僕のWINDWARD HEROES   作:のーぞー

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NEW SKY①

 初日から、遅刻しそうだった。

 

「……まずいね」

 

 エアロはロンドンの歩道で立ち止まり、腕時計を見た。集合時間まで、あと八分。目の前の通りは渋滞。バスもタクシーも動かない。

 

 灰色の空を見上げる。

 

 風はある。

 

「いいね」

 

 次の瞬間、エアロの背中の羽がふわりと開いた。鳥の翼ではない。軽い膜が幾重にも重なった、風を受けるための羽。緑を基調に、赤い線が朝の光を拾う。

 

 個性――BREEZE SENSE。

 

 風を感じる。読む。少しだけ流れを変える。強引に空を支配する力ではない。空気の機嫌を聞いて、自分の身体をそこに乗せる力だ。

 

 エアロは車道の上を跳び越え、ビルの壁面をかすめるように上昇した。

 

 ロンドンの街が足元に広がる。

 

 煙突の熱気。テムズ川から吹く湿った風。高層ビルの角で巻く乱流。全部が、肌の上に地図みたいに浮かぶ。

 

「右……いや、上かな」

 

 風の筋を読み、身体をひねる。

 

 まだ完璧じゃない。読み違えれば流されるし、高度を上げすぎれば制御が遅れる。けれど、飛ぶことだけは好きだった。

 

 空は広い。

 

 そのぶん、怖い。

 

 でも、綺麗だ。

 

 屋上に銀色の文字が見えた。

 

 WINDWARD HEROES

 

 エアロは着地した。少しだけ勢いが余って、靴底が屋上を滑る。

 

「セーフ……かな」

 

「アウト寄りだな!!」

 

 大きな声が飛んできた。

 

 赤いジャケットの青年が、腕を組んで立っていた。髪は少し跳ねていて、笑顔がやたら明るい。

 

「お前が新人か! 飛んできたな! いいな!」

 

「エアロです。今日から――」

 

「ブレイズジェットだ! ブレイズでいい!」

 

「よろしくお願いします、ブレイズ」

 

「おう!」

 

 ブレイズは勢いよく手を差し出した。握手というより、戦闘開始の合図みたいだった。

 

「初日から飛んで来る新人、嫌いじゃねえぞ!」

 

「遅刻しそうだっただけだけど」

 

「理由はどうでもいい! 飛べるなら上等!」

 

「初対面で距離が近い」

 

 奥から低い声がした。

 

 黒髪のドレッドヘアーを後ろでまとめた、褐色肌の男が端末を片手に近づいてくる。作業着の袖をまくり、眠そうな目でエアロの羽を見ていた。

 

「シーラスだ。技術担当。君のスーツとデータを見る」

 

「よろしくお願いします」

 

「今の着地、左足に負荷が偏ってる」

 

「えっ」

 

「癖。後で直す」

 

 シーラスはそう言って、ブレイズを横目で見る。

 

「それとブレイズ。新人を玄関じゃなく屋上で待ち伏せるな」

 

「飛んでくると思ったんだよ!」

 

「根拠は」

 

「勘!」

 

「最悪の返答」

 

 エアロは少し笑った。

 

 その時、屋上の扉が静かに開いた。

 

 風の流れが変わる。

 

 落ち着いた足音。穏やかな表情。けれど、そこにいるだけで空気が整うような人だった。

 

 カイン。

 

 WINDWARD HEROESの中心人物。

 

「ようこそ、エアロ」

 

 カインは手を差し出した。

 

「今日からよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 握手は強くなかった。けれど、不思議と背中を支えられるような力があった。

 

「緊張してる?」

 

「……少し」

 

「いいことだよ」

 

 カインは微笑んだ。

 

「程よい緊張は、無謀な行動を防いでくれる」

 

 エアロは頷いた。

 

 カインは空を見上げる。

 

「君の飛び方を見た。風の読みがいい。まだ経験は足りないけれど、可能性は十分にある」

 

「でも、僕はまだ――」

 

「私の個性にできて、君の個性にできないことはない」

 

 その言葉に、エアロは息を止めた。

 

「あとは経験を積むだけだ」

 

 カインは、まっすぐにエアロを見た。

 

「君のピンチに、私たちは駆けつける」

 

 ブレイズが笑う。

 

「当然だ!」

 

 シーラスも端末から目を離さずに言った。

 

「スーツが壊れたら直す」

 

 カインは続ける。

 

「だから、私たちのピンチにも駆けつけて。共に戦えるようなヒーローになってね」

 

 胸の奥に、風が入った気がした。

 

 一人で飛ぶ場所じゃない。

 

 ここは、誰かの風になって、誰かの風に助けられる場所なんだ。

 

 その時、警報が鳴った。

 

『テムズ川沿い建設現場。クレーン倒壊。作業員複数名、上層部に取り残されました』

 

 ブレイズの笑顔が消える。

 

「行くぞ、新人!」

 

 シーラスが端末を操作する。

 

「風速強め。高度百二十。救助対象、最低三名」

 

 カインがエアロを見る。

 

「飛べる?」

 

 エアロは空を見た。

 

 灰色だけど、綺麗な空。

 

「はい」

 

 羽が開く。

 

「飛べます」

 

 WINDWARD HEROESでの、最初の空が始まった。

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