魔法少女だけが戦う世界で、男が生き残る術とは? A.映画ボスを集めます 作:火星人マーズ
チュンチュンと小鳥が鳴く声が聞こえた。
まだ起きるにはほんの少しだけ肌寒い空気に、ぬくもりを求めて布団の中。
「ボス、ボス。朝だよ、起きて。てしてし」
そんな声と共に顔のあたりをポスポスと何かで叩かれる。
もう少し布団に包まれていたいから、もぞもぞと動いて隠れようとすると声の主は俺の腹の上に乗っかってきて、てしてしと絶妙な力加減で叩いてくる。
どうやら二度寝は無理そうだ。ぱちりと、目を開ける。
「あ、起きた。おはようボス。もうすこし遅かったら、必殺寧々子ぱんちが炸裂していたところだよ」
「おはよう、寧々子。それ食らったらまた眠ることになるね。それも永遠に」
俺の上に跨っていたのは猫のような癖毛がある、白い髪をした一人の少女。
少女の名前は、寧々子。
またの名を〝魔法少女カーバンクル〟。
記念すべき『魔法少女マギアイリス』の映画第一作目、『
ボスを務めていたわりには少女であり、大凡
それもそのはず、何故ならこの寧々子は『魔法少女マギアイリス』らの主人公たちと同年代かつ、同じ魔法少女だ。
魔法少女は《ヤミノマ》を倒すことを出来る唯一の存在であり、人々を《ディスナンド》の魔の手から守る。
それこそが魔法少女の役目であり、人々から敬われている理由だ。
しかし、中にはその力を正しく使わないものがいる。
魔法少女だけが扱える、負のエネルギーとは対照の正の力、ミラクルパワー。それを持つにも関わらず人々に
この概念が出たのは2ndシーズンからではあるがその前に存在自体は仄めかされていた。その先駆けが、この寧々子だ。
とにかく、寧々子が起こしに来てくれたことに礼を言う。
起き上がると、入れ違うように寧々子が俺の布団に潜り込もうとする。
「何をしようとしているのかな?」
「今日はポカポカ良い天気。二度寝には良い日和。なので、寧々子はお布団に包まれてぬくぬく寝るのです」
「まだ朝だし、そもそもきみの部屋も布団も別にあるだろう。ほら、でてったでてった」
「あぁ、あたしの聖域がぁ〜。あ、でもこの抱われ方落ち着く」
寧々子を腰に抱え、俺の部屋から追い出す。
そのまま2階から降りて、居間へと足を運ぶ。そこにはもう一人、俺の家に住む同居人がいた。
『本日の天気は晴れ。心地の良い暖かさが続くでしょう。さて続いては、景色のコーナーです。通学路では桜が咲き乱れ──』
「しけた内容ばかりじゃのう。もっとこう、往来のど真ん中で《ヤミノマ》が大暴れしたとか、そういった報道はないのか」
「そんなのが起きたら日本中大混乱だろうね」
テレビを見ながら物騒なことを呟く和服の麗人。
和服といっても、お淑やかな日本の由緒正しき淑女が着るものではなく肩出し二尺袖であり、足を組んでいるせいで下着が見えかねないほどに、短いスカート風の袴を身につけていた。
あの和服をこうまで品なく出来るのかと逆に感心してしまうほどに、露出が多い衣装だ。
「お? 起きたのか主様よ。ぷっ、わはははっ! なんじゃなんじゃ、寧々子そのザマは! まるで米俵のような扱いではないか! 笑えるのう!」
「文字通りボスの腰に携えられてる分際のヤツが、何か言ってる」
「撫で斬りにするぞ牝猫が!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。ムラサメ」
自ら煽った癖に、煽り返されてブチ切れてる濡羽色の艶のある髪をした、寧々子と同程度の少女。
ムラサメ。
魔法少女シリーズ、四部作目『百鬼夜刀〜朝と夜の大決戦〜』のボスキャラクターだ。
人の形をしているが彼女の本体は妖刀、つまりあの外見はあくまで仮初だ。艶のある濡羽色の髪に深く淡い花紫色の瞳と見た目は座敷わら……古風なお嬢様という感じだ。服装はひどいし、身体の起伏は乏しいが。
「主様よ、失礼なことを考えておるな?」
「気のせいだよ」
「うそをつけ! ワガハイと主様は一心同体! 考えていることなんぞお見通しじゃぞ!」
「なら、なんて考えているか言ってみてくれよ」
「ふっ……ワガハイの美貌に見惚れておるのじゃろう? かっかっか、まぁ、ワガハイは美しいからな! そんな風に見るだけでなく、なんならいつものように握ってくれてもよ、ふごぉっ!? 何をしよるこの牝猫ぉっ!」
「ボスをゆーわくするな、この妖刀おばば」
怒った寧々子が、そばにあったリモコンを投げつけた。大口開けて笑っていたムラサメは、見事にそれをくらった。
