魔法少女だけが戦う世界で、男が生き残る術とは? A.映画ボスを集めます 作:異星人アリエン
平日のある昼下がり。
「大いに不満じゃ」
「とりあえず、開幕からなんだい急に」
ほぼほぼ0距離、鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離。覆い被されているせいで垂れたムラサメの髪が仕切りとなって、ムラサメの顔しか見えない。
黒曜石のように綺麗な瞳と目が合う。
何度見ても綺麗な瞳だ。だか表情は不服そのものだ。
「牝猫は学校で学びを得る毎日。それはよかろう。だが! が、が、が! ワガハイはほぼほぼ家でゴロゴロしとるだけではないか!」
「別に良いじゃないか」
「よくない! みよ! この足を!」
ずいっと、体勢を変えてムラサメが足を俺の前に差し出す。
シミひとつない足を俺はうやうやしく手に取り、そのまま触診する。程よい弾力に、すべすべなお肌。素晴らしいほどに完璧な太ももだ。出会った頃と全く同じだ。
「変わってなくないか?」
「あほうか! ワガハイの足が素晴らしいのは当たり前じゃ! だが、最近は平和じゃ! ワガハイを振るう機会がない! 端的に言うぞ! 太った!」
「妖刀に太るって概念あるんだ……」
むにむにと軽く揉んでみるが、さっぱりわからない。出会った頃から変わらない立派なおみ足だ。
「こないだも主様が敵が現れるからと、興味のない博物館まで行ったのに現れんかったし」
「ごめんて。その件は夕食にとろろ蕎麦を出してあげただろう?」
「うむ! それはまことに美味であった!」
そう、俺は『幻影の支配者/シルエット・スター』の舞台となった博物館ならば《ディスナンド》側も現れるだろうと思っていた。
元々《二人のオーレオール》が一年かけた戦いじゃなくて、4月中に終わってしまったのでその時点で大幅な齟齬が生じているのは認識していたが、それでも映画とセットで登場するはずだったアルヴィオスが現れなかったのは、流石に想定外だった。
ミスティリアの話じゃ、《
本格的に《ディスナンド》側の動向が読めなくなってきた。ならやっぱり、今は登場していない敵の映画ボスよりも《セブンスター》の脅威の方に、重きを置くべきだろう。
とはいえ、初日に二人倒したせいか全く姿を現さないんだよな。適当に召喚された《ヤミノマ》は現れるが、それもその他大勢の魔法少女に倒されている。その程度の強さなので、焔ちゃんと澪の出番もなし。二人の近状は至って平和だった。
「というわけで、ワガハイを連れて外に出かけるぞ」
「まぁ、今日は高校付近で《ヤミノマ》が出たせいで臨時休校になったから、それは別に構わないけど。何処に行くんだ?」
「実は既に行き先は決めておる。ここじゃ」
ムラサメが指し示したのは、《天川ストリート》に程近い和菓子屋の多い通りだった。和菓子の老舗が多い区画だ。
「前にテレビでやっておったが、ここには大層うまいみたらし団子が売っておるらしい。これはもう行くしかないと思っての! さぁ、さっそくゆくぞ! はよう、支度せい!」
太って来たのを気にしたくせに、団子食いに行くのか。そう思ったが、口に出さないでおいた。
おれはかしこいのだ。
るんるんと楽しそうにしているムラサメに水を差すのをためらったからだ。決して口に出したらキレ散らされて噛まれそうだからではない。けっして。
澄んだ川のせせらぎを眺めながら歩ける遊歩道に、架かっている木造の橋。そんな穏やかな川沿いに、老舗の和菓子屋や甘味処が軒を連なっている。香ばしい団子や餡の匂いが漂うこの場所は、景色も評判で休日ともなれば多くの観光客で賑わい、歩くのも一苦労な人気スポットである。
「みったらし〜、みったらし〜。もちもち、あまあま、とろとろのうまうまみったらし〜♪」
両手の手提げ袋にたくさんのみたらし団子を買い込んだムラサメが上機嫌に唄う。
テレビで紹介されたと言っていたから、えげつなく混んでいた。休日じゃなくてよかった。そしたらもっと混んでいただろう。多分買うのに一時間くらい並んだと思う。
ムラサメはふわふわと隣で浮いているが、周囲は一切気にしていない。何故なら今のムラサメは、具現化していないから俺にしか見えない。
そうじゃないと浮遊する幼女として瞬く間に話題になったであろう。……地味に袋持っているのに気づかれない辺り、何かしら力を使っているのだろうか?
