死にたくはないけど、行けと言われたら行きます 作:エドモンド橋本
「本日から、君達金鹿の学級の担任をする事になったベレスだ。よろしく」
クロード君を助けてくれた傭兵さんは、金鹿の学級の担任になったと、確かにそう言った。ベレス先生を取り囲んだ金鹿の生徒達はザワザワと騒がしくなる。
「ええ!?あなたが……。僕はてっきり」
「うん、てっきり騎士団にでも誘われたんだと思ってましたよ〜」
イグナーツ君の言葉を遮り嬉しそうに笑うヒルダさん。そんな彼女の発言に、ベレス先生は一切表情を変えずにそうか、とだけ返した。数人の生徒達から、不気味じゃないか、なんでこんな人が、などとヒソヒソと声が聞こえる。凄腕の傭兵である先生には聞こえていても不思議じゃない。流石に失礼だと思い、俺は陰口を叩く生徒達の方へ体を向けると、急に肩に腕を回された。
「もしかして、俺達のことを気に入って、この学級を選んでくれたのか?」
「え、クロード君」
俺の肩に腕を回したクロード君は、ベレス先生の方を見て笑いかける。何故俺は肩を組まれたんだ?……あ、そうか、ここで先程の生徒達を注意すれば、かえって先生に不快な思いをさせるかもしれない。はぁ、考えが甘かった。これはクロード君の気遣いに感謝だな。
「おっと、教師になったんなら、口の利き方を改めた方がいいよな」
「いや、別にそのままで構わない」
「そうか?まあ、俺たちさして年も変わらないようだし、堅苦しいのもな」
ああ、と頷くベレス先生に、若くして教師に抜擢された事をローレンツ君は賞賛した。ラファエル君が、細身の先生を見て本当に強いのかと疑問の声を上げたが、騎士団のアロイスさんの推薦であることや、元騎士団長の娘であることが分かり、最終的には我らが級長のクロード君が先生の強さは保証すると言った事で、皆納得した。
「それより、歓迎の宴だろ?早速、肉を調達しねえとなあ!」
「いや、茶会にしよう。僕が上等な紅茶を用意する」
「茶会ってお茶だけ飲むのか?肉を食わねえと、歓迎にならねえだろ!?」
先生の歓迎会をどうするのかで言い争うラファエル君とローレンツ君。そんな2人の様子に、苦笑いを浮かべたり、呆れたりする金鹿の生徒達。まあまあ落ち着け、と2人を嗜めたクロード君は、軽く俺達金鹿の生徒達を見渡し、先生の方へ向き直った。
「……騒がしくてすまんね。金鹿の学級は、まとまりのない学級なんだ。貴族もいれば平民もいるし、本気で学びたい奴も、怠けたい奴もいる。だが、その方が面白いだろ?これから1年間、楽しんでくれよ、先生」
「ああ、君達と共に、私も多くを学ばせてもらう。よろしく」
何となく、本当に何となくだけど、先生の雰囲気が少し和らいだ気がした。
気持ちの良い昼時。俺は騎士団の人達の訓練に混ぜて貰い、いろんな兵種相手に剣の振り方を教わった。疲れた俺は、あまり使われていないベンチに座り、少し横になると、そのまま眠ってしまった。
「……ん、ぅん、ん?」
何だかとても良い匂いがする。あと、何だろうこの感触。柔らかくて、暖かい。髪に触れる優しい手も、心地良くて、……え?手?
「あ、起きた。おはよう、セネル」
「……先生。え、は、先生?」
「ベンチで寝ていては首や頭を痛める。寝るなら部屋に戻るべきだ」
真上に少しだけ見える先生の美しい顔。首や頭の柔らかい感触。これは、もしかして。
「し、失礼しました!!あ、あの、その、えと、ご、ごめんなさい!!」
俺はそのままベンチを降りて、先生の前に土下座をする。何故先生に膝枕をしてもらっていたのかは分からないが、訓練で疲れてベンチで寝てしまうとは、自分が情けない。
「いや、気にしてない。私が好きでした事だ。それよりも」
「は、はい」
立ち上がった先生は、俺の肩に手を置き、目を合わせてきた。んー、美人。クロード君から散々聞いてたし、実際2回もあってるけど、この距離は無理だ。それに膝枕してもらった今、正直直視出来ない。
「次からは私に聞くといい」
「……はい?」
何を?と言う疑問を口に出すよりも先にベレス先生は話を続けた。
「君が剣士であることは知っている。先程までも騎士団と訓練をしていたのも」
「は、はあ」
「だから、次からは剣の事は私に聞くと良い。指揮の方はまだ学んでいる途中だが、剣の腕なら私も自信がある。今後は私に聞いてくれ」
「え?いや、その、先生もお忙しいでしょうし」
「君は私の生徒であり、私は君の担任なんだ。遠慮する事はない」
ぐいっと顔を近づけながら先生は迷いなく答えた。表情は変わらないのに、意外とグイグイくるんだな、この人。
