元相撲部、異世界でサイドFIREを目指す   作:介護蜘蛛

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処女作となります。慣れないとこが多いので、温かく見守っていただければ幸いです


1話

異世界の静かな森の中で、10歳の少年――タイガは、じっと腰を落としていた。衣服は泥と汗で汚れているが、その背筋はまっすぐに伸びている。タイガはゆっくりと重心を片足に移すと、もう一方の足を空へと高く突き上げた。その太ももから足先への美しいラインは、まるで神殿を支える巨大な柱がそびえ立っているかのように堂々としていた。足を限界まで高く上げ、一瞬、空中でピタリと止まる。そして――。ドスン、と低く重い音が、大地の底から響いた。大声を出すわけではない。静かに、されど大地を割らんばかりの圧倒的な力強さで、少年は足の裏で地面を踏みしめた。周囲の木々から、驚いた小鳥たちが一斉に飛び立つ。

(……よし、今の四股は悪くない。軸がブレなかった)

タイガは深く息を吐き、今度は腰を落としたまま足を前に滑らせた。相撲の基本中の基本、「すり足」だ。

見た目はただの子供だが、タイガの体の中では、目に見えないエネルギー――「魔力」が凄まじい密度で循環していた。幼い頃から、前世の漫画やアニメの知識を頼りに、体の中の魔力を細かく動かす訓練を毎日欠かさず続けてきた成果だ。おかげで、タイガの体幹は同年代の子供とは比べものにならないほど頑丈に仕上がっていた。タイガがこれほどまでに体を鍛えるのには、理由がある。

彼には、現代日本で生きていた頃の記憶があった。前世の名前は、郷田秀虎(ごうだ ひでとら)。高校時代、すべてをかけて打ち込んでいた相撲を、体格の差と努力の限界を感じて2年の春にやめてしまった男だ。

 

『お前はよくやったよ』

 

周囲はそう慰めてくれた。その後は介護の仕事に就き、それなりに真面目に、ほどほどの人生を送ってきたつもりだった。けれど、心の奥底にある「あの時、もっと強くなっていれば」という後悔だけは、消えてくれなかった。不摂生がたたり、癌で病室のベッドの上で亡くなるその瞬間まで、秀虎は土俵の砂の感触を夢に見ていたのだ。

だから、この世界に「タイガ」として生まれ変わり、体に満ちる魔力の存在に気づいた時、彼は心に誓った。(今度こそ、絶対に途中で諦めない。自分の力で、どこまでも強くなってやる)タイガは目の前にある、大人が両手を回しても足りないほどの巨木に向き直った。優しく息を吸い込み、下腹部に魔力を集める。「ふんッ!!」鋭い掛け声とともに、タイガの小さな体が弾かれた。地面を滑るようなすり足から、巨木の幹へと正面から激しくぶち当たる。相撲の基本、ぶちかましだ。ドッ、と森の奥に重い衝撃音が響き渡った。

 

 

その直後だった。

「ひ、開けろ! 逃げろ、タイガッ!!」

森の奥から、草木を激しくなぎ倒す音と一緒に、聞き覚えのある叫び声が響いてきた。同じ村のベテラン猟師だ。いつもは冷静な彼が、見たこともないほど顔を青ざめさせ、必死に走ってくる。猟師がタイガの横を猛スピードで通り過ぎようとした、その瞬間。背後の茂みが爆発したように弾け飛び、それは姿を現した。

「ブモォオオオオオーーーッ!!」

それは、タイガが知る「イノシシ」の常識を遥かに超えていた。大きさは現代日本の軽トラックほどもある。硬い毛に覆われた巨体はさながら動く岩の塊で、口元からは丸太のような牙が突き出ていた。猟師が罠や弓矢で仕留めようとしたものの、全く刃が立たずに、ここまで追い詰められてしまったのだろう。突進する巨猪のスピードは、まさに暴走車そのものだ。今から猟師を追いかけても間に合わない。

巨猪の進路の先には、まだ足がすくんで動けないタイガがいる。

「あぶないッ!!」

猟師が絶望の声を上げる。だが、10歳の少年タイガは、逃げなかった。

 

(軽い……軽すぎる。前世の、あの悔しさに比べれば……こんな恐怖、軽い!)

 

タイガの脳裏に、高校2年の春、県大会の土俵で体格のいいライバルに押し出されたあの瞬間がよみがえる。あの時、恐怖と諦めで一瞬足が止まった。その大後悔を、もう二度と繰り返したくはない。タイガはニヤリと、猛獣の前に不敵な笑みを浮かべた。

「ふぅーーー……っ」深く、静かに息を吐き出す。体の中のすべての魔力を、両の足の裏、そして強靭に鍛え上げた腰へと集中させる。魔力による自己強化。

タイガの体が、大地の底へと根を張るように固定される。相撲の「腰の重さ」を、魔法で何倍にも高めた状態だ。タイガはぐっと腰を落とし、両手を前に構えた。170センチの体躯が、さらに大きく見える。

 

(来い……ッ! 今度こそ、俺は下がらない!!)

 

真正面から迫る、軽トラサイズの質量。タイガは逃げるどころか、鋭いすり足で、自らその暴走車のような巨体へと向かって踏み込んだ。ドンッ!!!!!森全体が震えるような、凄まじい激突音が響き渡った。

 

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