「ボスがいないと何も出来ない癖に、えらそうに。寧々子はちがう。寧々子は、ボスの為なら一肌も二肌もぬげるもん」
「ほぉ〜ん、牝猫め。ならわからせてやろうか?」
「どうでも良いけど、暴れないでおくれよ。また窓を破られたらたまらない」
いがみ合う両者を嗜める。
どちらも劇場版のボスを務めただけにその力は容易く《ディスナンド》の《ヤミノマ》を上回る。本気で喧嘩されたら、この家がチリも残さず消し飛んでしまう。
カーテンを開けて、空を眺める。
そこに映るのは空へと架ける七色の虹。この町ではよく見られる光景だ。
「……相変わらず虹の綺麗な町だな、ここは」
『魔法少女マギアイリス』における舞台、星見ヶ丘。それが俺の住む町の名称であった。
「あ! おにいさん、おはようございます!!!」
支度を終えて、高校へと向かおうとする途中。
元気良くててて、と小走りで駆け寄ってくる明るい赤い髪の女の子が元気よく話しかけて来た。
白い制服に映える赤いリボン。
更には髪におしゃれな太陽のヘアピンをつけ、表情も輝かんばかりに眩い笑顔だ。俺は見知った顔に挨拶する。
「あぁ、おはよう焔ちゃん」
『魔法少女マギアイリス』の
『魔法少女マギアイリス』は、いわゆる1〜2年ごとにタイトルはそのままに、主人公が代わるバトンタッチ式のアニメシリーズだ。
そんな『魔法少女マギアイリス』の初シリーズ、『二人のオーレオール』のダブル主人公の一人、天照焔。
魔法少女サンシャインでもある、学園中等部の少女だ。
俺は彼女の着ている服を見て、口を開く。
「その制服、遂に焔ちゃんも中等部か。よく似合っているよ」
「えへへ〜、ありがとうございます! あたしも遂にトワイライト学園に通えるようになりましたからね! この制服を着れるようになりました!」
トワイライト学園。
中高一貫で、焔ちゃんが通うこととなる学園だ。
実際、話の中心となる舞台でどこのお嬢様学校だよと思うくらいに広い。星見ヶ丘でも3本指に入る名門である。
「八雲おにいさんも新しい服ですね? 似合ってますよ!」
「ありがとう。こっちはそっちと違って服装に決まりが無いからね。だからこそ、センスが問われるんだけどね」
「はぁ〜、そうなんですねぇ。あたしも大きくなったら自分の服選ぶの大変かも……あ! ならその時は、八雲おにいさんが選んでください! それならわたしにも似合う服を、選んでもらえるはずですから!」
「ははは、気持ちは受けとっておくよ」
何故、俺が彼女と仲良しなのか。
率直に言うと単なる偶然だ。
いや、本当に。
元々、『魔法少女マギアイリス』の舞台である星見ヶ丘に引っ越すことは決めていた。
何故なら各地に現れる人々から負の感情を集める存在《ヤミノマ》、それらを使役する闇の組織《ディスナンド》。その頭目であるダークネスが必ず現れるのがこの町だからだ。
全国に被害をもたらす《ディスナンド》の頭目を確実に見つけるには、物語の舞台となる星見ヶ丘に来るしかない。そんな訳で、色々と下準備をしたあとに、この星見ヶ丘へと引っ越して来たのだ。
誤算があるとすれば、引っ越した先の隣家への挨拶に伺った際に、見覚えのある苗字があったこと。
そう、まさかの『魔法少女マギアイリス』の主人公の一人、天照家だったのだ。
どうして引っ越す前に知らないのかだって? いや、だって……『魔法少女マギアイリス』のキャラクターや人間関係、星見ヶ丘の地形とかは兎も角、主人公達の家とか細かく覚えてなかったんだもの。
辛うじて覚えているのも、焔ちゃんの自室の内装くらいで外見とか記憶になかった。
もう一人の主人公、"月詠澪"なら由緒正しき家系のご令嬢で、その生家も屋敷なので見るだけでわかったのだが。
天照家は普通の家だっただけにノーマークだった。
そんなこんなでご近所付き合いをした結果、天照家とは良好な関係を築くに至り、今ではこうして近所のお兄さんポジになってしまった。
というよりも、思ったよりも懐かれて困ってもいる。
普通いくら仲が良いとはいえ、近所のお兄さんに自らの衣服を一緒に選んでもらおうとする? 近頃の中等部は進んでいるなぁ。
最も、うちにも完全に俺に衣服を任せてくる
「話しているのは楽しいけども、時間は大丈夫なのかい?」
「はっ! そうでした! 時間がないのを忘れてました! ごめんなさい、それじゃわたし急ぎます! ファイヤーいっぱぁ〜つっ!」
