【スターウォーズ】ロスト・エンパイア 作:バケツ頭 小説もどき家
その日は朝から大雨だった。
エンドアの森を覆う分厚い雲は太陽の光を完全に遮り、昼だというのに辺りは薄暗い。巨大な木々の葉を叩く雨粒は絶え間なく降り注ぎ、枝から枝へ、葉から葉へと伝い落ちていく。地面はぬかるみ、普段なら聞こえる鳥や小動物の鳴き声も雨音の向こうへ消えていた。
森の中にひっそりとそびえる小さな帝国軍通信施設。そこには帝国宇宙軍の兵士達が詰めていた。
黒い制服に軍帽。ヘラ・メリアスは持ち場に座り、退屈そうにモニターを眺めている。彼女はTIEパイロット候補生であったが、試験に不合格となり、退屈な地上勤務に回される羽目になった哀れな若き女性である。彼女の小さな寝床には、書き終えた再試験の申告書のデータが入った端末が置かれているが、彼女は未だに上官へそれを出せていない。
理由は単純だった。
怖いのである。
訓練生時代、彼女は決して落ちこぼれではなかった。学科成績は優秀で、シミュレーターの評価も悪くない。だが最後の実技試験でパニックになってしまった。実際に飛び上がり、宇宙空間に出た時、彼女は操縦桿を握る代わりに悲鳴をあげ続けたのだ。
何とも言えない恐怖。
沸き上がる不安。
教官は彼女を精神的に未熟だと言い、パイロットとして不適格だと告げた。決して克服できないと。
再挑戦したい気持ちは変わらない。しかし、既に不適格者の烙印は押されてしまっている。再試験を申請しても門前払いだろう。
ヘラは小さく息を吐くと、余計な考えを振り払うようにモニターへ視線を戻した。
今は勤務中だ。夢や後悔に浸っている暇はない。
もっとも、この通信施設での勤務が忙しいかと言われれば、答えは否である。この静かな緑の月は喧騒とは無縁で、配備されている部隊も少数だ。通信とログの監視など簡単にも程がある。
休憩の時間になると、遮蔽ドアが開き、同僚達がやってくる。ヘラは連絡事項を伝えると、寝ぼけて不機嫌そうな同僚に席を譲り、通信室を後にする。
施設の廊下は静かだった。
白い照明灯が一定間隔で並び、磨かれた床を淡く照らしている。外では豪雨が荒れ狂っているというのに、厚い装甲壁に守られた施設内部は別世界のようだった。
ヘラはベンダーの前で立ち止まる。
商品の中からいつものやつを選び、クレジットを投入する。
ガタガタという作動音。
そして訪れる静寂。
やられた。
また故障だ。
彼女が小さく舌打ちすると、何者かの足がベンダーを強く蹴った。
無機質な作動音。ぎこちなく曲がる右脚。
「どうぞ」
アーミ・フォルク。ヘラの同僚である彼は、ベンダーが吐き出した食糧を手に取ると、ヘラに差し出した。
「バンサステーキ?」パッケージを見て眉をひそめる。 「正気か? 大人しく俺が言ったナーフのローストにしておけよ」
「これがいいのよ」
微笑し、バンサステーキ味の固形物を受け取るヘラ。ヘラは休憩ルームへと歩き、アーミもそれに続く。
「気がしれないね。銀河のどこを探しても、それが好きだって答えるのはお前だけだぞ」
「そうかしら?」
「そうだよ」アーミは即答した。「その干からびた物はバンサでもステーキでもない。本物のバンサステーキに失礼だ」
「だけど、書いてあるわよ? 本格的なバンサステーキ。レイサ産バンサ100%使用って」
「はっ、デマカセだね。俺は肉にはうるさいんだ」
「でしょうね」
ヘラは小さく笑った。
アーミは農耕惑星出身で、小さい頃からバンサばかり食べて育ってきたらしい。
ヘラ自身、手に持っているコレを特別美味しいとは思っていない。ただ慣れてしまっているだけだ。いや、少し意固地になってるだけかもしれない。アーミに靡いたと思われるのも癪だし、彼の反応が見れなくなるのも寂しいから。
休憩ルームの自動ドアが開く。
中には数人の兵士がいた。
整備マニュアルを読んでいる者。最新のVTシリーズを語り合う者。
巨大要塞の下にいる兵士達の日常は驚くほど平凡だった。
ヘラは空いている席に腰を下ろし、包装を破る。
固形食糧は相変わらず茶色く、見た目からして食欲を刺激しない。少なくとも肉ではない。
ギギギと音を立てて向かいに座るアーミ。彼はブーツを擦ると、小さくため息を漏らした。
「調子悪そうね。さっき乱暴に蹴ったからじゃない?」
「いや、前からだよ。ここのところ調子が悪いんだ」
そう言って彼は右脚を軽く叩いた。
鈍い金属音。無機質な音が響く。
「そろそろ替え時かな」
アーミは苦笑しながら言った。
「医療班に頼めば?」
「頼んでるさ」
「それで?」
「順番待ち」肩をすくめるアーミ。「いつものことさ」
アーミは三年前、海賊討伐任務で撃破された際に右脚と左腕を失った。帝国軍は瀕死の彼を助け、義肢も負担してくれたが、だからといって全てが元通りというわけではない。彼のパイロットとしてのキャリアは閉ざされ、閑職に追いやられたのだ。
パイロットから転落した男。
パイロットになれずじまいの女。
同じアカデミーの同期だと言うのに、こうも差が出るとは。
「“モニターを眺めるだけの奴に代わりの義足なんて勿体ない”奴らはそう思ってるんだろうさ」
アーミは冗談めかして言った。
だが、その言葉には少しだけ棘があった。
ヘラは固形食糧を口に運ぶ手を止める。
「そんなことないわ」
「そうか?」
「そうよ」
アーミは鼻で笑った。
少しの沈黙の後、アーミが口を開く。
「そういえばウォルッシュって知ってるか? 第二分隊の」
「あのもみあげの? ええ。彼がどうかした?」
「どうやら、あいつパイロットの再試験に挑むらしいぞ」
ヘラの目を見るアーミ。
視線を僅かに逸らすヘラ。
「信じられないよな。シャトルすらも満足に操縦できないようなヤツが」笑った後、アーミは息を吐いた。「まだ出してないのか」
「何を?」
「わかってるだろう?」
ヘラは口をつぐんだ。包装パッケージを折り曲げる音が静かに聞こえる。
「きっと次なら合格するさ。やってみろって。お前だって、こんな退屈な場所にいつまでもいたくないだろう?」
ヘラが黙る中、アーミは続けた。
「まぁ、退屈が好きなら別だがな──飲み物取ってくる」
立ち上がるアーミ。関節が曲がる時、独特な音が鳴る。
「お前のも取ってくる。何が欲しい」
「……なんでも」
「わかった」
離れていく同僚。
一人残されたヘラは静かに顔を下げながら、自分の心と向き合っていた。