魔法少女だけが戦う世界で、男が生き残る術とは? A.映画ボスを集めます   作:異星人アリエン

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迷子のムラサメ

◇◇◇

 

 時間は少し巻き戻る。

 

 ドン・ドゥーベンによる放送が流れる前のこと。広間より離れた場所を、ムラサメは歩いていた。

 

「ぬぅ〜ぬぅ〜。あの黒服(クルー)めぇ。なぁ〜にが、こどもはワインを飲んではいけませんじゃあ! ワガハイを誰だと思っておる、お主よりも年上じゃというのに!」

 

 年上として扱われたらそれはそれとして怒るムラサメが、プリプリしながら通路を歩く。

 

 あの後、ワインを飲もうとして捕まりそうになったムラサメは、その場から姿を消していた。

 

 その手間賃とばかりに片方の手には、皿にこれでもかと言わんほどにたくさんの料理が盛り付けられており、やけ食いするようにムラサメは口に含む。

 

 食べる料理はどれもこれも美味い。だがそれだけに、ワイン……というよりも酒が無いのを惜しむ。

 

「ぬ? なんじゃあ、この気配は?」

 

 その時、違和感を覚えて足を止める。

 

足元(・・)がピリピリするような感覚……ん、いや、ワガハイはこの感覚を知っておる。そうじゃ、《ヤミノマ》じゃ! ん? じゃが、なぜ下から?」

 

 それは〝呪負具〟でもあるムラサメだからこそ気付けた感覚だった。普通の魔法少女では、違和感として捉えることすら難しい。

 

 コンコン、と履き慣れないハイヒールの爪先で地面を叩く。硬質な音が返るだけ。しかし、ムラサメの直感は《ヤミノマ》がいると告げている。

 

「すこし探ってみるか。下に行く階段はこっちじゃな」

 

 そのまま下に降りる階段を見つけ、警戒しながら《ヤミノマ》の気配を感じたところへ向かう。

 

 だが、《ヤミノマ》はいなかった。

 

「んぅ〜? 居らんなぁ。しかも、これさっきよりなんか気配が増しておらんか? 床どころか、通路全体(・・・・)から気配を感じる……むぅ?」

 

 そのまま色んなところを歩き回るが、《ヤミノマ》は現れない。

 一際強く気配を感じる方向が、この豪華客船の操舵室(・・・)であることはわかったが、それだけだ。

 

『この船に乗船した人間たちに告げる』

 

 そして放送が流れる。

 

 ドン・ドゥーベンを筆頭とした《セブンスター》による宣言に、流石のムラサメも気を引き締める。

 

「いかんな、はやく主様のもとに戻らねば。そうじゃ、先に主様に報告せねば。えーと、確かこの腕輪を……んぅ〜?」

 

 八雲たちは全員、大金持グループ謹製の腕輪を装備している。それも個人認証のついた、それぞれしか使えない高性能の代物を。

 

 しかし押せども押せども、歩数計やらムラサメの体調を表す画面やらに変わるだけで、肝心の通信機能が出てこない。

 

「わからぬ! これだから無駄にハイテクにした機械はだめじゃ! もっとわかりやすいようにせぬか! いや、これは壊れておるな、間違いない! 全く大金持め、ワガハイに不良品を渡すとは! しょうがない、直接戻るとしよう。たしか、こっちじゃったな」

 

 来た道を引き返す。単純だが、当たり前の発想。

 このまま戻れば何も問題ないはずであったが……。

 

「ぬ? こっちのはずじゃが……」

 

 よく似た通路を、来た時とは逆の左へ曲がり。

 

「おぉ! あの壺は見たぞ! ならこっちを曲がるはずじゃな!」

 

 船内にいくつもある複製品の壺を、間違いないと自信満々に右に曲がったり。

 

「確かここを上がれば……こ、こんな階段急勾配じゃったかのう?」

 

 全く違うクルー専用の階段を上がったりと、何度も道を間違える。

 

 そう、ムラサメは方向音痴であった。

 