「分かりました。これからは是非先生に剣を教えて貰います」
コクリと頷く先生。纏う雰囲気が優しくなり、どこか嬉しそうな感じがした。根拠はないが、もしかしたら結構分かりやすい人なのかもしれない。先生は、訓練後とは言え、気を抜き過ぎないようにと助言してアロイスさんと話しているジェラルトさんの元へ歩いて行った。その後俺は一部始終を見ていたクロード君によって金鹿のみんなにベレス先生の膝枕で寝ていた事をバラされ、公開処刑を受けた。
「模擬戦は私が指揮を取る事になった。後衛にクロード、マリアンヌ。前衛にヒルダとローレンツでいこうと思う」
翌日、近々行われる3学級合同の模擬戦の選抜編成がベレス先生から発表された。指揮を取る先生と、級長のクロード君はまあ確定していたから特に無反応。しかし他の3人の反応は様々で、席を立ち当然だ、と高笑いするローレンツ君、嫌だあー!と嘆くヒルダさん、その隣で顔を青くして震えるマリアンヌさん。
「オデも戦いたかったなー、残念だぞ」
「師匠の前で良いとこ見せたかったのにー!」
「ふん、まあ今回は譲りましょう」
「みなさん頑張って下さい!」
選ばれなかったラファエル君達はみんな悔しそうな様子。俺も活躍の機会があれば是非、とは思うが、今回の先生の選択は間違ってはいない。故に特に異論がない。俺の剣士としての役割は先生ならば指揮をとりながらでも行えるだろう。ならば槍術に長けたローレンツ君と、周りがよく見えている上に軽々と斧を振えるヒルダさんを前衛に置くのは当然の選択だ。
「外から先生や俺の動きをよく見ておけよ、セネル」
隣に座るクロード君は、先生の方を向いたまま声をかけてきた。
「そうだね、クロード君の勇姿を隣で見れないのは残念だけど、有意義な時間にするよ」
「だな、俺も隣にお前がいなくて寂しいぜ全く」
「そうは見えないね。ま、でも実際君を助けてくれた有能な指揮官の先生がいるんだ。怖いものなしだね」
先生とクロード君は、何故だか分からないけど相性が良い気がする。となると、もうクロード君の補佐役は解雇かな?残念だが仕方がない。今後はラファエル君やローレンツ君、イグナーツ君とも連携を取れる様努力しよう。
「……セネル」
「ん?」
クロード君がこっちを見た。その目はどことなく笑ってないように見える。俺には彼の表情を読めるような立派な観察眼なんて無いが、そんな気がする。
「……これからも、よろしくな」
「え?あ、はい」
3学級による模擬戦は、結果的に金鹿の勝利で幕を閉じた。外から見ていたものとしては、ベレス先生の指揮は見事としか言えなかった。
開始早々、草原の木々の中で身を隠しながら、エーデルガルトさんの指示を無視して突っ込んで来たフェルディナント君をローレンツ君が迎え撃ち、クロード君の矢で撃破。フェルディナント君の援護に出向いてきたヒューベルト君の魔法攻撃をマリアンヌさんが牽制。注意を逸らした瞬間に、先生が懐に潜り込んで一閃。短期間で黒鷲の戦力を大きく削った。
これにより、黒鷲は一気に攻撃に出辛くなった。黒鷲への強めの牽制を行なった先生は、出方を伺いながら誘い出そうとしていた青獅子のアッシュ君を素早く撃破。それに動揺したメルセデスさんを、木陰からクロード君が射抜く。流石に見過ごせないと前線に出てきたディミトリ君とドゥドゥー君を、迎え撃つかと思ったが、まさかの黒鷲の本陣に向かって全力で走り出した。
呆気に取られた2人は直ぐに追い掛けようとするも、それを阻止するヒルダさん。黒鷲は指揮を取るマヌエラ先生とドロテアさんは魔法使い、前衛に立てるのは級長エーデルガルトさんのみ。本陣には向かわせないと立ち塞がり、先生と撃ち合いを始めるものの、どんどん追い詰められ、油断した隙にクロード君の矢で撃破された。そのまま黒鷲の本陣に乗り込んだ先生は、ドロテアさんとマヌエラ先生を沈めた。
先生は黒鷲の本陣に金鹿の旗を立てると、クロード君は笛を吹いた。笛の音を確認したヒルダさんは、ディミトリ君の槍を力強く弾き後退させる。すかさず攻撃してきたドゥドゥー君の斧を受け止めると、光魔法がドゥドゥー君に直撃した。隠れていたマリアンヌさんの魔法攻撃により体勢を崩したドゥドゥー君に必殺の大振りの一撃を入れて撃破。そんな光景を目にしても動揺を見せず槍を構え直したディミトリ君は、マリアンヌさんの魔法攻撃を捌きながら、ヒルダさんと打ち合う。斧と槍がぶつかり合う中、青獅子の本陣に金鹿の旗が立った。ベレス先生や、ヒルダさんとは別で動いていたローレンツ君が、青獅子の本陣に回り込み、ハンネマン先生を討ち取った。流石に動揺したディミトリ君は、ヒルダさんの一撃に弾き飛ばされ、近付いていたクロード君の矢により討たれた。