「ふっふっふ、わざわざ足を運んだ甲斐があったのう」
「いや、歩いてないし。浮いていたら散歩の意味ないんじゃないか?」
「気持ちが先走るという言葉があるじゃろう? 今のワガハイも、早く家でみたらし団子を食べることを考えておる。なら、実質的にもう歩いているのと変わりないのじゃ!」
なんだその屁理屈。だが、水を差すのはやめておいた。
ここまでご機嫌だと、見ていて楽しいものがあるしな。
「あら、もしかして八雲くん?」
そんな時、背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには一人の妙齢の女性が立っていた。
「恵さん?」
天照恵。焔ちゃんの母親だ。
長い後ろ髪を
「やっぱり八雲くんね! 奇遇ねぇ、こんなところで会うだなんて。どうしたのこんなところに?」
「実はテレビでやっていたみたらし団子に興味がありまして。朝から並んで来たんですよ。恵さんも、もしかして買い物に?」
「そうなのよぉ。ここのいちご大福、焔がだいすきだから買いに来たのよ。それ持って今度八雲くんの家に行ってねこちゃんと食べるんだ〜って言ってたわ。あ、これは焔には言ってたこと内緒にしておいてね?」
「はは、わかりました」
焔ちゃんのいちご好きは良く知るところだ。
わざわざ買いに来るあたり、娘に対して甘々だ。
「そうそう、ねこちゃんで思い出したわ。ひどいわ八雲くん、親戚の子を預かっただなんて教えてくれないだなんて」
「う、その説はすみません。ご迷惑をおかけしてしまうと思って、なるべく自分でなんとかしようと秘密にしてました」
「迷惑なんかじゃないわよぉ。わたし、頼られると嬉しいのよ」
まいったな。
なんというか、『魔法少女マギアイリス』は基本的に善人が多いのだが、恵さんはその中でも屈指の善性の塊だ。俺が引っ越したばかりの時も、何かにつけて料理を届けてくれたりと面倒を見てもらっていた。
「そうそう八雲くん。さっき何をお話ししていたの?」
「へっ? ひ、一人でしたけど?」
不意に言われた言葉にどきりとする。
「あれ。おかしいな。誰かと話していた気がしたのだけど……」
《む?》
視線を彷徨わせる恵さん。
その先にはムラサメ。彼女が動くにつれて、恵さんの視線も動く。
《お、おい主様よ。ワガハイのこと見えておらんよな?》
大丈夫、見えてないはずだ。見えていたら恵さんの性格なら必ず話しかけてくる。
でも、よく考えたらあの『魔法少女マギアイリス』の主人公の母親なのだ。何かしらあってもおかしくないのがまた……。
基本創作の主人公親って、まことに凡人かあるいはすごい過去を持つ偉人かの二極化だからなぁ。恵さんは、どうだったか。
だめだ、大きいお友達に人気投票トップ5に入ってたくらいしか思い出せねぇ。
考えている間に、ムラサメが徐々に追い込まれていく。
「う〜ん、この辺から感じるのだけどなぁ〜」
《ぬがぁ〜! くるでないわ!》
「ちょっ!?」
にじり寄ってくる恵さんに怖気ついたのか、ムラサメが拒否するように俺の背中を蹴る。まて、いま蹴り上げられたら……!
「や、八雲くん?」
やってしまった。
俺は恵さんを壁際まで追い詰めてしまった。所謂、壁ドン。
いや、そのまま床に押し倒したら恵さんに少なからず怪我を負わせる可能性があったし、周囲から冷たい視線を浴びる可能性だってあったからそれよりはマシだが、これだと側から見て人妻に言い寄ってる男なんだが!?
夫見たことないけど! なんなら天照家母子家庭だったけども!
「すみません! すぐに退きますので!」
「八雲くん……立派になったのねぇ」
「今それすることですかね!?」
恵さんは、何やら感慨深げに俺の胸元を触りながら呟いた。
マイペースというか、ズレてるというか、押し倒されたにも関わらずどこかほんわかされた反応をされる。いや、これで軽蔑とかされたら気まずくなるからそれよりはマシだけども!
