさんの実家から送られて来たものを彼女の部屋まで運び、ついでに騎士団の方と課外活動の際に持ち出した訓練用の武器や、野営用の天幕を倉庫にしまうのを手伝い終えると、渡り廊下に、見慣れない女性が立っていた。暗い青色の髪と何とも言えない衣服に身を包んだ浮世離れした美女。クロード君から聞いた特徴に合致している。確かに綺麗な人だなあと観察していると、思い切り目があった。
「……君は」
「あ、じ、ジロジロ見ちゃっててすみません。もしかしてクロード君を助けてくれた傭兵さんですか?」
「ああ、そうだよ」
「やっぱり!俺達の級長を助けてくれてありがとうございました。俺はセネル=スパーダです。何か困ったことがあればいつでも声をかけてください。可能な限り尽力しますので。それでは、俺はこの辺で」
傭兵の女性に礼をすると、俺はそのまま自分の部屋に戻った。そう言えば名前聞き忘れた。まあ、クロード君曰く学校に常駐するみたいだし、また聞けるだろう。もしかしたら俺たちと同じ生徒になったり?これからの楽しみに胸を躍らせて、俺は歩みを続ける。
「セネル=スパーダ」
「ん?セネルが気になるのか?あいつは、親父さんが凄腕の剣士だったみたいだが、不運な事故で亡くなったんだとさ。今は、親父さんの様な剣を振れる騎士になろうと頑張ってるぜ。それから何をするにも面白いくらい驚くから、弄り甲斐があるんだが、これはあいつには内緒な」
年齢よりも少し幼い顔の男子生徒。平均的な身長で、右目を隠す紫がかった長い髪を後頭部の辺りで団子の様に纏めている。剣の扱い長けており、金鹿の学級の生徒の中では、間違いなく1番の剣士。魔法の才もある様だが、弓は苦手なようだ。剣と甘いものと昼寝が好きで、謝られる事と苦いものが苦手。金鹿の生徒とは大体仲良しだが、特にクロードと仲がいいようだ。