 ムラサメは、ぐるぐる豪華客船の中を歩き回る。しかし、当然道を間違えれば目的の場所に辿り着くことはできない。

 

「どこじゃあ、ここはぁ!!? ワガハイ、こんな場所知らんぞ!!?」

 

 かくして立派な迷子が誕生した。ムラサメはやたらと豪華な彫像がある広間にて、大きく騒ぐも、誰もいない。

 

「うぅ、主様の気配(・・・・・)もそこらから感じる《ヤミノマ》のせいでわからぬぅ……。いやじゃあ。明るい、明るいのに、人っ子一人居らんのは心細い……。お、お化けとか出たらどうするんじゃあ……。ぬしさまぁ〜……」

 

 先のドン・ドゥーベンの放送が災いし、他のクルーも普段なら居るはずのこの場にもいなくなってしまっていた。

 そのまま半泣きになりながら、ムラサメはとぼとぼと歩く。

 

 ムラサメとて、《セブンスター》の策略で船を乗っ取られたことはわかっている。彼女は、八雲のそばにいなかったが、牝猫(寧々子)が近くにいるならば大丈夫だろうと、信頼はしていた。

 

 距離は離れているだろうが、同じ場所にミスティリアと大金持もいる。だから問題ない。

 

 むしろ、ひとりぼっちの自分を誰か助けて欲しいとすら思っていた。

 

「どわ!? なんじゃなんじゃ!? 人が急に湧いてきよって!」

 

 いきなりいろんなところに現れた乗客たちに、ムラサメは驚く。しかし、それぞれ現れた場所の近くが輝いていたので、すぐにミスティリアによる〝リ・フレイクターン〟であると気付く。

 

「わぁ〜!!? どこ、ここ!!?」

「落ち着いてサンシャイン。ここは二階の南東エリアの広間よ。あの彫像、見覚えがあります」

 

 そこに見覚えのある二人組。サンシャインとオーロラミストが現れた。

 彼女たちは混乱した様子で辺りを見回す。

 

「あっ! そこの子、大丈夫!? 怪我してない!?」

 

 サンシャインがこちらに気付き、慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「む? ワガハイか?」

「はぇ? わ、わがはい……? う、うん。あなた! さっきの人に操られたりしてない? どこか痛いところとかは?」

「どこも悪くないぞ。というよりも、さっき何があった──」

「よかったぁ〜!」

 

 こちらの言葉を最後まで聞かず、サンシャインが安堵する。

 

 子ども扱いされている気がして、ムラサメはむっと頬を膨らませた。

 

「サンシャイン。安心するのはまだ早いわ。周囲を見て」

 

 オーロラミストの言葉に、サンシャインが振り返る。

 

 ミスティリアによって飛ばされてきたのは彼女たちだけではない。広間のあちこちには、状況を理解できずに混乱する乗客たちがいる。

 

「ここがどこか確認できたのは幸いね。ミスティリアのおかげで《ヤミノマ》たちから離れることはできました。まずは、皆さんを一箇所に集めましょう。怪我をしている方もいるかもしれないわ」

「うん! それじゃあ、あたしは向こうを見てくる!」

「待って。二人だけで全員を見るのは難しいわ。まずは動ける大人の方にも協力を仰ぎましょう。アネモスさんたちも、近くにいたら良いのだけれども……」

 

 二人が慌ただしく相談を始める。

 

 それを見ながら、ムラサメはそろり、そろりと後ろへ下がった。

 

 内容は大体理解した。

 ミスティリアによって《ヤミノマ》から逃れてきたのだろう。ならば、近くに八雲たちも飛ばされた可能性が高い。早く探して合流しようと考えていた。

 

「あっ、あなたも離れちゃダメだよ!」

 

 ぎくぅっ!