「ごめんなさいねぇ。ついつい、引っ越してきた頃の八雲くんと比べちゃって立派になったなぁって。これも、わたしが歳を取ったからそう思っちゃうのかしらねぇ」
「心臓に悪いのでやめてください……。それに恵さんはまだお若いですよ」
「あら、おばさん相手にお世辞でも嬉しいこと言ってくれるわねぇ。年甲斐なく気分があがっちゃうわ」
「いや、ほんとうに」
とても一人娘がいる女性とは思えない。ニチアサアニメじゃ、母親は美人に描かれがちだ。『魔法少女マギアイリス』じゃ、数多くの魔法少女が登場するしそれに伴い母親たちも数多く登場する。
中でも恵さんは、根強い人気で『魔法少女マギアイリス』の人気投票でも魔法少女を差し置いてトップ5にも入ったことがある(大きいお友達の力)。
たしか、光莉がそんなふうに言っていた記憶がある。妹はどこでそんな情報仕入れたのだろうか……?
《ぬぅ〜、ぬぅ〜、主様よぉ。ワガハイ早く帰ってみたらし団子食べたいんじゃが!》
「ちょっと、黙っていようかムラサメ」
《拒否られた! ……おこってる?》
「ちょっぴり」
《うぬぅ〜、ごめんなのじゃ……》
過程はどうあれ、恵さんに普通に怪我させるところだったし。
俺が本当に怒ってるとわかったムラサメはしょんぼりした。普段偉そうにしてるのに、そういうところは素直なんだよな。
困ったように頬を掻きながら、視線を横にする。
「美味。これは中々良いものだ。いずれ闇に包まれるとはいえ、この星は美食に溢れている。しかし、残念だ。それでも、ダークネス様のお言葉は全てにおいて優先される」
──その視線の奥に、一人の人影があった。
遠目だがわかる。人ではあり得ない青い肌。
《セブンスター》の一人、メラックだった。
一人だけ?
なぜここに?
そういうのは、焔ちゃんと澪の方だろ! 俺が先に会ってどうするんだ! いや会いたかったのは事実だけども、今はタイミングが悪い。
てか、この距離……そして奴の纏う空気。これは……まずい!
「決心。ドン・ドゥーベンは警戒しているが、それではダークネス様の意に逆らうのと同じこと。一つ実験してみるとしよう。結果次第では、より《ヤミノマ》の力を強化することにもつながるであろう。──いでよ、《ヤミノマ》」
《ヤミノマー!!!》
空が赤く染まる。
「そんな、これってまさか……!?」
「逃げましょう!」
《お、おいワガハイを置いて行くでない!?》
驚いている恵さんの手を引き、その場から離れる。ムラサメで狩るとしても、まずは恵さんを安全なところにいかせなければ……!
「追走。追え、逃してはならない」
《ヤミノマー!》
げぇ!? 目をつけられた!
《天川事変》の時といい、なんで間が悪い時に限って俺から襲ってくるんだよ!
《主様ッ!》
わかっている!
だが、こんな白昼堂々と。しかも恵さんの前で戦えるか!
しかし、俺たちは追い詰められていく。橋の上で俺は、ちらりと川を見た。いざという時は飛び込むしかないか……! 普通に溺れないかだけが懸念だな。結構高いし。
《ヤミノマーッ!》
「躊躇している暇はないか……!」
意を決して、恵さんを抱えて飛び込もう。そう思った時。
「八雲くんっ……!」
「……!?」
しかし、彼女はその手を離した。そして、俺を庇うように《ヤミノマ》に己の身体を前に出す。当然、《ヤミノマ》は恵さんを掴んだ。
「大丈夫。貴方は、にげて」
怖いだろうに、震える声を押さえつけ、必死に安心させるように笑みを浮かべて。
そのまま恵さんは《ヤミノマ》に連れて行かれた。
「ムラサメ」
《承知した》
なんで庇ったんですか。あなただってこわいだろうに。
《セブンスター》め。やっとまた現れたと思ったら、またも人に危害を加え始めて。さらには、恵さんを巻き込みやがって。
……ゆるさねぇぞ。
誤字脱字報告、いつもありがとうございます。