ディミトリ君が倒れたのを確認し、金鹿の勝利が確定した。金鹿陣営は歓喜に沸き、ラファエル君やレオニーさんは直ぐに先生達の元へ駆け寄った。その後を追いかけるイグナーツ君と、ゆっくりだが嬉しそうに皆の元へ歩み寄るリシテアさん。
「先生!凄かったぞ!バッタバッタと倒しちまってよお!」
「ジェラルト師匠から教えを受けたんだ、これくらい出来て当然だとは思うけど、まあやるじゃないか!」
「本当にお見事でしたよ先生!それにみんなもすごい活躍でしたね!」
「ええ、確かに素晴らしいと言わざるをえません。お疲れ様でした先生」
先生や戦闘に参加したクロード君達に賞賛の声をかける中、へなへなとヒルダさんが地面に座り込んだ。
「もー疲れたー!酷いですよ先生!か弱いヒルダちゃんにドゥドゥー君とディミトリ君を押し付けるなんてー!」
わんわんと喚くヒルダさんの背を優しく摩るマリアンヌさん。2人の側に近寄った先生は自身も地面に膝をついて視線を合わせた。
「数日皆の訓練する姿を見て、ヒルダなら前線で数人食い止める事が出来ると判断した。そしてやり遂げてくれた。期待以上の成果だ。ありがとう」
「え、え〜、そんなに褒めても、困りますよ〜。次は後方支援でお願いしますね〜」
「いや、それはない」
「え」
真顔で即答した先生に口を開けて固まるヒルダさん。そんな2人を見てクロード君は爆笑していた。ヒルダさんの後ろに居たマリアンヌさんは、先生と目が合うと少し視線を逸らして口を開いた。
「せ、先生、その、私、あまり、役に立たなく」
「マリアンヌ、魔法での牽制と援護、見事だった。君に任せて正解だった」
「……え」
「そうだよマリアンヌちゃん!マリアンヌちゃんの魔法があったからドゥドゥー君を倒せたわけだしね」
「厄介者のヒューベルトを早めに倒せたのも、魔法で牽制出来たおかげだしな。本当にお疲れさん、マリアンヌ」
先生の後に続く様に、ヒルダさんとクロード君がマリアンヌさんを称賛する。あまり褒められ慣れていないのか、マリアンヌさんは、下を向いたまま縮こまってしまった。そんな彼女の頭を先生は優しく撫でる、
「今はまだ自信を持てなくて良い。ゆっくりと積み重ねていこう。遠回りでも、君の足で」
「……は、はい」
小さな声で返事をしたマリアンヌさん。先生の手が彼女の頭から離れる瞬間、少しだけマリアンヌさんが寂しそうに見えた。
「ローレンツ、お疲れ様。奇襲見事だった」
「最初に指示された時は驚いたよ。奇襲など貴族の戦い方ではないと思ったが、まあ結果的にあれが勝利を決定付けたのだから、良しとしようか。はーっはっはっは!」
高笑いするローレンツ君。確かに彼の奇襲により、ディミトリ君の動揺を誘い、勝利に繋がった。先生が指揮官でありながら前線に出たのは、周囲の注意を引きながら、ローレンツ君を青獅子の本陣に近付くのを気づかせない為だったのか。先生が傭兵上がりということもあり、指揮官という存在がどういうものか理解していないと思い込ませたのも上手いな。しかし何故皆ローレンツ君を称賛しないのだろうか?実際見事な活躍だと思ったのだが。
「クロード、流石の弓の腕だった。お疲れ様」
「先生にそう言って貰えて光栄だな。もう皆から散々言われているが、見事な采配だった。これからも頼むぜ」
握手を交わす2人の姿はなんだか大人っぽく見えた。
「よし、それじゃあさっさと帰って勝利の宴といこうぜ!」
「おう!肉を食うか!」
「全く、少しは余韻に浸らせてくれたまえよ」
「まあまあいいじゃないですか」
健闘を讃えあいながら、学校へと向かう皆。先生におんぶをねだるヒルダさん、自身の活躍を声高々に語るローレンツ君。バラバラには見えるが、本当に良い学級だな。
「ほら、行くぞセネル」
肩を叩いて隣を歩くクロード君は、目を細めて笑う。
「次は一緒だぜ」
「……うん」
クロード君の目を見て俺も笑い返す。多分俺は、一生彼の腹の内を読めないだろうし、彼が明かす日も来ないだろう。生まれも育ちも持っている才能も違う。同盟の盟主になる人と、どこでのたれ死んでも誰も気にしないような俺。今この瞬間が奇跡なだけで、ここを卒業したらもう会う事はないのだろう。彼もすぐに俺のことを忘れてしまうに違いない。それでも、何故俺をそこまで気にかけてくれるのか。何故俺を側に立たせてくれたのか。分からない。まあ、もう考えるのはやめよう。