 

 忍び足だったムラサメの身体が跳ねた。

 

「な、なんじゃ?」

「今、船の中は危ないから! あたしたちのそばにいてね。絶対守るから!」

 

 サンシャインが胸を張る。

 

 ムラサメのこめかみが、ぴくりと動いた。

 

「……小娘よ。ひとつ訂正しておくが、ワガハイはお主より遥かに年上(・・)じゃぞ」

「え?」

「サンシャイン。たぶん怖くて混乱しているのよ」

「あっ、そっか、そうだよね。うぅ、ごめんね情けない魔法少女で……」

「ちがうわ!!? 話を聞けい!」

 

 二人から同情するような視線を向けられた。

 

 思わず声を荒らげる。しかし、ここでムラサメはハッとした。

 

 いかん。

 

 これ以上目立てば面倒なことになる。そもそも、当初の目的の合流を考えると、二人から離れなくては。

 

「と、ともかくじゃ! ワガハイは一人でも問題ない! お主らは他の者を助けてやるがよい!」

「で、でも」

「見よ! あそこに怪我人がおるぞ!」

「えっ!?」

 

 ムラサメが、びしっと指を差す。

 

 サンシャインとオーロラミストが、反射的にそちらを向いた。

 

「では達者でな!」

「あっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。一人で行ったら危険です……!」

 

 その瞬間、脱兎のごとくムラサメは駆け出した。

 

 制止する声を背中に受けながら、ムラサメは角を曲がる。

 

「……行っちゃった」

「仕方ないわ。今は他の方たちを優先しましょう。あの子も、少なくとも怪我はしていないようだし」

「う、うん。でも大丈夫かなぁ……」

 

 二人が心配そうにムラサメの消えた通路を見つめる。

 

「ふっふっふ! これでようやく主様のもとへ戻れるぞ! 主様は……こっちじゃな! ワガハイの勘が言っておる!」

 

 一方その頃。

 自信満々に、ムラサメは分かれ道を右へ曲がった。

 

 ……八雲のいる方向とは、正反対へ。

 

「おらぬぅ! 主様はどこじゃあ!?」

 

 そのため、ムラサメは八雲を見つけることができなかった。

 

 右へ行っても見覚えのない通路。左へ行っても同じような装飾。ならば上だと階段を駆け上がれば、たどり着いたのは人気のないラウンジ。

 

「なんでじゃあ!? さっきから同じような場所ばかりではないか! この船を作った奴、絶対に性格悪いじゃろ!」

 

 完全なる八つ当たりである。

 しかし、それでもと歩き回っていた最中に、彼女の隣にあった鏡が光る。

 

「うひぃっ!? い、いいい、今音がぁ……!?  お、おばけぇっ!」

「わひゃぁ!? な、なに!?」

 

 そこに、自らも〝リ・フレイクターン〟で転移してきたミスティリアと盛大にぶつかり合った。

 

 尻餅をついたムラサメと、同じように床へ転がったミスティリアが顔を見合わせる。

 

「あ、あれ? 妖刀殿? どうしてここに、マイスターと一緒なんじゃ……。あれ、泣いてます?」

「泣いとらんが!? ワガハイを誰だと思っておる? 天下無双のムラサメじゃぞ!」

「そ、そうなんだ……って、まずい。早くこっちにっ……!」

「うおっ!? なんじゃっ!?」

 

 そのまま鏡の世界に、連れ込まれる。二人が元いた場所には、乗客たちが慌てた様子で走っていった。

 

「おぉ。危ないところじゃったな……。その危機察知能力、流石じゃな、ミスなんちゃらよ……。って、なにを凹んでおるんじゃ?」

「ミスティリアです……」

 

 褒めようとしたムラサメが振り返ると、膝を抱えて横になり、ずーんと落ち込んでいるミスティリアがいた。

 

 何かあったのかと問いかけると、ぽつぽつと上目遣いで答え始める。

 

「……ボクの劇が」

「うむ」

「乗っ取られました」

「それは知っとる」

「しかも、〝夜天の宝石(ノクターン・ジュエル)〟も先に盗られました」

「む、そうなのか」

「しかも、頬を杖で打たれました」

「おぉ……。踏んだり蹴ったりじゃな」

 