「車に気をつけて行くんだよ」
は〜い、と元気の良い返事をして去って行く焔ちゃん。
それを笑顔で見届けて、俺は思案する。
初めての登校日、か。やはり、今日で間違いない。
天照焔は、この日に《ヤミノマ》に襲われる。そして月詠澪と出会い、魔法少女としての力に目覚める。
俺はついにこの日が来たかと、懐から鈴を取り出した。
ちりんちりんと、鈴を鳴らす。
「なに? ボス」
少し待つと近くの塀の上に、黒猫が降り立ち語りかけてくる。
当然、話す時点でただの黒猫じゃない。この黒猫は、寧々子だ。
寧々子の魔法少女としての能力『猫獣化』。
巨大なライオンから子猫まで、猫科であればなんでも出来る彼女の魔法少女としての力だ。
「すまないが、あの娘の跡を追って見守ってやって欲しい。あの慌てぶりだと、もしかしたら何処かで事故にあってしまうかもしれない」
天照焔と月詠澪、二人は問題なく《ヤミノマ》を倒す。大丈夫だとは知っているが、それでも心配なので寧々子を側で監視につける。
まぁ、今日あの娘魔法少女に目覚めるとか言ったら、流石に不審がると思うのでうまくぼかしておく。
しかし、寧々子は何やらジト目でこちらを見ている。
「……なんだいその顔は」
「ボス、あの娘に甘すぎ。甘やかすのは寧々子だけにして」
どうやらご機嫌ななめらしい。
元々、寧々子と焔ちゃんは面識はないものの、俺が気にかけていること自体は知っているからか、自身を動かしてまで見守ろうとするのが大層ご不満らしい。
「ならきみが引き受けてくれたら今夜のご飯は寧々子の大好きなお刺身にしよう」
「お刺身!」
「そう。それもマグロだ。それも赤身じゃない。大トロさ」
「大トロ!!!」
寧々子の好物を報酬にちらつかせる。
その効果はてきめんで俺の言葉に目を輝かせる。なんならちょっとよだれも出てる。
「だから頼むよ。頼むよ、きみの力が必要だ」
「むふー、よきよき。ボスからの頼みじゃしかたにゃし。けっして、大トロに釣られたわけじゃないよ。寧々子はボスの為に働く良い子だから。だから褒めるがよろし」
「あぁ、寧々子はボス想いの良い子だよ」
「むふふん」
当然みたいな顔で澄ましているが、尻尾めちゃくちゃ振ってるけど。
「ボスのちゅーじつな寧々子は頼みを聞いてあげるのです。だから、帰ったらブラッシングしてね、ボス」
更にもういっこ要望してきた。
寧々子はそのまま塀の上を歩いて、焔ちゃんを追いかけていった。
まぁ、とにかくやる気になってくれてよかったよ。
「さて、じゃあこっちも準備するか。おっと、連絡しておかないとな」
スマホを取り出して、友人に今日高校休むことを連絡する。
即座に了承の返事から始まり、その後風邪薬に始まり、スポドリは飲んだのか等々、男のくせにオカンみたいな怒涛の連絡の嵐に返信してしまう。
あとは念の為ムラサメも連れていくとして……さてさて、伝説の『魔法少女マギアイリス』シリーズの始まりを見にいくとするか。二人のそばには寧々子がいるから、俺は遠巻きに見るだけで良いだろう。
トワイライト学園で天照焔はもう一人の主人公、月詠澪と出会う。
その最中に学校の鐘が変貌し、初めての《ヤミノマ》との対決となる。
そこで天照焔は初めて魔法少女として覚醒する。
同じく魔法少女として覚醒する月詠澪と共に、《ヤミノマ》に立ち向かう。
天照焔の変身した姿、魔法少女サンシャイン。
月詠澪の変身した姿、魔法少女オーロラミスト。
二人の魔法少女により、《ヤミノマ》は撃破される。
全ての魔法少女シリーズが始まったと言っても過言ではない伝説のシーン。
そのはずだったのに。
「こんな相手に苦戦するだなんて、あなたたちは弱い。よわよわさん。そんなんじゃ、この先、生き残れないよ。その力は何のためにあるの? 勝てないなら、戦えないなら、立ち向かおうとかしないで逃げればよき」
倒れ伏し、消滅していく《ヤミノマ》。
それを足場に、見下しているのはしなやかな尾に、猫耳の生えた魔法少女へと変身していた寧々子。
「え、えぇぇ!? あのお化けをあんなあっさり……!」
「《ヤミノマ》を一撃……!? そんなの、ありえないっ……!」
その姿を見て驚く天照焔と月詠澪。
そしてそれを遠巻きで見て絶句する俺。
悲報、『魔法少女マギアイリス』シリーズ、第一話から崩壊する。
映画ボスたちは大なり小なり八雲に、脳を灼かれている。
焔は八雲が引っ越してきてから、長いことご近所さんとして付き合いがある。あとはわかるね?