 話を聞いたムラサメが総評をまとめる。

 

「ふむ。つまり、お主は奴らに利用されたというわけじゃな」

「…………ぐすっ」

「うおいっ!? 泣くでないわ!?」

「な、泣いてないですよ! 《怪盗》が泣くはずがないじゃないですか!」

 

 若干素に戻りつつ、ミスティリアは強気に振る舞う。目尻は赤いままだが、グッとシルクハットを深く被り誤魔化す。

 

「確かに、ボクは利用されたのかもしれない。だからこそ、看過できない。ボクは出し抜くのは好きだが、出し抜かれるのは嫌いなんだよ」

「まぁ、実際に奴らの方が一枚上手じゃったというわけじゃろ。《ヤミノマ》は壊すのは得意でも、捕まえるのは不得手じゃ。どちらにせよ、今はこの船は奴らにとって狩場じゃ。隔離空間(コンサート)以上の、な」

 

 隔離空間(コンサート)は周辺を異空間に隔離する《ディスナンド》の技術だ。故に、閉じ込められると言っても多少の逃げ隠れができる。

 

 もっとも、魔法少女が来なければ無意味なのには変わりないが。

 

 しかし、この船はどこにも逃げ場がない。

 周辺は海に囲まれ、どこに逃げようとも《ディスナンド》の領域だ。

 

 《ヤミノマ》たちは、今ミスティリアの力によって乗客たちを見失っているが、それもどこまで持つか。

 

「……このままおめおめと引き下がることは出来ない。失態は、成果で取り返す」

「ほう? どうするというのじゃ?」

「決まっているだろう? ボクは《怪盗》だよ?」

 

 自身を鼓舞するように立ち上がるミスティリア。パチンと白手袋に包まれた指を鳴らす。

 

「目当てのモノは確実に手に入れる。それがポリシーだ。奴らのような悪党に、〝呪負具〟を渡すわけにはいかない」

「かかっ、よう言うたわ。ま、主様もこの状況を看過できんじゃろ。すぐにでも……、おっ?」

 

 ムラサメが腕につけていた通信機が震える。それはミスティリアも同じ。

 

『全員に告げる』

「主様!」

 

 聞こえてきたのは、八雲の声であった。

 

『わかっていると思うが、この船は《ディスナンド》に乗っ取られた。敵は《セブンスター》、そしてそれに協力するアルヴィオス伯爵と名乗る幹部だ』

 

 彼の声色には、なんの動揺もない。ただ、決意を込めた響きだけが聴こえてきた。

 

『先に言おう。俺たちはしてやられた。船に閉じ込まれたと言って良い。周囲は敵だらけ。魔法少女たちも、乗客たちを気にして本領を出せていない。すべて敵の計画通りという訳だ』

「うぐぐ……ボクの劇がぁ」

 

 その言葉に若干気を取り戻したミスティリアが、また凹む。

 

『だが、見方を変えよう。逆に言えば、敵が全員一箇所に集まってくれたと言うことだ』

「ふむ……その通りですね。もっとも、悪い意味で(・・・・・)、でもありますが」

 

 大金持もまた、その通信に耳を傾ける。

 

 彼の視界では、黒井がファイネルとエクレールをあの手この手で、この場に留めようとしていた。全ては、自身の身を守らせるために。

 

『ここが正念場だ。各員、己が持てる力をもってして乗客の安全(・・)を最優先、そして奴らの撃破(・・)を心掛けてくれ』

「ボス。それじゃあ……」

 

 寧々子が小さな手を握りしめながら、八雲を見上げる。八雲もまた、頷いた。

 

『始めよう。これが奴らとの決戦だ。奴らの野望を砕き、全滅させる。──さぁ、反撃開始といこうか』

 

 その言葉に全員が気を引き締めるのであった。

 

 

 

 

『あと、ムラサメ。至急、俺のもとに来るように』

「ひゃぁ……」

 

 若干怒気の孕んだ声色に、ムラサメは情けない声をあげるのであった。

 

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